■■■■の生涯には様々な女性達が関わっていた。

 誰もが美しく、そして一癖も二癖もある性格の持ち主だった。

 そんな大勢の女性の中でも特別な女性が二人いる。

 

 一人は遠坂凛、第二に届くほどの才能を秘めた稀代の魔術師。

 

 そしてもう一人、月光の下降り立った古の騎士。

 

──問おう、貴方が私のマスターか。

 

 その姿は、地獄の底に落ちようとも決して忘れぬだろう。

 それは、■■■■の魂に焼きついた記憶。

 

「なに、アーチャーニヤニヤしているのよ!」

 そう怒鳴ると、稀代の魔術師は呪いの固まりを撃ち込んでくる。

「そんなにわたしが酷い目に合ったのが楽しいの!」

「落ち着け、凛。別にその事を笑ったわけではない!」

 どうやら、大切な思い出に浸る暇も無いらしい。

 両手に投影した短剣で呪いの固まりを弾き飛ばす。だが、稀代の魔女の気は一向に治まらない。

「なによ、一人自転車で無事に来るなんて、アーチャーの癖に生意気よ!」

「君はどこぞのガキ大将か!? 君の命令通り自転車でついてきただろう!」

 そう、確かに彼は自転車でついてきた。

 途中で巡回中のお巡りさんに止められたりもしたのだが、それは内緒だったりもする。

「うるさーい、わたしが味わった恐怖を思い知れっ!」

「まったく、失礼ですね」

「リンったら、おうぼー」

 

 彼女はいずれは第二に届く稀代の魔術師。

 しかし、彼女が第二に届くのはもう少し先のお話。

 

 特に今はダメダメだった。

 

 

 

とある英霊と剣の騎士

 

 

「はぁ……、はぁ……」

 衛宮士郎は壁に手をつきながら、ようやく自宅の門をくぐった。

 時刻は12時過ぎ。家と学校の距離が此処まで遠いと思ったことは無い。

 あの時、衛宮士郎は心臓を貫かれて死んだはずだった。あの時の死の感触ははっきりと覚えている。

 

 しかし、何故だか生きていた。

 

 廊下に広がる血溜り。

 服に残る血痕。

 その全てが衛宮士郎はあの時心臓を貫かれたと物語っている。

 恐らくは誰かが助けてくれたのだろう。あの時拾った赤い宝石は、助けてくれた人が落としていったものだろう。

 不意に、士郎は嘔吐感と激しい痛みを感じた。貫かれたはずの胸がうずく。

 居間に無作法に鞄を投げると、柱にもたれかかるように座り込む。

 アレはなんだったのだろうか。

 遠目に見えた人の姿をした人でないナニカ。神話の一場面を切り取ったような戦い──否、殺し合い。

 槍を持った男が、小柄な赤ずくめの男を殺そうとしていた。あの、凍るような殺気と急速に失われる魔力。今思い出しても身震いする。

 考えようとするが、考えがまとまらない。

 倦怠感、嘔吐感、そして激痛が士郎を苛む。このまま意識を失えば楽かもしれない。

 だが……。

 

 カラカラカラ

 

 不意に、屋根裏から鳴子の響く音がする。

 かつて養父が張った結界が、敵意を持つ侵入者を知らせるために作動しているのだ。

「っ!!」

 どうする!?

 このままでは抵抗もせずやられてしまう。

 慌てて周囲を見渡すが、武器になりそうな物は見つからない。道場に行けば竹刀が、土蔵に行けば木刀や鉄パイプやドリルがあるが、居間に都合よく置いているはずが無い。

 包丁やお玉ならあるが、あの槍とやりあうのならそこそこの長さが必要だった。

 不意に目に映るのは、藤ねえが置いていった、アニメ版FateプロローグDVDの初回限定版の特典ポスター、このSSの作者は買ったけれどもまだ見ていない。自衛隊募集のポスター。

 ……電波は気にしない事にして。

 とにかく、贅沢を言っていられる状況じゃなかった。

 

「──同調、開始」

 

 学生・衛宮士郎はこの瞬間から魔術師・衛宮士郎へと変わる。

 魔力回路形成、ただの紙のポスターに魔力を通す。

 そして……。

 

「で……できた」

 

 それは、養父が死んでから一度も成功しなかった魔術。士郎の手に鋼の強度を持ったポスターが誕生する。

 そのあまりの出来に身震いをした。

 しかし、その出来に感激をしている暇は士郎には無かった。とにかく生き延びなければ意味はない。

 不意に、背後からではなく頭上から殺気が放たれている事に気がつく。

 考えたわけではない。条件反射で咄嗟に見をかわす。

 

「……チッ! 気がつかないうちに殺してやろうと思ったんだのによ」

 

 なんとか、槍の一撃を受け止める。

 現れたのは、自らの命を一度奪った青い戦士。

 

「ったく。何の因果で同じ人間を二度も殺さなきゃならないんだか」

 

 そうぼやくと、ランサーは無造作に真紅の槍を繰り出す。

 

 ギィン!

 

 士郎は向かってくる槍をポスターでかろうじて逸らす。

 

「ほぉ〜、なんの手品だ、そりゃ? おもしれえ」

 

 ランサーは、更に槍を繰り出す。

 室内に、金属が打ち合う音が木霊する。その真紅の槍が振るわれるたびに、魔力で強化されたはずのポスターがひしゃげ、折れ曲がっていく。

 

「微かだが魔力が感じられるな。心臓貫かれても生きてるってのは魔術師ってとこか。あの陰険野郎の関係者だとすれば、気がついておくべきだったな」

 

 男から、獣じみた殺気が吹き上がる。

 ここにきて、士郎は己が愚を悟った。

 アレは応戦できる類いの存在ではない。遊んでいるだけで本気など出していない。

 士郎は意を決して外に飛び出す。目指すは土蔵だ、折れ曲がったポスターに変わる武器を手に入れなければならない。

 ランサーも、遅れてとび出す。顔に僅かながら、獣を連想させる笑みを浮かべる。

「なかなかいい判断だ。敵わないなら現状を変える。鍛えりゃいい線いくかもしれねぇな」

 まったく勿体無い。そう小声でぼやきながら、男は槍を振り上げる。

 その突然の攻撃に反応しきれず、かろうじてポスターで受け止めたものの弾き飛ばされる。

 

 ゴッ!

 

 背中から土蔵の壁に突っ込む。

 骨格が歪む、筋肉が悲鳴を上げる、あまりの衝撃に息が出来ない。

 だが、運はまだ尽きていなかった。士郎は這うように土蔵の中に転がり込む。

 

──なにか……、武器を探さないと。

 

 背後からランサーが迫ってくる。

 再びランサーの槍が繰り出される。ポスターを広げ、かろうじて楯として受け止める!

「チェックメイト。魔術師にしてはよくやったと思うぜ? ――俺相手によ」

 ポスターはただの紙に戻り、ひらひらと舞い落ちる。

 もはや武器となる物は無い。

「――っ!」

「七人目ってのはお前だったのかもな。ま、今となっちゃどうでもいいがな」

 

 青い殺人者が槍を構える。

 士郎の中で感情が渦巻く。

 助けられたのに、何の義務も果さず簡単に死んでいいのか!?

 同じ相手に日に二度も殺される、そんな理不尽な事があっていいのか!?

 そんなに簡単に人を殺していいはずが無い。

 

 槍が迫る。

 狙いは心臓。

 アレに心臓を貫かれ、衛宮士郎は2度目の死を迎える。

 そんなことを、許していいのか?

 

「────!」

 

 衛宮士郎は叫び声を上げる。

 

──その瞬間、土蔵に光が吹き上がる。

 心臓を貫かんとしていた槍が、金属がぶつかり合う音と共に弾かれる。

 

「ちいっ、まさか本当に七人目だとっ!」

 

 ランサーが土蔵の外に大きく飛び退く。

 

 土蔵の光は更に強くなる。

 周囲の魔力を貪欲に吸収する。エーテルが収束して人の姿を模す。

 それは、運命の誕生。

 それは、始まりの夜。

 

 月光の元、少女が士郎を見下ろしていた。

 少女の挙動の、言葉の一つ一つが衛宮士郎の魂に刻み込まれる。

 

「問おう……」

──問おう……

  黄金色の髪は月光の元、煌き。

 

「貴方が……」

──貴方が……

  碧の瞳が少年の姿を見下ろし。

 

「私の……」

──私の……

  小柄な体を包む無骨なはずの銀と青の戦装束は、ドレスのごとく。

 

「マスターか?」

──マスターか?

  そこには、誇り高き剣の騎士があった。

 

 それは、運命の出会い。

 衛宮士郎が地獄の底に落ちようとも、決して忘れぬ光景。

 

 

 

 それに最初に気がついたのは、アーチャーだった。

「凛よ!」

「なによっ!」

 不機嫌そうな凛の声。そりゃそうだ、音速を超えるバイクで町内を10周もさせられたら、誰だって不機嫌となる。なぜか、自転車でえっちらおっちらやって来たアーチャーが、先に近くに来ていたのも不機嫌の理由の一つである。

 いや、不機嫌だけで済んでいるだけ、頑丈な少女だ。

 もっとも、そんな不機嫌な主を気遣うでもなく、アーチャーは鋭く前方を睨む。バーサーカーやライダーの表情も鋭くなる。

「どうやら、第七のサーヴァントが召喚されたようだ」

「えっ!?」

 たしかに、前方の家で尋常ではない量の魔力が消費されている。

 その事があらわす意味は一つ。しかし、にわかには信じられない。

「うそっ、そんなっ!」

「あれは、ランサー!」

 凛が信じられない事態の展開に呆然としていると、塀を乗り越えて逃げていく人影が。

 たしかに忘れ様も無い青タイツ。ランサーに違いなかった。

 月が暗雲に隠れ、辺りを闇が包む。アーチャーが闇を射抜くよう、視線を更に鋭くする。

「一体はランサー……もう一体……来るっ!」

 アーチャーがいつの間にか双剣を取り出し、凛を庇うように前に出る。

 塀の内より、小柄な人影が飛び出す。

 

 ギィン!

 

 鋼と鋼が打ち合う甲高い音が、周囲に響き渡る。

 アーチャーはなんとか襲撃者の剣を受け止めるが、勢いは殺しきれず大きく後ろに下がる。

「──っ!」

 周囲にいるバーサーカーとライダーを警戒してだろうか、襲撃者はそれ以上の追撃をせずに剣を構えなおした。

 互いに武器を構え様子を窺う。じりじりと緊張感が高まる中、暗雲が流れ月光が互いの顔を照らし出す。

 

 凛はその瞬間、襲撃者に見惚れてしまった。

 アレは敵。アレは己が命を奪うだろう存在だと言うのに、そこにいた騎士は……あまりにも可愛らしかった。黄金色の編みこまれた髪、碧の瞳は宝石のように輝く。ほんのり桜色に染まる白い肌、凛とした表情、華奢な肢体、そして自分より小さな胸。

 彼女は、殺人者と言うには美しく、可憐だった。

 

 そしてその少女は、驚愕の表情を浮かべる。

 

「──っ! マスターが……、シロウが何故此処に!?」

 

 そう言えばアーチャーは衛宮士郎と同じ顔だったと、凛は思い出す。中身はずいぶんひねてるけど。

 一方アーチャーは、新たに現れたサーヴァントに対し警戒をとかずに……。

 

 ギィン!

 

 突如、アーチャーの背後から現れた襲撃者の一撃を、慌てて振り向き寸前の所で受け止める。

 じりじりと、鍔迫り合いが始まる。

 その襲撃者は……。

 

「なぁっ! なんでさああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 アーチャーが間抜けな叫びを上げる。

 そこに現れた第二の襲撃者は、そこで驚愕の表情を浮かべている少女騎士と同じ容姿、同じ服装、同じ体格をしているのだ。

 

 そう、二人目の金色の髪の少女騎士が、アーチャーと鍔迫り合いを演じているのだ。

 少女騎士は言葉をつむぐ。

 

「おお、わがますたーのすがたをまねてわれらをまどわすとは、なんたるひれつ」

 

 棒読みだった。

 むっちゃ棒読みだった。

 棒読み ザ 棒読みだった。

 よく見ると、顔に浮かべているのは爽やかな笑み。

 もう、爽やかすぎて怖いぐらいだ。

 可愛らしいはずの笑みに、なぜかこの場にいた全員の背中に冷や汗が流れる。

 

「お、おちつけ、セイバー。は、話せばわかる」

 

 アーチャーが震えながら声を出す。

 しかし、セイバーと呼ばれた二人目の少女騎士は止まらない。さらに剣に力を込める。

 風の剣に触れたアーチャーの前髪が数本、切れて飛んでいく。

 

「敵のサーヴァントと話すことなどありません。えー、ありませんとも。

 ──私のマスターは貴方のような人ではありません。」

「いや、そりゃ確かに今の私は凛のサーヴァントだが……」

「そうですか、そうでしょう。私なんかよりもリンの方がいいのですね!」

「いや、あの、そういう事じゃなくて」

「ふふふ、私の知っている衛宮士郎は死んだ」

「いや、確かに死んでるけど……ってか、それは私が言う台詞じゃないのか?」

「言い訳する気ですか!?」

「いや、言い訳にもなっていないし」

 

 突如始まった痴話げんかに、先ほどまでの緊張感は吹き飛びダルイ空気が蔓延する。

 

「私がいなくなった後に別の女性と結ばれるのは良いでしょう。貴方の周りの女性……リンもサクラもタイガもイリヤも魅力的な女性だった。貴方が新たなパートナーを得るのは必然でしたでしょう。

 しかし、あっちにふらふらこっちにふらふら……あちらこらの女性に手を出しまくった挙句、子供を作って逃げるなど……。そのような不埒な振る舞い。許しません!」

「いや、だから誤解だ! セイバー!」

「ほう、どう誤解だと言うのですかシロウ。納得いくように説明してもらいましょう!」

 ぎしり、とセイバーの剣に更に力がこもる。魔力炉全開、なんだか緑のはずの目が金色に見えるような気がする。 

「あ、だから、その……」

「だから、何ですか?」

「いや、あれは魔力供給で……」

「魔力供給で、リンとサクラとイリヤとライダーとタイガに手を出し、あまつさえ子供を作って逃亡したと!?」

「いや、だからそのうち二人には手を出していないって!」

「つまり、のこり3人には手を出したのですね! 貴方はランスロットですかっ!」

 

 なんか、泥沼だった。

 というか、なんか聞き覚えのある名前があのセイバーから出ていないか?

 凛はギギギと、横にいたバーサーカーに顔を向ける。

 バーサーカーは、アチャーと顔に手を当て呆れて眺めている。

「バーサーカー? アレの真名は衛宮士郎っていうの?」

 アーチャー、もはやアレ扱い。

「うん」

「なんか、すっごく知っている名前や知らない名前が連呼されているんだけど」

「気にしちゃいけないわ、リン」

「うん、そうするわ」

 次に、いつの間にか横にいたもう一人のセイバーに顔を向ける。

 こちらも、呆然と二人のやり取りを眺めている。

「ねえ、セイバーだったかしら」

「は、はい」

「あんた、アレの恋人だったの?」

「い、いえ。男として生きた私に、そのような者はいなかったはずなのですが……」

 なんだか、自分と同じ存在(?)の繰り広げる痴話げんかに呆然としている。

 

「おい、やめるん……だぁあ!?」

 

 なにやら、門から衛宮士郎がとび出してきて……、自分と同じ顔をした存在と痴話げんかを繰り広げるセイバー一号(仮称)に絶句する。

 ふっふっふっふっふ……、不意に凛が含み笑いを浮かべる。

 隣りで絶句していたセイバー二号(仮称)の腰が引ける。

「こんばんは、衛宮君」

「っと、遠坂? 遠坂がなんでここに!?」

「何でもいいわ。まさか衛宮君があちらこちらの女性に手出しをするエロ学派だったなんて」

「ちょ、ちょっとまってくれ、なんでそうなるんだ!」

 凛の言いがかりに、士郎は即座に否定する。

 そりゃそうだ、女の子の手もろくに握った事が無い(虎は除外)のだ。

 まして、士郎にとって遠坂凛は憧れの女性だ。そんな不名誉な勘違いをされるのはあまりにも悲しい。

 しかし、凛は笑顔で、真横で痴話げんかを繰り広げるサーヴァント2体を指差す。

 士郎と、真横のセイバー二号(仮名)はその指先に視線を向ける。そこには……。

 

「だから、おちつきたまえセイバー!」

「大体、何ですかその太刀筋は! まるでアーチャーのようだ。男にまで浮気しているのですかっ!」

「そんな特殊でアブノーマルな趣味は無い! 私はアーチャーなんだからアーチャーの剣に似るのはあたり前だろう!」

「言い訳するのですね、シロウ! シロウ、貴方も私を裏切ったんだっ!」

「だから、どこで覚えたんだその台詞はっ!」

 

 その、あまりの醜態に士郎とセイバー二号(仮名)は一瞬黙り込み。

 

「アレは俺じゃないっ!」

「アレは私ではありませんっ!」

 

 二人と二人の絶叫が、夜の町に木霊するのだった。

 

 

それは次回に続く……といいなぁ。