楽書快評
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書名 幻にあらず
著者 藤沢周平
初出 1976年 青樹社 単行本「逆軍の旗」所収
 30年間、米沢藩財政の建て直しを担ってきた竹俣当綱は暗い顔をして、主君上杉治憲に心のうちを訴える。政は「賽の河原でございますな。一所懸命に石を積んで、今度はよいかと思うと、鬼がやってまいります」と。鬼とは自然災害や幕命による大規模土木工事への手伝いをさしているのだろう。
 「はい、それがしはもはや若くはございません。しかるに、藩の建て直しはまだ先が見えておりません。なるほどいろいろとやってみましたが、それでいくらか家中や農夫が楽になり申したかといえば、否です。殿はいまだ木綿を召しておられる」その絶望感は若い藩主には伝わらない。「実効を急いではならないだろう、当綱」
 当綱は「殿はお若いから、そのようにおっしゃる。それがしは近頃、藩の建て直しなどということは、若い間にみる幻かも知れんと、そう思うようになり申した」「若い時分には、これほど美しいものはござりませなんだ。命をかけても悔いないと、女子に惚れこむように、真実そう思うたものでござる。しかし、年取ると、この幻は辛うござりますな。」この内から疲労感とともにこみ上げてくる辛さ。藩主導による漆、桑、楮の植立て、藍栽培、国産縮の生産、いずれも竹俣当綱が采配をふるって手をつけた事業である。漆、桑、楮の木を各百万本を植えて10年後には知行分166百石の収益を得て、15万石の米沢藩を30万石の藩にする計画を立てたのである。だが、気力は年とともに萎え、石を積む腕に力が入らない。幻を追っていただけではないか、という疑念が老いた身には辛い。
 若い主君は、「幻ではないぞ、当綱」と叱咤するのである。自己崩壊する瀬戸際で、身を引くことの訴えは、ついに伝わらなかった。2年後、治憲は江戸藩邸で竹俣当綱への弾劾文を受け取ることとなった。「隠居の上押し込め」の処分を判定した藩主上杉治憲の以下のような述懐の言葉で小説が終わる。
 「ふと当綱がうらやましい気がした。改革はときに人に非人間的な無理を強いる。当綱は、長いこと一汁一菜、木綿着を窮屈に思い、最後には罪を覚悟で大胆に遊んだのかも知れないという気がした。――だがわしには、それは許されまい。治憲はそう思い、長く険しい道を心の中に描いてみた。藩改革は、まだ始まったばかりのところで、じっと停滞していた。」この治憲の当綱へのうらやましいと思う気持ちは、当たっていないように思える。一汁一菜や木綿着を当綱が、我慢が出来なかったのではなく、政治家として己の政治理念、政治事業が幻に終わるしかないと悟ることが、我慢が出来なかったのである。
 幕藩体制そのものが社会の仕組みに追いつかなくなった時代にあって、藩改革が賽の河原の石積みに等しい。今日からみれば歴史をそのように捉えることはできよう。ましてや米沢藩のように5000人からの武士層を過剰に抱えた藩政が、体制内改革でさえ「停滞」することは用意に伺えよう。幻と悟った当綱と、幻と見ないことで生きようとする治憲との対比が小説の骨子である。が、当綱の達成感が得られぬままに終わろうとする人生に親近感を覚える。小説の題名は「幻にあらず」であるが、本当にそうなのであろうか。名君の誉れ高い上杉治憲が、その人生の最後に賽の河原の石積みを思わなかったのであろうか。聞いてみたい気がするがそれはこの小説とは関係ないことではある。(2008/8/12)