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書名 新古今集新論
著者 塚本邦雄
初出 1995年 岩波書店
塚本邦雄は新古今集を個々の和歌を一首ごとに吟味して読むこと以上に、その時代の前衛歌人たちの織り成す絵巻物を読もうとしている。その焦点は後鳥羽院と藤原定家である。
1221年、承久の乱を引き起こした後鳥羽院という強烈な個性が、藤原良経、藤原定家らとともに編み出した文化創造のわずかな時代を描くことが塚本邦雄の新論の意図である。後鳥羽院は勅撰和歌集を編むために、六百番歌合(1193年)、千五百番歌合(1201年から1203年)、水無瀬殿恋十五首歌合(1201年)を開きそこから多くの和歌を採取した。
六百番歌合では宮廷歌壇の中の新旧の対立(六条家、御子左家)、そして六人の女性を含む千五百番歌合。ここに登場してくる女性たちの因果にも言及がされている。「わが袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らねかわくまのなし」の沖の石の讃岐(二条院讃岐)は源三位頼政の娘(当時60歳前後)。頼政の弟頼行の娘が宜秋門院丹後(「忘れじな難波の秋の夜半の空異浦に澄む月はみるとも」で異浦(ことうら)の丹後と呼ばれた)。1180年、源頼政は後白河天皇の皇子・以仁王とともに平家打倒の兵を挙げ、宇治で敗死した摂津源氏の棟梁である。歌合には登場しないが以仁王の同母妹が式子内親王である。塚本邦雄は「一生独身であっただけに、以仁王に対する思慕は、尋常ではなかったろうと思われます。」と語っている。政治の激動期に傑出した歌詠みが女性にも多々生まれている。
また、源実朝を祈り殺すために建立したといわれる最勝四天王院の障子和歌46首から13首を和歌集に入れている。障子和歌の定家の自信作「秋とだに吹きあえぬ風に色かはる生田の森の露の下草」を後鳥羽院が和歌集に採らなかったために選歌眼がないと非難し、1220年2月の宮中歌会で「道のべの野原の柳したもえぬあはれ歎きのけぶり比べに」と歌って後鳥羽院の激怒を買い閉門を命ぜられている。塚本邦雄は「二年ほど前に、定家の屋敷にあるしだれ柳に目をつけた院が、水無瀬離宮に移し植えたいからと召上げたことを恨んで皮肉ったという勘ぐりという説もあります。」と激怒した背景を説明している。
承久の乱後、政権を取ったのは西園寺公経。鎌倉幕府との関係を良好として太政大臣となった。藤原定家はこの公経の姉の夫。後鳥羽院政権下では昇進しなかった彼も栄えることとなった。
後鳥羽院は隠岐島に流された後も、新古今集の改訂作業を続け、1235年「隠岐本」として流布されている。塚本邦雄は削られた約四百首に注目する。特に消された定家の歌に優れたものが多いと塚本邦雄は分析する。
「ゆうぐれはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風の吹くらむ」(247)
「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやの秋のゆふぐれ」(363)
「かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふすほどは面影ぞたつ」(1389)
「さがの山千代のふるみち跡とめてまた露わくるもち月の駒」(1644)
「君が代にあはずはなにをたまのをのながくとまではをしまれじ身を」(1757)
以上が、消された定家の五首である。塚本邦雄は断言する。「46首入撰中の十一パーセントといえば、他の諸家のそれに比して不当に多いとは考えられまい。しかしその質においては、極言するならば致命傷に近い。1644,1757の雑歌二首は問わぬ。だが『仁和寺宮五十首』中の白眉とも言うべき247、25歳の『二見浦百首』中の絶唱363、定家の数ある傑れた恋歌の中でも比類のない1389、言わば若書の代表作、四季歌の点睛、恋歌の醍醐味が選りに択つて切り出されてしまつたのだ。」「新古今集の構成排列の妙はいまさら喋々を要しない。後鳥羽院の勅撰の真意は、単に秀作を羅列した従来の詞華集を拒み、一巻自体を渾然とした巨大な作品と化するところにあつたことも自明である。」「三首削除の理由は従つて構成緊密化のためでも、バランス再調整のためでも決してない。一に定家の新古今集におけるレゾン・デートルを抹殺するための配慮であり、『傍若無人ことわりも過ぎた』彼への罰であつた。言わば承久二年の逆鱗に続くふたたびの遠島勅勘である。」
「黒髪のみだれもしらずうちふせばまづかきやりし人ぞこひしき」は和泉式部の歌である。これに呼応した「黒髪」について述べた次の塚本邦雄の見解は注目してよい。
「次は『時鳥』の主題となる。このあやふい微妙な呼吸が、削除によつてたちまち乱れることを、練達の院がなにゆえに忘卻したのか。恋歌五の巻頭は定家の、白妙の袖のわかれにつゆおちて身にしむ色の秋かぜぞふく であつた。上半は和泉式部に貫之、さては伊勢物語、大和物語のロマネスクな相聞が雅やかな調を連ね、その跡絶えた空間に、寂連、家隆、俊成、定家、俊成女、式子内親王が当代の綺羅を尽くすというふ趣向である。すべて後朝と夢の情緒、その中心に定家の歌う黒髪は冷え冷えと官能の陶酔にふるへてゐるのだ。このポリフォニーの中から最高音を除くといかなる和声が生まれると院は考えたのか。他の五人のいづれを削つても決定的な弊害は生じない。しかし定家を切り出すなら諧調はがらりと崩れるのは誰の目にも明らかである。」 塚本邦雄は独特の文体によって斬新な「新古今集」解釈を見せてくれた。(2007/2/12)