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書名 長崎ぎやまん波止場
著者 白石一郎
初出 1991年 文春文庫(1985年 青樹社)
鎖国の長崎を舞台にして自治の町で起こる難事件を解決する乙名頭取・若杉清吉の物語である。三つの事件をつなぐのは先代でもある父親への反発と和解の物語である。
物語に入る前に白石一郎が舞台である江戸時代の長崎をどのようにとらえていたかを見てみよう。「長崎は幕府の天領で、幕府の派遣する長崎奉行の支配下にある。しかしそれはおもて向きの話。この町は慶長いらいの自治制度を守り抜いてきた。乙名や組頭、日行使などおという役目もそれである。町人自身が町々の運営にあたり、奉行所の介入を許さない。各町ごとに世襲の乙名がいて、交易の利益金から充分なお手当てを受けている。79ヶ町の乙名たちの中からとくに4人が選ばれて、頭取の地位につく。4人の頭取は自分の町だけではなく、長崎の町政の全般に眼を光らせる。若杉清吉は42歳、長崎で最も若い乙名頭取だった。この仕事に専念し、商売一切に手を出さない。」
乙名頭取の清吉が町政のひとつとして刑事事件に立ち入るという設定である。これを支えるのが組頭の藤助、日行使の佐平であり、事件をめぐって対立するのが江戸から派遣されてきた奉行所の与力・小笠原大蔵、同心の岡九郎二郎である。最初の話は出島で起こったオランダ人殺害の嫌疑をかけられた混血児を救う話である。第2話は、隠れキリシタン、第3話は、左道密教に取り付かれた旧家の悲劇を題材にしている。いずれもアクが強い話題である。その点、同じ白石一郎が福岡藩の「十時半睡事件帖」は日常性があり、題材で驚くことはない。
オランダ人殺害は、「遥かな国の父」という表題である。通底する父子物語の序章である。3つ話の中では一番読みやすい。混血児として残された今紺屋町に住む兄妹への差別、その生活の成り立ちよう、そしてオランダ貿易に携わる商人たちの駆け引き、町の自治を守ろうとする人々の息遣いが長崎の風景とともに描き分けられている。そして謎解きはクライマックスに達する。清吉が仕掛けた罠にはまり、殺害に使った短剣と同じものを作らせて言い逃れようとした瞬間に、作り直させた短剣の鞘から「隠すより顕わるるなし・・・明和辛卯八月二十八日本博多町乙名、若杉清吉。」と書かれた薄紙が取り出されるのであった。
隠れキリシタンとして潜んでいるうちにキリスト教から逸脱した民間宗教となった「水神の秘密」が第2話である。舞台は今町の平戸屋である。
清吉は仏壇の前に座って「ありがとうございます」と祈ることが時々ある。若い頃「町乙名という一見無為な家業を嫌い、さりとて何を生涯の仕事とするかの目途もなく、世間の仕来りはすべて馬鹿らしく見え、あてもなく走る奔馬のような日々を送っていた。」いま両親の位牌にありがとうございました、と心中で呟くのは「若いころさんざん心配させた両親にこれ以上の願いごとをしようとは夢にも思わなかった。神仏とは、ときどき思いだして御礼をいう相手だと清吉は自然に考えている。むりな願いごとを押しつけて頼んだりする気はさらさらなかった。」このような清吉から見ると犯人として仲間内から指された浦上村淵郷の漁師の糸吉は純粋ななキリシタンであり、民間宗教化した「水神」信仰は現世利益と重なった不純なものを感じ取り、嫌悪するのであった。中国武術を使っての立ち回りを経て、殺害に使われたギヤマンの十字架を探し出す。
第3話は「おんな無宿」である。義父殺害の犯人として21年前に処刑されたはずの女が、水死体として上筑後町の岸辺に打ち上げられた。この謎解きは、事件当時に係った父・若杉清蔵への思慕を募らせることとなった。乙名頭取となっていた父が書き残した文書の中に、事件に係る文面が出てくる。「高島様決断、愚見採択され有難きこと也」である。21年前の関係者を洗ううちに、自分が描いたとは別の父親の姿が浮かび上がってくる。ある老婆は「ええ、何度もお見えでしたよ。気性の激しいまっすぐな人でねえ」「大きな声を出したりするお人ではなかったけど、いちど言い出したらてこでも動かないお人でねえ。死んだ主人も若杉清蔵さんといえば一目も二目も置いていましたよ。温和そうに見えてびっくりするような度胸のあるお人だとか、よく言っていたのを覚えていますよ。」と語るのであった。それは驚きであった。「律儀で小心で町内の雑務に駆け回る父親の姿しか清吉は知らない。若いころそんな父親を情けなく思い、ことごとに反発し、おやじのような暮らしだけは絶対にしたくないと願ったものだった。」
探索を続けるうちに事件の背景として歓喜天や和合仏を祭り男女の和合で悟りをひらき、即身成仏を果たす左道密教を奉ずる旧家の内情が明らかになり、長崎の政治を司る人々が義父殺しの嫁お種に同情したこと。そして処刑したことにして江戸に隠れさせた事実が判明する。このからくりを描いたのが父清蔵であった。「高島様決断、愚見採択され有難きこと也」とはこのことを指していたのである。
「おんな無宿」はこう閉じられている。父親発見の旅は20余年を要したのである。
「牢屋敷を出ると、秋空は明るい陽光に輝いていた。大蔵と門前で挨拶して分かれ、清吉は涼しい風に頬をなぶられながら、歩きだした。『おやじさん』と胸の中で亡父の清蔵に呼びかける――見直したよ。お種さんを町方から奉行所役人まで総ぐるみで助けるなんぞ、わしには考えもつかん。それをやらしてしまったおやじさんは、大したお人さ・・・。とんびが秋晴れの空のそこかしこで悠々と輪を描いている、長崎にもそろそろ冬の訪れが近いようだった。」(2007/6/24)