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千家 元麿

(せんけ・もとまろ)


その1: 三人の親子

その2: 雁

narato's what's new

詩人インデクス


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            三人の親子


     或る年の大晦日の晩だ。 
     場末の小さな暇さうな餅屋の前で
     二人の子供が母親に餅を買ってくれとねだってゐた。
     母親もそれを買ひたかった。
     小さな硝子戸から透かして見ると
     十三銭と云ふ札がついてゐる売れ残りの餅である。
     
     母親は永い間その店の前の往来に立ってゐた。
     二人の子供は母親の右と左の袂(たもと)にすがって
     ランプに輝く店の硝子窓を覗いてゐた。
     十三銭と云ふ札のついた餅を母親はどこからか射すうす明かりで
     帯の間から出した小さな財布から金を出しては数へてゐた。

     買はうか買ふまいかと迷って、
     三人とも黙って釘付けられたやうに立ってゐた。
     苦しい沈黙が一層息を殺して三人を見守った。

     どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顔を出して、
     如何なる事かと眺めてゐた。
     さうしてゐる事が十分余り
     母親は聞こえない位ゐの吐息をついて、黙って歩き出した。

     子供たちもおとなしくそれに従って、寒い町を三人は歩み去った。
     もう買へない餅の事は思はない様に、
     やっと空気は楽々となった。
     月も雲も動き初めた。さうして総てが移り動き、過ぎ去った。

     人通りの無い町で、それを見てゐた人は誰も誰もなかった。
     場末の町は永遠の沈黙にしづんでゐた。
     神だけがきっとそれを御覧になったらう。

     あの静かに歩み去った三人は
     神のおつかはしなった女と子供ではなかったらうか
     気高い美しい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか

     それとも大晦日の夜も遅く人々が寝静まってから
     人目を忍んで買物に出た貧しい人の母と子だったらうか。

                 (詩集『自分は見た』から)

 

 ◇◆◇◆◇ 

            


       暖かい静かな夕方の空を
     百羽ばかりの雁(かり)が
     一列になって飛んで行く
     天も地も動か無い静かな景色の中を、不思議に黙って
     同じ様に一つ一つセッセと羽を動かして
     黒い列をつくって
     静かに音も立てずに横切ってゆく

     側に行ったら翅(はね)の音が騒がしいのだらう
     息切れがして疲れて居るのもあるのだらう、
     だが地上にはそれは聞こえない
     彼等は皆んなが黙って、心でいたはり合ひ助け合って飛んでゆく。

     前のものが後になり、後ろの者が前になり
     心が心を助けて、セッセセッセと
     勇ましく飛んで行く。

     その中には親子もあらう。兄弟姉妹も友人もあるにちがひない。
     この空気も柔いで静かな風のない夕方の空を選んで、
     一団になって飛んで行く
 
     暖かい一団の心よ。
     天も地も動かない静かさの中を汝許(ばか)りが動いてゆく
     黙ってすてきな早さで
     見て居る内に通り過ぎてしまふ

                 (詩集『自分は見た』から)

 


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更新 05/12/01