幕間・とあるセイギノミカタと剣の騎士
「ちいっ、まさか本当に七人目だとっ!」
ランサーが土蔵の外に大きく飛び退く。
土蔵の光は更に強くなる。
周囲の魔力を貪欲に吸収する。エーテルが収束して人の姿を模す。
それは、運命の誕生。
それは、始まりの夜。
黄金色の髪は月光を弾き煌き、碧の瞳が少年を見下ろす。
少女の挙動の、言葉の一つ一つが衛宮士郎の魂に刻み込まれる。
「問おう、貴方が私のマスターか?」
──問おう、貴方が私のマスターか?
衛宮士郎が地獄の底に落ちようとも、決して忘れぬ光景。
「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」
「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。シ……マスター、指示を」
シロウの左手に激痛が走り、赤き令呪が刻まれる。
「―――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。
―――ここに、契約を完了した」
「―――これより我が身は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。
―――ここに、契約を完了した」
だが、それよりも何よりも……。
「君ら、一体どこから?」
呆然と目の前の少女達を見上げる。
そう、士郎の目の前には同じ姿をした少女が二人いた。
同じ黄金色の髪を同じ様に編みこみ、同じ碧の瞳が士郎を見つめる。まったく同じデザインの青の戦装束に銀の鎧。
士郎のその一言に何か不信感を感じたのだろう、少女達が周囲を見渡し……。
右のセイバーが右手を上げる。
左のセイバーが左手を上げる。
右のセイバーが左足を上げる。
左のセイバーが右足を上げる。
右のセイバーが時計回りにクルリと一回転。
左のセイバーが反時計回りにクルリと回転。
右のセイバーがにこりと笑う。
左のセイバーがにこりと笑う。
「「ふう、鏡ですね」」
「違うだろっ!」
士郎のツッコミに、やや現実逃避気味だった少女達が現実を見詰める。互いを指差し……。
「「何故私がここに!」」
「「私の真似をしないで下さい」」
「「おのれ、敵の攻撃か!?」」
ステレオでまったく同じ台詞を口にする。
「えっと、君達はセイバーでいいのかな?」
「はい、私はセイバーです」
「何を言う。私がセイバーです!」
「えっと、それは苗字かな? 名前は?」
士郎はなんとか言葉を搾り出す。
これで外人の美人さんは3人目……、あ、メイドさんを含めれば6人目か。今度は双子とは……、外国人の美人さんにホント縁があるなーと、頭によぎる。
そんな士郎の惚けた態度に、右側にいたセイバーが眉間にしわを寄せる。
「──貴方は正規のマスターではないのですね」
一方、左側のセイバーが不意に土蔵の表を睨んだ。その視線が鋭いものとなる。
「そんな事よりセイバー二号(仮名)、表にサーヴァントが」
「誰が二号(仮名)ですかっ!」
「とりあえずの名称です。ここはマスターの安全を」
「たしかにこの事態への考察は後でも良いでしょう。
……マスター、貴方は此処に」
そう言うと、二人のセイバーは土蔵から駆け出していく。
「──まさか、あの男を!?」
あの二人の少女が、あの青い男と戦って勝てるとは思えない。二対一の数の有利など、あの青い戦士には何とも無いはず。あんな可愛らしい女の子達が敵うとは思えない。
士郎も慌てて土蔵を駆け出す。
「やめ──!?」
戦いを止めようと叫ぼうとして、絶句をする。
あの二人の少女は青い男と互角どころか、すでに青い男を圧倒している。
否、あの二人の少女と剣を打ち合わせて、まだ五体満足な青い男こそ誉められるべきだろう。
少女達の手の、不可視の“何か”が振るわれる。
青い男はソレを真紅の槍で受け止める。金属と金属が打ち合う音、すさまじい剣戟が響き渡る。
二人目の少女が僅かな隙を見逃さず、男にソレをねじ込んでくる。
しかし、信じられないほどの速度で引き戻された真紅の槍がソレを弾き飛ばす。
重量の軽い少女は、数歩後ろに下がる。
不意に士郎は気がついた。少女達の連携は上手くいっていない、恐らくは互いに警戒している為だろう。
その僅かな躊躇が、青い男を生き延びさせているのだ。
少女達の不可視の攻撃を、青い男は真紅の槍で弾き続ける。
流石の青い男も、防戦一方だ。
「えーい、この戯けめっ!」
青い男が槍を大きく払う。当てる為ではない、二人の少女と間合いを取り仕切り直しをする為の一振り。
少女達も、あえて男の誘いに乗り間合いを広げる。
「ったく、さっきは三人もサーヴァントが固まってたと思ったら、今度は二人もかよ。
しかも、同じ面だしよ。3(ピー)は嫌いじゃねえが、事情がサッパリわからん」
男のぼやきに、少女は真顔で答える。
「なんだ、その3(ピー)とは?」
「いや、シモネタを真顔で質問されると対応に困るんだがよ……。って、そっちの嬢ちゃんはわかったみたいだな」
たしかに一号(仮名)が顔を少し赤らめている。何かを思い出しているようだ。
「な、わ、わかってなどいません!」
「その反応だけで、知っているって事が丸わかりなんだがよ」
「一号(仮名)、一体どうしたのですか?」
「な、なんでもありません」
「では、3(ピー)とは?」
「知らなくてもいいことですっ!」
その反応の違いに、青い男──ランサーはニヤニヤとした笑いを浮かべる。
「同じ面だが、中身は少し違うみたいだな。一号二号ってことは、次に出てくるのはV3か?」
「違うだろっ!」
思わず土蔵の出入口から、士郎はツッコミを入れる。
「違うのか?
──おっと、そんなに怖い顔で睨むなよ、嬢ちゃんたち」
男の軽口に、二人の少女の表情が険しいものへとなっていく。なんだか士郎も睨まれているような気がするが、あえて気にしない事にする。
「それよりも、一つ聞かせろ。
──お前らの宝具、それは剣か?」
男の笑顔の質が変わる。それまでのニヤニヤしたものから、獣の笑顔に切り替わる。
たったそれだけで、周囲の空気が凍りつく。息苦しい、呼吸をするだけで苦痛を感じる。
だが、少女達は涼やかに答える。男の殺気など関係ないと言わんばかりに。
「――さあどうかな。戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓という事もあるかも知れんぞ、ランサー?」
「──その通りだ、フォークかも知れぬ、ナイフかも知れぬ。いや、もしや箸という事もあるかも知れんぞ、ランサー?」
「いや、それはないだろう、特に二人目」
男が発していた殺気が一気に消え去る。呆れ果てているのだ。
「そうですよ、一号(仮名)。いくらなんでもそれはないでしょう」
「いえ、答えようとした台詞を二号(仮名)が言ってしまったもので、つい……」
再び、ランサーがクククと笑い出す。
「いやー、食べるための道具だけだな、一号(仮名)の嬢ちゃん」
「ど、どういう意味ですかっ! 私が食べてばかりのハラペコサーヴァントとでも言うのですかっ!」
「誰もそこまで言っていないとおもうけど」
土蔵の士郎が小声でツッコミを入れる。
小声ではあったようだが、どうやら一号(仮名)には聞こえたようだ。
「シロウ、あなたはちょっと黙っていてください!」
「う、え、え? なんで俺の名前を!?」
「自分からばらすかな、ハラペコの嬢ちゃん」
「誰がハラペコですかっ!」
一号(仮名)が大きく叫ぶ。
しかし……。
ぐぅ〜。
誰かのお腹がなる。
士郎とランサーが生暖かい目を一号(仮名)に向ける。
「わ、私じゃありません!」
一号(仮名)が真っ赤な顔をして吼える。
しかし、士郎とランサーは生暖かい笑顔を崩さない。
「無理するなよ」
「お腹減ってるなら、ご飯を食べるか?」
「だから、人を何だと思っているのですか、貴方達は!」
一号(仮名)が不可視の武器を振り回しながら、怒鳴り散らす。
しかし……。
ぐぅ〜。
先程よりも、大きな音が庭に響く。
「だから私じゃありません! お腹が減ったくらいで……」
「すいません、私です……」
叫ぼうとした一号(仮名)の横で、二号(仮名)が赤くなって手を上げる。
おもわず、ずっこける一同。
先ほどまでの殺伐とした空気が嘘のように消える。
男は面白そうに笑うと、大きく後ろに飛び退いた。
「んじゃ、俺は今日は退散するや。マスターにでも腹いっぱい食わせてもらうんだな、嬢ちゃん達」
「ま、まて、ランサー!」
二号(仮名)が慌てて追いすがろうとする。
「うちのマスターがほっといた方が面白そうだからさっさと帰って来いってうるさくてな。
ま、追って来るのなら構わんぞ、セイバー。ただし──その時は、決死の覚悟を抱いて来い」
そう言うと、ランサーは塀の外に消えていく。
二号はそれを追おうとして……足を止めて舌打ちをする。
戦いになったところで負けるとは思わないが、相手は最速のランサーだ。撒かれてしまうのがオチだろう。それに、この場には正体不明のサーヴァントがもう一人いた。
「マスター、下がってください。先ほどはランサーが優先だったが・・・・・・、セイバー一号(仮名)とやら、貴様は何者だ!?」
不可視の剣を、自分と同じ姿をした者に向ける。
だが、セイバー一号(仮名)も落ち着いたものだった。
「こちらこそ聞きたい。私の姿を真似てどうするつもりだ」
「だれがっ!」
二人のセイバーの間に緊張が走る。互いに不可視の剣を構えた。
「ちょ、ちょっとまってくれよ! 女の子同士で殺しあうつもりか!?」
慌てて士郎は間に入る。一号(仮名)が優しく微笑み、二号が舌打ちをする。
「マスター! そいつは敵かもしれないんですよ」
「敵ってなにさ!? 大体、そのマスターってなにさ?」
「やはり、貴方は正規のマスターではないのですね」
士郎の言葉に、二号(仮名)が士郎の顔をじっと見つめる。
──ヤバイ
先ほどまでの緊迫した空気や、間の抜けたやり取りの間は意識の片隅に追いやれたが、危機を脱してみるとあらためてこの少女がかわいいことに気が付く。
士郎の頭の中が真っ白になる。頬が紅潮する。
その様子を何か勘違いしたのだろうか、セイバー二号(仮名)は、眉一つ動かさず士郎に語りかける。
「しかし、それでも貴方は私のマスターです。契約を交わした以上、私は貴方を裏切りはしない。そのように警戒をする必要はありません。
──それよりむしろ警戒する必要があるのは」
そう言うと、セイバー二号(仮名)は二人の様子を微笑ましげに眺めていたセイバー一号(仮名)を睨みつける。
だが、セイバー一号(仮名)はそんな視線をものともせずに……、いや、むしろ楽しげに士郎に語りかける。
「私も、決してマスターを裏切るような事はありません」
二号(仮名)の真面目一辺倒な口調と違い、何かやさしげで、懐かしげな口調。
二号(仮名)のときに感じなかった女性らしい柔らかさを感じ、士郎の顔が赤くなる。
「そ、そのマスターってのはやめてくれないか? お、俺には衛宮士郎って名前があるんだし……」
しどろもどろに何とか受け答えをする。
「それではシロウと、ええ、私としてはこの発音の方がが好ましい」
一号(仮名)は花のような笑顔で言った。
その言葉に、顔から火が出るほど、士郎の顔が真っ赤になる。
その反応に、二号(仮名)が少々不愉快そうな表情を見せる。
「シロウ、正体不明のサーヴァントに何で赤くなっているのですかっ!」
「二号(仮名)、貴女もシロウと呼んでいるではないですか?」
「マスターがそう望むのなら、そう呼ぶのが道理でしょう。それに、確かにこの発音の方が好ましい」
その言葉に、一号(仮名)は一度優しく微笑むと、すぐに鋭い表情を見せる。
「ならば問題はありませんね。
──それより」
その言葉に、二号(仮名)も表情を引き締める。
「外に敵がいます
──この気配、サーヴァントが3騎!?」
二人の頭の中で、状況がシュミレートされる。
一人で抑えられるのは2騎が限界だろう、確実に1騎は抜けてくる。
そして、何が起こるのかわからないのが聖杯戦争。1対1ならば確実に勝てる自身はあるが、2騎同時に確実に勝てる保証は無い。だが、この程度の重圧なら2対3なら確実に抑えられる相手だ。
そして……、もう一体の“セイバー”が敵で無い可能性は0では無い。
「一号(仮名)……」
「先陣は二号(仮名)に任せます。確実に一体しとめて2対2に持ち込みましょう」
二人のセイバーは互いにうなずき合うと、軽やかに跳躍して塀を飛び越える。
後に残されたのは、士郎ただ一人。
「……外に、敵?」
口にした途端、それがどんな事なのか理解する。
「ちょっと、また戦うって言うのか、あいつら……!」
身体が動く。
後先考えずに、士郎は全力で門に向かって駆け出した。
とある英霊の間抜けな叫び声が夜に響くのは、これのちょっと後だった。
「なぁっ! なんでさああああああああああああああああああああああああああああああ!」
それは、運命が始まった夜のことだった。
第9話に続く……かも知れない。