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       日々作り続ける生活                                                                                                                                 平成4年秋に

 朝の風景
 「コスモ、コスモ」
と子供特有の甲高い声がする。それに応えるようにわんわんという吠え声が響き渡る。朝の一時わが家のまわりは騒がしい。登校途中の小学生の幾組かと、庭に放しているわが家の犬の朝の挨拶風景は毎日くり返される。犬はうれしくて仕方がないと白くて太いしっぽを真上に振り回す。
 家事の手を止めガラス戸を開けて「いってらっしゃい」と声をかけると小学生のグル−プはまた歩き出す。
 コスモはしっかりと地域に彼女特有のネットワ−クをもって根づいているようだ。南に20メ−トル程接している通学路をなじみの小学生が通る度にコスモは家の端から端まで走り回る。ずぼらな飼い主は運動になるとほくそ笑む。母はビ−グル、父は不詳と聞く。人懐っこいが落ち着きがなく、吠え声がやたらと大きい。この厄介な煩い生き物がわが家の幸せのシンボルということになるのかもしれない。

 コスモの来た日
 2年前、コスモスの咲き乱れる日、小犬小こねこと、飼い主志望者との縁結びの会で、白と薄茶色のたれ耳の小犬を一目見たときから彼女はわが家の家族となった。「宇宙」という意味と「コスモス」を掛けて名前は「コスモ」となった。
 この犬と成長を共にして過ごすことで、わたしは実に多くのことを学んだ。
 2年前の初夏、この地に新築なって核家族の夫婦に子供二人合計4人、うさぎとちゃぼをつれて引っ越してきた。横浜を振り出しに、雪の新潟、 のどかな駿河湾沿いを経て、熊本へ来たのは平成元年。転勤族一家の7回目の引っ越しは気の毒なおとうさんの巨額な借金負担と引換に地面付きの夢の一戸建て住宅となった。おかげで借家では飼えなかった犬猫の類いが飼えることになった。
 
 動物大好き
これまでも借家、マンション住まいの制限のなかで飼った動物は少なくない。
 高層マンションで飼ったジュウシマツ、ハムスタ−、豪雪地帯で雪堀をしながら飼ったあひる、ニワトリ、マンション一階だから飼えたうさぎ、インコ、一週間だけ飼って元気にして放したハシボソミズナギドリ、熊本に来て出会ったちゃぼ などなど(そのすべてにスト−リ−が書ける)。いろいろ飼ったが借家ではやはり犬だけは飼えなかった。
 そういう訳で犬を飼うことは、巨額な借金と引換に手に入れた庭つき一戸建て生活のだるまの目というべきものだった。
 引っ越しの荷物もちゃぼもうさぎも落ち着いたころ家族の全員から犬を飼いたいとの声が上がった。
 「ハスキ−が欲しい」などと大それた意見の出る中、血統書付きの犬なんて家計逼迫のおりからとんでもないと考えたわたしの小犬選定作戦は家族の思惑を制した。
 うさぎよりちいさくやせた心細げな小犬ははじめは少なからず家族をがっかりさせたようだ。が、立ち直りの早いのが自慢の一家、血統書こそなかったが家中で文句なしに可愛がられた。幸せの女神みたいな小犬だった。

 わがまま
 それまでずっと子供の遊び相手となる動物として犬が欲しいと考えて来たのだがいつのまにか供たちは高校生と中学生になっていた。小さいころは嫌がるうさぎを「かわいい」と無理やり追いかけ回したりもしたものだ。が、この年齢になると相手の気持ちを考え、したいようにさせて、遊んでやることができるようになっていた。その分、コスモはずいぶんとわがままに育ったようだ。育つにつれてやんちゃな性格はそのやんちゃ度を増した。

 悩みごと 
 今まで飼った他の動物とははちがって利口な犬には躾が必要だということは知っていたがずぼらな自分のことを棚に上げて何が何でもこちらに絶対服従を要求するなんてはずかしくって…。「おすわり、ハウス」は教えたし、生理の始まる前に避妊手術をして近所迷惑にならないようにと考えた。だが、その体に似合わぬ吠え声には戸惑うばかりだった。引っ越して間もないのにご近所の迷惑を思うと身の縮む思いがした。大体が遊んでくれとかという類いの要求なので応えられる限り応えてやった。が、体力も暇もあちらのほうが数段上である。犬が目を覚ましてワンというと私はぱっと起きて犬を放すことが日課になった。幸せのシンボルは頭痛の種に変わっていた。
 息子の高校受験などいろいろ気の揉めることがあったはずなのだが私にとって一番頭を悩ましたのはその吠えごえだった。
  天使変じてデビルとなってしまったようであった。家出をしたいと思ったことさえもコスモのことを考えて思い止まった。目を覚ますと同時に吠え出し、ご近所に迷惑を掛けるし、あんな性格ではほかの人では面倒を見切れないだろうと思った。
 犬を飼うということは、しがらみを増やすことだと思い知らされた。

 しつけ
 「本当にかわいいと思うなら選択しなくっちゃ。隣近所の人から何といわれようとひたすら謝るなりして、自由に吠えさせてやるか、そこで飼い主が平和に生きるために必要と思われることを体で覚えさせるか」
 友人にいわれてやっと覚悟が決まった。基本的には幼児の教育と同じらしい。いつか成長してわかるという問題と体で覚えさせるル−ルとのちがいは大人が責任をもねばならない。二人の子供の小さかったころ体を張って頑張ったものだっけ。大きな声で主張する奴にはしっかりと駄目を出さないと押し切られてしまう。
 というわけでコスモが来て満一年たったころ、いつも棒を持って、吠えてはいけないとき、とか大切な植木を目茶メチャにしたとき、きゃんきゃんといわせるほど叩いた。
 嫌なものだが、気持ちが決まれば容赦はない。即叩かなければ効果はないと思い、意味無く吠えると何処にいても棒をもって飛んでいった。ほどなく飛んでくる足音をきいただけで家に入っておとなしくなるようになった。
もちろんコミュニケ−ションはボディタッチなど十分計ったつもりだ。しばらくは棒をもって駆け回る日々だったがいつの間にかお互いのペ−スがわかって手に負えないほど煩しいということはなくなった。

 ボール でコミニュケーション
 今も本来の性格は、「せからしい」ままだがそれなりに理由無く甘えて吠える事はなくなった。ずぼらな飼い主と遊び好きな犬との妥協点が大体見えてきたという感じである。朝、放してくれとお腹が空いた。昼夜は人が来たとき、夕方はまた遊びたいお腹が空いた。それに最近ボ−ルを取ってくれというのが加わった。
 本来人懐っこいので「せからしい」性格にもかかわらず、飼い主の私の知らないお友達が結構いるらしいのだ。朝夕庭でで放している間に、外を通る人たちとの交流があるようなのだ。というのは今彼女はボ−ル遊びに夢中なのだ。
 彼女の小屋(元うさぎが住んでいた)のある車庫と、車庫に接している道路に、それぞれほんの少し斜度があって、転がしたボ−ルは必ず敷地と道路の境目に戻ってくるようになっている。鎖から離れていれば何処へ転がしても一人でボ−ル遊びができるという具合なのだ。しかし少し角度を間違えると4メ−トルの車庫開口部から逸れて、ブロック塀のところに転がり彼女はボ−ルを取ることができなくなる。それを取ってくれと言わんばかりに恨めしい目で扉の下から顔を出してボ−ルをみつめている。そして時折(吠えてはいかんという教育の成果か)悲痛な声できゃんと声を上げる。その声で「またボ−ルが出たな」とわかるわけなのだ。が、朝は二人の高校生と主人がそれぞれお弁当をもって前後して出かける中ですぐには犬のボ−ル拾いに付きあってやれないこともある。しばらくすると通りがかりのどなたかに拾っていただいて喜んでボ−ルをくわえているという訳である。
 また、夕方の自由時間には学校帰りの小学生だけでなく幅広い年齢層の人が気に止めてくれるようなのである。ボ−ルを拾ってもらっているうちわざと転がしては取ってもらうことを覚えた。わざと転がすのを辛抱強く拾ってくださる奇特な方もいらっしゃる。ほほえましいと言おうか飼い主としては申し訳ないが、通りすがりの方とコスモの交歓風景をカ−テン越しに目撃することがある。
 また、ご近所の方に顔を合わせれば、「犬がうるさくって済みません」と声をかけることになる。お愛想でも「用心になっていいですよ」と声を返されればほっとする。この犬のおかげでこの地に少しはなじんできたのかなとも思えるこの頃である。
 
 社会性のある天使
 縁あってわが家へやってきたコスモは、子供と同じで伸び伸び暮らさせてやりたいと思う。だが、ただ自由にさせていては、それが当たり前でその自由さに喜びがなくなるらしい。限られた時間だけ鎖から離れるということはやはり喜びとなるらしい。またボ−ル遊びも限られた時間だけ許されたものということで彼女は決して飽きない。一日中転がしたボ−ル拾いをさせられてはこちらもたまらない。ある程度時間が経つともうオシマイと声をかけてボ−ルをしまってしまう。
 朝晩鎖から放しボ−ル遊びをさせる規則正しい生活で彼女は落ち着いて充実した昼寝タイムを持ち、わたしもコスモにあごで使われるような生活をしないで済む様になった。
 そうなって、また彼女は天使にと昇格した。

 コスモのおかげ
 というわけで、彼女との生活の中から多くのことを学び、また再確認させられた。
 誰でも大きな声で自己主張するうるさい奴にはとにかくなんらかの手を打って静かにさせようとするものだし、逆に小さな声だったら後回しにされがちだ。うさぎを飼っていて可哀相と思ったことはあっても、せからしいと思ったことはない。うさぎは鳴かない。
 当たり前のことを目の当りにして、改めて自分自身の性格を含めて生活を振り返るよい機会にもなった。わたしは夫にとってうさぎかもしれない。ちなみに、夫がそう思っているとの確認は取れていない。
 ちゃぼが健在で、夫が作ったケ−ジにいたころ、隙間からよくすずめが入り込んでは、出口を見失い、コスモはそれをぐるぐると追いかけ回して吠え続けた。その吠え声を制しに棒をもって飛び出したものだったが、そのちゃぼは5月、手遅れで獣医に安楽死させられた。空のケ−ジにはすずめもよってこない。棒をもってコスモを制する機会は減った。
 
 日々作りつづける
 目が合えばおもいっきりうれしそうな表情をし、出かける支度で外へ出れば、置いていかれると知って知らんぷりを決め込む、自分にひたすら素直なコスモを見ながら、そこに住み、日々暮らすということの意味を考える。
 犬と人間の関係は人間関係と同様、日々作り出すものなのだと。
 わたしは彼女とであったことを大切に思う。出会ったことを良いことだったと言える今日の生活は、やはり必死で知恵を絞り作り出していくことで、漸く手に入れたものだ。
 けれど、もう出来上がったから何の努力も要らないなんてことは決してない。現にしばらく棒を振っていないのだが、甘える度合いが増してきたこの頃、また気合いをいれんといかんかなと思ったりしている。
 PKOもしかり。世界平和は、平和を作り出し維持する絶え間無い努力があってこそ保たれる。それに家庭平和も。などと思いは飛躍するが当たらずといえども遠からずだろう。
 絵に描いた様に美しい生活なんて何処にも存在しないのだろうとこの年になって漸く思い当たった。闘争とも言える、保つ努力により普通の生活は続けることができる。
 「うさぎがいてうずらがいて」近所の子供たちは「おばちゃんとこは良いね」とうらやましがってくれる。そんなコミュニケ−ションも励みに、夫と、また子供と、またこの愛らしい生き物たちともつき合っていこう。
 洋服も教育費も要らないけれどちゃんと自分の意志があるこの生命体の存在は現代生活の困難なところ矛盾しているところなどにいろいろと気づかせてもくれる。
 犬を放し飼いにしないでくださいと言うのはわかるが、広い公園で犬を放さないでくださいという回覧板には「ん、待てよ、ほんとにこれで良いのかな」
 犬と一口に言っても、大きさは勿論性格もいろいろいるわけで、コスモのように人を見ればうれしくって、走って行ってピョンピョン甘えるなどという世間知らずな犬は、知らない人には恐ろしいものだろうし、とっても放せはしない。しかし動きもゆったりしたおとなしい性格の犬を公園で放すのは悪いことだろうか。犬を飼わない家の子供たちも犬と交流することができるだろうし、犬だって自由はうれしい。
 人だけが大きな顔をして虫も、動物も犠牲にして生きていくという発想で地球の未来はあるのだろうか
 今まで生活の中で共存してきた犬猫とでさえ自然な生活が営めなくなっているとしたら本当に現代生活の病の深さを思われる
 
 知ることでなくなる恐怖心、偏見
 わが家の二人の子供も犬猫をやたらと怖がるほうだった。突然出会ったときなど、交通事情も構わず道の反対側まで走っていく始末で、真剣に交通事故を心配したものだった。集合住宅で身近に犬猫のいない生活の中で育った所為であろう。わが家で飼ったことで漸く犬に対する偏見がなくなった。いまやなめるように可愛がる。
 もちろん好き嫌いの感情は尊重されるべきで嫌いな人に動物を飼う事は勧められない。しかし身近に接することにより、生きる意思をもって生きている人間以外の生き物のことも尊重できるとも言えるのではないかだろうか。
 今、日本国内で言われている国際化ともあい通じる。偏見のない異文化人同士の相互理解は、限りあるこの地球という船に乗り合わせたもの同士の無意味な争いを回避を意味するだろう。そして、お互いに痛み分けすることができるなら、いつかは地球の自然を永久に共有することも可能になるかもしれない
 人も動物もお互い限られた命、現代という地球の限りが見えた時代を共有している。しかも、自然を保護することもさらに破壊を早めることも人の手の内にある。
 豊かさの中身を問われるこの頃だが、わが家の台所が海洋汚染、森林資源問題、退いてはゴミ問題、環境汚染と決して無関係ではないことをまず知ることがその原点だ。
 「世間知らずの現代っ子」と言えるコスモのひたむきさだが、わたしにとって学ぶものは計り知れない。

 意思
 コスモの通行人とのボ−ル遊びを見ていて考えた。まず、何かをしたいという意思をもつことにより世界は開けてくる。そして意思を理解されることにより交流ひいては友人も生まれ、日々の生活もアクセントのついた活気あるものとなる。地球の未来を鍵を握る人類としての責任を頭の隅っ子に引っかけつつ。
 地球の終わりさえ予測される現在、この熊本で、自分の置かれた座標軸上の位置を見極め、ネットワ−クをもって、糸を紡ぐ様に一日一日を作り出していったら、もしかしたら80年あるかもしれないわたしの人生、いつまでも生き生きしていられるのではないかしら。
 もしそんなに生きる事なく、また万一、地球に大異変が起きるとしてもわたしの生活は コスモのように一日一日楽しく一生懸命に作り続けていきたいものだと思う。                                                                                    Mrs.UR文

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