書名 武家用心集
著者 乙川優三郎
初出 2006年 集英社文庫 (2003年 集英社)
武家用心集とは変わった名前の作品集である。24年ぶりの大雪に覆われた新潟の町の本屋で文庫を求め、吹雪に閉じ込められた町の喫茶店で読んでみて、納得である。8編の用心の物語であるが、その内で最も優れているように思うのが「田蔵田半右衛門」である。田蔵田というのは「人が麝香鹿を狩るときに、なぜか飛び出してきて代わりに殺される獣のことで、底抜けな愚かものという意味」と紹介されている。
主人公倉田半右衛門は、婿養子に入り70石の郡奉行を務めていた8年前に、ある事件に巻き込まれて以来、人目を避けるためにはじめた釣りにいそしんでいる。今は作事方に属し、植木奉行を務める40石の武士である。事件というのは当時の家老小山九太夫の不正が明らかになり、家老の三男安蔵が遁走した折に、それと知らずに安蔵に味方して捕り方と刃を交える不始末を起こしたためである。減俸のうえに役替えにあって逼塞した人生を送っている。半右衛門は(自業自得だ・・・)と思うのであった。
「原因はすべて自分の不注意であり、誰を咎めることもできない。あのとき助けを求めたのが安蔵でなかったら助勢はしなかったように、たとえ友であれ事情も知らずに助けるべきではなかったのである。」ひっそりと暮らすのは同じ過ちを起こさないため、また信用のできない世間から逃避する手段として釣りを始めたのであった。
その日の釣果は小さな鰈2匹であった。それを下げて家に戻ると、普段は付き合いの切れている実兄の今村勇蔵が待っていた。用件は顔が青ざめるような重大な事柄であった。月番家老坪井孫兵衛を経て上意が下り、大須賀十郎という家老が不正をしているので密かに首を討てとのお達しであった。二の足を踏む半右衛門に勇蔵は「汚名を晴らすまたとない機会だろう、用心もいいが、度が過ぎると好機をふいにするぞ」と強引に決めて帰っていった。実兄が帰っていった後もおびえる夫婦の会話が続く。家付きの珠江は「お断りなさいまし、是非そうしなさいまし」と不安を語る。関わりのないことで再び一家の将来を危険にさらすことを最も愚かなことと考える夫半右衛門は、「それも考える、しかし、まずは調べてからだ、断るにしろ引き受けるにしろ、貧乏籤を引かぬように用心せぬとな」と応えるのであった。
半右衛門が大須賀十郎への身辺調べを積み重ね、また直に接触を図りながら余すところ2日になった頃、実兄勇蔵が再び訪ねてきた。「いったい、いつまでぐずぐずしている」と詰問する実兄に、半右衛門は「あの御方は斬れません」と述べた。
その夜、大須賀十郎に討手が迫った。大須賀十郎を取り囲んだ討手の背後に、いつの間にか半右衛門は回り込み「義によって大須賀さまに助勢いたす」と鯉口を切った。あわや半右衛門自身が斬られようとしていたの見ていた、大須賀十郎は討手を退けた後、半右衛門に親しみが籠もった物言いで「聞くところによると、田蔵田半右衛門とか申すそうだの」と問い掛けた。大須賀の代わりに殺されかけた半右衛門の行動を指した言葉である。
暗殺未遂の事件後、執政交代があり大須賀十郎が筆頭家老となり、坪井を始め反対派は実兄の今村勇蔵も含めて失脚して行った。半右衛門は40石の加増があり、元々の家禄よりも10石も多く得ることができたが、身分は郡奉行への復職を断り植木奉行のままで、休日は相変わらずの釣り三昧である。(人は、とりわけわしのような慌て者は、望みの少し手前で暮らすほうがいいのかもしれない・・・)と出世を望まぬ感慨を胸に抱いたのであった。
妻や子どもたちと釣りに出かけた磯場で「珠江の笑い声を聞くうちに何となくおかしくなって自分も笑い出した。屈託のない珠江の笑い声を聞くのも、自ら笑うのも久し振りのことだ。見ると、子供たちもこちらを見て笑っている。(これがまことの褒賞かな・・・)」
家族の笑顔は掛け替えのないものである。同じ失敗を繰り返さず、用心に用心を重ねて、なお果敢に行動した半右衛門の姿は「武士用心集」に相応しい。読みながら、藤沢周平を思い出した。(2009年12月31日)