09 11 2004 JERICHO
霧のロンドン。
薄暗い部屋で彼は、新聞を拡げてソファでくつろいでいた。
その隣へ、コーヒーカップを両手に持ったジェリコが無理矢理座り込む。
「はい、コーヒー」
彼は新聞から目を上げる事もせず、差し出されたカップを受け取る。
さっきから何を話し掛けても「あぁ」とか「んー?」とか。
気のない答えしか返って来ない事にもめげず、ジェリコは一所懸命に話し掛けた。
「なぁジョン、知ってる?」
「あー?」
やはりこちらに顔を向けようともしない。
「あのな、ロンが帰ってくるかもしれないって。」
その名を聞くや否や、ジョンは新聞を膝に置いて呆然とした顔をこちらに向けた。
「何、聞いてないぞ。いつからだ?いつ聞いたんだ、そんな話。おい聞いてんのかよ。詳しく話せって。」
本人は気付いていないだろう、どれだけ嬉しそうな顔をしているのか。
ジェリコは不機嫌そうに「知らん!」とだけ言い、ドアをぶち破らんばかりの勢いで出ていった。
「なんだよ、話の途中で…」
何故機嫌を損ねたのかさっぱり解らないという顔で、残されたジョンは首を傾げた。
「さて、ジムでも行くか。」
ホテルを出たジョンは、市内で見知った顔に出会った。
それもそのはず、WWEメンバーのほとんどがイギリス公演の真っ最中なのだ。
「やぁジョン・ブラッドショー・レイフィールド、我が祖国を楽しんでますか?」
いつもしかめっ面のこの男も、さすがに凱旋公演では頬が緩むらしい。
「よぉリーガル、メシの不味さに閉口してる所だよ。」
ジョンが肩を竦めると、彼は良い店を知っていると地図を書いて渡した。
「ところで、ジェリコが機嫌悪いのは何でなんでしょうねぇ。ことこの地で、試合に身が入らないようじゃ困るんですが。まぁ彼に限って、そんな事はないでしょうけど。」
その何気ない一言に、ジョンは呆気に取られた。
「なんで知って…いや、そうか、やっぱり機嫌悪いのか。実を言えば、俺にも理由がさっぱりなんだ。突然出て行ったんだよな。」
リーガルはしばらく何かを考えているような仕草で、どんよりと曇った空を睨んでいた。
が、ジョンの肩をぽんと叩くと、片手を挙げて街角へ消えた。
「なんなんだよ、みんなして。」
ジョンは再び首を傾げるのであった。
リーガルの発言通りジェリコはきちんと仕事を終え、バックステージでぼんやりと座り込んでいた。
バッグに荷物を詰め込み、会場を後にするだけなのになかなか足が動かない。
ため息を一つつけば、昼間の怒りが甦ってくるのだ。
それだけでもう何もやる気が起きない。
目を瞑って伸びをし、全身をほぐす。
再び目を開けると、リーガルが目の前に立っていた。
「よぉ。まだ帰ってなかったのか?さっきアリスが待ちくたびれて、その辺ウロウロしてたよ。」
ジェリコが気だるそうに口を開くと、リーガルはメモを差し出した。
「みんなが『イギリスはメシが不味くてかなわん』と私に言うのですよ。否定はしませんが、それは私のせいでは無いのです。」
ジェリコはイギリスの食生活について何一つ不満を漏らしていないのに、何故か彼は怒っている。
「だから、これをあなたに渡しておきます。ここなら満足な食事が出来るでしょう。」
ぽかんと口を開けるジェリコに無理矢理メモを握らせると、リーガルは大股で出ていった。
まとわりつくアリスには笑顔を見せたくせに、極悪ヒール時代を思わせる顔で振り返って念を押す。
「良いですか、その店以外で食事しないように。その場合の苦情は受け付けませんよ。」
キッと指をさし、プイと顔を背ける。
「色んなトコ行ったけど、そこはなんか、ホラ、ね。他はもう、オエだったよ。」
丸っこい頭を振りながら顔を顰めるアリスの頬を、リーガルは両手でつねりながら何やら呟いている。
何故自分が怒られねばならないのかまったく身に覚えのないジェリコだったが、不覚にもその仕草を見て笑ってしまったのであった。
とてもじゃないが、こんな気分で夜通し騒ぐ気にはなれない。
奴がそこまで言うならと、ジェリコはタクシーを拾って店を訪れた。
ホテルと同じように薄暗いレストラン、中の様子すらよく見えないが、どうやら客は少ないようだ。
ドアを開けると、これまた暗そうな顔のウェイターが案内の為にやってきた。
「お一人様でしょうか?」
黙って頷こうとするジェリコの後ろ、正確には頭の上から、聞き慣れた声が降ってきた。
「いや、二人だ。」
驚いて振り返るが声も出ず、案内されるままに彼らカウンターに並んで座った。
「ジョン、何でここに居るんだよ?」
「あぁ?リーガルにメシが不味いって文句言ったら、ここを教えてくれてな。」
ジェリコの好みは聞かずにオーダーを済ませると、ジョンはゆったりとテーブルに肘を付いた。
「さて、聞かせてもらおう。」
穏やかな目でジェリコを真っ直ぐに見つめ、ジョンは話を促す。
落ち着いた様子のジョンに、ジェリコはまた腹が立ってきた。
「ロンの話なら知らねぇよ、俺だって噂しか聞いて———」
イライラと話すジェリコを手で制し、ジョンはゆっくりと喋った。
「いいか、そうじゃない。何でお前さんがそんなに怒っているのか。聞きたいのはそれだ。新聞を読みながらロクに返事もしなかったのは悪いと思ってる。けどそんなのはいつもの事だろ。何故怒る?もしかして…」
まるで大人が子供を諭すような口調。
ジョンにとっては精一杯の姿勢だが、ジェリコにとっては苛々を募らせるだけの物だった。
「何故怒ってるか?じゃあ言おう。新聞を読むのも結構、生返事も良いよ、俺だって四六時中実のある事を喋っているわけじゃない。だけど今日のは何なんだ?ロンの名前を出した途端…」
堰を切ったように不満をぶちまけるジェリコに、ジョンは唖然としていたが、どうにか口を挟む事に成功した。
「お前だって知ってるだろ、ロンは俺の相棒で」
「相棒だったのは解ってるさ、俺だってロンは好きだ。アンタが大事に想ってるのも知ってるし、それをどうこう言う権利は俺に無い。けど、あの表情だよ!俺にはあんな顔しないじゃないか!」
吐き出すだけ吐き出し、ジェリコは髪を掻きむしった。
そんな彼の姿を見て、怒鳴られていた筈のジョンは笑い出す。
何が可笑しいのだとジェリコは横目で睨んだが、ジョンは笑顔を隠そうともしない。
「クリス、妬いてんのか?」
何とも嬉しそうな顔での返答に、ジェリコは席を立ち上がりかける。
が、すかさず腕を掴まれて再び椅子に座らされた。
「馬鹿だな、ロンに妬いたってしょうがないだろ。ベノワが移籍した時、どれだけ俺が悔しい想いをしたと思ってるんだ?解ってるさ、お前とベノワには俺が立ち入れない友情がある事くらい。だからってクリス、お前に何が言えたんだ、俺は。」
優しく顔を覗き込むジョンを見て、ジェリコは自分を恥じた。
もちろん解っていた、自分の無茶な言い分も、下らない嫉妬も。
それでも腹が立ったのだ、あの無防備に輝くジョンの笑顔に。
運ばれてきた料理を無言でつつきながら、ジェリコはチラチラとジョンの表情を伺う。
「なぁ、もうすぐお前の誕生日だな。俺はてっきり、その話をしないから怒ってんのかと思ったよ。」
「…」
「火曜か。厳しい日程だな、俺達の仕事ってのは。」
「…あぁ」
「何か欲しいモンとか、考えといてくれよな。」
「…うん」
「で、このメシが旨いと思うか?」
「………いや」
まだ俯き加減のジェリコと、それをなだめるジョンが席を立とうとした瞬間、何かがカウンターに滑り込んだ。
伝票のようだが、既に自分たちの伝票は手元にある。
ウェイターに間違いだと伝えようと目線を上げれば、そこにはリーガルの姿があった。
「ここはよろしく頼みましたよ、しかしこの店を教えておいて良かった。人目に付かない場所だったでしょう?我ながら良い策だったと関心しましたよ。さて、私はこれから夕飯なので失礼。」
そのまま去ると思いきや、彼はイタズラっぽく囁いた。
「なかなか良い台詞でしたよ、お二方」
顔を真っ赤にしたジェリコが攻撃を仕掛けるが、リーガルは読んでいたかのようにヒョイと避けると付け加えた。
「アリスを待たせてるんでね、いつまで遊んで居られないんです。そちらに負けず、なかなか可愛いんですよ。」
ジェリコを見て嫌味なウィンクを決め、今度こそ彼は店を出ていった。
もちろんテーブルに伝票を残して。
「なぁ、あいつこの店が不味いって、絶対知ってたよな。」
肩を落とすジョン。
「だろうな、旨いと思ってたらここで飯食って俺等に払わせてるだろ。」
ジェリコは憮然と会計を済ませた。
「そもそも何で俺にこの店を教えたかな、あの男は。」
霧の立ちこめる店外で、ジョンは顔を顰めた。
「…単に嫌がらせだろうな、あの様子じゃ。」
短く切った髪をかき上げながら、ジェリコはジョンを見上げる。
目が合った途端、二人はプッと吹き出した。
「何なんだよ、アイツはよ。どこまで性格悪いんだ?」
「大体どんだけ暇なんだよ、彼女連れて俺等を尾行って。」
口々に今日の不満を言い合い、彼らは肩を組んで歩き出した。
「でも、仲直り出来た」
ジョンがホッとしたように言うと、ジェリコは前を見据えたまま口を尖らせた。
「ごめんな、つまんない事で怒って。」
かつては肩まで垂らしていた髪を惜しむように、ジョンはそのブロンドを撫でる。
「なぁ、何で髪切ったんだ?」
ジェリコはしばらく黙っていたが、やがてジョンを見上げてニヤリと笑った。
「チャンプに敬意を表してさ。」
■
2004年11月9日、じぇりこのお誕生日にゆきえさんに頂きました。
ええ、頂きました、 私 が
なんとなくですね、ゆきえさんのFICに、はじめて「JBL」が出てきたかと思うわけです。
ちょっとクールなじょん。
なんていうか、間違いなく「JBL」ですよね。
不思議ですね、どうして微妙に変わるもんなんでしょうか。
読み手の問題ですね、と自分で思うんですが。
こえられない壁ですよね。ええ、ロンは。
しょうがないんだけど、っていう切ない感じ。うあーって思いますよね。
そうだよね…って。
私、ゆきえさんの書く、リーガルにいじられてぶーぶーいってる2人が好きかも。(笑)
かわいいなあ、じぇりこ。じょんも。
充分らぶらぶっすよ、ええ。
せっかく誕生日に!って書いてくれたのに、
いろいろと失礼をしてしまいましt、すみません、ゆきえさん。
どうもありがとうございました!!
6