書名 梟雄
著者名 坂口安吾
初出 1953年6月号 文藝春秋
常在寺(斉藤道三の菩提寺) 松波峰丸、法蓮坊、松波庄五郎、長井新九郎、斎藤山城守利政(道三)と名前を変えるごとに新しい自分に生まれかわる。自分に新しい名前を与えるのは自己確認のひとつである。名づけることは大切な行為である。
 こんな会話は象徴的である。引き立ててくれた斎藤妙椿が大人げないと思って問う。

「長井にこだわりやすぎやしないか。お前はお前であった方が、なおよいと思うが」
「お前と仰有いますが、長井新九郎のほかの者ではありません。拙者は長井新九郎」
 お前では困るのである。才覚ひとつでのし上がる、その証は新しい名前なのだから。新しい名前は新しい血であると坂口安吾は表現する。斎藤妙椿を毒殺して、美濃の実質的な国主となった斎藤道三。彼を「新しい血がまた彼の血管を流れている。道三はそれを本当に見つめているのだ。古い血はもはやなかった。」と描写する。
 松波庄五郎のときは、大山崎の油売りとして一文銭の穴を通して油を壷に移すというパフォーマンスを行い、大いに利を得る。就職の斡旋をしてくれた長井長弘をだまし討ちして、自ら長井を名乗り美濃土岐家の家老の家を継ぐ。そして、今度は斎藤妙椿を毒殺して、斉藤を名乗る。この梟雄斎藤道三は革命的な独創をもって最強の軍団を美濃に作り出す。それは「最も有利な武器の発見とそれを能率的に使用する方法の発見である。」長槍をそろえて正面から突破する方法である。次に着目したのは、鉄砲の三段撃ちである。このような革新性は、婿の織田信長が完成する。「とかく発見や発明に対する本当の努力は忘れられているものだ。そして常人の努力は旧来のものを巧みにこなすことにだけ向けられている。それは新しい発見や発明が起るまではそれで間にあうにすぎないものだ。」と坂口安吾は解説する。だが、世の中は常人の世界である。「ところが彼が奪った血が、彼の胎外へ流れでて変な成長をとげていたのだ。そして、意外にも、彼が奪った血によって、天の斧のような復讐を受けてしまったのである。」
 美濃の国主土岐頼芸を追放した折に愛妾を奪って己が物としたが、すでに身篭っていて,生まれたのが長男義龍であるという。それが事実かどうかは分からない。この長男は、道三とは違い「マジメで、行いが正しくて、学を好み、臣下を愛した。全てが道三のやらないことであった。」この聖賢の道を歩む長男義龍は常人の努力の人といえよう。旧来のものを巧みにこなして斎藤義龍は、やがて斎藤道三を稲葉山城から追い出し、長良川の河原で死に追いやる。道三にその時、「今日は戦争をしないのだから、オレは負けやしないぜ。ただ死ぬだけだ。」と語らしている。斎藤義龍、龍興親子の美濃支配は長くは続かなかった。「よその殿様の子供のやらないことだけをやっているようなバカ」である婿織田信長が、周の文王が岐山に興って天下を平定した故事から稲葉山城を岐阜城、城下町井口を岐阜と改め、天下布武に乗り出すのはもう間近であった。やはり、名づけることは大切な行為であった。
 坂口安吾は、敗戦後の社会の中で人のありようを内面深く描いて見せた。梟雄斎藤道三は仮託するのに格好の人物であった。そして今、常人の努力だけが尊重されるこの社会の風景はなんとしたことであろう。(2004/5/30)

 

楽書快評
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