書名 蕪村句集
著者名 与謝蕪村
初出 1784年(天明4)
 蕪村句集の秋之部を眺めていると、映像的な俳句が現れてくる。
 黒い犬を描いた絵への讃を友人から頼まれて、「おのが身の闇より吼えて夜半の秋」
 黒い犬の姿から発せられたイメージが、姿だけではなく内面の闇にまで及んで秀逸である。「おのが身の闇より吼え」た声に立ち尽くすのは、自分自身である。萩原朔太郎は「郷愁の詩人 與謝蕪村」で、「物におびえて吠え叫ぶ犬の心は、それ自ら宇宙の秋の心であり、孤独に耐え得ぬ、人間蕪村の痛ましい心なのであらう。」と独特の言いまわしで解説をしている。
 「月天心貧しき町を通りけり」
 貧しく暗い町を照らして通り過ぎる月に「月天心」という言葉を得て、透き通るような映像が見えてくる。唯一は夜空の中心に昇った月明りである。街路灯もない江戸時代の闇を実感することは出来ない。町は相変わらず貧しいが、今の時代に月を見上げる人は少ない。月を見上げることもない貧しいおのが身の、闇を見ることはどのような機会であろうか。同じく萩原朔太郎は「ここに考へることは人生への或る涙ぐましい思慕の情と、或るやるせない寂寥とである。」と評している。
 「身にしむや亡妻の櫛を閨に踏」
 これも夜の闇の中である。寝ようと思い、床に入ろうとして思わず物を踏んでしまった動き。そして、不意の衝撃である。足の裏から櫛と分って、亡妻(なきつま)を思う。寂しさが身にしむのは足の先からである。萩原朔太郎の言う「或るやるせない寂寥」がここにもある。
 「村百戸菊なき門も見えぬ哉」
 とても好いではないか。月明かりに照らされる貧しき町と同じように、百戸の村も豊かな村ではないかも知れない。それでも秋ともなれば門ごとに菊が植えられている。小さく揺れる菊の匂いが、小さな村を囲んでいる。これも映像的な俳句である。
夕日の中のひつじ田(見沼田圃) 「ひつぢ田に紅葉ちりかゝる夕日かな」
 ひつじ田とはなんだろう。稲刈りも終わって、しばらくすると切り株から再び青い芽がでてくる。これをひつじという。禾に魯でひつじと読ませる。禾魯田、あるいは稲孫田でひつじ田。でもなぜ、ひつじというのだろうか。「日本国語大辞典」によると乾土、干土を乾いた土「ひつち」と読んでいた(東雅、名言通、大言海)。鎌倉時代頃の話であるようだ。それが刈った後、水を落とした田に生える穂を呼ぶようになり、ひつぢ、ひつじと変化していったようである。
 刈り取りが終わった小さな村の田は、いまやひつじ田。濃い土色、そこに青い若芽、ひらひら落ちてくる紅葉。遠くから冷気とともに照らす夕日。色彩のあふれる鮮やかな風景がここにある。動きのある風景である。
 陽が落ちると、再び漆黒の闇が待っている。それは現代ではもてないものだ。(2004/11/20)

楽書快評
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