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連翹(れんぎょう)
連翹は三月咲く花
小さな可憐な花 黄いろい十字の花である
道のかたわら とある籬(まがき)のうえに
わたしの知らない花をみて
妻に花の名を訊うた
妻は訝(いぶか)しげに連翹とこたえた
連翹は
むかしわたしの好きだったひとの
好きだった花である
その花の名をききながら その花を
わたしはきょうまで知らずに過ごした
早春
花咲いて
花あれど実のらぬという連翹の花
さながらひとの身のように
それは妻の知らない そして妻を知るまえの
わたしの秘かなできごとだが
(詩集「遠雷」より)
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花影
夏の日を
夾竹桃は咲きつづける
昼がながくなり 日暮れがおそく
花のあたりだけいつまでも明るい
夾竹桃をはげしい花のように感じてきたのは
この花が夏の日咲くためか
この花を好きだと言ったひとのためか
みていれば夾竹桃のくれないも 花のさびしさを持つものを
あれから幾年経つだろう
二度と会わない別れであったのに
わたし達はあんなにも静かであった
(詩集「初雪」から)
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楢の若葉
あれは
何という木だろう
いまうまれたばかりのようなうすみどり
梢梢に揺れながら若葉は花のようだ
花のように美しい
「楢の若葉だよ」
友はこたえながら
「きみは何も知らないね」と笑った
ほんとうに私は何も知らない
木の名も
花の名も
それは私が町で育ったためだろう
そして草や木の美しさを知らなかったためだろう
私は知りたい
目に沁みる 楢の若葉よ
世界はいつからこう美しかったろう
そしてそれは何故だろう
(詩集「遠雷」から)
◇◆◇◆◇ 花季 嘆きもなく 驕りもなく この世の日の暮れを 静かに咲いている花花を仰ぐ 花花を仰ぎつつ 耐えねばならなぬ哀しみや 生きねばならぬいのちをおもう あさゆうの暮らしの埃によごれず 短かったから 短かったから美しかったのだ 花花のように 花花は としどしにひととき咲き 私たちは 花花のしたで別れ それからふたたび会わなかった (詩集「屋根」から)