私は北海道の人間で、祖父母も両親も北海道出身。自分自身も18年ほどは北海道で過ごした。
そのあと、青森県に四年、東京にも四年、佐賀県にも二年ぐらいすみ、現在は大阪に住んで四年ぐらいになる。
大阪にきてからというもの、今まで住んだところとはなんだか違うぞ?と思う事があった。
大阪の人は普通にしているのに、よそ者の私だけが感じるちょっとした違和感。
栃木県出身の夫に話しても、「そうか?」と全然理解してもらえないので、もしかしたら違和感なんて実はないのかもしれないけれど、自分なりにその違和感を、「なんでだろう?」と考えてみた。
その結果、大阪と、東日本ー(東京?)などと、サービスの提供に関する考え方が違うからなんじゃないか、ということに考えがいたった。
例えば、先日私はママ会的な物に出席することになった。
もちろん周囲は大阪のお母さんばかり。
そして、「ランチを予約しておくから、何が食べたいか教えてください」とラインが回ってきた。
お店のホームページをチェックしてみると、ランチの予約のお客さんが食べられる定食は「刺身定食」「てんぷら定食」「華御前」の三つだけということだった。
私は、「どれもいまいちだけど、あえていうなら刺身定食にしておこうかな…」と選んだ。
ところが、ラインを見てみると、ママたちが会話してみる。
「ランチ予約の客は三つしか選べないなんて、少ないやろ」
「私、ランチの大エビてんぷら定食が食べたいから、電話してみるわ!」
ということだった。
そして、そのママは見事、大エビてんぷら定食を食べられたのだった。
この話の要点は二点ある。
それは「大エビてんぷら定食がうらやましかった私」という点ではない。
ひとつめは、「ええ!!お店に電話確認してまで、そこまで大エビてんぷら定食が食べたかったの!?」
と、ママたちのバイタリティーに私が驚いたと言う事。
ふたつめは、「ええ!!店は注意書きまでして、予約客のランチは三つって書いてたのに、普通にオッケーしちゃうの!?」ということだった。
北海道出身の私は、「選択肢は三つです」といわれたら、どうにかそれから選んでしまう。
そして、東京などでは店側も「他のものが食べたい!」と強固に言う客には、「ルールですから」と、言うしか仕方が無かっただろう。
このとき私が思ったのは、「大阪って、けっこうお店の融通がきくんだな」ということ。
それと、「大阪って、強く言う人が得をするんだな」と思ったことだった。
こう思う事は、このお店の一件だけではなかった。
先日は、ある場所に「お雛人形」が展示されていると言うので、見に行った。
ところがそこまでいくと、その前には人がいて、「お雛人形はもう終わりだよ」と入り口を占めていた。
まだ展示の時間は終わりではなかったけれど、そう強く言われると私は、「なんだかよくわかんないけど、終わりなんだな」と思って、子供を連れて帰ることにした。
するとそこに、大阪のママがやってきた。
「まだ展示時間終わってないはずですよ!」
と、そのママは交渉を始めたではないか。そして、しかるべきところへいって、「まだ展示は終わりじゃないですよね?」と確認して戻ってくると、その人に「終わりじゃないと、許可をもらいました!」といって、そのままドアを開けさせてはいっていった。
ポカーン(・。・)…。
「展示は終わりだ」と強固に言い放っていた人はというと、「そうですか。そういうことなら…」と、ドアを開けて去って行った。
いや、あんたは一体なんだったんだよ…。
このときに私が思ったのは、「もしかして大阪と言うのは、最初に、これはダメ、あれはダメ、とマイナスのサービスを提供しておいて、その後に交渉をした人だけが、よりよいサービスを受けられる仕組みになっているんじゃないだろうか」ということだった。
そう思う例をもう一例あげよう。
また別の日の事だった。
私が近所のスーパーで、肉を買おうとしていた時だった。
いつもはパックの安い肉を買うのだけれど、「今日はすき焼きだし、いい肉にしよう」と私は思った。
だから、精肉店へ行って、「すき焼き肉を300グラム」と頼んだ。
ところが、お店の人がパックに入れた肉は…脂身ばかりだった。
え…なんでこんなに脂身ばかり…ウソでしょ。。。
目を疑った。もしかして、すごく脂身が好きそうだと思われているのかな…。
いや、ここは大阪だ。
私は二周ぐらいお店を回った後で思い切ってお店の人に「あ…あぶらみばかりなので、赤身の肉に変えてもらえませんか…?」と言ってみた。
すると、お店の人は今度は赤身の部分をえりすぐって、ちゃんとしたお肉を入れてくれた。
その時私は思った。
大阪と言うのは、交渉社会なのだ。
交渉をすることが前提で、サービスを受けられる。
第一の例では、お店側は最初から、「みっつだけです」と言っている。
第二の例では、「雛人形は駄目です」と、その係の人(?)は言っている。
第三の例では、脂身ばかりの肉を入れている。
すべて、サービスがマイナスで提供されている。
でも、交渉次第で、それは全然改善される。むしろ、改善した後こそが、本当のサービスのようでもある。
そもそも、大阪と言うのは商店街が多く残る地域だ。
私の住む大阪の某所も商店街が何本ものびているし、これほど商店街の多い街もいままでの地域にはなかった。
大阪のお母さんたちは、「どこどこ商店街のお豆腐がおいしい」とか、「どこどこ商店街のお菓子がおいしい」という情報交換をしている。
また、お店で買い物をする人は、私のようにむっつりと黙って買い物をするのではなく、なんだか会話をしている。
こないだ小耳にはさんだ会話はこんなものだった。
(大阪弁はネイティブではないので、イメージ大阪弁)
客「ああ、ずっとレジで見かけへんから、他の店にうつったと思っとったわ」
店員「やめてへんで。地域採用やから、ここ辞めるなんてことないわ」
なんか、そういう他愛もない会話を、お店の人とよく交わしている。
会話をしたり、親しいきずなを築いて、買い物をするような文化がはぐくまれている地域なのだろう。
私自身は、こういう社会はちょっとやりにくい。
とくに苦情もないので、最初から最善のサービスを尽くして、呈示してもらった方がありがたい。
けれど、そのサービスは、「交渉の余地なし」でもある。
私は交渉をするつもりが無いから別にいいんだけど、大阪の人からすればそれは、冷たいような、融通がきかないような感じがするだろう。
逆に言うと、大阪のサービスは、交渉の余地があり、血が通ったような感じがして、大阪の人にはきっとなじみ深いのだろう。
交渉をすることによって、ディスカウントされたり、お得が得られたりするのは「自分のもぎ取った価値」のようで、より価値を感じるという大阪人気質を知り尽くした商人の脈々たる知略なのかもしれない。
また、交渉をすることでそこに会話が産まれ、会話によって、客をまた「馴染み」として呼ぶことができるという側面も持ち合わせる。
よく、関西の人は、「東京の人は冷たいわ」といういいかたをする、と言われている。
実際に耳にしたことはないから、本当にそう言われているかどうかは知らないけれど、それはきっと、東京と大阪のサービスに対する感じ方の違いが影響しているんじゃないかと私は思う。
他の地域は、大阪ほど融通は利かない。
そのかわり最大限のサービスを提供しているのだが、大阪ではそれは、融通がきかないと映るのかもしれない。
それはともかく、大阪出身ではない私にとってみれば、大阪になじむのはなかなか難しいことではある。
三つの選択肢を提示されたら、「じゃあ刺身定食で」と、ひとつの事しか選べない性格が身についているからだ。
よっつ目の選択肢があるなんて、私にはよもや思えない。
産まれたときから「これはこうです」といわれたら「そうなんだな」と思ってしまう。
雪の中でじっとつま先を見ながら吹雪の中を歩くような生活をしてきたので、「耐える」ほうが「交渉する」よりも、なじみ深い。
大阪は決して、住みにくい所ではない。
けれど、大阪以外の人にしてみれば、住みにくいところになるかもしれない。
周囲の人を見ながら「そうか、ここはいろいろ言うべきところなんだな…」と日々学ぶべきことが多い地域…それが大阪だ。
written 2017/4/15くらい