
◇◆◇◆◇ 表札 自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる。 自分の寝泊まりする場所に 他人がかけてくれる表札は いつもろくなことはない。 病院へ入院したら 病室の名札には石垣りん様と 様がついた。 旅館に泊まっても 部屋の外に名前は出ないが やがて焼場のかまにはいると とじた扉の上に 石垣りん殿と札が下がるだろう そのとき私がこばめるか? 様も 殿も 付いてはいけない。 自分の住む所には 自分の手で表札をかけるに限る。 精神の在り場所も ハタから表札をかけられてはならない 石垣りん それでよい。 (詩集「表札など」S43.から)
◇◆◇◆◇ くらし 食わずには生きていけない メシを 野菜を 肉を 空気を 光を 水を 親を きょうだいを 師を 金もこころも 食わずには生きてこれなかった。 ふくれた腹をかかえ 口をぬぐえば 台所に散らばっている にんじんのしっぽ 鳥の骨 父のはらわた 四十の日暮れ 私の目にはじめてあふれる獣の涙。 (詩集「表札など」S43.から)
◇◆◇◆◇ 崖 戦争の終わり、 サイパン島の崖の上から 次々に身を投げた女たち。 美徳やら義理やら体裁やら 何やら。 火だの男だのに追いつめられて。 とばなければならないからとびこんだ。 ゆき場のないゆき場所。 (崖はいつも女をまっさかさまにする) それがねぇ まだ一人も海にとどかないのだ。 十五年もたつというのに どうしたんだろう。 あの、 女。 (詩集「表札など」S43.から)
◇◆◇◆◇ 女湯 一九五八年元旦の午前0時 ほかほかといちめんに湯煙りをあげている公衆浴場は ぎっしり芋を洗う盛況。 脂と垢で茶ににごり 毛などからむ藻のようなものがただよう 湯舟の湯 を盛り上げ、あふれさせる はいっている人間の血の多量、 それら満潮の岸に たかだか二五円位の石鹸がかもす白い泡 新しい年にむかって泡の中からヴィナスが生まれる。 これは東京の、とある町の片隅 庶民のくらしのなかのはかない伝説である。 つめたい風が吹きこんで扉がひらかれる と、ゴマジオ色のパーマネントが あざらしのような洗い髪で外界へ出ていった 過去と未来の二枚貝のあいだから 片手を前にあてて、 待っているのは竹籠の中の粗末な衣装 それこそ、彼女のケンリであった。 こうして日本のヴィナスは ボッティチェリが画いたよりも 古い絵の中にいる、 文化も文明も まだアンモニア臭をただよわせている 未開の ドロドロの浴槽である。 (詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」S34.から)