書名 記録
著者名 吉野弘
初出 1959年 詩集「消息」
無数の寄生虫の話である。リストラの話である。題材がストレートすぎるが、どうも気になる詩である。首切り案が出た日の情景を記録する。
「ストは挫折した。小の虫は首刎ねられ、残った者は見通しの確かさを口にした。」これが詩の一節である。続いて、
野辺で、牛の密殺されるのを見た。尺余のメスが心臓を突き、鉄槌で脳天を割ると、牛は敢えなく膝を折った。素早く腹が裂かれ、鮮血がたっぷり、若草を浸したとき、牛の尻の穴から先を争って逃げ出す無数の寄生虫を目撃した。
このようなシーンと二重写しにすることで、ストの挫折後の人々の切ない姿を断罪する。最後にも、
「生き残ったつもりでいた。」と厳しい言葉が付け加わる。
1926年生まれの吉野弘は、この詩を見る限り、少なくとも生き残ったつもりの寄生虫の人生は送らずにすんだ。
この頃、約50年前も厳しい人生が日本人を覆っていた。だが、人は働きつつ、また歌を歌った。
退職をつのる掲示にまなこ暗しわが働きを頼む病父病弟 半田すみ子
希望退職者相次ぎ別離を言いに来つ庭に若葉のひろがる今日も 平林登志子
母の名を呼べば慰まる心持して糸つなぎつつ幾度も呼ぶ 小林和子
銀行管理の会社の幹部たりしゆゑ言いたいことを言はれをるかな 金子一秋
馘きりしこともわがあり理はあれど子を養へる人の親をも 金子一秋
昭和20、30年代はこのように厳しい時代であった。詩が歌が、心を記録する。
第二次世界大戦後、アメリカに追従して「進歩」してきた日本。戦いにさいなまれることなく、平和のうちに安心して暮らせる社会を築いてきたはずであった。しかし、半世紀後に詩は、歌は厳しい時代の心を再び記録する。サラリーマン川柳というジャンルがある。2004年2月16日に第一生命がサラリーマン川柳コンテストの入選作品を発表した。ここにも心が記録されている。いま、首切る側、首切られる側の境があいまいになり、みんな寄生虫化しているのかも知れない。でも、そのような断罪の仕方自体が実態から離れているようでうつろである。
効率化 進めた私 送別会
「がんばれよ」 ならば下さい がんばる場
回らない すしもあるの?と 聞く息子
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