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小熊 秀雄

(おぐま・ひでお)


その1: 蹄鉄屋の歌

その2: 馬の胴体の中で考えていたい

その3: 馬車の出発の歌

メモ: 作者紹介

narato's what's new

詩人インデクス


 ◇◆◇◆◇ 

            蹄鉄屋の歌


       泣くな、
     驚くな、
     わが馬よ。
     私は蹄鉄屋(ていてつや)。
     私はお前の蹄(ひづめ)から
     生々しい煙をたてる、
       私の仕事は残酷だろうか。
     若い馬よ。
     少年よ、
     私はお前の爪に
     真赤にやけた鉄の靴をはかせよう。
     そしてわたしは働き歌をうたいながら、
     ――辛抱しておくれ、
       すぐその鉄は冷えて
       お前の足のものになるだろう、
       お前の爪の鎧(よろい)になるだろう、
       お前はもうどんな茨(いばら)の上でも
       石ころ路でも
       どんどんと駈(か)け廻れるだろうと――、
     私はお前を慰めながら
     トッテンカンと蹄鉄うち。
     あゝ、わが馬よ、
     友達よ、
     私の歌をよっく耳傾けてきいてくれ。
     私の歌はぞんざいだろう、
     私の歌は甘くないだろう、
     お前の苦痛に答えるために、
     私の歌は
     苦しみの歌だ。
     焼けた蹄鉄を
     お前の生きた爪に
     当てがった瞬間の煙のようにも、
     私の歌は
     灰色に立ちあがる歌だ。
     強くなってくれよ、
     私の友よ、
     青年よ、
     私の赤い焰(ほのお)を
     君の四つ足は受取れ、
     そして君は、けわしい岩山を
     その強い足をもって砕いてのぼれ、
     トッテンカンの蹄鉄うち、
     うたれるもの、うつもの、
     お前とは私は兄弟だ、
     共に同じ現実の苦しみにある。

                  (『小熊秀雄詩集』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 

            馬の胴体の中で考えていたい


       おゝ私のふるさとの馬よ
     お前の傍のゆりかごの中で
     私は言葉を覚えた
     すべての村民と同じだけの言葉を
     村をでてきて、私は詩人になった
     ところで言葉が、たくさん必要となった
     人民の言い現せない
     言葉をたくさん、たくさん知って
     人民の意志の代弁者たらんとした
     のろのろとした戦車のような言葉から
     すばらしい稲妻のような言葉まで
     言葉の自由は私のものだ
     誰の所有(もの)でもない
     突然大泥棒奴に、
     ――静かにしろ
     声をたてるな――
     と私は鼻先に短刀をつきつけられた、
     かつてあのように強く語った私が
     勇敢と力とを失って
     しだいに沈黙勝になろうとしている
     私は生まれながらの唖(おし)でなかったのを
     むしろ不幸に思いだした
     もう人間の姿も嫌いになった
     ふるさとの馬よ
     お前の胴体の中で
     じっと考えこんでいたくなったよ
     「自由」というたったの二語も
     満足にしゃべらして貰(もら)えない位なら
     凍った夜、
     馬よ、
     お前のように、
     鼻から白い呼吸を吐きに
     わたしは寒い郷里にかえりたくなったよ

                       (『流民詩集』から)
 

 ◇◆◇◆◇

          馬車の出発の歌


       仮りに暗黒が
     永遠に地球をとらえていようとも
     権利はいつも
     目覚めているだろう、
     薔薇(ばら)は闇の中で
     まっくろに見えるだけだ、
     もし陽がいっぺんに射したら
     薔薇色であったことを証明するだろう、
     嘆きと苦しみは我々のもので
     あの人々のものではない
     まして喜びや感動がどうして
     あの人々のものといえるだろう、
     私は暗黒を知っているから
     その向うに明るみの
     あることも信じている
     君よ、拳(こぶし)を打ちつけて
     火を求めるような努力にさえも
     大きな意義をかんじてくれ

     幾千の声は
     くらがりの中で叫んでいる
     空気はふるえ
     窓の在りかを知る、
     そこから糸口のように
     光と勝利をひきだすことができる
     
     徒(いたず)らに薔薇の傍らにあって
     沈黙をしているな
     行為こそ希望の代名詞だ
     君の感情は立派なムコだ
     花嫁を迎えるために
     馬車を支度(したく)しろ
     いますぐ出発しろ
     らっぱを突撃的に
     鞭(むち)を苦しそうに
     わだちの歌を高く鳴らせ。

               (『流民詩集』から)
 

 ◇◆◇◆◇ 


          小熊 秀雄(おぐま・ひでお)


   明治34年(1901年)、北海道に生れる。四歳のとき、実
   母に死別。
   大正5年、樺太にて高等小学校を卒業後、ほとんど独立
   した生活を営み、漁師の手伝い、炭焼、百姓仕事、昆布
   採集、伐木人夫などの仕事をした。大正11年、旭川新
   聞の記者となる。昭和3年、妻子を伴って、上京。業界
   紙の編集などをやりながら詩を書き、「民謡詩人」など
   に発表した。
     この頃、遠地輝武、伊賀上茂と知り合う。昭和6年、プ
   ロレタリア詩人会に参加、ナップに加わる。同8年、新
   井徹、遠地らと「詩精神」を発刊。プーシキン、ネクラ
   ソフ、ゴーリキ、マヤコフスキー等を熟読し、前掲誌の
   ほか、「詩人」「現実」を拠点に盛んに詩作し、デッサ
   ンも描き始めた。
   昭和10年、風刺雑誌「太鼓」の同人となる。この頃よ
   り、風刺詩興隆の波にのり、ようやく詩壇に影響を持つ
   に至った。昭和15年11月、持病の喘息が高じて病没
   した。
   詩集には、「飛ぶ橇」「小熊秀雄詩集」(ともに昭和10
   年)などがある。

   (角川文庫「現代詩人全集」第6巻・伊藤信吉/解説から)


 


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更新 03/05/01