書名 御宿かわせみ11二六夜待の殺人
著者名 平岩弓枝
初出 1987年4月から12月号まで オール読物
テンポがよく読み切り1話の1時間番組を見ているようである。人情の険しくなった江戸末期の大都市に生きる人々の律儀さと優しさとがどの作品からも感じ取れる。宿屋の女将るいと情人である与力の次男坊神林東吾との安定してるとはいえない日常と、そこに持ち込まれる事件のかずかず。
不安定さは魅力である。るいにも、東吾にも将来の見通しは描けない。どうしてなのか。武家社会の基礎となっている世襲の家を持っていないからである。
神林家の当主は兄であり、東吾は居候、やっかいおじである。やっかいおじは分家するか、他の家の養子にでもならない限り結婚さえできない。それは武士階級に限ったことではない。それを酷い制度だと、改革を建白したのは、幕末の思想家横井小楠であった。
「士たる者の弟、次男のごときは、年ごろとなりても妻を迎えざるは、天下一同武家の制なれば誰人も異とせざれども、壮より老に至るまで夫婦親子の大倫を廃して知ることをえざるゆえ、これがために不行跡に至る者もまた多し、最も可憐の至りなり。」と「国是三論」にいう。このように言う横井小楠もまた、やっかいおじの生活が長く、いかに才能があっても、熊本藩では役職に就くことができなかった。横井小楠が結婚したのは45歳の時。次の年には兄時明が病死し家督を小楠が継ぐ。ここにようやく熊本藩士となり知行150石を相続するとともに、藩士として城山10里の外の禁足に縛られることにもなる。横井小楠は酒癖が悪く、それを利用した政敵に指弾、排斥されることがあったが、この不行跡も自身が言うように「夫婦親子の大倫を廃して」いることを余儀なくされたからではないかと私は思っている。話は横道にそれた。
るいの心の揺れはそこにある。「錦秋中仙道」の結び、木曽の奈良井宿に旅立つ二人(漆職人の夫婦になる)に対して
「『お幸せをお祈り申していますよ』
少しばかり羨ましそうな声でるいがいい、二人は深々と頭を下げた。」
いまの楽しさが明日につながる保証は、このままではない。兄が急死するか、あるいは東吾が旅籠の主人になるか。いまの自由さは「可憐の至り」の代償として得ている。東吾が神林家の当主で与力という設定では、不行跡をする者を取り締まるお役人の話でしかなくなり、これほど長く愛される読み物とはならなかっただろう。東吾はいつまでも道場の代稽古や、捕り物の手助けで時間をつぶすしている以外にすべはない。時代が変われば、また道が開けるが。しかし、開けた後の人生がるいや東吾にとって幸せを約束したのかは、別の話である。
時代はそこまできている。たとえば、「源三郎子守歌」では「水戸藩の過激派連中」の密書がでてくる。江戸幕府の行き詰まりは明らかであった。駆け落ちしたある夫婦は密書を発見してお上に訴え出ようとして惨殺された。惨殺された夫婦の父親は次のように語る。
「不孝者が−−せめて、上様に忠義を尽くしましたことが、親としてまことに面目が立ち−−」
そこまできている時代への関心はだが「御宿かわせみ」では薄い。いや、変わろうとする時代へあらがう心持ちがどこかであるような気がする。登場人物達は世相が険しくなった、奉行所の仕事が大変になったとの心持ちに終始する。律儀に江戸の町の秩序を「守る」人たちが御宿かわせみのまわりにはたくさんいる。そうして、時代が変わるまで、江戸の人情話は続く。
(2004/2/2)

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