とある英霊の迎える朝

 

 

 遠坂凛は呆然と目の前の光景を眺めていた。

 朝でなければまだ何とかなっていたかもしれないが、残念ながら朝の凛は性能が9割は落ちる。そんな状態では呆然とする以外の術を持たない。

 

「凛、なにを立ちつくしているのですか?」

 紫の髪のメガネの女性が、味噌汁をズズズと啜る。容姿はどう見ても西洋系なのだが、その様は妙に堂に入っている。

「あー、朝だから寝ぼけているんでしょう。ほっておけばそのうち再起動するわよ。 あ、シ……、じゃなかったアーチャー、紅茶をもう一杯くれない」

 銀の髪の女性が毒舌を吐きながら紅茶を啜る。匂いからして結構良い葉のような……。

 一方、銀の髪の女性に呼びつけられた赤い外套姿の同級生は、熟練の執事のような隙の無い動きで、銀の髪の女性にお茶を注ぎ足すと、起きてきた凛に微笑む。

「起きたか、マスター。サーヴァント召喚の直後に無茶をするから倒れるのだぞ。魔術師なら自制も心がけるべきだな。

 ところで、朝食の準備が出来ているが和風と洋風どちらにする? あ、飲み物も紅茶とミルクがあるが」

「とりあえず和風で。あとミルクを頂戴……」

「ふむ、了解した」

 赤い外套の同級生はコップに入ったミルクを持ってくる。凛は一息でそれを飲み干すと、コップをテーブルにたたきつけ、咆哮した。

 

「あんたらはー! なんで家にいるのよー!」

 

「朝っぱらから近所迷惑よ、リン」

「全くです。とても魔術師とは思えない」

 もっとも、そんな事くらいで動じる二人ではなかった。ちなみにもう一人、赤いのはさっさと台所に退散してしまった。今ごろ嬉しそうに朝食の準備を整えているのだろう。

「そうじゃないわよ! あんたらは一体何処の何方でなんで此処にいるのよ!」

 もっともな質問だった。

「全く優雅じゃないわね。人に名前を聞くときは自分から名乗るものでしょう」

「あんたら、今の今までわたしの名前を連呼していたでしょうがー!」

「ふむ、それはたしかに」

 紫の髪の女性が納得したように頷くと、沢庵を一枚かじる。

「まずは名前を名乗りなさい! ついでにその無駄にでかい胸をよこしなさい!」

「胸は無理ですが名前なら。私の名前はライダーと申します」

「そうよねー、育たないのは世界の修正力だから諦めるべきよ。わたしはバーサーカー」

 二人は何でも無いとばかりに名乗りをあげる。

 もっとも、上げられた凛はというと、一瞬頭の中身が真っ白になる。

 

「らいだー?」

 紫の髪の女性がコクリと頷く。

 

「ばーさーかー?」

 銀の髪の女性が、スカートの端を持ち上げ優雅に一礼する。

 

 ギギギギと、首を動かし二人の女性を見つめる。

 そして……、

 

「なんでサーヴァントが二人も此処にいるのよー!」

 

 驚愕の絶叫をした。どこかでリボンをつけた黒猫がビックリして転げ落ちたとか、落ちないとか。

 もっとも、絶叫を浴びた二人は、まったく動じない。なんというか、凛がこういった反応をするのは分っていたようだ。

「全く落ち着きなさいよね、リン。聖杯戦争が始まるのならサーヴァントがいて当然でしょう」

「そっちが問題じゃないわよ! サーヴァントがなんで他のマスターの家に来て、朝食なんて取っているのよ!」

「朝なのですから、朝食を取るのは道理。どこぞの騎士王のように朝からドンブリ五杯は食べませんが、サーヴァントでもお腹が減るのです」

「どんな王様よ! そうじゃなくて、サーヴァントが此処にいるのはなんでよ!」

「珍しい事では有りませんよ。ある家などサーヴァントと魔術師でほとんど女子寮状態ですから」

「ライダー、平行世界の話は厳禁よ」

「どんな家よ! っていうか、あんたら自分のマスターは何処に行ったの!」

 天然なのか故意なのか分らない、とぼけたサーヴァント達にますますヒートアップする。

 本来なら命の心配をするべきなのだろうが、そんな事を気にしている冷静さは無かった。もっとも、食卓で沢庵を幸せそうにかじるサーヴァントを見て、命の危機を感じるのはちょっと無理だろうけど。

 そんな凛に、ライダーは言いにくそうに。

「私のマスターは借金の方に美しい私を助平なワカメ男に売り渡そうとしたのです。ですから、そこから逃げるついでにワカメ男を再起不能になるまでボコボコにして、令呪も届かない太平洋のど真ん中に放置してきました」

「な、なによそれ……」

「ヤツがやった事に比べれば、軽い罰です」

 一瞬だけ、ライダーの目に真剣な怒りが浮ぶ。この世界の少女の負担が少しでも減ればと、願わずにはいられなかった。

「まぁ、食料や水はありますし、10年に1回くらいは船(海賊)の航路にもなるような島です。運が良ければ帰ってくるでしょう」

「そ、そう……」

「そういうわけで、次に行くところが見つかるまで此処にいますのでよろしく」

「なんでそうなるのよっ!」

「困っている人を見過ごすとは、正義の味方とも思えない台詞です」

「誰が正義の味方よ、誰が! 私はそんな酔狂じゃないわよ」

 でも、御人好しよねー。正義の味方の真似事はやってたしと、バーサーカーがケタケタと笑う。

「では等価交換で行きましょう」

「交換できる物があるの? サーヴァントなら間に合ってるわよ」

 凛の視線がドンドンと険しくなる。だが、ライダーはあっさりとリンを篭絡する。

 

「神話の時代に流行った、ギリシャの豊胸術を伝授します」

 

「好きなだけ家にいて良いわ」

 即答だった。

 もう、これ以上ない即答だった。

 だって神話の時代のギリシャだ。美の女神があっちこっちにいたような時代だ。絶対効果がありそうだもの。

「で、バーサーカー? 貴女はなんで此処にいるの」

 とりあえず、ライダーから豊胸術のレシピを受け取りながら、バーサーカーに向き直る。

 バーサーカーはと言うと、あっけからんと言い放つ。

「私? マスターとはぐれちゃって」

「カエレ!」

 即答だった。

「酷いじゃない、リン。 とにかくマスターとはぐれちゃって途方にくれていたら、こっちに弟が居たからやってきたの」

「え、衛宮君のお姉さん!?」

「そうよ、血はつながってないけど」

「え、えっと、遠坂凛と申します」

「知っているわよ」

「って、何で挨拶をしているのよ、わたしはー! それに血がつながってないってなによー!」

「ちょっと家庭の事情があるの。

 まぁ、そういうわけでマスターが見つかるまで弟に頼る事にしたから、暫くはよろしくね」

「というか、何で姉弟してサーヴァントなんてやってるのよ!」

「その辺は本人に聞いたら、あ、戻ってきた」

 バーサーカーがそういうのと同時に、台所に引篭もっていたアーチャーが戻ってくる。

「マスター、朝食が出来たぞ……って、顔に何かついているのか?」

「衛宮君って、バーサーカーの弟なの?」

「おとうと?」

「バーサーカーがそうだって」

 一瞬、アーチャーの脳裏に姉と言う言葉からナニかが連想される。

 

 ──竹刀をもって、自分を追い掛け回すナニカ

 ──料理一つできず、家でゴロゴロするナニカ

 ──食べきれない食料を持ち込むナニカ

 ──家に備蓄してあった食糧をすべて食べ尽くすナニカ

 ──人のおかずまで手を伸ばすナニカ

 ──使えもしないガラクタを持ち込むナニカ

 ──頭からフスマにダイブするナニカ

 ──道場にぶるまぁと共に現れるナニカ

 

 アーチャーの表情がドンドンと険しいものになっていく。

 なにやら固まってしまったアーチャーをほっておいて、凛は朝食を食べ始める。まずは味噌汁に手をつける、……美味い。絶妙の出汁加減と黄金比の合せ味噌が、具のワカメと豆腐の味を引き出している。次にご飯、……やはり美味い。米の一粒一粒が銀色に輝き、硬すぎもせず軟らかすぎもせず甘味すら感じられる。出汁まき卵、焼き魚、ホウレンソウのおひたし、焼き海苔、タクワン。すべてがハイレベルで美味い。思わず夢中になって全て食べてしまう。ちょっとこの味には勝てない。幸福感と敗北感が凛を包み込む。

 やがて至福の朝食が終わり、ライダーが入れたお茶をすする頃になってアーチャーが再起動する。

 

「そんなことあるわけ無いじゃないか」

 

 無茶苦茶爽やかな笑顔だ。もう、なんかイロイロとヤバイくらいに爽やかなイイ笑顔だ。

 キラーンと、歯が光っていたりもする。

 

「ちょ、ちょっとアーチャー!」

「記憶はまだ戻らぬが、私のイメージの中にある『姉』とは……、そうだな、猛獣のような存在だ。

 間違ってもこのような見目麗しい御婦人ではない!」

「あー、それはタイガのことね」

 再び考え込みそうになる、アーチャー。

 このままだと時間だけが無駄に過ぎそうなので、慌てて凛が止めに入る。

「とりあえずいいわ、バーサーカー。衛宮君と姉弟って事は今は敵意は無いわけね」

「無いわよ。マスターもまだ冬木には入っていないから安心して良いわよ」

「何処に居るのよ」

「ライダーみたいに太平洋の無人島に居るならともかく、今の段階で教えられるわけは無いじゃない」

「つまり、私たちの敵になる可能性があるということ?」

 凛の目が鋭くなっていく。

「さあ、どうかしら。私自身は聖杯には興味なんて無いわ、此処には愛する弟を追ってきただけよ」

 そう言うと、話はこれまでとばかり用意されていた紅茶に口をつける。

 少なくとも、現時点はバーサーカー自身に敵対する意思は無い……と言う事か。

「もう一つだけ教えて。バーサーカーのクラスは狂化によって理性を残さないはずだけど、あなたは普通に喋っているわね」

「そうね、私の宝具の力……とだけ教えてあげる。まあ、アーチャーもライダーも知っているから、この場で隠す意味はあんまり無いんだけどね」

「そうなの、衛宮君?」

 そう尋ねる凛に、アーチャーは少々険しい表情をする。

「まずマスター、幾つか言っておきたいことがあるのだが」

「な、なによ」

「まだ記憶がハッキリしない身なので、私の容姿がそのエミヤとやらにそっくりなのは理解した。それが私の真名なのかも知れぬ」

「まだ記憶が戻らないの?」

「残念ながら。

 で、だ。確かに目の前に居るサーヴァント二人はやる気が全く無いようだが、仮にも聖杯戦争中だ。真名の可能性がある名前ではなくクラス名“アーチャー”と呼んではくれないか?」

「たしかに、それもそうね……、ごめんなさい。じゃあ、これから貴方の事はアーチャーと呼ぶわ……、でも学校ではどうするの?」

「だから、学校は……、いや、いずれ君も気がつくだろう。

 ──ところでマスター。君は大切な事を忘れていないか?」

「え? 大切な事ってなに?」

 アーチャーは溜息を一つつく。

「まったく、契約において最も大切な交換を我々はしていないのだぞ」

「指輪の交換ですか?」

「違うわよ、籍を入れる事よ」

 茶々を入れるライダーとバーサーカー。反射的にアーチャーは突っ込みを入れる。

「そこ、違うぞ!」

「あっ、しまった。名前……」

「私はライダーと申します。不束者ですがよろしくお願い申し上げます」

「わたしはバーサーカーね。子供は5人は欲しいなー」

「だから、くだらない茶々入れはやめてくれ。

 ──それでマスター、君の名は? これから何と呼べば良い」

 やや疲れたようにツッコミを入れるアーチャー。

 本来はサーヴァントとマスターの関係は令呪を介した力ずくの関係、名前の交換など意味が無い。それなのに名前を聞こうというのは、共に戦っていこうという信頼の証。それに、バーサーカーやライダーは凛の名前を連呼していたのだから、彼女の名前を気がつかなかったわけではないだろう。それなのに、ケジメとばかりに教えられていない名前は口にしなかった。

 やっぱりこいつは衛宮君だと、凛は確信する。記憶喪失でひねくれてはいるけど、すごく良い奴なんだと理解する。

「わたしは遠坂凛よ。好きなように呼んでいいわ」

 しかし、そうそう簡単に素直になれないのが、遠坂凛と言う少女だ。頬を赤らめながらも、ぶっきらぼうに答える。

 アーチャーは大切なモノを噛み締めるかのように、小声で『遠坂凛』と一度反芻すると。

 

「それでは凛と……。 ああ、この響きは本当に君に良く似合っている」

 

 などと、万感の思いを込めて口にする。

 凛の顔が、更に真っ赤になる。もう、耳まで真っ赤だ。自分とアーチャー以外の声など聞こえない、そんな様子だ。

 

 横でバーサーカーとライダーまで真っ赤になってひそひそ話をしている。

「アーチャー……、何気にすごい殺し文句を使いますね」

「無自覚だから怖いのよ。無意識に女の子を落としていくんだから」

「私も言われてみたい……」

「でも生前は散々リンに苦労させられたのに、くっついたり離れたりくり返すし……マゾなんじゃないかしら」

「女王様プレイが好きなのでしょうか……?」

 

 一方、そんな真っ赤になっている女性陣に気がつかない朴念仁が独り、アーチャーだ。

 

「さて、凛。これからどうするのだね? ん? 顔が赤いが風邪か?」

「ち、違うわよ!

 それよりも、記憶の件は追々考えていく事にして……とりあえず、記憶が無いのなら町の様子もわからないわね」

「ああ、残念ながら」

「だったら、今日は町を案内するわ。着替えてくるから、準備していて」

 そう言うと、返事も待たず逃げるように居間を後にする。

 

 さてと、とばかりに凛は目の前の衣装棚を見つめる。

 先ほどまでドタバタしていてパジャマのままだった事を忘れていた。それを考えると羞恥で顔が赤くなる。そう言えばパジャマ姿に反応しなかったわねなどと、アレやこれや考える。

「あーそんなこと考えている場合じゃない! とりあえず着替えよ着替え!」

 とりあえず服を幾つか見繕う。

 

 制服……パス。

 赤いセーターとミニスカートにハイソックス……普段着だし、インパクトは弱い。

 ズボンルック……世界の修正力を喰らうからパス。

 巫女さんルック……季節が違う。

 高そうな赤いドレス……、ご先祖様が着ていたらしいわ。

 ボンテージファッション……似合うかもしれないけど、マニア以外は引くわね。

 魔法のステッキ……とりあえず、宝箱に封印してきなさい。

 いっそ裸で……。

 

「って、なんであんたが居るのよー!」

 いつの間にか部屋に侵入しているライダーに、思わずガントをぶっ放す。

 ひらりとかわしながら、ライダーは呆きれ半分でいう。

「何時までたっても出て来ませんから、アーチャーに頼まれて様子を身に来たのです」

 

 その一言で時計を見ると……居間を出てから一時間近くたっていた。

 

「何時の間に! は、早く着替えるわよ!」

 慌てて着替えだす。よく考えたらデートでも何でも無いのだから、普段着である赤い服とミニスカート、ハイソックスを身につける。とりあえず、アゾット剣と魔道書、魔力を蓄えた宝石と赤いコートも手に持つ。

 ドタドタドタ、廊下を駆けていき居間につくと、相変わらず赤い外套と黒い革鎧のアーチャーがいた。

「って、あんた何にも準備していないじゃないのー!」

 恥かしさのあまり、思わず怒鳴る。

 そんな凛にアーチャーは、サーヴァントは霊体となり他者に認識できないようになれると、実演付きで説明する。

 

 もっとも、女性陣には不評だったようで。

 

「折角のお出かけなんだから、少しはお洒落しなさいよ」

 と、バーサーカー。

「上着を着れば、誤魔化せそうですね……はい、ジャケットです」

 と、何処からとも無く取り出した赤いジャケットを押し付けるライダー。

 3対1棄権0、よって霊体化しないで街を歩く事が決定した。

 

「って、あんたらもついてくるの?」

「はい、折角ですから」

「デートの時は遠慮するから安心して、こっそり付回すのが楽しいんだから」

 さらに一時間ばかりの激論の末、折れる凛だった。

 

 

続くと思う。

 

 

おまけ

 

セイバー「このSS、最初はFateルートの私とシロウの救済SSだったはずなのに、全く出番無いですね」

L「あなたはまだ良くってよ、わたくしなんて、存在すら忘れられていたんですから」

B「大変だな、私は次回かその次あたりに出番の予定があるらしい……、顔見世程度だが」

K「あら、私もです」

 

セイバー「このSSの作者が『セイバー萌え!』なんて絶対嘘ですね……」

 

 

※このおまけは、あくまでも冗談であり、実際出番があるかどうかは定かではありません。