人間とは?
 
 ん〜 哲学的な言葉ですね! ということで、人間の思考メカニズムにも科学のメスが入ってきています。いくつか著書があるので詳しくはそちらを読んでください。(松本元先生の著作が有名です。) 結果としては、研究段階なのですが、先祖代代、昔から言い伝えられてきた「ことわざ」のとおりになります。
 最近では、脳に関する研究も進み、様々な人が色々な角度から研究しています。その中でも、脳の構造とともに脳のあり方、判断・思考メカニズム、

特性などの研究も進み、脳とはどういうものかが科学的に分析されてきています。

 人間の脳の神経細胞(ニューロン)は、生まれた時から約140億個と決まっており、他の細胞と違い、鍛えても増える事はなく、むしろ歳を取るにつれ

減っていきます。なお、この140億個という数字は、人間はだいたい110〜170億個とされ、正確に数えることは不可能に近いため、その中間をとって

140億個としているようです。また、この数は脳の中でも大脳新皮質にある数で、大脳新皮質というのは、生命の中でとりわけ人間のみが著しく発達し

ている部分で、記憶など知的部分の処理をしていると云われています。

 さて、その脳細胞ですが、人間は平等に同じ原理・分子構造のものを持ち合わせています。例えば、同じ品種のリンゴは、みんな同じ形・分子構造を

しています。サイズの大小は細胞の中にある水分の差といわれています。これと同じように、日本人でもアメリカ人でも、はたまた裕福な人も貧しい人も、

人間である以上、物理的・化学式的にはみんなで同じ脳を持っていることになります。しかし、物理的には同じ構造なのに、個人により出来ることと出来

ないことが違うし、考え方もみんな違います。好き嫌いも様々で人生も様々です。同じものでなぜこうも違いが出てくるのでしょうか? 


★脳の進化について

 生命にはDNAというものがあって、このDNAによって、虫や犬や人などといった「種」が決定されます。長い進化の過程で様々な生命が生まれてきたわ

けですが、ご存知のように、その時々の環境に適応出来ないものは消滅し、適応出来る種(DNA)のみが生き残ってきました。人間は人間として進化し

てきて、その進化の過程で道具を使い、高度な言葉を話しコミュニケーションを図るという機能を身に付けてきました。これはお分かりのとおり、人間特有

のもので他の生命は身に付けていません。他方、犬は犬で進化をして、その過程で鋭い嗅覚を身に付けてきました。当然、この機能は人間にはないわ

けで、つまり進化の過程で人間は獲得して来なかったわけです。
 
 さて、35億年かけて進化してきた人間の脳ですが、大きくは大脳と小脳と脳幹に区別され、更に大脳は旧皮質と古皮質、新皮質に分けられます。

旧皮質は内臓や神経等の動きをコントロールする、つまり生命維持に必要な部分を無意識にコントロールする部分で、機能的には既に完成された状

態で生まれてきます。これは当然簡単には変化しません。

 次に古皮質は食欲や物欲などの本能的な部分、また、嬉しい・嫌だなどの喜怒哀楽、つまり動物的感情の部分をつかさどっていると言われ、別名、

情動脳とも言われます。これは、機能的に生まれた時にある程度完成されていますが、十分完成されているとは言えず、成長過程で変化(成長)してい

きます。(形が変化するわけではありません。)乳幼児の期間はこの古皮質に大きく依存して生きています。なので、乳幼児の期間に古皮質の求める愛

情を十分与えられない(古皮質の充足本能を満たされない)児童は、後々の性格形成や発達に何かしらの影響が出ると言われています。

 次に新皮質ですが、これは哺乳類で見られ、中でも人間がとりわけ著しく発達しています。役割としては、記憶など知的部分の処理をしていると言わ

れています。

 このことから、生まれた時、既に機能的あるいは役割的に完成されている旧皮質、だいたい完成されている古皮質、ほとんど完成されていない新皮質

となるわけです。
 
 因みに、人間の脳はフルに使われていないと言われていますがそれは理論上のことです。例えば、以前外国で人間は寝ないで何時間起きていられるか

という実験を行いました。その結果、被験者は普通の好青年だったのが、実験後は幻覚を見るなど精神に異常を来たし、喧嘩などトラブルをよく起こす

人格に変貌したというのです。ですから、脳の全てを使っていないからといってかなり無理をするのは禁物です。

 また、外的ショックにより新皮質、古皮質が損傷しても、旧皮質が機能していれば生存できます。ただし、知的処理をする新皮質が機能しないので言

葉を話せないし、感情をつかさどる古皮質も機能しないので感情がでません。つまり植物状態となるのです。位置的には、大脳新皮質は脳の外側、古

皮質は中間、旧皮質は中心側にありますから、大事な部分を最後まで守るよく出来た構造になっています。しかし、その反面単純生物から徐々に外側

に進化してきたことも伺えます。

 また、お酒を飲んだ場合は脳にアルコールが回り脳細胞を麻痺または壊すのですが、最初のうちは大脳新皮質に回り記憶や創造の分野を狂わせま

す。続けて飲むと大脳古皮質に回り喜怒哀楽といった性格に影響を及ぼします。さらに続けて飲むと、生命維持装置である旧皮質にまで回り、場合に

よっては呼吸困難や意識喪失、急性アルコール中毒になり死の縁をさまようことになります。つまり、脳の外側から徐々に内側に向かってアルコールが影

響してくることになります。

 さて、そういう人間の脳ですが、大きな特徴は大脳新皮質にあります。生まれた時は機能的あるいは役割的に未完成なのですが徐々に発達・進化し

ていく、つまり、これは外界に素直に適応するために、後から必要なものを獲得していくという吸収・適応型となっているのです。もし、その反対で最初から

先祖代々の情報・技術を吸収した状態の固定・非適応型で生まれたのでは、いずれ新たな情報の吸収に限界がきたり、日々変わっていく文明や環境

に適応できなくなります。その意味で、その時々で新しいものを学びその状況を生き抜いていくことが出来るのは、新皮質の役割が大きいわけです。

しかし、このことは反面、生まれた時に何の知識・技術も無いわけですから、後々何かしらの情報を1つ1つ吸収しなければ成長出来ないということで、何

もしなければ無知のままということになります。また、新たな情報の吸収がなければ、以前教えられた方法に従って行動(考える)せざる得ないということに

なります。

 よって、脳の特徴の一つとして、他に情報がなければ最初に教わったことを正しいこととして判断することが挙げられます。例えば、あなたが初めて魚のサ

バを見たとします。それを、本当はサバなのにサケだと教えられたら、サバという魚を知らないあなたは当然サケだと思い込みます。

 これは、他にも情報があるだろう、といつまでも考えていたのでは何も出来ませんし、間違っていたら大変なことになるかもしれない、と常日頃不安に思

いながら行動することは不快です。脳は自らを守るため不快、危険と察知したものは避けようとする習性があるためです。

 このことから、水を汲んで来なければ水がない、薪を用意しなければ火が炊けないという途上国的環境の下に生まれると、先進国のような蛇口をひねる

とすぐ水が出る、スイッチ一つで火がつくという事を知りませんから、遠くまで水を汲みに行くというのが当たり前だと思い、面倒くさがらずに水を汲んで来ま

す。しかし、簡単に水が出てくる場所もあるということを知ると、面倒くさいと思うようになり貧富の差を感じ不満に思うのです。ソ連の崩壊は、先進国(資

本主義)の便利な生活の情報が大きな原因だと言われています。つまり、資本主義に移行すれば自分達もあんな便利な生活が出来るんだと考えて、

誰も国家の言うことを聞かなくなって国家が崩壊したというのです。そういう意味では、相手の環境を重んじて不要な情報はあまり言わない方がよい場合

もあります。

 さて、上記のことから、見たり聞いたりしたこと、周りから学んだ判断・行動パターンの長年の積み重ねがその国の文化や伝統、宗教となり、同じ国・同じ

文化の中では、みんなで同じような考え方をすることが分かります。なので、国や文化・宗教が違えばその発想や方法が違ってくるので、「郷に入っては郷

に従え」となります。

 また、情報を吸収しながら成長していく(無の状態から知識・技術を獲得していく)ということから、技術を磨きたい・勉強したいとなった場合、どういう情

報をどういうタイミングで吸収するのが効果的かを知っているその道のプロが近くにいる環境といない環境では相当な差が出てくる事が分かります。なので、

情報が集積している東京で勉強するのと地方で勉強するのでは違いがでてくることになります。

因みに、成長出来ると言っても、いくら訓練しても人は犬と同等の嗅覚、猫と同等の暗視が出来ないように、成長の限界は遺伝的に制約されていま

す。なので、アニメみたいに合体や変身して一気に万能な人間になることは出来ません。


★ 脳からの出力について 1

 続いて、脳は何か判断を下す場合、または認識する場合は、どのような仕組みで判断をするか? に触れてみたいと思います。

 脳は周囲からの情報を吸収して、また最初に教わったものを是としながら成長していくのですが、当然、脳の中には今まで学習した(教えられた、または

学んだ)パターンや知識以外には情報がありません。英語を勉強したらドイツ語も話せるということはありません。

 このことから、脳は何か情報を引き出す場合(判断する場合)は、自己の内部情報(それまで学んだ知識や考え方)からしか取り出すことが出来ないと

言われています。つまり、何か判断を下す、または認識する場合は、既にその人の脳の中にある記憶からしか判断できません。よって、人間が会話をする

場合、こちらはこちらで自分の脳の中にある記憶の中から選んで話をし、相手は相手でその脳の中にある記憶の中または過去の経験などから「相手が言

っているのはこのことだな!」というものを選んできて判断しているに過ぎません。なので、相手の脳の記憶の中にこちらが考えているもの(情報)がなければ

相手は理解できないのです。このことから、人間はお互いを100%理解することはあり得ないと、脳科学者の間では言われています。

例えば、 1.「総理大臣」が「成田」に着いて「官邸」に到着した。

      2.シンセサイザーの音は「VCO」で決定されてから、「VCF」でろ過され「VCA」に運ばれて出ています。

 この2つの文章を理解出来るか、となった場合、

 1はどういうことか? これは通常は理解できるはずです。なぜなら、「総理大臣」=「ソウリダイジン」はサシスセソの「ソ」とアイウエオの「ウ」〜を組み合わ

せた記号ですが、内閣を組織し、閣議の主宰、行政各部の指揮・監督を行うほか、内閣府の長として所管の事務を担当する人という情報が既に脳の

中に入っているからです。また、「成田」もナニヌネノの「ナ」〜と五十音から持ってきて「ナリタ=成田」という記号にしているのですが、これは千葉県成田

市にある国際空港で、「空の玄関」と言われている、また東京からも近いというのが既に脳の中に情報があります。「官邸」もそうです。それら3つの意味が

全て脳の中に入っていますから1番目の内容が理解できるのです。しかし、2番目はほとんどの人が判らないはずです。それは、脳の中にどういう内容なの

かという情報がないからです。このとき、「VCO」はABC〜からVとCとOを取ってきて「VCO」とした、ただの記号としか判断できません。そういう場合、何の

事が調べたり、他の人に聴いたりすることができればよいのですが、そういう余裕がないときは、脳は自己の記憶の中から、音の話なので「多分これか

な?」というものを持ってきて憶測またはイメージするか、記憶の中を探しても見当たらない場合は、混乱するのを避けるために判断するのを辞めます。な

ので、そういう場合は会話をしても、相手は違う事を考え(勘違い)知ったか振りをするか、うわの空の状態(聞いた振り)ということになります。

 このことから、上司が指示を出しても部下が上司とほとんど同じ記憶・体験がなければ、100%部下は思ったとおりに行動しません。ですから、人を教

育する場合の前提として、相手に教える場合や指示する場合は、自分が伝えようとしている情報が相手の脳の中にあるかいちいち確認していてはきりが

ありませんので、表現の体裁にとらわれずに皆が知っている言葉で、できるだけ易しく、また判りやすく表現する方が正確に相手に伝わる可能性が高いこ

とが分かります。なおこの場合、要はこんな感じ、と誰でも知っているものに例えてイメージを持たせると効果的らしいです。

 そして、脳は情報を新皮質に記憶しておくのですが、個別な事象に分離して記憶するのではなく、見たことや感じたことを五感の感覚とセットで、または

何かと結び付けて理解できることとして記憶しておきます。そして、何かに結びつけられている情報は前の方へ置いて思い出し易くし、結びついていない情

報は記憶の奥の方へおいておきます。そして、初めて聴く言葉で何にも結びつけられない(イメージできない)ものは、理解できないのでただの記号としか

扱えず、覚えてもすぐに思い出しにくくなるのです。このことから、たくさん知識のある人ほど、関連づけられる(イメージできる)情報も多いので、すぐに的確

なものを関連付けられます。一般的に、高学歴の人ほど把握が早く、言葉の理解力が長けているのはこのためです。このように、記憶は五感も含め関連

付けられて覚えているので、英語の先生が嫌いな子どもは英語に触れるだけで嫌いな先生も思い出すので英語が嫌いになるし、憧れの人が好きなもの

は一緒に好きになります。

 因みに、ここから少し余談となりますが、以上のことからある種の催眠術は効果がないことが分かります。例えば、英語を知らない人に「あなたは英語が

話せるようにな〜る。」と暗示をかけたとします。しかし、脳の中にある数々の記憶の中を探しても英語に関する情報がないわけですからそれは無理であっ

て、仮に同じようなことをテレビ等でやっていてもそれは必ず事前打合わせをしていた可能性が高いということになります。

 また、国語学者の中には、日本語は同じようなことでも表現が分かれていたり(例えば逸脱、脱線、外れる等)、同じ言葉でも意味が全く違い(厚い、

暑い、熱い等)、他国の言語と比べると味わいがあると言う人もいますが、それはその人が知っているからこそ味わいを感じるのであって、脳の伝達処理の

方法からいえば、日本語は意思疎通を図るには効率が悪い言語であるといえます。

 また、相手が思うように動かなくて「ムッ」とするような場合でも、一呼吸おいて「この人の頭の中には私の意図している○○の情報が全くないのだな」と

思えば、仕方のないことだと思えそれほど頭にこなくなります。