『シンビジュームの青年』
作:りょうママ AND 馬場惣兵衛さん H・17・2・7                   
                                    
                                                                       


冬のある日、私が駄文と思えるようなシンビジュームにまつわる創作を
自分の掲示板に書かせて頂きました。
すると、いつもお世話になっております馬場惣兵衛さんが御好意で
続編を作って下さいました。
いつか、機会があったら是非皆さんに見て頂きたいと、
ずっと、ずっと暖めてきた作品です。
続編、並びに画像を快く提供して下さいました馬場惣兵衛さんに、
心から御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。


(プロローグ)



ある所に、一人の青年がおりました。

その青年は大変無口で、女性などとは、とんとご縁がありませんでした。

本当は心根の優しい、素直な青年だったのですが・・・。

彼はシンビジュームの栽培を仕事にしておりました。

気難しいシンビジュームも彼の手に掛かると、まるで魔法にかかったかのように

硬いツボミも、いつしか花を開かせてしまう。

そんな、不思議な力を持った青年でした。


ある時、いつものようにビニールハウスでシンビジュームの世話をしていると、

ふと、彼は道行く名も知らぬ少女に目が止まりました。一目見て、彼の心は高鳴りました。

「あれっ?なんだろ、このドキドキは・・・。」


それからというもの、彼女が通るたびに彼の目は彼女の姿を追っていました。

彼は自分の気持ちをシンビジュームに託そうと思いました。


「あの、済みません。あの、これ、もしよかったら・・・。」

唐突な青年の言葉に、彼女は少し驚きを隠せないような表情をしていましたが、

すぐに、元の笑顔に戻り、

「えっ?私に?よろしいんですか?・・・あ、ありがとう。」


冬の僅かばかりの日だまりの中での

ほんの数秒かとも思える出来事でした。

彼女には真っ白なシンビジュームが良く似合う。

見知らぬ女性にシンビジュームをプレゼントしたからと言って

別段、何かドラマのように起承転結があるわけでもない事は彼は、わかっていました。


その後の少女の事は、わかりません。

そして彼も縁あって、彼の優しさを理解してくれる

素朴だけれど、やっぱり心根の優しい別の女性と結ばれました。


白いシンビジュームを見る時、何故か彼は、ほんの少しだけ

キュンとした気持ちに今でもなるのでした。



(プロローグおわり)





続『シンビジュームの青年』





その一「種苗園」(しゅびょうえん)



あれから五年経ちました。

青年は、それはかわいい娘のパパになりました。

心根のやさしいかわいい妻と、ビニールハウスでシンビジュームを育てています。

あの日以来、なぜか彼の育てたシンビジュームがあちらこちらで引き合いになるようになって…

それはそれは毎日忙しくって。仲良く二人して、赤い花、黄色い花、白い花…



あ、また注文の電話です。

「はい、『遼mama種苗園』でございます!」

明るく若々しくハキハキした声が響きます。

そう、結婚して種苗園として出発していたのでした。

名前は妻の「遼子」さんから名付けたのでした。

これまでの「種苗農家」からの脱却でした。

遼子さんの明るい声ととても爽やかな応対と、そして彼の、

いや、高岡亮二君の花を育てる細やかで愛情あふれる栽培の姿勢。

この二つが顧客が更に顧客を呼んでいるのでした。





その二「ごめんください…」



顧客が多いとは言え、花市場にも少しだけ出荷します。

ここから少し離れた町に花の市場があるのです。



ある日の午前十時ごろ。

早朝の市場への出荷作業も一段落して、県外のお客様への配送手続きも済んだティータイム。

ビニールハウスの隅に少しだけ栽培しているハーブでお茶を飲みながら。

「ボクはやっぱり柑橘系がいいなぁ。このレモンバーベナとペパーミントのブレンドが好きだよ」

「そぅお?ワタシは甘いほうがいいわ。午後はカモミールとかシナモンにしていい?」

「ぁぁ、いいとも。実はボクも飲みたかったんだ(o^-^o)」

そんな楽しい語らいをしていると、表の方から誰か声が聞こえました。



「ごめんください…」

「はーい!」

遼子さんが薄いピンクのエプロンのヒモをときながら表に向かいました。

そこには、とても聡明そうな女性がさわやかな笑顔で立っていました。

「あ、いらっしゃいませ。あの、どなた様でしょうか?」

「はい、ワタクシ、植松恵美と申します」





その三「ぁぁ、あの時の…」



植松恵美さん。

実は彼女こそ、五年前の高岡亮二君が真っ白なシンビジュームをプレゼントしたその人だったのです。

恵美さんは、その時のことを感動した面持(おもも)ちで遼子さんに伝えたのです。

「そぅでしたかぁ…」

「ええ、ほんとぅに嬉しかったのです。今日はそんなお礼もありましてお伺いしたのですよ」

「どうぞどうぞこちらへ。主人も喜ぶと思います!」

遼子さんがその時のことをかいつまんで亮二さんに話しました。

「あっ!!!。そうだったんですか!。あの時の…!」



三人でテーブルを囲んで懐かしい話が弾みます。

恵美さんはこんなお話をしてくれたのでした。





その四「私の道はこれだったんだわ!」



あの日、ちょうど自分の進む道に悩んでいたのでした。

そんな時、いつも会う名前も知らない青年から真っ白いシンビジュームを戴いた。

見かけるたびに目だけのご挨拶しかできなかったひと。とても誠実そうなひと。

それなのに申し訳ないな。学生である自分にはなんのお返しもできないで…

でも、とっても嬉しかった!

それは、背中を軽く叩いて「頑張って」って言われたようで。

家に帰り真っ白いシンビジュームを部屋に置いて見た。

その時、「育てる」「励ます」という言葉が浮んだのでした。

「そうだわ。私の行こうとした道はこれだったんだわ!」

と気が付いたのでした。





その五「人権NPO」



彼女はそれ以来猛勉強をしたのです。「人権NPO」での仕事をするために。

この世紀は「人道の世紀」にするんだ。世界各地には様々な差別がある。

民族、人種、貧困。政治だけで解決できるものではない。

またそんなNPO一つでどうなるものでもないけれど、でもこの道に行きたい!

こんな想いでこれまで様々な講演会、講座、セミナー、地域行事に参加してきたのです。

昨年はコンゴ(旧ザイール)にも、ミャンマーでも活動できた。

コペンハーゲンの宣言会議にも代表の方のお供もできた。

学ぶことが更に広がって「人のために尽くす」ことがこんなに意義あるものとは。

ぁぁ、早く「人権を軸としたシステム」を作りたいな!

こんな思いでこれまで学んできたのでした。



そしてその基盤を訓練してくれたのは、戴いたシンビジュームを育てる過程を経験出来た事だった、と。





その六「20鉢のシンビジューム」



白いシンビジュームを翌年も咲かせたい!と強く思ったのでした。

でもとても難しそう。できるかな?いえ、やろう。育てよう!

4月。開花が終り、花を全部切り、新しい芽が出てきたら株分け。

4月中旬からは屋外に出して風雨にさらし、夏は日陰。

肥料の事も知らない事ばかり。油粕や骨粉はどうするの?液肥は?

翌年2月。忙しかったけれど、5鉢のうち3鉢咲いた時は、

本当に嬉しくって泣いてしまった。

友人と親戚に差し上げてとても喜ばれたこと。

次の年は8鉢。次も…

これまで20鉢育てることが出来ました、と。

このときの「育てる」体験が今に生きているのですよ、と。





最終章「真っ白いシンビジューム」



そんなお話を植松恵美さんが涙ながらに嬉々として話してくれたのでした。

遼子さんも亮二さんも涙が止まりません。



「ワタクシ。とても感謝しています。あの時シンビジュームを戴かなかったら…」

「…いいえ。こちらこそ。本当に嬉しいです。ありがとうございました!」

「今日はその時のお礼と、これまでに咲かせることが出来た20鉢のシンビジュームの写真をお持ちしました…」

バッグから出した写真を見て亮二さんは再び涙があふれてしまったのです。

「ああ!」

そこには、あの時の「真っ白いシンビジューム」が誇らしげに咲き香っていたのでした。

「あなた! 私たちほんとうに良かったわね! 幸せね!」





                              完



五年前のたった三本の「真っ白いシンビジューム」がこんなに広がって。

若い二人はこの時ほど幸せを実感した事はなかったのでした。