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北原 白秋

(きたはら・はくしゅう)


その1: 『思ひ出』 序詩

その2: 金の入日に繻子の黒

その3: 接吻

その4: 片恋

その5: 落葉松

メモ: 作者紹介

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詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 

            『思ひ出』 序詩


       思ひ出は首すぢの赤い蛍の
     午後のおぼつかない触覚(てざはり)のやうに、
     ふうわりと青みを帯びた
     光るとも見えぬ光?

     あるひはほのかな穀物の花か、
     落穂ひろひの小唄か、
     暖かい酒倉の南で
     ひき挘(むし)る鳩の毛の白いほめき?

     音色ならば笛の類、
     蟾蜍(ひきがへる)の啼く
     医師の薬のなつかしい晩、
     薄らあかりに吹いているハーモニカ。

     匂(におひ)ならば天鵞絨(びろうど)、
     骨牌(かるた)の女王(クイン)の眼、
     道化たピエローの面(かほ)の
     なにかしらさみしい感じ。

     放埓(ほうらつ)の日のやうにつらからず、
     熱病のあかるい痛みもないやうで
     それでゐて暮春のやうにやはらかい
     思ひ出か、ただし、わが秋の中古伝説(レヂェンド)?

                 (詩集『思ひ出』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 

            金の入日に繻子の黒


       金の入日に繻子(しゅす)の黒――
     黒い喪服を身につけて、
     いとつつましうひとはゆく。
     海のあなたの故郷(ふるさと)は今日も入日のさみしかろ。
     夏のゆく日の東京に
     茴香艸(ういきゃうさう)の花つけて淡い粉ふるこのごろを、
     ほんに品よいかの国のわかい王(キング)もさみしかろ、
     心ままなる歌ひ女(め)のエロル夫人もさみしかろ。

     金の入日に繻子(しゅす)の黒――
     黒い喪服を身につけて、
     いとつつましうひとはゆく。
     九月の薄き弱片(よわがた)にけふも入日のてりかへし、
     粉はこぼれてその胸にすこし黄色くにじみつれ。
     金の入日に繻子(しゅす)の黒、
     かかるゆふべに立つは誰(た)ぞ。

                     (詩集『思ひ出』から)
 

 ◇◆◇◆◇

           接吻


       臭(にほひ)のふかき女来て
     身体(からだ)も熱くすりよりぬ。
     そのとき、そばの車百合
     赤く逆上(のぼ)せて、きらきらと
     蜻蛉(とんぼ)動かず、風吹かず。
     後退りつつ恐るれば、
     汗ばみし手はまた強く
     つと抱き上げて接吻(くちづけ)ぬ。
     くるしさ。つらさ。なつかしさ。
     草は萎(しお)れて、きりぎりす
     暑き夕日にはねかへる。

           (詩集『思ひ出』から)
 

 ◇◆◇◆◇

            片恋


       あかしやの金と赤とがちるぞえな。
     かはたれの秋の光にちるぞえな。
     片恋の薄着のねるのわがうれひ。
     曳舟の水のほとりをゆくころを。
     やはらかな君が吐息のちるぞえな。
     あかしやの金と赤とがちるぞえな。

           (詩集『海豹と雲』から)
 

 ◇◆◇◆◇

           落葉松


          一、
     からまつの林を過ぎて、
     からまつをしみじみと見き。
     からまつはさびしかりけり。
     たびゆくはさびしかりけり。

        二、
     からまつの林を出でて、
     からまつの林に入りぬ。
     からまつの林に入りて、
     また細く道はつづけり。

        三、
     からまつの林の奥も、
     わが通る道はありけり。
     霧雨のかかる道なり。
     山風のかよふ道なり。

        四、
     からまつの林の道は
     われのみか、ひともかよひぬ。
     ほそぼそと通ふ道なり。
     さびさびといそぐ道なり。

        五、
     からまつの林を過ぎて、
     ゆゑしらず歩みひそめつ。
     からまつはさびしかりけり、
     からまつとささやきにけり。

        六、
     からまつの林を出でて、
     浅間嶺(あさまね)にけぶり立つ見つ。
     浅間嶺にけぶり立つ見つ。
     からまつのまたそのうへに。

        七、
     からまつの林の雨は
     さびしけどいよよしずけし。
     かんこ鳥鳴けるのみなる。
     からまつの濡るるのみなる。

        八、
     世の中よ、あはれなりけり。
     常なけどうれしかりけり。
     山川に山がはの音、
     からまつにからまつの風。

               (詩集『水墨集』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          北原 白秋 (きたはら・はくしゅう)


   明治18年(1885年) ― 昭和17年(1942年)
   福岡県に生まれる。早稲田大学英文科に学ぶ。はじめ、
   「文庫」に属したが、次いで新詩社に入って「明星」に
   作品を発表。
    木下杢太郎・長田秀雄とともに「パンの会」の中心と
   なって耽美的な芸術的雰囲気を醸成し、その機運の中か
   ら、「異国頽唐趣味」の色彩の濃い「屋上庭園」を創刊
   した。
    詩集「邪宗門」(明治42年),「思ひ出」(同44年),「東
   京景物詩及其他」(大正2年),歌集「桐の花」など、その
   当時の作品は近代詩の歴史に一時代を画するすぐれた収
   穫であった。また、それらの作品は強烈な色彩感と官能
   の熱気に彩られ、情緒の音楽性や華麗な意匠など、近代
   的特色を多面的に表現し、次代の詩人・歌人にひろい影
   響を与えた。
    これらのほか、「白金ノ独楽」(大正3年),「水墨集」
   (同12年),「海豹と雲」(昭和4年)その他の詩集があり、
   その作風は次第に古典的甘美を示した。歌人・童謡詩人
   としても多くの業績があり、詩・短歌・童謡・民謡・小
   唄・短章・詩歌論その他、百余冊の著作がある。

   (角川文庫「現代詩人全集」第1巻・神保光太郎/解説から)


 


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更新 04/10/05