とある英霊の向かう学び舎

 

 

「なに、学校に行くだと?」

「ええ。何か問題あるのかしら、アーチャー」

 朝食のあと、凛はアーチャーに今後の方針をきっぱりと口にした。

 食卓では凛と同じように二人のサーヴァントが食後のお茶を楽しんでいる。

──なれって怖いわね……、すっかりこの二人と一緒に居るのが馴染んでいる。

「……問題はないが、しかし、それは」

 アーチャーは一瞬考え込む。少なくとも凛が一度言い出したことを覆す性格ではない。

 しかし、彼女の安全を考えれば素直に賛成できないのも事実。皮肉屋ではあるが、素直な忠義者なのだ。

「凛。マスターになったからには、常に敵マスターを警戒しなくてはならない。昨日の死徒の襲撃もある。学校という場は、不意の襲撃に備えにくい場所だろう」

「そんなことはないけどね。いいアーチャー? わたしはマスターになったからって、今までの生活を変える気はないわ。それにマスター同士の戦いは人目を避けるモノでしょう? それなら人目につく学校にいれば、不意打ちされることはまずないと思うけど」

「マスターは確かにそうだが、死徒はそんな遠慮などしてこないぞ」

「ソレも確かにそうね。一応夕べ綺礼に連絡は入れておいたけど」

 あの男が珍しく慌てる様は、なかなか面白かった。

「でも、たぶんだけど、しばらくは死徒の襲撃はないわよ」

「どうしてそう思うの?」

 それまでのんびりとお茶を楽しんでいたバーサーカーが尋ねてくる。凛をためしている……といった様子だ。

「強いて言うなら直感ね。まぁ、アレの目当てはわたしではなくて貴方たち……、サーヴァントの力を試すことでしょう。

 襲撃後は監視もなかったって事は、すぐに何かをする気はないって事。おそらくサーヴァントが全て揃うまでは次のアクションはないでしょう」

「……そうか。凛がそう決めたのなら私は従うだけだ。

 だが、霊体化して君の護衛をするくらいはいいだろうな。まさか学校に行っている間はここに残れ、などとは言うまい」

「いえ、ここに残って私とくんずほぐれずの寝技の修行をしませんか?」

「あ、じゃあライダーだけはここに残るのね」

 爽やかな笑顔で切り返す凛。ちなみに、バーサーカーはすでにお出かけ準備中だ。

「アーチャーには学校に限らず、外に出る時は側にいてもらうからね。マスターを守るのもサーヴァントの役割なんだから、頼りにしてるわ」

「それを聞いて安心した。信頼に応えるのは騎士の務め、せいぜい期待に添うとしよう。

 だが凛。もしもの話だが、その安全な場所に敵がいたらどうする?」

 ふと、視線をそらすライダー。ニヤニヤとするバーサーカー。

「? なに、学校にマスターがいるかもしれないって仮定?」

「そうだ。確かに学舎には生徒と教師以外は入りにくいが、すでに内部の者がマスターだとしたら厄介ではないのか」

「それはないんじゃないかな。今頃太平洋のど真ん中にいるんでしょうし」

 あっさりと断言をする凛。ライダーが驚愕の叫びを上げた。

「な、な、な、なっ! 何で判ったのですかっ!」

「あ、やっぱり。カマをかけてみたんだけど、正解だったみたいね」

「ど、どうして……?」

「んー、昨日貴女が自分のマスターのことを『ワカメ』って言ってたじゃない。間桐の跡取りってのの髪型がちょうどワカメみたいだなーって」

「なるほど……」

 ついついうっかりが目に付くが、本来の凛は優秀な魔術師なのだ。わずかなヒントからでも正解にたどり着く。まぁ、ワカメで推測される間桐の跡取りも何だが。

「で、本当に太平洋にいるの?」

「ええ、地図にも載っていないような無人島に。水と乾パンは10年分くらい置いてきましたし、島には果物もありますから死んではいないでしょう」

「核実験の標的にされなければいいけど」

「イヤですね、巨大ワカメが放射能熱線を放ちながら帰ってきたら」

 ふと、二人の脳裏に大怪獣になって帰ってくるワカメの姿が浮かぶ。戦車や戦闘機に砲撃され……。

「大丈夫でしょう、自衛隊でも楽に勝てるわ」

「そうですね、Gと比べるのが失礼でした」

 何気にむごい。

 そんな二人に呆れながら、アーチャーは尋ねる。

「他にマスターがいないとどうしてわかる?」

「アーティファクトクラスの魔力殺しでも持っていない限りは魔術師がいれば気が付くわよ。その程度の信用もできない?」

「いや、そのようなことはないが」

「そうよねー。魔力回路のスイッチも形成できないようなへっぽこなんているわけないもんね」

 ニヤニヤとしながら言うバーサーカー。

「そういうのは普通、魔術師とは言わないわ。あれ、どうしたのアーチャー?」

 辛辣な一言。ふと、少々へこんでいるアーチャー。

「いや、何でもない。

 だが、凛。何事にも例外は存在する。もし学校に君の知らない魔術師がいたらどうする?」

「だから居ないってば。魔術師ってのは他の同業者に敏感なの。一年も同じ学校にいたらね、どんなに隠してても魔術師の存在は感じ取れる。

 マスターは一人居るには居るけど、今頃太平洋の海の藻屑となっているはずよ」

「密かに、扱いがひどくなってないか?」

「気にしちゃいけないわ」

「まあいい。だが物事には常に裏目が存在する。本来ありえざる事が起こるのもまた運命だ。

 もしそうなった事態になった場合、私に八つ当たりするのだけは思いとどまって欲しいと言っているのだ」

「失礼ね、わたしは八つ当たりなんてしないわよ」

 一瞬、サーヴァント3人の心が一つになる。ぜったい嘘だーと、心の中で絶叫する。

 もっとも、誰も口にはしないけど。

「だいたい、もしもの話っていうのは、起きないからもしもの話なのよ。もしそんな事になったら、わたしの見通しが甘かったってだけなんだから」

 再びサーヴァント達の心が一つとなった。毎度のことでしょうと。

 やっぱり、誰も口にしない。ただただ、生温かい視線を向けるだけだ。

「な、なによ。文句あるの!?」

「いや、無い。それでは行こうか、凛」

「あ、すいませんちょっと」

「なに、ライダー?」

「私の制服はどこでしょうか?」

「イメクラじゃ無いんだから、却下」

 

 で、『もしもの話』はあるわけだった。

 

「驚いた、もしもの話ってホントにあるのね」

「ああ、私も驚いている。あくまでも用心をうながす程度のつもりだったが……」

 校門前で凛とアーチャーは軽口を叩き合う。無論アーチャーは霊体化中、マスターとサーヴァント間にのみ有効なレイラインでの会話だ。

「空気がよどんでいるどころじゃない。これ、もう結界が張られていない?」

「完全ではないが、すでに準備がはじまっているようだな。

 ここまで派手にやっているって事はよほどの大物か……」

「とんでもない素人か。他人に異常を感じさせる結界なんて三流だもの。やるんなら、仕掛ける時まで隠し通すのが一流よ」

「──で、君はどちらだと思う、凛」

「さあ、一流でも三流でも知った事じゃないわ。

 それより、二人はついてきてる?」

 二人とはバーサーカーとライダーのことだ。彼女たちも霊体化してついて来ているはず。もっとも、その目的は凛の護衛ではなく……単なる物見遊山だが。

「ああ、ついてきている。

 凛はあの二人のどちらかが結界を張ったと考えているのか?」

「可能性は0じゃないわね。もっとも、普通こういった結界を張るのはキャスターでしょうけど」

 7つのクラスのうち、魔術に秀でているクラスはキャスターのみだ。もっとも、いくつものクラスに該当する英霊もいる。それに、あの二人はどう見ても規格外……、というか、単なる変人だ。

「凛、一つたずねるが……あの二人を信頼しているのか?」

「アーチャー、貴方は?」

「質問に質問を返すのは感心しないな。

 少なくとも、現時点で君に危害を加える気はない事だけは確かだ。聖杯に興味が無いと言った彼女たちの言葉にも嘘は無いだろう。

 ──しかし、彼女たちの目的がわからん」

 アーチャーの言葉に、凛は溜息を付く。この男は限りなく朴念仁なんだと理解する。

「少なくとも、彼女達がわたしを殺すつもりならチャンスはいくらでもあった。3日程度の付き合いだけど、陰湿な裏切りをするタイプじゃないわね」

「根拠は?」

「女の勘」

 一瞬、アーチャーの思念が途切れる。呆れているのかもしれないと、凛は思った。

「とりあえず授業中の護衛はいらないから、校舎の中をできる限り調べておいて。それと、昼休み……いえ、放課後あの二人と一緒に屋上に来て」

「断ったらどうする?」

「夕飯抜きって伝えて」

「了解した、マスター」

 

 そして日は暮れる。

 やってくるのは魔術師の時間、校舎の屋上に凛の姿があった。その表情は果てしなく硬い。

「最悪の結界ね・・・・・・」

 凛がつぶやく。張られていた結界は生命活動を圧迫する類のモノ。このような結界は、通常は魔術師には通じない。つまり、この結界は一般人を標的にしたモノ。

 それも、体力を奪う程度ではない。この結界が発動すれば中の人間は溶解し、剥き出しの魂を強引に集める人食い結界。

「アーチャー。貴方たちってそういうもの?」

 凛の声は心なし冷たい。

「……ご推察の通りだ。我々は基本的に霊体だといっただろう。故に食事は第二ないし第三要素となる。君たちが肉を栄養とするように、サーヴァントは精神と魂を栄養とする。

 栄養を取ったところで基本的な能力が上がるわけではないが、取り入れただけタフになる」

 ふと、凛はこの場にいるほか二人のサーヴァントに目を向ける。

「この結界、貴女達じゃないわよね」

 重い気分を変えるための軽口。

「はい、私の結界です」

 ……。

 ……。

 ……。

「ちょっとまてぇ! アンタの結界なの、コレ!」

 凛の目が鋭くなる。回答によってはただじゃ済まさない、目がそう言っている。

「はい、ワカメに命じられて4日前に張りました。あ、それと勘違いしているようですが」

「勘違い?」

「この結界は人食い結界ではないですよ。似てはいますが」

「どんな結界よ?」

 凛の視線が更に鋭くなる。アーチャーも、場合によっては戦えるようにとポジションを変え、周囲に魂も凍るような緊張感が充満する。

「はい、この結界の名前は『他者封印・桃色神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』、効果は……」

 ごくりと、誰かが唾を飲む。

 

「男子生徒の憧れのシュチエーションを正確に再現、『学園のアイドルと放課後の教室でムフフ』という夢を見せる結界です!」

 

「ちょ、ちょっとまちなさい、な、なによ、それはっ!」

 ちなみに、学園のアイドルとは此処では遠坂凛の事を差す。

「はい、憧れの学園のアイドルと放課後あーんあことやこーんなことをしたいという奥手純情ケダモノ少年の希望をかなえるために、別の私がカップラーメンができるまでの3分間で思いついた結界です」

「何でそんなもの作るのよ!」

「何でといわれましても、私ではなく別の私が作ったようですから何とも。

 ちなみに、一から構成するのがめんどくさかったようで、『他者封印・鮮血神殿』を利用して作ったようです」

「てか、なんで私がでるのよっ!!」

「あ、ちなみに出るのはあなたではなく、平行存在の凛ですね。少し違います」

「同じでしょうがっ!」

「違いますよ、あちらの凛の方がバストが1センチ大きい」

「それは、大きな違いね」

「ああ、そんな凛も存在するのか」

 思わず驚愕するサーヴァント二人。

「おどろくことか、あんたらっ! 人の姿、並行存在だろうがなんだろうが勝手に使うなー!」

「ちなみに、被験者第一号は、その世界のエミヤシロウでした」

 その一言に、凛の顔が真っ赤になる。

「人の肖像でそんなことするなー!」

「安心してください、中身は私ですから」

「もっと悪いわ!」

「では、『女教師と一晩中』がいいでしょうか、それとも『美人のお姉さんとかわいい妹と3(ピー)』がいいでしょうか?」

「なによ、その安物AVみたいのはっ! てか、そんな無駄なことに魔力を使うなー!」

「『ロリ姉との一緒』ってのは無い?」

「型月に頼んでください」

「女教師も無いんじゃない?」

「そういえばそうですね、削除しておきましょう」

「だから、何のネタだー!」

 凛の絶叫が夜の屋上にこだまする。

 先ほどまでの緊張感は消えうせ、だるい空気が当たりに広がる。

「と、とにかく。この結界は貴女が張ったのね」

「はい」

「消しなさい」

「えー、なんでですかー」

「何でもよ、私のテリトリーである学校に、そんないかがわしい結界なんて張らせるものですか」

「そ、そんな。結構面倒なんですよ」

「消さないと、夕飯は納豆尽くしよ!」

 昨晩、納豆が苦手だと見抜いたのだ。

「そ、そんな!」

「すまんな、マスターの命令だ。納豆のテンプラ、納豆のパスタ、納豆サラダに納豆カレー。まだいくらでもレシピはある」

「くっ、正義は負けるのですね」

「どこがよ!」

「結界を消せばいいのですね……」

 どこか残念そうなライダー。彼女が結界を消すための作業に入ろうとした、その瞬間だった。

 

「なんだよ、消しちまうのか、もったいねえな」

 

 唐突に。

 結界消去を阻むように新たなる声が響き渡った。

 給水等の上、それは彼女たちを見下ろしていた。

 夜に溶け込む深い群青。

 つりあがった口元は粗暴で、獣臭じみたものが風に乗って伝わってくる。

 

 そんな男に対し……。

「エロ男ね」

「桃色結界がもったいないなんて、よっぽどもてないのね」

「ケダモノですね」

 哀れむような軽蔑の目を向けた。

 

「なんでだああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 青身の男の悲しげな絶叫が、夜の校舎に木霊する。

 彼の名はランサー。女運の無い男。

 

 

 

続く……といいなー。