
◇◆◇◆◇ 妹よ、聞こえるか 妹よ、聞こえるか シャッターが閉じ、棺に点火し二時間後 お前は骨と灰になって現れてきた 係員は説明する 以前は300度程度でしたが 今は1000度以上の高温で焼かれますので たとえご遺体に病変部位がございましても 全身きれいな白いお骨に仕上がります その黒く焼け残っているのは いっしよに納められた果物です 納棺のとき胸の前で合掌していた手は 炎に焼かれますと、自然に左右に分かれます こちらが右腕、あちらが左腕です 左の手にされていた指輪がご覧になれると思いますが これをお守りに入れておきますと 皆様方を仏様が厄難からお護りくださいます さぁ、どうぞ 足元のほうからお体の左右それぞれ お骨を拾ってあげてください 最初はお二人で、両方の箸でお骨を拾い この骨壷にお納めください 会葬者はバーベキューを取り囲むかのように こちらからも、あちらからも箸をのばす はじめは、ややためらいがちに そして、次第に大胆に これは大腿骨、これは膝の関節 こちらが尾骶骨で、肋骨、脊椎、上顎、下顎 焼け具合を確かめるように 裏返してみては挟んで 大きな骨は突いて小さく砕き 骨壷に入れる 大勢に囲まれ台の上の白い骨は あっけなく骨壷を満たし 最後は頭蓋骨でふたをする ご遺体の残りのお骨は共同納骨塔にお納めしますと言って 係員はファストフードのお持ち帰りのように 骨壷を桐箱に入れ喪主に手渡した 5日前 私はいま重い病気にかかっているの・・・ 私はいま重い病気にかかっているの・・・ お兄さんに会いたい・・・ お兄さんに会いたい・・・ と電話で言ったお前の声がいまも聞こえる きのう会ったお前は死に化粧をして 少し威張っていた 薬のせいで太ってきたと気にしていたが 頬はふっくらとして愛らしかった (妹よ、心配するな) (美しくなければ気のすまないお前は 充分、美しかったよ) 目の前の小箱に納められているが 果たしてこの中でお前は眠っているのか 妹よ、聞こえるか お前を呼んでる私の声が聞こえるか (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ 夭折 ――おお だから 誰もぼくを許そうとするな と、あなたは言った 石か骨か それとも灰になりたかったことを 立ちつづける杭に誓って 信じてもいい けれど 鉛錘(おもり)にも似たこの走光性は ついに はじけてしまうのだ たとえ愚かでもいい 夜空をとびかう星群のために ひとりで回る風車のために わずかな時間は わずかなように 酔いどれは唄う 酔いどれの唄を (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ M さん、 あのとき僕は・・・ M さん。 一度、もう数年も前に、突然お電話をいただきましたね。 遠慮がちに、あなたが切り出された話は、 自分の商っている大島紬を お前のところで取り扱ってくれないか、 どうだろう というようなことでした。 出世もしていないわたしには、コネでなんとかする方策もなく、 また、自分の主義にもあわなくて ちょっと、無理だなぁ と、友達甲斐がないと思いつつも断りました。 あなたは、すぐに言葉をつぎたして あぁ、悪かったな。 と言って、すぐに電話を切ってしまった。 切れた電話の前で、 あなたにもらった全五十巻の日本文学全集が いまも、この本棚にあることや、 もう、小説は書いていないのですか、 風の便りでは聞いてはいたが、 鹿児島の生活はどうですか、 聞きたいことや話したいこと 積もる話は、山とあったのに・・・ と思いながら、 恥ずかしそうに、こちらの話も聞かずに電話を切った M さんを思い出しています。 なぜ、わしは、もう少し努力をしなかったのだろう。 大島紬がわたしのところで扱えないか、 わたしにできることは、あったのに。 自分の主義や 自尊心が傷つくのをいやがっただけではないか。 わたしは、ただ自分が、 恥ずかしい思いをしたくなかっただけではないか。 いま、恥ずかしいと思いながら電話をかけてきた M さん、あなたのことを思い出しています。 もし、わたしのことをまだ覚えていたら お便りください。 (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ 落日へ 投げあげ 投げあげ 投げあげられるもの みな投げあげ ながい影をひき たたずむ崖のうえ ひとつの太陽が海に没しつつ もうひとつの太陽が 網膜の中へと没する その瞬間 まっすぐに飛ぶ ぼくの視線を 避けないでくれ 延びきろうとする ぼくの視線を 落とさないでくれ 地球よ! 意思のつぶてを 水平線の向こうに めぐらすな (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ あこがれ 投げあげられた花束は ゆるやかな抛物線を描いたものの あまりに青く広い空が それを中空(なかぞら)にとどめてしまう (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ 時の満ち欠け 外を眺めている ベランダに風呂場の使い古した簀の子が敷いてあり その上に胡坐(あぐら)をかいて、外を見る 手すりの柵ごしに、カイドウやサツキやモミジの植え込み マツの横に59号棟、自転車置き場の屋根、公園の入り口のビラ その向こうに横尾山と空が見える 風が流れてきて 若葉がゆれる 陽を浴びてゆれる きらめいてゆれる コーヒーを持ってきて 灰皿を置いて 新聞を開いて・・・ 記事に陽があたり 風でページがめくれ、浮く どこかでウグイスが鳴いている 小ぶりのアゲハが飛来してきて、立ち去る クマバチの羽音が聞こえる、震える羽が光る 階段を通る人がいない 公園に人声がなく、昼休みのよう 月に満ち欠けがあるがごとく 昼、日中にも、時の満ち欠け 陽のかげり、風のさやぎ 光のきらめき、葉のそよぎ (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』から)
◇◆◇◆◇ 楢門 二樹 (ならと・にき) 昭和20年(1945年)、兵庫県・淡路島に生まる。本名 は石場紘彦。 生計の地を求め両親が淡路を出立し、そのため、学童 期に、淡路・東京・淡路・宮崎と引越しをくりかえし、 その間、両親と離れて暮らす。 小学校の卒業文集に「先生の目はデメ金の目のようだ」 という「詩」を書き、あまりの即物性に教師の顰蹙を 買う。また、自身も「詩魂」のなさを自覚。 にもかかわら、大学期のご多分にもれず「詩」に憧れ る。作詩のほとんどはこの時期のもの。還暦を過ぎて 自作・他作の「詩」によって、自分の「記憶」を定着 したいと思い始める。 (未刊詩集『まだ見ぬ友へ』 自作解説(予定)から)