楽書快評
書名 古代の朱
著者 松田壽男
初出 2005年1月 ちくま学芸文庫
 是非、見て見たいところができた。水銀鉱山である。松田壽男は訪れた時の印象を竜宮城に譬える。所は、奈良県宇陀郡兎田野町の大和水銀鉱業所。水銀鉱山のなか、「両壁は紅ひといろ。天井もまた紅ひといろ。足をのせている岩盤も紅ひといろ。カンテラの火は、まっかなトンネルを、どこまでも照らしていった。牛肉の切身さながらの、まだらな紅の縞模様もある。白い母岩にひとすじの美しい紅を刷いた坑道も見られた。浦島太郎が竜宮城に足をふみ入れたときの感じは、さこそとしのばれる。」
 紅一色とはどんな色であろうか。牛を輪切りにしたときに吹き出る血の色だと言う。「もともと朱は純粋な赤色。つまりアカ色の総称である。中国の最古の漢字とされる殷の甲骨文字で『朱』の字体を見るがよい。朱は牛のまんなかに一本の横棒を加えた形。すなわち牛を胴切りにした形なのである。そのとき吹きだす血の色でアカという色を示すなんて、まったく驚きだ。」
 この朱色の鉱物から作る水銀は多様な方面に使われた。しかも古代においてこそ、盛んに掘られていた。それではどのような使い道があるのか。大規模建造物や古代寺院の朱色である。「青丹によし 奈良の都は 咲く花の 匂うが如く いま盛りなり」(大宰少弐 小野老朝臣 万葉集巻3)の朱丹である。また、仏像などに塗金する場合の触媒である。さらに、不老長寿の秘薬としても使われた。適量なら細胞の活性化に役立つと言うのだ。中国では丹薬と呼ばれた。日本でも○○丹という商品名が付けられているのはその名残り。おしろいの白い粉は水銀で作られた。「伊勢の水銀は『伊勢おしろい』として江戸文学にしきりに見られる。これは軽粉のことで、水銀を塩とともに焼いてえられる白色の粉末のことである。」古い皮膚の細胞を取り、新しい細胞に取り替える作用から尊重されたのだと言う。
中央構造線図 それだけではない。松田壽男は新たな見解を出す。日本におけるミイラには水銀の作用、それも積極的な作用が考えられると言う。空海は真言の密教を伝えるとともに、ミイラ化の技法も中国から伝えたのではないかと推測している。弥勒菩薩が56億7千万年の後に、下界する。その聖業に参与するために自らの身体もこの世に留め置く事が望まれた。その要は水銀による防腐効果である。水銀は日本では中央構造線上に多く産出する。高野山はその中央構造線上にある。空海自身が高野山の金剛峰寺において即身仏と成ったことが言われている。高野山の中心地・壇場には在地の神である高野明神とともに、丹生明神を祀っている。壇場の土は水銀ヤケした赤色をしていると、松田壽男はいう。土地には0.002%の水銀が含まれている。水銀の含まれている土壌から植物が吸収した水銀が体内にもたまる。
 調査した真言密教の湯殿山の即身仏について松田壽男は論を進める。即身仏志願者は約5年間五穀断を行う。米、麦、稗、粟、豆を食べない。次の5年間は十穀断を行う。五穀に加えて蕎麦、玉蜀黍、芋、胡麻、麻である。これによって行者は体内の脂肪を抜き、同時に穀物の代替として摂取する野草や菜類から水銀を徐々に体内に蓄積する。湯殿山の土地から採取した土地の水銀含有率は0.040%で高品位である。即身仏となった豊美の全海上人の腹腔内に留まってミイラ化したネズミの調査結果は水銀0.045%であった。
 平泉の藤原三代のミイラも即身仏ではないが、死後の処理に水銀が使われた可能性が強いと推測している。「重ねていう。平泉は古代の水銀産地であった。それは古い陸奥の産金とも関連を持つ。金の原鉱石を破砕し、粉末にして水銀を加えれば、水銀は金だけを吸いとってアマルガムになる。」
 丹生神社あるいは丹生という地名は朱丹の産地である場合が多い。古代に遡る地名なのか、あるいは高野山系の宗教拡大に伴って高野神社とともに丹生神社が二所神社として祀られたのか、相違がある。また、丹生神社であってもニウズヒメからミズハヒメ(水の女神)などに入れ替わっているケースも多いという。水銀生産が鎌倉時代以降行われなくなると、この入れ替えの風潮が盛んになったと分析している。
 水銀と言うと恐ろしい銀の不思議な物体をイメージしてしまう。しかし、朱丹の魅力は尽きない。竜宮城のような朱色のトンネル。そして、平城京の都の枕詞「青丹によし」の風景。弥勒菩薩の聖業への参加の願い。そして丹生神社への信仰。
「有名な紀州みかんの本場であるが、わけても有田郡の丹生に産するものは甘みが強いとされている。何故か。それは、この土地の果樹が土中から水銀を吸収し、その水銀が作用して果物をとくに甘くするからである。」と松田壽男は述べる。体の細胞活性化の秘薬を口にしているのかもしれない。(2005/2/19)
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