日本大学全学共闘会議農獣医学部闘争委員会 年表

                             特に学部を明記してないのは 農獣医学部です


  1968年

1/26 理工学部・小野竹之助・教授 5000万円脱税問題発覚
2/ 8 東京国税局 日大本部を監査開始
4/15 東京国税局 「20億円使途不明金」を発表
入学式(日大講堂)
4/22 大森智堪学部長 「学生諸君に訴える」を配布
5/ 7 学生会 学部当局に対し説明会の開催を要求
5/ 9 学部当局 説明会開催拒否
5/15 学生会総会(約3000名)で 「使途不明金」追求を議題にするも 時間切れで閉会
5/23 経済学部で学生の抗議集会に当局介入 「200mデモ」
5/27 日本大学全学共闘会議(秋田明大議長) 結成
5/28 商学部より支援デモ
5/29 学生会総会 「説明会」要求を決議 また 経済学部闘争委員会支援決議
5/30 文理学部より支援デモ
5/31 学生会 「最後まで闘う」ことを宣言 校庭にて無届集会

6/ 4 学生会 集会 その後 礫泉公園での6学部集会へ(文理・法学2部・経商短2部・医・習志野理工・農獣医)  6学部集会後経済学部前全共闘集会に合流
6/ 6 学生集会
6/ 7 第1回公開説明会 大森学部長は「使途不明金は目下調査中」と発言
6/11 学生集会 集会後 経済学部前全共闘主催の「大衆団交要求全学総決起集会」に合流  右翼体育会系学生らによる暴力的集会妨害が行われた
法学部バリケードストライキに突入
6/12 学部当局 「学生諸君へ」文書配布 経済学部バリスト突入
6/13 第2回公開説明会
6/15 第3回公開説明会 文理学部バリスト突入
6/17 農獣医教授会 「学生諸君へ」文書配布 また理事会宛「勧告書」(条件付不信任表明
6/18 第4回公開説明会 東理事出席「私は貰っていない・・・」発言 商学部バリスト突入
6/19 予定されていた第5回公開説明会一方的に中止  学生会総会に切り替えストライキ権確立(2500対300)
芸術学部バリスト突入
6/22 学生総会にてストライキの形態をバリケードストライキとする旨の決議をし(2500対200) 農獣医学部学生会中央闘争委員会を結成 直ちにバリケードを構築
6/24 理事会「19項目改革案」を発表 文理学部三島校舎バリスト突入


7/ 5 習志野理工学部バリスト突入
7/ 8 理工学部バリスト突入
7/ 9 学生総会開催 学生会は闘争に関する一切の権限を闘争委員会に委譲 農獣医学部闘争委員会が「唯一の闘う組織」として確認される (7/7?)
7/11 教授会 バリケード封鎖中の学内で開かれる
7/20 全学共闘会議と大学当局 大衆団交の予備折衝 8月4日法学部大講堂で大衆団交開催を双方で確認
7/24 古田会頭 大衆団交拒否を通告
8/ 2 全学総決起集会 神田周辺のデモで農闘委学生も逮捕される   
8/ 4 大衆団交拒否全学抗議集会
8/21 農闘委 教授会に討論会開催を要求
8/22 教授会 農闘委の申し入れを拒否
8/25 全学総決起集会(法学部)

9/ 4 法学部・経済学部仮処分執行 徹底抗戦で両学部の132名が逮捕される
   9/ 4〜7 法・経奪還闘争 この間の闘争で農闘委は約20名 日大全共闘全体ではや約300名が逮捕される
生産工学部バリスト突入(9/5)
9/12 全学総決起集会 この日をもって最終的に法・経両学部を奪還し泊まり込み
9/14 商学部バリケードを右翼が襲撃 農闘委行動隊が駆けつけ撃退
9/24 全学総決起集会
9/30 衆団交(両国日大講堂) 学生約3万名が結集 理事会は総退陣と9要求項目の実施を確約
10/ 1 佐藤首相「人民裁判方式は望ましくない・・・」発言
10/ 2 理事・学部長合同会議 9.30の確約事項の破棄を決定
10/21 「日新会」が農獣医中庭でスト解除・授業再開要求の集会を開くが 多数により否決 バリケードに投石


11/ 4 「日新会」約40名がバリケード破壊 農闘委を中心とする学生により粉砕される
11/ 8 芸術学部バリケードを「関東軍」が襲撃 農闘委行動隊も支援に駆けつけ これを粉砕
11/19 全学総決起集会(11.22日大・東大闘争勝利全国学生総決起集会の提起)
11/22 日大・東大闘争勝利全国学生総決起集会 東大安田講堂前
11/28 農闘委S君 令状逮捕
12/ 1 農闘委K君 令状逮捕
12/ 8 学部側は「紛争解決についての一切の執行機関」として学部再建委員会を設置
法学部にて 全学総決起集会(12.15報告集会の提起)
12/11 学部側(再建委員会)と農闘委の話し合い(第1回目) 「12.16授業再開を行わない 機動隊導入はしない 10日以内に再度話し合う ことを確約
12/15 「日大闘争報告大集会」 東大安田講堂
12/23 全学総決起集会(法学部) この頃 父兄会より宛名書きのアルバイト
12/24 学部側と農闘委の話し合い(第2回目) 12.22の教職員合同会同(於・付属鶴が丘高校)で 磯辺学部長代行が一方的に4年次授業再開を通告したことを追及
12/25 4年次学外授業(疎開授業)始まる 獣医学科は静岡・須崎町 畜産学科は福島・矢吹町
農闘委は各地に行動隊を派遣し 疎開授業阻止闘争を開始する 須崎にて農闘委H君 令状逮捕
須崎町では エビス島にテントを張り 連日 疎開授業会場(廃校になった小学校)に通い4年生および教員との討論 町内デモ 町民への情宣活動を行う (1月15日まで 16日帰京)
12/31 父兄会より バリケードに差し入れ


  1969年

1/ 9 東大闘争支援で日大全共闘は行動隊を結成し 東大経済学部封鎖闘争に参加
1/15 東大安田講堂前で労学総決起集会
   1/18〜19 東大にて機動隊導入 安田講堂をはじめとして 工学部・法学部校舎で徹底抗戦
日大全共闘は全国労学部隊と共に 神田・御茶ノ水「解放区闘争」を闘う
1/21 中大中庭にて 東大奪還決起集会
1/29 農闘委 再建委員会と学部団交
1/30 再建委員会 「学部提案」の起草委員を選出・着手
2/ 1 対学部交渉の学生側窓口として学部学生統一代表団を結成 10学科中9学科で農闘委メンバーが選出される
2/ 2 再建委員会 「学科連合」(無条件スト中止派)と話し合い
2/ 3 教授会・再建委員会の合同会議 「学部提案」は教授会案を修正して採択
2/ 7 学部公開予備折衝(目黒福祉センター)
2/ 8 学部側は予定していた付属鶴が丘高校での学部集会を中止 農闘委は学生集会に切り替え 圧倒的多数でスト続行を決議
この間 下馬校舎にて バリケード破壊が行われる 農闘委は学部に戻り抗議集会後 バリケードを修復・補強
2/ 9 農闘委に対して 「退去命令」
2/10 機動隊導入 バリケード撤去 農闘委は学科ごとに学外に撤退
2/11 農獣医学部 日大講堂にて入試 農闘委は日大講堂周辺でビラ撒き・抗議集会 
その後 中大中庭での「労学市民5万人集会」に参加
2/12 農闘委は 明大和泉校舎に拠点を移動
2/22 磯部学部長代行 学生に授業再開についてのアンケートを郵送

3/12 全都学園奪還闘争(中大中庭)  全共闘秋田議長逮捕
3/19 教職員合同会議にて学部長代行 再建委と学生代表団の主張する「話し合い解決」の道をとる意思の無いことを表明
3/25 日大闘争勝利新入生歓迎集会(法大55年館)
小林講師ら4名の教員の作成した「事実と考察」 学内にて配布
3/28 世田谷公園野球場にて学部集会 後に学部側は多数決により授業再開を決議した と主張
4/ 4 教授会 磯部学部長代行を学部長に選出
4/17 磯部学部長「告」を出す 「授業を再開し併せて学園の民主化を推進ウンヌン・・・」
5/ 9 畜産学科3年次 学内にて授業再開
 5/中旬 この頃から 通門証検査を拒否し 学内にて集会 新入生オルグを開始
5/21 日大闘争1周年総決起集会(明治記念館)
5/23 大学立法・中教審答申粉砕全都学生総決起集会(明治本校)




6/11 日大闘争バリスト1周年総決起集会(明大記念館) 46名逮捕される
6/22 農闘委 バリスト1周年集会を予定するが 学部当局はロックアウト
7/ 2 農闘委 集会後本館バリ封鎖 2000名結集 
7/ 3 機動隊導入 バリケード撤去
7/21 農獣医学部 校舎のまわりを鉄板で覆い 検問体制を一層強化し授業再開
9/ 4 日大全共闘 全学総決起集会(明大本校)
9/ 5 全国全共闘結成大会(日比谷野音)
9/22 古田新体制打倒全学総決起集会(明大本校)  2000名結集
9/25 法学部3号館前集会 1号館を一時封鎖
9/30 全都全共闘・日大奪還闘争 御茶ノ水周辺でゲリラ闘争展開  360名逮捕
12/11 農獣医教授会 小林忠太郎講師に「退職勧告」 拒否すれば「懲戒免職」とすることを決議
12/16 理事会 小林講師の「懲戒免職」を決定


    1970年

2/25 疎開授業先での文理学部闘争委員会を中心とした全共闘情宣部隊(府中市武蔵野台駅付近)に対し 右翼学生集団の襲撃あり
商斗委 中村克己君 重症 奥島病院にて手術
襲撃された側の全共闘 約30名が府中警察署により逮捕される
3/2 朝 中村克己君 死去
3/11 中村克己君日大全共闘葬(日比谷公会堂) 
故中村克己君のお墓は 千葉県八千代霊園にあり 毎年2月25日前後には墓参委員会の呼びかけで 全共闘の仲間 党派関係者(中村克己君はML派に所属)らが墓参会をおこなっている

また「中村克己君虐殺糾弾委員会」によるパンフレットが発行されています  アップ完了
(2007.7.30)GO

この「年表」は 「叛バリ」 1968年全共闘だった時代 http://www.z930.com/ S氏「覚書」 および「小林裁判に勝利する会」編の年表を元に 作成しました。 (未完)   訂正・加筆等 ご意見をお寄せ下さい。

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