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書名 御書物同心日記
著者 出久根達郎
初出 1997年1月〜1998年7月 小説現代
「御書物同心日記」から伝わってくる気持ちは、本が好きだ、という一言である。本好きな若者・東雲丈太郎26歳が主人公。丈太郎には「読むのが好きというより、いやそれも好きではあるが、読む方より書物をいじるのに目がながった。書物に触れてさえいれば、すこぶるご機嫌なのであった。」と性格が与えられている。本好きでも、いじるのが好きなのである。読むものという本来の役割から離れて、書物それ自体に価値が見出されるというのだ。このような意識は書物が希少であった時代の産物である。書物に触れるのが嫌いでは、御書物方同心は務まらないであろう。それはまた特異な世界かもしれない。もっともどこの職業、職種にも御書物方同心の日常と同じような特異性は存在する。その特異性のなかに、人生の味わいが、味付けされていく。
徳川家康が収集した書物を本に、三代将軍家光が御書物奉行、御書物方同心を配置した江戸城内にある紅葉山文庫。そこに勤める御書物方同心としての、初出仕の情景から小説が始まる。「珍本は権力で集めるものだ。その蔵書の管理をしているのが、御書物奉行であり、御書物方同心である。すなわち、このどちらかになれば、天下の稀本珍本を手に取って見、指で操って読むことができる。」この御書物方同心の一家である東雲家が、断絶を恐れて養子を探していた。「本以外に道楽を持たぬ石部金吉がいい」という条件に、貸本屋元締に推奨されて、養子となった丈太郎。元は西の丸奥火之番組頭武田章三郎の三男。家業には一人しか就けないから、養子の口にありつけなければ一生厄介者で暮らすしかない。養子は次男三男にとっては、必死の就職先である。丈太郎は本道楽が幸したわけである。
御書物方同心の「黙々と書物の修理や、目録と照合したりする姿が、何かに似ていると思った。あとで気がついたが、本を食う紙魚であった。中川は最も紙魚に似ていた。鈍重そうでいて、すばしこく、油断のならない感じがした。」紙魚のような仕事であっても、若者の周りには些細な事件が、事件といっては大げさすぎれば「今日の出来事」が出現する。巨大な紙魚を無断に持ち出して丈太郎が上司から怒られたり、反古本の売り渡しに伴う小さなお目こぼしをする中川の姿を目の当たりにしたり、御風干(本の虫干し)の折に亡くなった同心の幽霊騒動があったりと、それは世間に出ればどこにでもあるようなたわいもない日常のさざ波である。日常といえば、養父からはお見合いに引っ張り出される。あるいは若い同心の白瀬角一郎に引き回されて仕事以外の出来事も体験する。目の見えない女性に読み聞かせをしたりと、さまざまな書物を巡っての体験を通して世情を学んでいく丈太郎。こうして味付けがされていくのだろう。
今日もあらたな出来事に出会って日が落ちる。小説の結びが利いている。「星が、満開だ。明日も上々の天気だろう。」好きなことを職業にして、今日だけでなく明日も生きていける希望が丈太郎には約束されている。「明日も上々の天気だろう」にはその約束が言い表されている。
薬にも毒にもならない本が大量に出版され消費されている同じ時代に、発行部数もわずかで高価な書物があるということは江戸時代と変わらない。「書物に触れていさえすれば」という言葉には、古本屋を営んでいる出久根達郎の気持ちが重なってくる。苦味が利いてないところに不満の気味もあるが、朗らかな気持ちで読める青春小説である。
余談:御書物奉行で有名な人物は、例えば青木昆陽である。八代将軍吉宗によって登用された青木昆陽は享保の飢饉の対応として薩摩芋栽培を奨励した。これを讃えた碑がさいたま市の氷川神社裏の氷川公園内にもある。青木昆陽は御書物奉行にも登用されている。
もう一人は近藤重蔵である。町与力の次男として生まれた近藤重蔵は23歳で聖堂学問所御吟味に甲種合格した天才である。択捉に渡航したなどの実績がある。御書物奉行には1809年 文化6から12年に渉って勤めている。なお、紅葉山文庫の大半は現在は内閣文庫に収められている。(2005/4/10)