楽書快評
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書名
 春は鉄までが匂った
著者名 小関智弘
初出 1979 晩声社
 素敵な本の題名である。鉄を削る仕事に就いていれば、季節ごとの鉄の肌触りも特別のものがあるだろう。このルポルタージュにはものをつくる人たちが紹介され、ものつくりをめぐってさまざまな呟きが聞こえてくる。
 鋸のケツをたたいて40年の星さんとはこんな会話が交わされる。「人を押しのけたり、人に卑屈に頭を下げたりしないで一生を送ることができる人生が、いちばんじゃないのですか。」「うん、そりゃそうだよね。ものを作る人間の強さってのかな。」ものづくりの人生ではなかったが、それでも卑屈に頭を下げてはいきたくない、と私も思う。
 ものを作る人間。小関さんはこんな風にもいう。「機械を受身で使わないのが昔の職人だった。わたしがNC機を使っても職人でありたいと思うのはそのことで、受身になったら機械の奴隷にされる。」そうか、職人は機械を受身では使わない。でも、なぜ。経験や勘を大事にするだけでは、人生を受身にしてしまう危険性をはらむと言い換えていいのか。経験や勘が本当に大切なのではない、大切なのはよいものを作ること。
 静岡の望月さんは「経験や勘を、いくら年月をかけて、叩きこんでも体で憶える技術には限界があります。これからの若い人は、どんどんNC機を使いこなすべきです。」
 それでも、叩きこんで憶えた技術にしがみつこうとするのもまた、人間である。小関さんは言う。

 「三年間旅行にもゆかずに辛抱した。そんな生やさしいものではない。十五年、二十年、いろいろな苦労を重ねて腕にたくわえた自分の技能をせせら笑うかのように、マシニングセンタは次から次へと工具を交換し、位置を決め、孔をあけ、削り進む。もう、俺なんかのけものにされる時代に変わってしまうのではないか、そんな兆しを、自分の技能を、腕やカンをたよりに真面目に磨いた男なら、感じぬはずはないのだった。」 

 でも、小関さんは
27年間旋盤のハンドルを回す生活のすえ、12年間勤めた町工場が廃業し,NC旋盤工に転進した。ようやくNC旋盤になじんだ頃の仕事の話。旋盤工時代の経験を思い出しながら工夫を凝らして作業を繰り返す。到達した納得の「バイトを逃しながら削る」工夫。それがどのようなことなのか私には分からない。でも、「たったそれだけのことだった。でも、たったそれだけのことに、わたしは失業以来のNC修行を報いられた満足感を味わうことができた。四十五歳の手習いだったが、汎用旋盤の経験を、自分の手で黒い紙テープに打ち込み、机上でプログラムされたテープに勝ったと思った。紙テープの孔ぼこに、自分の声を吹き込んだ思いだった。」このような気持ちは共有することはできる。
 
 心にしみるルポルタージュである。このルポルタージュから、さらに厳しい歳月が過ぎた。いまでも春は鉄までが匂うのであろうか。(2003・10・19)