
◇◆◇◆◇ 荒磯 ほの暗い暁の 目ざめはおれに おれの誕生を思わせる 祝福されない誕生を 喜ばれない 迎えられない ひっそりとした誕生 死ぬときも ひとしくひっそりと この世を去ろう 妻ひとりに静かにみとられて だがしーんとしたそのとき 海が海岸に身を打ちつけて くだける波で おれの死を悲しんでくれるだろう おれは荒磯(ありそ)の生まれなのだ おれが生まれた冬の朝 黒い日本海ははげしく荒れていたのだ 怒濤に雪が横なぐりに吹きつけていたのだ おれが死ぬときもきっと どどんどどんととどろく波音が おれの誕生のときと同じように おれの枕もとを訪れてくれるのだ (詩集『死の淵より』から)
◇◆◇◆◇ 急ぐ虫 掌に 小虫をのせ あるかせる その急ぎ足を 悲しむ 人生に似ている (詩集『樹木派』から)
◇◆◇◆◇ 天の足音 空を見ていると 駱駝の足音が聞こえてくる 砂を踏む足音かどうか その音は いそいそとして楽しげであるか それとも重々しくさびしいか 耳をすますが それは人生の足音のように 不可解である 無味無色である (詩集『樹木派』から)
◇◆◇◆◇ 風 風がごうごうとうなっている ごうごうのこの音は 風の音か 木が風に鳴る音か 君は分からぬというが 僕は風の苦しみの声だとよく分かる 風は実に苦しんでいる 有るということの苦しさは 生きるということと同じように苦しいのだ 君 今この寂しい夜に目覚めている灯よ 君も今にそれを知るのだ (詩集『わが埋葬』から)
◇◆◇◆◇ 帰る旅 帰れるから 旅は楽しいのであり 旅の寂しさを楽しめるのも わが家にいつかは戻れるからである だから駅前のしょっからいラーメンがうまかったり どこにでもあるコケシの店をのぞいて おみやげをさがしたりする この旅は 自然に帰る旅である 帰るところのある旅だから 楽しくなくてはならないのだ もうじき土に戻れるのだ おみやげを買わなくていいか 埴輪や明器(めいき)のような副葬品を 大地へ帰る死を悲しんではいけない 肉体とともに精神も わが家へ帰れるのである ともすれば悲しみがちだった精神も おだやかに地下で眠れるのである ときにセミの幼虫に眠りを破られても 地上のそのはかない生命を思えば許せるのである 古人は人生をうたかたのごとしと言った 川を行く舟がえがくみなわを 人生と見た昔の歌人もいた はかなさを彼らは悲しみながら 口に出して言う以上同時にそれを楽しんだに違いない 私もこういう詩を書いて はかない旅を楽しみたいのである (詩集『死の淵より』から)
◇◆◇◆◇ 高見 順 (たかみ・じゅん) 明治40年(1907年)、福井県に生まる。本名は高間芳 雄。 東大英文科卒。一高時代、同人誌「廻転時代」に参加、 ダダイストとして詩作を試みる。その後、左翼的傾向 が強くなり、「文芸交錯」「左翼芸術」「大学左派」 「日暦」「人民文庫」党の同人誌に関係、武田麟太郎 らと知り合う。 昭和8年、治安維持法により検挙さる。同10年、転 向作「故旧忘れ得べき」を発表、第一回芥川賞候補と なり、これにより文筆生活に入る。 終戦後、病床にあって再び詩作を始め、「日本未来派」 などに発表。昭和25年、詩集「樹木派」を出す。 ほかに、「高見順詩集」(昭和34年)がある。 (角川文庫「現代詩人全集」第5巻・伊藤信吉/解説から)