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永瀬 清子

(ながせ・きよこ)


その1: 母

その2: 夜

その3: 夏終わる

その4: 雨フレバタマシイノ

その5: めぐってくる五月には

メモ: 作者紹介

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詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 

            


       母って云うものは不思議な強迫感にも似た、
     かなしいもので
     私の意識の底ではいつも痛みを伴っている。
     母はほんとに貝殻みたいにもろく、
     こわれやすく
     しかも母の影を負って生まれたことが、
     私にはどうすることも出来ない。
     つらい、なつかしい夢みたいなもので、
     眼がさめてもいつまでも神経がおぼえている。
     どこへ自由に行くことも出来はしない。
     一寸動くとすぐこわれて、
     とげのようにささる気がする。
     実に痛い。どうすることも出来ない。

              (詩集『グレンデルの母親』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 

            


       一日に一度ずつ色彩の無くなることは
     ほんとにいいことだ
     あすのあさ鮮らしく生れ出るのを
     こんなに待ちどおしくよろこぶ心を持っている私には

     この空間に在りと思われ
     まだ姿をあらわさぬわがひとよ
     その人が今私に見えないこともいいことだ

     地球のまるみだけぼんやりみえるつめたい空気の中で
     翼のない鳥のかたちの影をおとしながら
     ただひとりのあの樅の木が
     だんだん輝いてくるのを待っているように
     新しい朝の光を待ちこがれている私には――

               (『薔薇詩集』から)
 

 ◇◆◇◆◇

          夏終わる


       今は、健康な九月に近い自分を感じる
     あらわな腕は地平線のように
     靭(しな)やかに陽を吸いこんでいる
     朝の草原で禾本科(かほんか)の草みたいに
     満身に風をうけていると
     レースの衿(えり)ははたはたと頬にはばたいている

     誰か窓に腰かけて青りんごを齧っているよ

     道いっぱいの夕日の中に子供の椅子が置き忘れてある。
     麦藁色にまぶしくかがやき、
     その翳(かげ)は半透明にあおい あおい

     遠くの屋根が片かげりして紫色の海のようだ。
     女の子はそこに、忘られたすいさしの煙草みたいに
     あおむけに空をみている

              (詩集『グレンデルの母親』から)
 

 ◇◆◇◆◇

          雨フレバタマシイノ


       雨フレバタマシイノ
     ウルミテ春ヲタダオモウ
     キヨイツメタイ暁ガ
     次第ニアケテユクヨウナ
     ウツクシイ手品ガイマハジマル
     マダ来ヌ時間ノ豊富サヨ
     私ハ小サイ種子ノヨウニ
     ヤサシイモノニタダコガレル
     春ヲミタコトモナイヨウデ
     アア私ハ何ニ逢ウ
     時クレバ私モ髪挿(カザシ)ニナルダロウ
     或ハ花輪ニ編マレルダロウ
     風ニユラメク樹々ノ上デ。
     雨ニケムロウ梢ノサヤギ
     イマダ花ヲユルサヌ
     一ト時ウツクシイ渇望ノスガタ
     ワタシノココロトソレガミエル

               (詩集『諸国の天女』から)
 

 ◇◆◇◆◇

          めぐってくる五月には


       めぐってくる五月には
     野ばらの匂いを身につけて
     ふたたび私もあたらしくなる

     さびしい別れに羽をたたんでいた扇を
     そっと一ひらずつひらきはじめ
     しずかなあけ方の雲の移りに
     やさしい目ざめの笛がきかれて
     白く装ったこころの船出をかんじ
     かすかなきん色の炎が
     ちらちら燃えている青麦の中で
     私の頬はけし色に染まってくる
     夕ぐれのしめった樅の梢に
     月と星とは見えない電波をかわし
     いまなつかしく
     まぼろしこそ私に力を与えると
     見えぬ者に旗振ろう

                 (『薔薇詩集』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          永瀬 清子 (ながせ・きよこ)


   明治39年(1906年)、岡山県に生れる。
   愛知県第一高女、高等科英語部卒。女学校時代から詩作
   をはじめ、佐藤惣之助の「詩の家」同人となり、さらに
   北川冬彦らの第一次「時間」「磁場」「麺麭」などの同
   人となった。
   戦後、「日本未来派」に加入し、また昭和27年以来、
   「黄薔薇」を主宰している。
   詩集には、「グレンデルの母親」(昭和3年)、「諸国の天
   女」(昭和14年)、「大いなる樹木」(昭和22年)、「焰に
   ついて」(昭和25年)、「薔薇詩集」(昭和33年)などがあ
   り、随筆集「糸針抄」その他がある。
   アジア諸国会議出席のため、昭和30年にインドを旅行
   した。農業に従事しながら詩作している。

   (角川文庫「現代詩人全集」第5巻・伊藤信吉/解説から)

 


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更新 04/01/01