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11・22日大=東大全国学園闘争勝利総決起集会に総結集せよ!
日本大学全共闘
全国の闘う学友諸君、就中最も先進的に160日余りの武装ストライキ闘争を闘い抜いている日大の闘う全ての学友諸君!
いまや闘いは再び巨大な爆発を要請されている。日大闘争勝利をめぐって最後の文字どおり血みどろの激闘期が開始されたのだ。
10・1の佐藤発言を支えとしながら現在まで延命を図ってきた古田理事会と我々との間の政治的空白期は10・30古田の「居直り発言」という形をとって明白に終った。全学共闘会議と日大10万学生によって切り拓かれた68年日大闘争は、その闘いの偉大さ故に、密集した反革命を生みだしている。11・8右翼暴力団“関東軍”の芸術学部襲撃、それを理由としての11・12芸術学部への機動隊導入、芸闘委46名全員の不当逮捕、あるいは酒井・矢崎・稲辺・風間君等全共闘指導部や横浜・富樫君等経済学部の闘う学友に対する令状逮捕等を頂点とした国家権力や右翼による外側からの全共闘破壊の攻撃。また一方では、四年生問題をその集中環としながら卒延・留年という「伝家の宝刀」をチラつかせることを通しての内側からの分断攻撃。こうした国家権力・右翼暴力団・大学当局三者一体となった反革命を粉砕し尽すのか、あるいはこれに敗北するのかが、いま我々に問われている問題なのだ。
そしてこの反革命の攻撃に対し、これに反撃を加え、死の鉄鎚を打ちこむ道は唯一、10万学生が古田の「秩序の回復か大学の破壊か」という開き直りに対し「古田体制の撤底した破壊を」と宣言することなのだ。
そうした革命的な思想をうち固めることなくして日大闘争勝利という言葉はありえない。全ての学友諸君、10万学生の総力をもって古田体制の死滅を宣言せねばならない!
一方東大闘争は大河内総長の辞任、欺痛的な加藤新執行部の誕生という事態のなかで決定的な岐路にたたされている。まさに日本資本制社会百年の侵略と反動の歴史をその最先頭に立ち、はき潔めてきた東大の忌わしい旧体制=偽わりの「栄光」に訣別を宣言するのか、それとも体制内の改良によってこの全学無期限ストライキという偉大な闘いを圧殺するのかが問われているのだ。
こうした緊迫した情勢の下で、「11・22日大=東大闘争勝利全国学生総決起大会」がもたれることは、実に言葉では語り尽せない多くの意義を含んでいる。
今日、大学にかけられてくる帝国主義者の攻撃が、単に資本の経済的要求に応ずるべく大学を改編するという側面のみにとどまることなく、大学を帝国主義的イデオロギーとゲバルトによって改編することを通じて、大学を反動的政治支配体制に組みこむという悪辣な意図であることを我々がはっきりと見抜くならば、この帝国主義者共の全面的攻撃に対し、全国140万学生の鉄の団結をもって応えることがいまこそ必要とされているのだ!
学友諸君! 日大闘争は国家権力の手によって逮捕された学友700余名、負傷者数100名といった深い傷を受けながらも、一切の日和見主義と敗北主義を排し、帝国主義者の攻撃に真向から決然と対決し、古田体制の徹底した破壊を貫き通している。日大全共闘は、その責任と誇りに於てこの日大闘争の革命性――「破壊の思想」を東大闘争に吹きこみ、これを通して全国の学園闘争を「破壊」の思想で席捲しようではないか。東大闘争は果敢に闘われているとはいえ、まだまだ教授会や大学当局への幻想を捨てきってないし、東大旧体制を徹底的に破壊し打倒するという決意がかならずしも完全ではない。帝国主義者にとって最も歓迎すべき大学としてあった日大でかくも偉大な闘いが展開されているということは、とりもなおさず、帝国主義社会に於ける大学闘争は日大のように闘わなければならないとい重大な意義を秘めているのだ。
全ての学友諸君!いまこそ堂々と「破壊の思想」を東大闘争に、全国学園闘争に吹きこめ!
11・22集会を日大全共闘のカで圧倒的に成功させ、その力をもって古田、大学当局へ最後の鉄鎚を打ちこもうではないか。
日大闘争の背後には、全国140万学生がひかえているのだ!
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