幕間

 

 話は数日前に遡る。

 

 暗い、暗い闇の中で、愚かな戦争の前哨戦はすでに始まっていた。

 闇よりさらに深い闇を無数の宝具で切り裂き、金色の英雄王が現れる。

 だが、深い闇も一筋縄ではない。盛り上がった影が宝具の雨を飲み込み咀嚼する。

 

「ほほう、ランクが低いとはいえ我の財宝を受け止めるとは。コソコソ覗き見しかできぬ鼠の割にはやるな」

 

 鼠と呼ばれた存在が、影の中より現れる。

 それは、二人の女だ。

 どちらも、人並みはずれた美しい容姿をしており、均整の取れた肢体をそれぞれが赤と紫のドレスで包む。

 先に口を開いたのは、紫のドレスに身を包んだ女性だ。長い髪は半分は紫、半分は銀。限りなく暗い食虫花と温かな春の花、双方の印象を持つ不思議な女性だった。

「クスクス、英雄王ともあろう者が鼠すら倒せないなんて」

 あからさまな嘲りの声に、英雄王の眉間に皺が寄る。

 そんな紫の女性をたしなめるように、赤いドレスの女性が口を開く。

「だめよ、アサシン。所詮は遠くから財宝を投げる程度しか脳が無い、ただの馬鹿なのだから」

「そうでしたね、姉さん・・・・・・、いえ、キャスター」

 いや、更に辛辣だ。その身にまとう真紅のドレスは熱き魂の顕われか。炎を宿す瞳が英雄王を射抜く。

 英雄王の表情に明らかな怒りが浮かぶ。生前も含め、このような無礼者には必ず死を与えてきた。

 そんな英雄王の態度がおかしかったのか、赤いドレスの女性が可笑しそうに笑い声を上げた。

「ごめんなさい、怒ったかしら。でも、わたしたちは貴方なんかには用が無いの。わたしたちが用があるのは彼女だけ」

 赤いドレスの女性は自らの腕の中で眠る女性に視線を向ける。

 二十前後だろう、スーツに身を包んだ短髪の女性。その美しい容姿は苦悶に歪んでいる。それもそのはず、彼女の左腕は失われており、赤い鮮血がスーツを染める。簡単な止血は済んでおり、さらには魔術回路による生命維持が行われておいる。とはいえ、早く何らかの処置を施さなければ危険だろう。

「早く彼女の治療をしたいの。悪いけど貴方と遊んでいる暇は無いわ」

 あの女は、この英雄王を道端の石ころ程度しか思っていない。何たる無礼、何たる不遜。

 

「その必要は無い……、ここでその雑種共々死ねぃ!」

 

 必殺の意を持って、王の財宝を展開しようとし……。

 

「なにっ!」

 

 展開される王の財宝の門を、紫の女性の操る影が逆流する。

 あまりの事態に驚愕する英雄王の目に……、なんだか目をピキューンと輝かす二人の女性の姿が映った。

 

「さあ、アサシン! 影を使ってヤツの財宝をちょっぱりなさい!」

「イエッ! サァー!」

「マムよ!」

 

「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおっと、まてえええええええええええええええええええええ!!」

 

 待ってくれない。

 咀嚼音すら響かせて、王の財宝の中身を飲み込んでいく影。

 あわてて阻止すべく宝物庫の門を開くが、開いた傍から影は侵入して宝具を分捕っていく。

「まてまてまてっ! お前ら我の財宝を盗んでいくのか!」

「やかましい! 王の宝倉なんてのは、盗まれるためにあるのよ!」

「ってか、その雑種の治療はいいのかっ!」

「止血もしてるし、あとは唾でも付けておけば治るわ!」

 ひでぇ。

 英雄王は生まれて初めて恐怖を覚えた。

 つーか、あんな業突く張り見たことねーと、驚愕する。

 さらに、横にはうれしそうに宝具を選別するアサシン。その目は幾多の戦場(バーゲンセール)を潜り抜けてきた修羅(主婦)の目だった。

 

「まてまてまてっ! グラムを持っていくな! ああ、なんで我の秘蔵コレクション『セイバーたん人形』や『セイバーたん抱き枕』、それに『ネコアルクぬいぐるみ』まで持っていく! こら、エアに砂を詰めるなー!」

 

 どうやら、宝物庫の中で行われていることは、英雄王には把握できるらしい。把握できるだけで手出しはできないようだが。

 夜の闇に、英雄王の悲しい叫びがこだました。

 

 この日、財宝の1/3が失われたと、英雄王は後に泣きながら同僚(ケルトの大英雄)に語ったという。

 

 

 

 

とある英霊と巡る町

 

 

 アーチャーは非常に疲れていた。

 理由は簡単だ。とにかく連れの三人が目立つのだ。

 

 まずは紫の髪の長身の女性、ライダー。モデル張りの長身に引き締まっていながら出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるボディ。黒い皮のジャケットと同色のセーターとズボンに身を包み、美しい髪をなびかせて歩く様は、それだけで男の視線を引き付けて離さない。

 それだけでも目立つというのに、なんというか……、彼女はドジッ娘なのだ。なんでもないところでつまずいて転びそうになってはアーチャーが抱きとめ……、周囲から殺気のこもった視線を浴びることになる。

 次に銀の髪のバーサーカー。身長こそさほどでもないが、彼女のスタイルも抜群だ。いや、逆にそこそこの身長が大きな胸を強調させている。紫のコートに身を包み跳ねるような歩調で歩き、時々スキンシップとばかりに抱きついてくる。特に二つの柔らかな双丘を押し付けるように抱きついてきて、非常に対処に困る。ついでに、彼女が抱きついてくる度に、周囲の殺気濃度が高くなるのは気のせいではないだろう。

 そして最後に主たる遠坂凛。学園のアイドルと称されるその容姿は前記の二人にも勝るとは劣らない。その自身と誇りを持って歩く様は、人々の視線を釘付けとする。

 まぁ、サーヴァント二人が何か起こすたびに殺気を振りまく様だけは、さすがにいただけない。というか、かなり怖い。

 

 こんな3人と一緒に歩いているのだ、そりゃものすごく目立つだろう。都市の闇で人知れず行われる戦争の主役たる魔術師とサーヴァントが、なんだって衆人環視の注目を浴びなければならないのか。美しすぎる容姿というのも考え物だ。

 アーチャーは溜息を一つつく。溜息をつく度に幸せが一つ逃げていくというのなら、今の幸運のランクは一体どれだけ下がっているのだろうと、くだらないことを考えてしまう。

 と、どうやらまた幸せが逃げたようだ。少し目を放した隙に、身の程知らずな男どもが3人をナンパしようと近寄っている。

 アーチャーは慌てて助けに行った。男どもを……。

 

 例のナンパ師集団には、丁寧な説得の上お帰りいただいた。奥歯の二〜三本は折れているかもしれないが、たいしたことは無いだろう。英雄と呼ばれた者に喧嘩を売ってその程度で済むのなら安いものだろう、もし女性陣が手を出していたらと考え、アーチャーはまた溜息をつく。

「どうしたの、アーチャー? 溜息なんてついて」

「いや、何でもない。君たちの容姿が美しいのは君たちにはなんら責任は無いのだから、ここで何かを言うのは筋違いだろう」

 アーチャーの一言に、3人の顔が真っ赤になる。

 もっとも、アーチャーはキョトンとするだけだ。まったく持って朴念仁もここまで来ると犯罪である。

「あ、アーチャー。ば、場所を考えてください……」

 あまりの不意打ちに、ライダーも普段の調子を失う。

「場所を考える? ああ、街の様子か。あの公園は常時人がいなくて戦場には良いかもしれないな」

 先ほど案内された中央公園を思い出す。もはや固有結界の域にまで高められた悪意の残留。街の真中にあり緑も豊富、環境だけなら昼下がりの散策にふさわしいだろうが、あの残留思念では常人は意識しなければ近寄ることもできないだろう。

 もっとも、そんな的外れなアーチャーの態度に、ほかの三人は顔を見合わせて溜息をつく。

「まったく、アーチャーってこんなヤツだったの?」

「そうよ、無自覚だから怖いの。昔からぜんぜん変わらないんだから」

「一体どうしたというのだ、三人とも?」

 一人わからないのはアーチャーだけだ。

「そ、それよりもおなかが減らない? そろそろお昼にしない」

 あわてて話題を変える凛、ほかの二人も無言で同意する。

「ふむ、食事を食べられるところか……」

 ふと、周囲の喧騒が聞こえてくる。

 

『すごいぜ、あのカレーショップの食べ放題イベント。眼鏡の美人が30杯を超えたってよ!』

『ああ、なんかあのカレー屋の店主が真っ白になっているって』

『美人なのか、見に行ってみようぜ』

 

 なにか、聞こえてはいけない声が聞こえてきた気がする。

 

「ふむ、凛よ、言っていなかったか? サーヴァントは基本的に食事は要らないのだ、空腹なら君の分だけで……」

「そうなの? って、あんた達、今朝食べてなかった?」

「はい。 確かに食事無しでもマスターからの魔力だけでも十分ですが、マスターの毒見や微量な魔力摂取。それと娯楽として食事を好むサーヴァントもいます。中には燃費かひたすら悪く、一人で世界を食べつくさんばかりに食い散らかすような輩も居ますが」

 とりあえず答えるライダー。

「ライダー、微妙に悪意がない?」

「気にしてはいけません。それと、アーチャーのご飯はひたすらおいしい。大半の英霊の存在した時代は食糧事情が良くなかった。彼の料理の腕は容易に英霊を魅了するのです」

「ライダーは料理だけ?」

「いえ。料理だけではなく彼の精気はとてもおいしい。もう、マスターに止められなかったら毎日でも頂きたいぐらいにおいしい。もう、せっかくですから背徳的に朝から晩まで、お互いに快楽を貪りあい、精気のやり取りをしたいぐらいです」

 なにやら、目つきがちょっと怖い。

 思わず腰が引ける他三人。

「ね、ねえ。とりあえずライダーはほっておいて、どっかに腰を落ち着けない。わたし足がくたくたよ」

「サーヴァントでしょう、あんた。そんな事でどうするのよ」

「気分の問題よ、気分の。ね、確かこのあたりのデパートの屋上に休めるところ無かったっけ?」

「よ、よく知っているわね」

「事前調査は戦術の基本よ。どうせリンの事だから大して調べていないんでしょう」

「どういう意味よ!」

「ひみつ〜」

 そう言うと、バーサーカーは幼い少女のように可笑しそうに笑った。

 この銀のサーヴァントはどうも苦手だと、凛は思った。自分より確実に年上の癖に、時々ひどく幼く見える。そのくせ彼女には不快感は無いから性質が悪い。ライバル心は沸くけど。

「でも、そんなにお金は無いから精々ファーストフードで我慢してもらうわよ」

「ああ、それなら」

 そう言うと、アーチャーはどこからとも無くバスケットを取り出す。

「弁当を作ってみたのだが」

 

「また、負けた……」

 遠坂凛、2度目の敗北である。

 アーチャーが用意したお弁当は、簡単な行楽弁当だった。可愛らしく握られたお楽しみオニギリに、バラエティに富んだサンドイッチ。鳥の唐揚げにポテトサラダ、フルーツの盛り合わせ。更にはポットにお湯を用意していたらしく、入れたての紅茶を振舞った。

 もう、ハイレベルなどという言葉では言い表せない美味しさだ。特に彼の入れた紅茶など、本場イギリスの一流の執事ですらここまで美味しくは入れられないだろう。

 自分の家のどこにこれだけの食材があったのかわからないが、アーチャー曰く『手際と発想の問題だ』だとの事。くそう、今度得意の中華で一矢報いてやると心に誓う凛だった。

「ふむ、美味しそうで何よりだ。紅茶のお代わりはいるかね?」

「頂くわ」

 ぶっきら棒に言い放つ凛。アーチャーは爽やかな微笑で紅茶を継ぎ足す。

「素直じゃないわねー、リンは」

「まったくですね、ここは『紅茶じゃなくて貴方が欲しい!』といく所でしょう」

 エロトークに走ろうとするライダーを、とりあえず無視。食後の至福の時を、わざわざエロトークで満たす必要は無い。

「私はそういうキャラですか? ■じゃあるまいし……ひどい」

 周囲の反応に、小声で文句を言うライダー。自業自得である。

 

 紅茶が行き渡り一息ついたところで、アーチャーの目が突然鋭くなる。

 否、アーチャーだけではない。他のサーヴァント達の視線も同様に厳しいものと変わる。

「ところで凛、確認したいのだがアレは君の友人かね?」

 アーチャーの視線の先には、デパートの屋上に入り込んでくる数十人の人影が。

「知らないわよ。さっきのナンパ男たちみたいだけど……」

 凛もサーヴァント達の警戒の意味を理解する。いつの間にかデパート屋上の喧騒は消え、皮膚の一部が崩れた男たちが入り込んでくるのだ。

「そうか……なら!」

 突如、アーチャーがどこからとも無く短剣を取り出し投擲する。ダークと呼ばれる、中東の暗殺者が使用した投擲剣。

 投擲剣は男の一人に吸い込まれる様に突き刺さり。

 

「──I am the bone of my sword.(わが骨子は捻じれ狂う)」

 

 爆散した。

「アーチ……ャー!?」

 凛が咎めるような声を上げようとして……、途中で疑問形と変える。

 男の一人が爆発したというのに、他の連中は表情一つ変えずに近づいてくるのだ。

「ふむ、はじめて見るのだな。アレは死徒というモノだ。

 ──さて、どういうわけか我々を襲ってくるようだ」

「ちょ、ちょっと! 何でこんなところに死徒が現れるのよ。それにまだ昼間よ!」

「さてな、何で現れたのかは私にもわからぬが、上位の死徒二十七祖あたりならば日光程度なら克服しているだろう。もっとも、こいつらは……」

 アーチャーは言葉を切ると、両の手に黒と白の短剣を握り、男の一人を切り捨てる。

「使い捨ての道具だろう。すでに日光で体組織の劣化がはじまっている! バーサーカー! ライダー!」

 アーチャーの呼びかけに、他の二人のサーヴァントも武器を構える。

 凛も慌てて魔術の行使を……、アーチャーの視線に止められる。

 ここは、自分たちに任せて見物していろ……ということだろう。あるいはサーヴァントの力をデモンストレーションしようというのかも知れない。

 実際、凛が手出しする必要など全く無かった。

 

 ライダーが上半身を異様に沈める、蛇を連想させる独特の構えから一気に飛び出す。

 最速を誇るライダーの動きに死徒は全く付いていけず、次々に鎖付きの釘剣に頭を打ちぬかれる。さながら疾風のように次々に死徒を葬っていく。

「遅いですね……」

 彼女が通った後には、死徒の残骸が転がるのみ。だが、一瞬の隙を突いて背後から大柄な死徒が不意打ちしようとする!

「あぶな……」

 叫ぼうとする凛。だが、その必要は全く無かった。ライダーの足元に蛇のようにのたくっていた鎖が突然跳ね上がり、死徒を打ち据えた。死徒はアゴを上に上げて吹っ飛ばされる。

「ネビ○ラ・チェーンとでも名づけましょうか」

「パクリは禁止よ……」

 思わずツッコミを入れる凛だった。

 

 ライダーの戦い方が疾風なら、バーサーカーの戦い方は暴風だった。

──バーサーカー……力を貸してね……。

 誰にも聞こえないほどの小声でつぶやくバーサーカー。

 彼女の胸の中央がほのかに輝く。

「■■■■■■■■■■■■■■■ー!」

 美しく華奢な外見からは信じられない恐ろしい咆哮。腕に握るのは神殿の柱より削りだされた石の斧剣。

 細い身体からは信じられない怪力を持って、その超重量武器を振るう。

 技も何も無い、力だけの一振り。ただそれだけで3人の死徒が塵と変わる!

 あとは、一方的な殺戮。否、一方的な破壊だった。

 一振りごとに数人の死徒が破壊される。

 彼女を取り囲んだ10人の死徒が殲滅されるのに、30秒もかからなかった。

 

 アーチャー。その名の通り、遠距離攻撃を得意とするクラス。

 しかし、赤き弓兵が手に握るのは弓ではなく、白と黒の双剣だった。

 その動きは才能がある者の動きではない。どこまでも無骨な……血の滲むような鍛錬の末身につけた業。

 故に華麗さは無いはずなのだが……、その動きは人を引き付ける何かがあった。

 黒き剣が咆哮を上げ、死徒の身体を粉々に砕く。

 白き剣が輝き、死徒の存在を消滅させる。

 それは■■の英雄が一つの思いを胸に鍛え上げた、人の剣だった。

 

 そして、3人のサーヴァントの前に、30以上の死徒はたいした時間もかけずに全滅した。

 

「ふむ、後始末の心配は無いようだな……、心優しいことだ」

 戦闘が終わると、アーチャーは呆れたように呟く。もっとも、その目の奥には灼熱の怒りが存在した。

 英雄たちに倒された死徒は、全員が塵となって消滅したのだ。

「一体どうしてよ……、聖杯戦争中に死徒だなんて」

「厄介ごとは重なるものですね……」

 ライダーの口調もどこか陰鬱だ。

 バーサーカーだけは無言だ。いや、何かを考えているようだが。

「凛、それでこれからどうする? この場から離れることを提案するが」

 確かにその通りだ、死徒はすべて倒したが少々派手にやりすぎた。このまま一般人が来たら誤魔化すのは難しい。

「そうね、この場から離れましょう」

 さて、どうやって。このまま中に入って行くのは目撃者を増やすだけだろう。

 などと考えていると、突然足元の感覚が消える。アーチャーが凛を抱きかかえたのだ。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。

「ちょ、ちょっとアーチャー」

「不可視の結界を張った。喋るな、舌をかむぞ」

 そう言うと、アーチャーは突然飛び出す。

 背後から『あ、いいなー』とか『私の身長では、アレは無理ですね……』などと聞こえてくる。

 凛は耳まで真っ赤にしながら、サーヴァントの恐るべき能力を体感するのだった。

 

 デパートの屋上から脱出した4人が最後に訪れたのは、街を一望できる高層ビルの屋上だった。時間は午後の七時。襲ってくる者が無いか確認しながらの移動だった。

「さっきのアレは一体なんだったのかしら」

「さてな、アレ以来襲撃は無い、監視している気配も無かった」

 全く持って不愉快だと、アーチャーは呟く。

 無関係のものが巻き込まれ、命を失ったと事に真剣に怒っているのだ。彼らの無念を晴らす、そう誓っているのかもしれない。

「まあいいわ。とりあえず警戒は怠らないで。遠坂の管理地で好き勝手やった報いは受けさせてやるわ」

 少女も怒りを口にする。彼女が報いを受けさせるといった以上、犯人は相応以上の報いを受けることだろう。遠坂凛はそういう少女だ。

「それにしても風が強いわね……、どうしたの、ライダー?」

 あまりの風の強さに髪を押さえていたバーサーカーが、傍らで難しい表情をしているライダーに尋ねる。

「いえ、ここにはあまり良い思い出が無いもので……」

「ああ、そういえばここだったわね」

 二人だけに通じる何かがあるらしい。とりあえず、あの変なサーヴァントコンビは無視。

「で、どう? ここなら見通しはいいでしょう、アーチャー」

「確かにここなら町が一望できるが。ならばなぜ初めからにここに来れば歩き回る必要もなかったのだが」

「何を言っているのよ? 確かに見晴らしはいいけど、ここからわかるのは街の全景だけじゃない。実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」

「──そうでもないが。アーチャーのクラスは伊達ではないぞ。弓兵は目がよくなければ勤まらん」

「そうなの? それじゃあここから遠坂邸が見える、アーチャー?」

「いや、流石に隣町までは見えない。せいぜい橋あたりまでだな。そこまでならタイルの数くらいは見てとれる」

「うそ、タイルって橋のタイル……!?」

「でも、数えると数え間違えするんですよね、アーチャーは」

「リンほどじゃないけど、アーチャーもうっかり者だから」

「すまなかったな」

 思わずむくれるアーチャー。ちょっと可愛いかもなどと、凛は思った。

「でも、アーチャーって本当にアーチャーなんだ」

「……凛。まさかとは思うが、君、私を馬鹿にしているんじゃないだろうな」

「そんな訳ないでしょう。たださ、さっきも剣で戦ってたじゃない」

「あの場で君を守りながら戦うのには剣が最適だと判断したまでだ、その辺は帰ってから追求しよう」

 それっきり、アーチャーは黙り込み、街の作りを把握につとめる。

──邪魔をしちゃいけないわね。

 凛はアーチャーの側を離れてビルの端に移動する。

「──?」

 ふと、視線を感じる。

 ただ純粋に、凛に向けられた視線だった。

「下──?」

 地上を見つめる。

 ……道には行き交う人々が居る。

 その中で一人。まるで月でも眺めるように、凛を見上げているヤツがいた。

 それが誰であるか、はっきりとは判らない。はっきりとは判らないのだけど、誰であるかは見て取れた。

「えっ、衛宮君!?」

 そう、それは今はアーチャーを名乗っているはずの、背後に居るはずの学友。

 慌てて振り向くと、そこには心配そうなアーチャーが居た。

「凛。敵を見つけたか」

「え、へ、あ、え。 いえ、今下に貴方が居たんだけど!?」

 混乱して、わけのわからない質問をする。

 もっとも、アーチャーは合点が行ったように、呆れて答える。

「凛、昨夜も言ったはずだ。我々の本体は英霊の座というところにあると。我々は……少々語弊があるが、その本体の分身なのだぞ」

「えっと、それはどういう」

「ふむ、私の容姿が君の言うエミヤシロウに瓜二つなのは判った。

 だが、私は君の知るエミヤシロウではないのだよ。どんな関係なのかはわからぬ。未来の彼なのか、過去の彼なのか、それとも平行世界の彼、彼の子孫か、彼の祖先か。あるいは他人の空似という可能性もある。

 唯一つ確かなことは、君の知るエミヤシロウと私はイコールではないということだ」

 なにやら、背後でライダーとバーサーカーが笑っているのがわかる。

 よっぽど凛の勘違いが可笑しかったのだろうと、凛は思った。

「あ、あの。それじゃあ今まで……、アーチャー。ごめんなさい」

 アーチャーが困っていた訳を理解して、凛は素直に謝る。

「かまわないさ。これも……運命だろうからな」

 そう言うとアーチャーは、再び戦場を把握すべく町に目を向けるのだった。

 

 

幕間

 

 アルバイト帰りの衛宮士郎は、不意におかしなものを見つけた。

 なにか、不釣り合いなモノが見えた気がしたのだ。

「なんだ、今の?」

 立ち止まって最上階を見上げる。

 両目に意識を集中させて、米粒程度にしか見えないソレを、ぼんやりと視界に捉える。

「──な」

 それは、知っている誰かに似ていた。

 何の意味があって、何をする為にあんな場所にいるのか。

 長い髪をたなびかせ、何をするでもなく、彼女は町を見下ろしている。

 こちらに気が付いている様子はない。いや、見えている訳がない。

 人並み外れて目のいい士郎が、魔力で視力を水増ししてようやくわかる高さだ。

 あんなところで一人きりで立っているからこそ見分けられるが、地上で人波に紛れている自分などに気が付くはずもないだろう。

 彼女はただ街を見下ろしている。

 

「今の、遠坂だったのかな」

 先ほどまで街を見下ろしていたのは、確かに学園のアイドル、遠坂凛であった……気がする。

 もっとも、彼女がビルの屋上から街を見下ろす理由などあるとも思えない。

 考え事をしながら歩いていたのが悪かったのか、飛び出してきた人影にぶつかってしまう。

 もつれて転び、その手には心地よい弾力を持つナニか……。

「って、うわわっ、ご、ごめんなさい」

 とりあえず慌てて離れて謝る。顔が真っ赤だ。

「いや、こちらも不注意でした。頭を上げてください」

 もっとも、被害者の女性は全く気にしていないようで、顔色一つ変えない。

「あ、でも……」

「だから気にしなくてかまいません、かえって恥ずかしくなります……。ふむ、どうしてもと言うのでしたら」

 そう言うと女性は、左腕に持っていた街の地図を見せながら尋ねる。

「このホテルを探しているのですが、どうも道に迷ったらしい。悪いですが場所を教えていただけませんか?」

「あ、それならこの通りをまっすぐ行けば」

「なるほど、そこで曲がってたのがいけなかったのか、ありがとう少年」

「いえ、俺こそすいませんでした」

 そう言うと士郎はあらためて女性を見た。

 男物のスーツに身を包んだ、赤い髪の妙齢の女性だった。おそらくは動きやすいからというだけで身に着けてるのだろう、男装しているわけでは無さそうだ。

 彼女は真っ赤になっている士郎を見て軽く微笑むと、名前を尋ねてくる。

「私の名前はバゼット。バゼット・フラガ・マクレミッツ。少年、名前は?」

「えっ。俺は衛宮士郎です」

「そう、衛宮ですか……」

 そう言うと女性は、右の手を出す。握手を求めているのだろう。

 真っ赤になって照れながら、士郎も握り返す。

「衛宮士郎。また会うこともあるでしょう、その時はお手柔らかに」

「──え?」

 バゼットの言葉の意味がわからず、呆然とする士郎。

 尋ね返そうにも、彼女の姿は雑踏に消えていた。

 

「いいのですか、会わなくて?」

 バゼットは虚空に向かって話しかける。

──かまわないわ。まだ彼は運命には出会ってないわ。

 彼女にしか聞こえない声が答える。

「難儀ですね……。まぁ、私にとやかく言う資格はありませんが」

 所詮自分は裏切られた間抜けな女だ。

「まぁ、等価交換です。契約は必ず履行する。奴に報復もしたいですしね」

──あなたも、十分難儀な性格をしているわよ。

 虚空の声が、苦笑いをする。

 まぁ、今晩は酒でも飲み交わそう。ふられた女三人で飲むのも悪くはない。

 

 

続く……といいなー。