書名 わたくしです物語
著者 山本周五郎
初出 1952年
愉快な気分で読みすすめられる小説である。読みすすめるうちに落ちもわかるのではあるが、それでも読むのが楽しい、こんな小説はなかなか無い。己に自信の無い若者があるきっかけから、大人の仲間入りを果たす成長物語であり、それを見ながら作者のお手並みにほくそえむという気持ちである。欲と打算とへつらいと泣き言に満ちている大人の職業生活。欲を絡ませながら、それほど大層でもなく、打算を考えながらそれほど先が見えるわけでもなく、へつらってもおかどが知れ、泣き言を言っても本気で聞いている人はなし。それでも夕暮れとともに一日が終わる。
江戸時代は、代々の家柄で終身雇用が決まっているような不思議な世界であった。これは日本的な封建制度であり、中国の科挙にあるような人材登用を骨子とする封建制度の理念からは大きく逸脱した、たとえようも無く変な制度であった。これを幕末にいち早く指摘したのは儒学者の横井小楠であった。社会が変わらぬことを前提にすれば、それほど目くじらを立てるほどのことも無い制度ではあるが、残念ながら時代とともに社会システムは変わっていく。世の中が変わらぬことを前提に成り立つ士農工商・家柄固定の終身雇用はやがては終わりを告げなくはならない。
「わたくしです物語」はそんな制度論議は関係ない話である。代々の家柄で終身雇用が決まっているにもかかわらず、その職に自分を合わせることができないある人物が主人公である。もちろん、分かっていることだが周りをやきもきさせながら、お後は宜しいようで、となる予定調和に満たされた小説である。こういう小説は心が穏やかでありながら、やきもきできる。
主人公忠平考之助(ただひらこうのすけ)は藩内でおこる失敗・しくじりを全て背負ってしまう。それがなぜだかを明かしてしまうと話が続かない。時代は江戸時代。所は美濃国多治見の城主、松平河内守康秀の城内外での出来事。狂言回しを勤めるのは国家老知次茂平(ともつぐもへい)という老人である。この老人の友人の息子に忠平考之助がいた。忠平家は老職格で名門である。美男であったために、「底の抜けた土瓶」という定評を受けていた。見掛けばかりで使い途がない、とだれからも思われていては自信も付くはずもない。茂平は考之助を使番に登用してみた。使番は藩主と老臣たちとの重要事項の連絡をおこなう役目で、気が利かないとできない職分である。ところが、考之助は連絡の任務があると「粗忽があるといけませんから」としり込みをしてしまう。そこで大人が次に考える常套手段として身を固めて自覚を促す戦法に出た。考之助の相手は勘定奉行の次女伊久であった。頭がよく容姿も美しい女性であったが、考之助は「妻を持つなどという自信はございませんから」と婚約以上には進まなかった。25歳になってようやく、江戸への使番を受けて旅立った。が、帰ってくるとしょげ返ってついに使番をやめ、また婚約を解消してしまった。
そこからが、話である。茂平老は使番をやめさせ、焚火の間の取締に左遷した。早速、困りごとが始まった。伊久が他の男と情を通じて子どもができたが、考之助との子どもだとかばってくれろと考之助に家に押しかけてきた。これを「いいでしょう、承知しました」と返答したあたりから、読者は楽しむことができる。次におきたことは茂平老を更に仰天させることとなった。藩主の愛するギヤマンを誰かが粗相をして割ってしまった。これを詮議している最中に、考之助が突然「実は、私が毀しました。」と名乗りを上げる。さらに、勘定奉行の収納方で50両が紛失してしまう事件が起る。第三が藩祖の甲冑が壊れた事件。第四が夜道での女性への抱きつき事件、第五は無銭飲食事件とすべて考之助は自分がやったと名乗り出た。これらの事件のそれぞれのストーリー展開はとぼけていて面白いが、それは省く。こうして謹慎している考之助に本当の当事者が密かに謝りに来る。これを見ている伊久と考之助のばあや。
涙をいっぱいためたばあやが真相を考之助から聞きだす役目である。「縁もない方の罪を引き受けている」理由である。考之助は使番を果たして帰る東海道で起した失態とそれを見ず知らずの浪人風の武士が「その話は、おれがつけてやろう」と割って入ってもらい逃げ延びることができた。自分は本当に「底の抜けたどびん」だと身にしみて感じた。「せめて過失をした人間の身代わりになろう」と決めたというのだ。これを聞いたばあやは一人前になった「坊ちゃま」を認めるのであった。同時に伊久はこれまでのことは狂言で一途に考之助を思って家出をし、この家に転がり込んできたことを、ばあやは教えるのであった。こうして似合いの二人は夫婦になることができた。また、ほとほと嫌気がさして茂平老が「ああ、おれは断言するが辞職だ、おまえが家老になれ、おれはもうまっぴらだ、おれは辞職だ」と言い放つ。考之助は「お沙汰をお待ち申しております」といって物語は終わる。落ちが付いた。
へなちょこの青年に「底の抜けたどびん」との自覚を持たせ、しっかりと世間の表裏を味わせて、後継者として育成した茂平老こそ天晴れである。そのうち「過失をした人間の身代わり」程度のことでは収まりが付かない現実に直面することだろうが、それはそれ。ともづなを切ってしまえば、自力で波を乗り切っていかねばならない。
成人式とやらの季節である。疳の虫をおこしながらも、一人前に仕立て上げるしたたかさをもった茂平老はどこにいるのだろうか。いま、大人もまた自分のことしか考えないので、世代交代ができない。終身雇用の時代は終わったようなので、茂平老のように世話を焼く大人もいないかも知れない。でも、欧米では終身雇用ではないと言って導入しようとしているが、それは日本的な終身雇用の廃止でしかないことは、相変わらずである。封建制度が日本的な封建制度であったように。(2005/1/10)

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