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書名 斜陽
著者 太宰治
初出 1947年12月 新潮社
奥野建男は「太宰治 人と文学」(新潮文庫版解説)においてオーソドックスな解説を行っている。「明治42年(1909年)、青森県北津軽郡金木村に生れた。生家の津島家は、津軽屈指の大地主、富豪で、父の源右衛門は貴族院議員、衆議院議員にもなったこの地方の名士であり、金木の殿様などと言われた。・・・津軽に生れ育った、生家が大地主であったこと、六男坊として育ったこと、この三つが太宰治の生涯と文学を理解する上で、重要であると考える。」そして「斜陽」の評価は「それはぼくたちの中にある卑怯さ、醜さに鋭くつきあたる。真の革命のためには、もっともっと美しい滅亡が必要なのだと、古き美しさの挽歌であり、恋と革命とに生きる新しい人間の出発を模索した長編『斜陽』を書く。」「日本には珍しい本格的ロマンであり、その底にひと筋の祈りが秘められていて、読者の魂を撃ち、芸術性に陶酔させる。」(昭和47年9月)当時、斜陽族という言葉も生れたようにブームを起した小説であったようだが、今日シャヨウゾクは社用族である。
私は太宰治のように金持ちのお坊ちゃまではないので、「斜陽」の話を実感としてえることはできない。また、敗戦後で「貴族」がなくなるという時代背景も、興味を持たない。ただ、「斜陽」に出てくる太宰治が紡ぎだした言葉のイメージには、感心してしまう。例えば、効果的に現れてくる「蛇」の使い方、そして理想とされた「母」のイメージ。
手紙や遺書という「独白」を使った小説作品には興味があまり浮かばないので、いくつか、気に入ったフレーズを並べてみたい。
「そうして私の胸の中に住む蝮みたいにごろごろして醜い蛇が、この悲しみが深くて美しい美しい母蛇を、いつか、食い殺してしまうのではなかろうかと、なぜだか、そんな気がした。」自立を図る娘かず子から母を見上げる位置関係が「蛇」を題材にして表現されている。美しい美しい母蛇とフレーズを繰り返しているところが良い。
「私はただ、私自身の生命が、こんな日常生活の中で、芭蕉の葉が散らないで腐って行くように、立ちつくしたままおのずから腐って行くのをありありと予感せられるのが、おそろしいのです。」立ったまま腐っていく芭蕉の葉に重ねた、かず子の焦燥。
「待つ。ああ、人間の生活には、喜んだり悲しんだり憎んだり、いろいろの感情があるけれども、けれどもそれは人間の生活のほんの1パーセントを占めているだけの感情で、あとの99パーセントは、ただ待って暮しているのではないでしょうか。幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと胸つぶれる思いで待って、からっぽ。」変化を待つかず子の心の中の比重は99パーセント。日常的なあれこれは意味がない心情を掬い取っている。
「生き残るという事。それは、たいへん醜くて、血の匂いのする、きたならしい事のような気もする。私は、みごもって、穴を掘る蛇の姿を畳の上に思い描いてみた。」同じく「蛇」を効果的に使った表現。
「父の血に反抗しなければならない。母の優しさを、拒否しなければならない。姉に冷たくしなければならない。そうでなければ、あの民衆の部屋にはいる入場券が得られないと思っていたんです。」民衆の部屋へ入る入場券という場違いのような言葉に、かえって切実さが込められている。民衆にとってなんで悩むのかさえ分からないような心持も、当時の世相からすれば共感もあったのであろう。時代背景に負ぶさった小説は、歴史を越えられないのだが。そして、貴族の没落を描くという設定にもかかわらず、父親不在の小説である不思議。貴族という家族を単位とする特権階級の醜さは表現されていないので、なぜに姉かず子、弟直治がそこから脱出を試みているのか伝わってこない。敗戦で単に制度がなくなり、食べられなくなったので、脱出を試みているとも思える。
「人間は、みな、同じものだ。なんという卑屈な言葉であろう。」みな同じという言葉への感情的な反発の仕方には、なるほどと思うところと、どうかなと思うところとが半分半分。
そして小説のまとめに近い言葉。「この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね。教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。」子どもを生むことが「私の道徳革命」であってもかず子以外の人にとっては特に決意を要するものではなく、ましてや「道徳革命」と命ずるほどのものではない。が、確かに世代間の継承は必要なことなので政治等がこのためにあるといっても、間違いではない。これに関しては柄谷行人が文庫版の解説で主役である姉かず子は母、弟、庶民出小説家上原に「比べて生彩がないようにみえる。」としてかず子の説く「道徳革命」が観念的にしか描かれていない点をあげている。しかも、説かれたその観念的な道徳革命とは別に、子どもを生み育てるという「原始的な場所」に降り立ったかず子に柄谷行人は注目している。「彼女は新生に賭けた者であるが、しかし滅びる者と対照的に区別されているのではない。作品の全体において、それらが互いに反照しあって、“斜陽”の一瞬を永遠に定着させているようにみえるのである。」(新潮文庫 昭和49年2月)このように斜陽という作品名にこだわった解説をしている。夕陽が描き出す陰影というコンセプトによる印象が語られている。印象批評的な解説である。「斜陽」での陰影は時代を超えて伝わるものでない。太宰治の評価は、この小説に関してのみでいえば、美しい言葉を紡ぎだしている、ということだろう。(2008/4/27)