
◇◆◇◆◇ 棒をのんだ話 うえからまっすぐ
おしこまれて
とんとん背なかを
たたかれたあとで
行ってしまえと
いうことだろうが
それでおしまいだと
おもうものか
なべかまをくつがえしたような
めったにないさびしさのなかで
こうしておれは
つっ立ったままだ
おしこんだ棒が
はみだしたうえを
とっくりのような雲がながれ
武者ぶるいのように
巨きな風が通りすぎる
棒をのんだやつと
のませたやつ
なっとくづくの
あいまいさのなかで
そこだけ なぐりとばしたように
はっきりしている
はっきりしているから
こうしてつっ立って
いるのだ
(詩集「サンチョ・パンサの帰郷」から)
◇◆◇◆◇ ひとりの銃手 ひとりの銃手のなかへ ひとりの銃手は 足をそろえて立つ ひとりの銃手の目へ ひとりの銃手は かさねて目をひらく ひとりの銃手へ満ちる ひとりの銃手へさらに満ちる たとえば海と月 さらにひとつの海と月 着弾を確かめ 花を置き うなだれて立ち去る背へ 沈着に照準を重ねる ひとりの銃手 さらにひとりの銃手 さらにひとりの銃手 日は全形(ぜんぎょう)のまま 正午へのぼる さらにひとつの日は 正午へのぼる
◇◆◇◆◇ 花であること 花であることでしか 拮抗できない外部というものが なければならぬ 花へおしかぶさる重みを 花のかたちのまま おしかえす そのとき花であることは もはや ひとつの宣言である ひとつの花でしか ありえぬ日々をこえて 花でしかついにありえぬために 花の周辺は的確にめざめ 花の輪郭は 鋼鉄のようでなければならぬ (以上、「いちまいの上衣のうた」から)
◇◆◇◆◇ 居直りりんご ひとつだけあとへ とりのこされ りんごは ちいさく 居直ってみた りんごが一個で 居直っても どうなるものかと かんがえたが それほどりんごは 気がよわくて それほどこころ細かったから やっぱり居直ることにして あたりをぐるっと 見まわしてから たたみのへりまで ころげて行って これでもかとちいさく 居直ってやった
◇◆◇◆◇ 木のあいさつ ある日 木があいさつした といっても おじぎしたのでは ありません ある日 木が立っていた というのが 木のあいさつです そして 木がついに いっぽんの木であるとき 木はあいさつそのものです ですから 木が とっくに死んで 枯れてしまっても 木は あいさつしている ことになるのです (以上、未刊詩篇から)
◇◆◇◆◇ 石原 吉郎(いしはら・よしろう) 大正4年(1915年)−昭和52年(1977年)。 1915年、静岡県伊豆に生まれる。 1938年、東京外語卒。 1939年、応召。 1945年、ソ連軍に抑留される。 1949年、重労働25年の判決を受ける。 1953年、特赦により帰還。帰還直後から詩作を始める。 1955年、詩誌「ロシナンテ」を創刊。 1964年、詩集『サンチョ・パンサの帰郷』により、第14回H氏賞を受賞。 (思潮社:「石原吉郎詩集」 / 著者紹介 から)