楽書快評
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書名 桓武天皇
著者 三田誠広
初出 2004年
 桓武天皇は平安京を造り、坂上田村麻呂を蝦夷征伐に派遣した。そして子・葛原王は桓武平氏の始祖でもある。彼はまた、天智天皇の後裔であり、渡来人の子孫である。これらがどんな意味を持つのか。三田誠広は桓武天皇の個人史にスポットを当てて、「聖王」を目指した一人の男を好意的に描いている。「大仏鋳造の悲願を達成した聖武天皇、光明皇后に取り入ってやがて独裁者となる藤原仲麻呂、孝謙女帝の支えて専横を極めた道鏡、宇佐八幡の神託を受けた和気清麻呂、儒者にして右大臣に昇った吉備真備、そして次の時代を築いていく最澄と空海・・・・。一篇の物語の主人公たりうる個性的な人物を周辺にちりばめて、曼荼羅の中央に燦然と輝く桓武天皇の生涯は、日本の歴史の中でも屈指の英雄物語といっていいだろう。」
 ただし、副題に「平安の覇王」とあるように、ついに聖王とはなりえなかった天皇としているが。それは、律令国家をやがて食い荒らす摂関政治を行った藤原北家、その勃興を用意した藤原緒継によって、最晩年に国家を疲癖させたのは造営と軍事であり覇道であると批判されたことによっても示されている。
 壬申の乱以降の時代は天智系に代わって天武系が王位を継承した時代。この時代に、天智系の白壁王を父に、母を渡来系氏族の和(高野)新笠をもつ山部王が王位を継げる可能性はほとんどないばかりか、官職に就く可能性さえ少ない不遇な王が、山部王その人であった。不思議は、やがて王位を継いだだけでなく藤原氏を抑えて直裁をする王として歴史に名を刻んだことである。
 三田誠広はこの人物が王位を継ぐにいたるまでの雌伏の時代を濃厚に描いている。酒びたりの人生を自らに果たして、政争の外に身を置くことで老齢になって天皇となった父・白壁王(志貴皇子を父に、母を紀橡姫に、祖父を天智天皇)。彼を父に持つ山部王は渡来系氏族の中で成長し、その武力と財力とを背景に、藤原四家のなかでも時の権力から除外された一族を味方につけて、覇王としてのし上がっていった。その強運は、王族の中でもずば抜けた才能が引寄せたものであった。それは、恵美押勝(藤原仲麻呂)が新羅征伐の軍を発するために諸王や貴族までも大宰府において軍事訓練をさせた場面で、大宰大弐・吉備真備からその学才を褒められたエピソードに見られる。吉備真備はいう。「皇族貴族のご子弟で儒学の才の際立つお方は、南家の継縄さま、あるいは同じ南家の是公さまと思うておりました。されども、当時のお二方をはるかに凌ぐ山部王の英才ぶりに、感服いたしました。」と。だが、英才が問題なのではない。三田誠広は山部王(桓武天皇)の人物像を、その出生へのこだわりから造形する。
 後に平安京を造る山背国は奈良から見て背中の国であった。その葛野(かどの)や乙訓(おとくに)こそ山部王が慣れ親しんだ地であった。葛野の盆地の西山に流れるのが小畑川である。南下して長岡にいたる。「川に沿った狭い平地が乙訓と呼ばれていた。葛野の広大な盆地を大国、あるいは兄国とすると、劣った国、弟の国という意味である。その乙訓の北部に、大枝という地があった。土師一族の居住地である。山部王はこの地で生まれた。母の実家がここにあったからだ。」「この地には丹波に通じる街道があり、人の行き来が盛んだった。出雲から丹波にかけての山陰地方は、出雲族の故郷である。土師一族は旅人を歓待した。新笠の父、和乙継も旅人としてこの地を訪れ、母と結ばれたのだ。」百済系氏族の和(やまと)乙継を父に土師氏の女を母に和新笠が生まれた。その女と白壁王とが結ばれて生まれた山部王は、この母方の里で育てられた。山部王が桓武天皇とした即位すると、この母方の一族・土師氏は大江や菅原の姓を賜わる。桓武天皇が即位しなければ、大江氏も菅原氏もなかったのである。
 太秦の広隆寺にある百済渡来の弥勒菩薩半跏思惟像を見て山部王は「目の前にある菩薩の泣き顔を見ると、故郷を失った百済人の思いが、胸にしみる気がした。自分の体内にも、百済人の血が流れている。この菩薩の前に立つ度に、山部王はそのことを感じた。天智天皇の嫡流でありながら、百済人の血を宿している。それが自分だ。自分はこの奇妙な血の交わりをかかえて生きていくしかない。山部王は、菩薩を見つめながら、深く息をついた。」  
 ここに三田誠広の「桓武天皇」の主題が集約されている。「自分はこの奇妙な血の交わりをかかえて生きていくしかない」という自覚を語らせることにおいて小説「桓武天皇」が成り立っているのである。日本列島に住む人々は南方、北方、海洋、大陸からの「奇妙な血の交わりをかかえて生きて」いるにもかかわらず、それを自覚的に生きようとはしていない。複合的に形成された民族であることの多様さを、改めて尊重することは、グローバル化への対応を必要とする現代にとって貴重な財産ではないだろうか。(2006/2/19)

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