書名 じいさんばあさん
著者名 森鴎外
初出 大正4年9月
 じいさんばあさんとは鴎外の小説の題名にしてはとぼけていて、味がある。私はこの小説が大好きだ。
 ある日、隠居所で暮らし始めた「なかなか立派な」爺さんと、爺さんに負けぬくらい品格のよい婆さんの来歴が静かに語られている。二人の暮らしぶりはまことによい。
 「二人の生活はいかにも隠居らしい、気楽な生活である。爺さんは眼鏡を掛けて本を読む。細字で日記を附ける。毎日同じ時刻に刀剣に打粉を打って拭く。体を極めて木刀を振る。婆さんは例のまま事の真似をして、その隙には爺さんの傍らに来て団扇をあおぐ。もう時候がそろそろ暑くなる頃だからである。婆さんが暫くあおぐうちに、爺さんは読みさした本を置いて話をし出す。二人はさも楽しそうに話すのである。」
 しかし、二人の生涯は激烈なものであったことがおいおい物語られる。爺さんが72歳、婆さんが71歳。隠居の生活は37年ぶりの二人の生活であった。
 二人が夫婦になったのは、大番組美濃部伊織30歳。尾州家の奥勤めをしていたるん29歳。当時としては晩婚である。「さて二人が夫婦になったところが、るんはひどく夫を好いて、手に据えるように大切にし、78歳になる夫の祖母にも血を分けたものも及ばぬ程やさしくするので、伊織は好い女房を持ったと思って満足した。それで不断の肝癪は全くあとを収めて、何事をも勘弁するようになっていた。」
 ところが、京都へ伊織が出張に出た折、同輩と刃傷沙汰を起こし、相手はその傷で亡くなってしまう。収めていた肝癪がでたのである。問われて伊織は「いまさらに何とか云わむ黒髪のみだれ心はもとすえもなし」と歌い弁明をしなかった。取調べの後、伊織は知行を取り上げられ、有馬兵衛佐へ「永のお預け」となり越前丸岡に流配。
 残された家族はさびしいものであった。祖母はたいした病でもなく亡くなり、5歳になる息子も疱瘡にかかって死んだ。るんは再び武家奉公にでる決心を固める。るんの気持ちが「そこでるんは一生武家奉公をしようと思い」と簡潔で含蓄ある表現で言い表されている。その後31年間、黒田家に勤めて、故郷の安房へ戻った。伊織が流配を許されたのはるんが安房に戻った翌年。
 鴎外は小説を「それを聞いたるんは喜んで安房から江戸へ来て、龍土町の家で、37年振に再会したのである。」と、結んだ。そして夫を「手に据えるように大切に」した毎日が再び始まった。
 ひとつのことを百に表現することは容易いが、鴎外のように百のことをひとつの言葉で言い表すことは難しい。(2004・1.1)
楽書快評
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