とある英雄と青い槍兵
おや?
衛宮士郎は見慣れぬ人影に、一瞬困惑した。
地方都市である冬木町には外国人はそれなりに珍しい。
もっとも、それだけならいくら士郎でも気にとめない。
しかし、それが年端もいかない少女であり、泣いているのなら話は別だ。ほっておく事ができる奴ではないのだ、衛宮士郎は。
──なぜなら、衛宮士郎はロ○コンだから。
「なんでさっ!!」
思わず浮んだ不届きなナレーションに、ありったけの剣を叩き込む。
衛宮士郎は正義の味方(見習い)なのだ、断じてロリ○ンではない。そもそも、どっちかっていうと大きいほうが好きだし……。最近は後輩の桜がずいぶんと大人っぽくなってきて、目のやり場に困る時がある。もっとも、彼女は自分を兄貴分としてしか見ていないようで、無頓着に接してくる。理性を保つのも一苦労だ。え、虎? アレは例外。だって女じゃなくて虎だし。
「って、そうじゃないだろう!」
あの少女は迷子だろうか? 少なくともこの近所にあんな外人は住んでいない。だとすると旅行者かもしれない。
士郎は少女に声をかけた。
「迷子かな? よかったら交番まで案内するけど?」
今の士郎にできるのはこの程度だ。下手な事を言ってアヤシイ人と思われるのは本末転倒であるし。
一方、突然話し掛けられた少女はキョトンとして話し掛けてきた人物──士郎を見上げた。
この時、初めて士郎は少女の容姿が美しい事に気がついた。鼻梁は美しく整い、白銀の髪は絹糸のごとき美しい光沢を放つ。涙で濡れる赤い瞳は不思議な輝きを秘めていた。あと10年もすれば絶世の美女として、皆が振り向く存在になるだろう。
昨日の男装の女性といい、昨日今日と外人の美人に縁があるようだ。
少女は話し掛けられてビックリしたのか、動きが固まっている。日本語が分らないのかもしれない。
「あー、えっと日本語が分らないのかな? あー、えっと。 ……はろおー……」
士郎はしどろもどろに頭の中から英単語を引っ張り出す。こんな事ならもっと真面目に英語の勉強をしていればよかったと後悔した。もっとも彼の勉強不足と言うよりも、日本の英語教育が会話に向いていないだけなのだが。
そんな士郎に、少女は少し笑顔を取り戻した。
「あ、うんうん。お兄ちゃん。大丈夫、日本語なら分るよ」
ネイティブと変らない、流暢な日本語が少女の口からとび出す。
「急に話し掛けられちゃったから、少し驚いちゃったの。ありがとう」
「あ、うん。それならいいんだ。でもどうしたんだい? 迷子なら案内するけど」
「うんうん。迷子じゃないわ。ちょっと友達とはぐれちゃって……」
そう言うとまた思い出したのか、少女は涙ぐむ。
あわわと慌てる士郎。不意にこんな声が聞こえてくる。
──あら、アレ衛宮さんとこの士郎くんじゃない。
──あらあら、女の子を泣かせているじゃない。隅に置けないわねぇ。
──てっきり、藤村さんのお嬢さんとお付き合いしているのだと思ったのだけど、違うのかしら。
──まぁ、私は間桐さんところの桜ちゃんだって聞いたわよ。
──美綴さんのところの綾子ちゃんも満更じゃないって。
──あらら、遠坂さんところのお嬢さんとデートしているところを、昨日見たって……。
──え? 私はすごい美人を3人つれて歩いていたって聞いたわよ。
──いえ、シロウは女性だったら誰でも。ああ見えて絶倫ですから。
──あら、そうなの? そう言えば死んだ切継さんも、あちこちに愛人がいるって話だったわねぇ。
──そうなのですか? シロウはもう、普段がおとなしいだけに夜は激しい。女の子を泣かせるのが趣味なのです。
──でも、ちょっとあの子幼すぎない?
──いえ、大丈夫です。全員十八歳以上ですから。
なんか、すごく不名誉な事を言われている気がする。身に覚えが無い内容まで混ざっていないか?
というか、自分と少女を見る主婦達の目が妙に生暖かい。
まずい、このままではご近所様にどのような噂が立つかわからない。
ガシッ!
士郎は少女を小脇に抱えると、全速力でこの場を離脱。戦略的撤退は敗走じゃないんだーと、心の中で誰かが叫んだ。
で、二人がたどり着いたのは商店街の外れにある小さな公園だった。
学校はどう考えても遅刻。一成に備品の修理を手伝うと約束していたのに、悪い事をしたなと思い出す。さらに、竹刀を持って咆哮する虎の姿も脳裏に浮ぶ。
「……まぁ、しょうがないか」
「しょうがないって何が?」
「いや、ちょっと我が家で飼っている虎が暴れないかどうか心配で」
「お兄ちゃん、虎なんて飼ってるんだ。すごいね」
「うん、ちょっと喋る虎をね……」
ははははと、渇いた笑いを浮かべる。ちょっと少女の腰が引けた。
「そういえば、人とはぐれたって言っていたけど」
「う、うん……」
「よかったら探すのを手伝うけど、あ、別に変な事は考えていないから安心していいぞ」
一瞬、勘違いされたらどうしようなどと、考える。
そんな士郎の様子がおかしかったのか、少し笑う。
「うんうん、そんなこと考えてないよ。友達がいなくなっちゃって……」
「君と同じぐらい?」
「うんうん、わたしよりずっと上。わたしとおんなじ銀色の髪で、目も赤いの……胸もバーンと大きくてかっこいいんだよ。この町にくる前にはぐれちゃって……。お腹すかせていないかな、バーサーカー」
そう言うと、少女は目にじわりと涙を浮かべる。
まずい、そう思った。慌てて周囲を見回すと、泰山……は見なかった事にして、甘味処の江戸前屋の姿が映る。朝食を食べられなかった学生目当てにか、江戸前屋は既に開店している。
「あ、ちょっと此処で待ってて!」
慌てて駆け出す士郎。ダッシュで大判焼を2つ購入。中身は無論小倉あん、チーズやクリームなど邪道。それと日本茶と……ミルクティーを購入。
再びダッシュで戻ると、キョトンとした少女が。
「お兄ちゃん?」
「はい、これ。大判焼っていうんだけど、食べないか? あ、食べた事無いかな?」
「う、うん。食べた事無いけど。多分大丈夫」
「あっ、熱いから気をつけなよ」
士郎の言葉に、少女は大判焼の端を恐る恐るかじる。
「何これ! 甘いよ! これ美味しいよ! お兄ちゃん」
「そっか、よかった」
少女が満面の笑顔を浮かべるのを見て安心する。この少女は涙よりも笑顔の方が良く似合う。
ニコニコ笑う士郎に、少女はどうしたのと尋ねる。
「いや、君は泣いてるよりも笑顔の方が似合ってる。うん、可愛く見える」
その言葉に、少女の顔がボンという音を立てて真っ赤になる。
もっとも士郎はというと、そんな少女の反応に『?』を頭の上に浮かべる。犯罪的なまでの鈍さだ。
「どうしたんだい?」
「うんうん、何でも無い……。あっ、セラにリズ」
少女の視線の先を見ると……、なにやらすごく大時代的な格好をした二人組みがいた。絵画から抜け出てきたようで、すごく目立つ。
「えっと、知り合い?」
「うん、うちのメイド」
メイド付きということは、すごくお金持ちと言う事だろうか? そんな子に大判焼なんか振舞ってよかったのかと考える。
「お嬢様、探しましたよ」
胸の小さいほうのメイドが、生真面目極まりない口調で話し掛ける。隣りにいる少年にもわかるようにか、日本語でだ。
「ぐーてんたーく」
「ぐーてんたーく」
大きな胸のメイドが、気の抜けた変な挨拶らしきものをしてくる。思わず士郎も答えてしまう。
「リズ、なにやってるの」
「挨拶」
「そっか、私もやる。ぐーてんたーく」
「何をやってるんですかっ、二人とも! えっと、ごほん。当家のお嬢様が大変お世話になりました。御館様に変わってお礼申し上げます」
「あ、いえ、何のお構いも出来ませんで」
「お嬢様……」
「あ、うん。わかった。お兄ちゃん、大判焼ありがとう美味しかったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「それじゃあね、お兄ちゃん」
メイドたちに促され銀の少女は駆けて行こうとし……不意に何かを思い出したかのように戻ってくる。
「そうだ、忘れてた。
──早く呼び出さないと死んじゃうよ……、シロウ」
「えっ?」
──何で俺の名前を? それに死ぬって?
士郎が少女の言葉を問いただそうとした時には、もう少女もメイドもいなかった。まるで風のように消え去って……。
「シロウ、わたしも大判焼たべたい〜」
いや、胸の大きなメイドが残ってた。
「あ、俺の食べかけでよかったら」
「ありがとう。これって間接キッス」
「って、ちょっとまてっ……って、いない」
今度こそ、本当に銀の少女もメイドもいなくなっていた。
その後、重役出勤してきた士郎に虎が吼え、葛木の拳が炸裂し、一成が拗ねるという三連コンボが炸裂する事となる。
その後、備品の修理で夜遅くまで学校に残る事になるのだった。
どこかで、運命の歯車が狂狂と音を立てて回りだす。その歯車には小石が一つ詰っている……。
「だいたい、あんな青タイツを堂々と着て……。何処の芸人ですか」
「昔いたわね、全身タイツで文字を表現するのが」
「恥かしくないのかしら、それともウケがとれたら何でもいいのかしら?」
女性陣3人の群青のサーヴァントに対する酷評は先ほどから延々と続いていた。
横にいるアーチャーが、困ったように頬を掻く。
一方、青いサーヴァントはと言うと、うつむき加減で肩をプルプル震わせている。
怒っているのだろうか? いや、少なくとも凛は故意に怒らせようとしているのだ。冷静さを欠いた敵からは多くの情報を引き出せるし、容易に隙を突くこともできる。
『アーチャー』
レイラインを通して、従者へと語りかける。
『凛よ、少々ひど……いや、いい。ところでどうした』
『できる限り奴から情報を引き出した後、この場で倒すわ。戦場は校庭で良い?』
できる限り広く、遮蔽物が無い場所。この少女は一瞬でアーチャーに有利な戦場を選択したのだ。
『ふむ、心得た。情報収集が終わり次第、殲滅してみせよう』
『頼りにしているわよ、アーチャー』
さてと、気合を入れなおす凛。
「で、貴方は何者かしら、青色の変態さん」
凛のその言葉に、青色のサーヴァントが面を上げる。
その表情は──笑っていた。
怒りを隠して笑っているのではない、心底可笑しそうに笑っているのだ。
「いやあ、現世ってのは面白れえな。サーヴァントを目の前にそこまで悪態がつける人間がいるとは。
特にそっちの嬢ちゃんは面白そうだぜ、どいつが嬢ちゃんのサーヴァントか知らないが、うらやましいこった」
戦場で幾多の死を築き上てきた英雄に、ここまで面と向かって悪態をつける剛の者はそうはいない。まして、あの娘はこちらが何者か知っていて挑発しているのだ。
これに対して怒るなど、英雄としての名折れ、英雄として恥だろう。
こういった立場でなければ、口説き文句の一つでも捧げたいところだ……、まぁ、ちと胸は足りないが。
逆に、英霊の笑顔に凛は気圧される。あれだけ挑発されて平常心を保つとは、超人的な実力に裏打ちされた者ゆえの自信なのだろう。
「あそこまで罵られて笑顔とは、マゾですね」
そんな二人の間の緊張感を読んでいるのか読んでいないのか、ライダーがボソリと呟く。
「さてな、MかもしれぬSかもしれぬ。あるいは両方と言う事もあるかもしれねえぜ。俺的には寝台の上ではヒィヒィ泣かせるのが好きだがな」
「むぅ、やりますね」
青いサーヴァントにライバル心を抱くライダー。流石は最速の双璧。
なにがだよ。
「ありがとよ。
で、こんな所にサーヴァントが3人戦いもせずに固まっているとは、道理で探しても見つからねえはずだぜ」
轟と、風を巻き起こすほどの殺気。サーヴァントの圧倒的な存在感に慣れたつもりではあったが、殺気を纏ったサーヴァントはもはや別物だった。
「アーチャー!」
凛は叫ぶと、一気に校舎から飛び降りる。
直感的にこの場で戦うのは不利と判断したのだ。ならば先ほどの作戦通り校庭で迎え撃とう。
主の跳躍に従い従者も戦場に向かうべく校庭へと降り立つ。バーサーカー、ライダーもそれに続く。
魔力で脚を強化、一気に校庭まで駆け抜けるが、ランサーは容易に追いつく。
「いや、本気でいい脚、いい判断だ。多人数がいるのなら、四方から攻撃をできる広い場所に移動する、戦術の基本だ。
なかなか良いマスターにめぐり合ったな、お前ら!」
青いサーヴァントの言葉の片隅に羨望が混じる。今の自らの身を自嘲しているのかもしれない。
「何か勘違いしているようだが、戦うのは私だけだ」
そんな青いサーヴァントに、アーチャーは睨みつけるように立ちふさがる。
「小僧、おめえまっとうな一騎討ちをするタイプじゃねえな。アーチャーか。弓兵が無理しなくていいんだぜ。3人まとめて掛かって来たほうが面倒が早く済むってもんだ」
そう言うと、青いサーヴァントは真紅の槍を取り出す。
「そういう君はランサーか。
──そうしたいのも山々だが、他の二人は単なる見学者でね」
「ふうん、セイバーって感じじゃねえな。アサシンでもバーサーカーでもなさそうだ。とすると、そっちの姉ちゃん達はライダーにキャスターってところか?」
「半分正解ね」
「とすると、そっちの銀の姉ちゃんはセイバーか。ますます手合わせしてもらいたいものだぜ」
勘違いをするランサー。もっとも、その勘違いを正す必要も無いだろう。
「アーチャー……」
昨日の死徒とは違う、明らかな実力者。凛の声に僅かではあるが不安が混じる。
「安心したまえ、凛。
──君と私が組むのだ。ならばこの身に……、敗北など有りはしない!」
その小柄な身体からは信じられないほどの闘志をアーチャーは見せる。両手に握られるのは、昨日も目にした黒と白の双剣。
「へぇ、よく言った。弓兵。
弓兵の相手は好みじゃねぇが、そこまで言うならやってやらあ。そら、弓を出せよアーチャー。これでも礼は弁えているからな、それぐらいは待ってやる」
ランサーの言葉にアーチャーは無言で答えない。
ただ、じりじりと場所を移動する。ランサーの攻撃に凛を巻き込まず、必要ならば瞬時に我が身を盾にできる位置に。
そんなアーチャーの動きに気がついたのだろう、ランサーも僅かだが位置を変える。決して凛を巻き込まない位置に。
二人はそれっきり動かない。不意に凛は気が付く。アーチャーは凛の言葉を待っているのだと。
「アーチャー」
近寄らず、その背中に語りかける。男子として考えると小柄だ。それでもその背中が大きく見える。
「手助けはしないわ。貴方の力ここで見せて」
「──ク」
それは笑いだったのだろうか、凛の言葉に答えるように口元を吊り上げ、赤き少年は疾走する。
真紅の弾丸が、青き槍兵に向かっていく!
「──バカが!」
青き槍兵の神速の一撃が、弓兵を襲う。
轟!
それは空気の壁を切り裂く真紅の稲妻。
だが、真紅の稲妻を黒の軌跡が容易に噛み砕く。
「たわけ、弓兵風情が接近戦を挑んだな──!」
怒号とともに眉間、咽喉、心臓。それぞれが必殺の威力を込めた刺突がアーチャーを襲う。しかし、白の輝きが全ての攻撃を弾き飛ばした。
そこからは、一進一退の攻防だった。
真紅の稲妻が唸りを上げるたびに、黒の咆哮が稲妻を食いちぎる。
真紅の疾風がはじける度に、白の閃光が全てを消し去る。
ランサーの槍が増えたかのようなすばやい刺突。だが、その全ての攻撃をアーチャーの双剣は弾き飛ばす。
二つの暴風が、校庭にてぶつかり合う。それは神話の戦いの再現。
僅かずつではあるが、アーチャーは前に進みランサーは徐々にではあるが後退する。
接近戦において、弓兵が槍兵を押しているのだ。
──すごい
凛は呼吸をするのも忘れて、二人の戦いを見守っていた。
昨日の死徒との戦いのような一方的な殲滅戦ではない、実力者同士の対決。もはや凛の目には互いの武器がぶつかり合う火花しか見る事が出来ない。
「ふむ、アーチャーは私が知っているときより腕を上げましたね」
ライダーが、ポリポリとチョコ○ッキーを齧りながら感心する。
「アレから、結構苦労したしね。なんせ、身内に我侭女王がいたから」
バーサーカーの視線が、一瞬だけこの場にいない誰かに向けられる。
「なるほど、心中お察しします」
「ライダーの目から見て今のアーチャーはどう」
「強いですね。あ、ランサーが眉間にしわを寄せました」
「あ、そろそろランサー限界かな」
「って、あんたらー! うるさーい!」
横で解説者よろしく喋くっているサーヴァント二人に、凛は大声で怒鳴りつける。
が、後悔する。
軽口を叩き、あまつさえポッ○ーを齧ってこそいるが、二人は別にノンビリと見物しているわけではない。彼女達は……、そう、アーチャーのことを心配しているのだ。軽口を叩いてでもいない限り、とび出してしまいそうなのだ。
本来敵対して然るべきのサーヴァント同士が此処まで心配しあう。一体彼女達とアーチャーはどんな関係なのか。凛の脳裏に疑問が芽生えた。
無数の攻防が繰り広げられる。真紅の魔槍は只の一度も弓兵の身体に掠ることが無い。
その全てを受け流し、弾き、徐々にアーチャーはランサーを追い詰めていく。
槍の一振りを弾かれるたびに、受け流されるたびに、一手一手追い詰められていく事にランサーは気がつく。
──この、陰険野郎め。
心の中で最大限の賛辞を送る。戦い方は違うが、アレは血の滲むような修練の賜物。いかに動きに制約を受けている身とはいえ、この自分の槍を受け流す者に、賛辞を送らないでどうする。
とはいえ、このまま手を拱いて敗北の不名誉を受ける気は無い。
弾かれる事が前提の大ぶりの一撃。
だが、例えこの一撃を弾いたとしても、奴の態勢は崩れるだろう渾身の一撃。
ガキン!
案の定、鋼が打ち合う音と共に魔槍は双剣に弾き返される。
だが、それは計算の上。僅かに出来たアーチャーの隙を見逃さず、ランサーは大きく飛びのいた。
「どうした、ランサー、様子見とは君らしくないな。先ほどの勢いはどこに行った」
「ちぃ、狸が。減らず口を叩きやがる」
ランサーの口調に苛立ちが混じる。槍兵が弓を使わない弓兵に圧倒されたのだ、無理もない。
もっとも、それでもどこか楽しそうなのも事実。
「……いいぜ、訊いてやるよ。テメエ、何処の英雄だ。双剣使いの弓兵なぞ聞いた事がない」
「そういう君は判りやすいな。槍兵には最速の英雄が選ばれるというが、君はその中でも選りすぐりだ。これほどの槍手は世界に三人といまい。加えて、獣の如き敏捷さといえば恐らく一人」
男達が言葉を交わす。
互いの正体を探りあう言葉……ではない。内容など実のところ意味はない、あるのは必殺の一撃を放つ前の通過儀礼。
「――ほう。よく言ったアーチャー
――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」
全てを凍りつかせる殺気。
ランサーの構えが前かがみのものとなる。
己が誇りをかけた真なる一撃を放つ構え。周囲の空間が凍りつき、その魔槍が貪欲に魔力を暴食する。
「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」
ランサーが動ならアーチャーは静だった。
英雄の誇りを受け止めるのなら、己も持てる最大の力を発揮しなければならない。
ならば己が内より最高の存在を引き出そう。限りなく高められた弓兵の魂が静かに力を汲出す。
静と動、赤と青。二つの英雄がぶつかり合おうとした、その瞬間だった。
「──誰だっ……!」
予期せぬ第三者の出現。
不意に、ランサーの姿が消える。いや、あまりの速度に消えたように錯覚したのだ。
「生徒……!? まだ学校に残ってたの……!?」
凛が叫び声を上げる。
「ああ、どうやらそのようだな」
アーチャーも、呆然と……その実慌てていた。
「凛、どうする?」
「どうするもこうするも無いわよ! 追って、アーチャー! 私もすぐ追いつくから!」
その言葉に、アーチャーは弾かれた様に飛び出した。
「あ────あ……!」
身体が勝手に走り出す。
あの時、あの青の男は、目撃者である自分を殺しにくる。
衛宮士郎は身体の全てを使って、逃げることに専念する。
どこをどう走ったのか、校舎の中に逃げ込んでいた。
「何を馬鹿な……」
ハァハァと喘ぎながら、思わず呟く。逃げるなら人の居ない校舎ではなく、街中であったはずだと今更ながらに気が付く。
限界まで酷使された心臓が、足の筋肉が悲鳴を上げる。
立ち止まり息を整える。失われていた酸素が身体をめぐる。助かったんだと実感する。
「ハァ、ハァ……、なんだったんだ、今のは」
士郎の脳裏に、先ほどまでの非常識な光景が思い浮かぶ。
まるで神話の一場面を切り出したような、非現実的な光景。人に似たヒトでないもの同士の戦い。
「追いかけっこは終わりだろう」
その声は、目の前からした。
目前には、先ほどの青い人の姿をしたナニか。
「って、てめえアーチャー。先回りして目撃者を逃がしたか、槍兵の速度を上回るとは、てめえマジで何者だ?」
息ができない。
思考がとまり、何も考えることができない。
「ちっ、またダンマリか、この狸め。まったく服装まで変えるとは……」
目の前の男が何を言っているのかわからない、誰かと勘違いしている。
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ。
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ。
ワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ。
──ただ、漠然とした死の予感だけを感じる。
「まぁ、いい。先ほどの続きと行くか」
青い男が、無造作にその手の槍を繰り出す。
「あっ」
容赦も情緒なく、男の槍は衛宮士郎の心臓を貫いた。
「へっ?」
なぜかだか呆気にとられた間抜け面の青い男の顔が、暗くなる視界の隅に移る。
「って、あいつじゃねえのか。あいつの子孫か何かか……。
まったく運が悪かったな、坊主。せめてヤツの百分の一でも力があれば生き延びるチャンスもあっただろうに」
死の感触が衛宮士郎を包む。それは10年前にも経験した、人が死んでいく感覚。
「解かってる、文句は無いさ。女のサーヴァントは見たんだ。
大人しく帰ってやるよ」
衛宮士郎の意識がどんどんと闇に帰っていく。
誰かが来たような気が……。
続く・・・・・・はずです。