とある英霊と英霊の食卓

 

 

「あー、我がマスターよ」

「どうしたの、アーチャー?」

 珍しく困惑した表情のアーチャーに、凛はニッコリと微笑みかける。

 最上級の笑顔で、背後には美しい花が幻視できる。食虫花だけど。

 それはとても可愛らしく、美しい笑顔……なのだが、何故だかアーチャーの顔が真っ青になり冷や汗がダラダラと流れ落ちる。

 いや、アーチャーだけではない。何故だか台所にいる士郎までも冷や汗を流し始めた。

 だが、アーチャーは英霊だった。英雄だった。衛宮士郎の遥か先を行っていた。

 だから、心を鋼にして疑問を口にする。

「凛よ、君は大変優れた魔術師であり、最高のマスターだ。それは私が保証しよう」

「あら、ありがとうアーチャー。お世辞でも嬉しいわ」

「いや、お世辞ではない。知識、魔力、判断力、行動力、どれをとっても一流と言っていい」

「いえいえ、わたしなんて未熟で経験不足のマスターよ、アーチャー」

「謙遜する必要はない。君は優秀なマスターだ。

 ──その優秀なマスターに質問なのだが」

 アーチャーは言葉を切る。

 

「私のこの扱いに、何か意味があるのかね?」

 

 アーチャーはぼんやりと鎖で簀巻きにされている自らの体を眺めた。

 その目は達観していて、どこか虚ろだ。

「あら、素敵なドレスじゃない。東京湾のパーティーに参加できるわよ」

「もしそう見えるなら、君の美的感覚には重大な欠点があるように思うが」

「そうかしら、最新のファッションじゃないの? 素敵よ、アーチャー」

「……了解した。アブノーマルを極めろ、マスター」

 飛んできた宝石がアーチャーを吹き飛ばした。

 士郎はその光景を極力視界の外に追い出す。頭の中の『優等生・遠坂凛』のイメージはもはや完膚なきまでに破壊されている。

──遠坂って、ヤンチャな女の子だったんだ……。

 アレをヤンチャと言うのは自分でもちょっと無理があるなーと本能が言っているが、とりあえずそれは無視する。残虐ファイトに酔いしれる凛の姿を視界からカット。

 とりあえず、もう一方の集団に視線を向ける。

 その集団は、居間のテーブルを占拠していた。

「ふむふむ、これは……はむはむ」

 金髪の少女が、一心不乱に用意した夜食の炒飯を食べている。

 別に虎のようにがつつくわけでもなく上品に匙を上げ下げしているのだが、山のように積まれた炒飯は見る見るうちに消えていく。

「セイバー、こんな時間にそんな油っぽい物をよく食べられるわね……」

 一方、ミカンの筋を取っていた銀髪の女性が呆れて金髪の少女を眺めていた。士郎の視線を感じたのか、不意に顔をこちらに向けるとニッコリと微笑む。

 そのあまりの美しさに、頬が高潮する。慌ててテーブルを占拠している第三の人物に目を向ける。

 こちらも美しい女性だ。スミレ色の長髪の女性で、セイバーのように炒飯を食べるのでもなく凛によるアーチャーの虐殺劇を見ながら『ふむふむ、ああいったプレイもあるのですね』などと、不穏な事を呟いている。

 士郎は溜息を一つつく。誰かが溜息をつくと幸せが一つ逃げていくと言った気がするが、今の士郎の幸せの残量はいかほどだろう。

 不意に、士郎は自分の真横の気配に気がつく。

 一心不乱に炒飯を食べている金髪の少女とまったく同じ容姿の少女。彼女はうつむき加減に肩をプルプルと震わせている。

「えっと、セイバー二号(仮名)だったかな?」

 背後に『ドドドドド』という効果がつきそうな彼女の様子に、士郎は恐る恐る声をかけた。

「ちゃ、炒飯を食べるか?」

「いりません……」

 二号(仮名)の怒りを堪えてのその一言に、他のサーヴァント達が反応する。

 

「ば、馬鹿な! セイバーが食事の誘いを断わるなんて!」

 いつの間にか鎖抜けをしいたアーチャーが、驚愕のあまり天井から落ちてくる。よく見たら凛が折檻しているのが『がんばれエミヤ君人形』に入れ替わっている。

「うそっ、あなた本当にセイバーなの!?」

 銀髪の女性は、驚愕のあまりミカンを握り潰す。

「そ、そんなっ! セイバー二号(仮名)、さ、さては偽物ですね!」

 スミレ色の髪の女性が、思わず釘剣を構えた。

「ちょ、ちょっとまってください。貴方達は人を何だと!」

 そう言いながらも、炒飯を食べる手を休めないのはセイバー一号(仮名)だ。

 

 そんな、サーヴァント達の態度に、セイバー二号(仮名)の怒りがついに爆発した。

 

「貴方達はあああああああああああ! この状況を不信に思わないんですかあああああああああ!」

 

 なんか、自分の方がおかしいのか、こいつらがおかしいのか、よく分からなくなりそうなセイバー二号(仮名)だった。

 

 なお、怒り狂うセイバー二号(仮名)を沈めるのに、ご飯が五合必要だった。

 

 

 

「で、アーチャー。あなたの正体はやっぱり衛宮君なのね。黙秘権の行使は許さないわよ」

 仕切りなおしの一言目は、やはり遠坂凛だった。

 ふむ、とアーチャーは困ったような表情を見せるが、隣りに座ったセイバー一号(仮名)と顔を見合わせると溜息と共に口を開く。

「うむ、認めたくはないがどうやら私はその小僧の慣れの果てで間違いないようだ。

 ──認めたくはないものだな、若さゆえの過ちは」

「どっかのロリコンの台詞のパクリはいいわよ。つまり、アーチャーはわたしに記憶が無いと嘘を言っていたわけね」

 アーチャーの言葉に、凛の殺気が膨れ上がる。

 しかし、アーチャーは涼しい表情で──こめかみに光る汗を見つけたのは、セイバー一号(仮名)だけだった──反論する。

「凛よ、ここにサーヴァントが4人いるから、彼女らに聞いてみろ。召喚されてすぐに上空50mから叩き落されたらどうなるかを」

「そ、それは……」

「なによ、それ」

 思わず呆れのはバーサーカーだった。

「いくらサーヴァントでも、召喚されてすぐだったら怪我じゃすまない可能性もあるわよ」

「そうですね、通常であればその程度は何とも無い高さですが、魔力の充填も不十分でしょうし……。シロウ、よく記憶喪失だけですみましたね」

「慣れてるからな……」

 はっはっは、と、渇いた笑みを浮かべるアーチャー。思い浮かぶはあかいあくまの姿か。

 自分と同じ顔の存在の渇いた笑みに、士郎は思わず声を上げる。

「な、慣れてるってどんな人生を歩んでるんだ、えっと……」

「アーチャーだ。悪いがセイバーもしばらくはそう呼んでくれ。

 ──小僧、お前も知る時が来る。運命は変えられないからな」

「小僧って、お前、俺とそんなに代わらないだろう!」

 不意に、士郎はある事実に気がつく。視線が自然と鋭くなる。

「って、お前は俺の未来の存在だとか言ったよな」

「ふむ、まぁイコールではないがその可能性の一つだ」

「じゃ、じゃあ……」

 ごくりと、誰かが唾を飲む。

「……俺は背が伸びないのか!?」

「ふっ。運命だ、諦めろ」

 落ち込む士郎に、アーチャーは酷薄に告げる。背が低い事は士郎のコンプレックスなのだ。

 ますます落ち込む士郎を流石に不憫に思ったのか、バーサーカーが微笑みながら士郎に話し掛ける。

「嘘教えるのはかわいそうよ、アーチャー。大丈夫よ、シロウはおっきくなるから」

「そ、そう……なんですか?」

 年上の美人の笑顔に、思わず赤面しながら敬語で話し掛けてしまう。

「あ、照れてるんだ。この頃のシロウって純情だったんだ……」

 いつの間にか、ひねくれてしまったけど。

「あ、いや、そういうわけじゃ……」

「敬語は使わなくていいわ、シロウ。あ、わたしはバーサーカーよ、よろしくね」

「あ、ああ、よろしく」

 ますます赤面する士郎に、凛の表情が険しくなる。てか、かなり怖い。

「あれ、バーサーカーは士郎のお姉さんじゃなかったの? なんであらためて挨拶してんのよ、あんたら」

 その一言に、士郎の表情が固まる。

「あね?」

「え? バーサーカーがアーチャーの姉だって言ってたわよ。なら、士郎のお姉さんなんじゃないの?」

 一瞬、士郎の脳裏に姉と言う言葉からナニかが連想される。

 

 ──竹刀をもって、自分を追い掛け回すナニカ

 ──料理一つできず、家でゴロゴロするナニカ

 ──食べきれない食料を持ち込むナニカ

 ──家に備蓄してあった食糧をすべて食べ尽くすナニカ

 ──人のおかずまで手を伸ばすナニカ

 ──使えもしないガラクタを持ち込むナニカ

 ──頭からフスマにダイブするナニカ

 ──道場にぶるまぁと共に現れるナニカ

 

 士郎の表情がドンドンと険しいものになっていく。

 固まってしまった士郎をほっておいて、アーチャーが台所に新しいお茶とお茶請けを取りに行く。

 やがて、全員の手元にお茶が行き渡った頃になって、ようやく士郎が再起動した。

 

「そんなことあるわけ無いじゃないか」

 

 無茶苦茶爽やかな笑顔だ。もう、なんかイロイロとヤバイくらいに爽やかなイイ笑顔だ。

 キラーンと、歯が光っていたりもする。

「俺の連想する姉はこんな美人さんじゃないぞ。あえて言うなら、猛獣のような存在だ」

「ソレはタイガね」

 再び考え込みそうになる士郎。

「反応がアーチャーと同じよ……、って、話がずれたわ。

 ──アーチャー、記憶喪失の真偽はこれ以上追求しないけど、記憶はいつ戻ったの?」

「本当に記憶喪失だったのだがな。

 記憶が戻ったのは、昨日──いや、もう一昨日の朝か」

「一昨日って?」

「うむ、凛の名前を聞いたときにはっきり思い出したのだ」

「なあっ!」

 アーチャーの思わぬ発言に凛が赤くなり、セイバー一号(仮名)が殺気を放つ。

「まぁ、生前色々とあったのでね」

 だが、そんな二人に気が付かずアーチャーはどこか遠い目をする。

 思い出すは生前のあれこれ。凛の持ってきた厄介ごとにまきこまれ、幻想種と戦い、死徒と戦い、殺人貴と一緒に逃亡し……。なぜだか目に涙が浮かぶ。

「まぁ、そんな訳だ。君に記憶が戻ったか聞かれた段階では記憶は戻ってはいなかったし、実のところまだ記憶の一部はあいまいだ。

 黙っていたことは謝罪するが、嘘は一切言っていないぞ」

「も、もういいわ。わたしも逐一確認しなかったのが悪いんだから」

「そうか、いや、話の解かるマスターで助かった」

「相変わらず切り替えしが早いわね……」

「知り合いが悪かったものでな。

 で、聞きたい事はこれで終わりかね?」

「いえ、質問があります」

 不意に、それまで押し黙っていたセイバー二号(仮名)が手を上げる。

 その目は、この場にいる他の者と違い真剣であり、悲壮でもあった。

「ふむ、なにかな、セイバー二号(仮名)」

「セイバー一号(仮名)、それにアーチャー。貴方達はこの聖杯戦争の結末を知っているのではないのですか?」

 その一言に、周囲の誰もが息を飲む。

「なぜそう考えるのかな?」

「簡単な推理です。

 貴方と一号(仮名)は恋人同士だという。そして、私とシロウは違う時間の存在だ。私とシロウが知り合うのはこの聖杯戦争しかない。

 貴方たちの言葉に嘘が無いのなら、貴方達はこの聖杯戦争の結末を知るはずだ」

「なるほど、道理ですね」

「教えてください。この聖杯戦争で私は聖杯を手に入れられるのですか?」

 セイバー二号(仮名)は、射抜くような瞳で二人を見る。だが、セイバー一号(仮名)はやんわりと、微笑みながらもう一人の自分に答える。

「それは、答えられません。いえ、この聖杯戦争の流れをあなたの教える気はありません」

 その言葉に、二号(仮名)が悲鳴のような叫びを上げる。

「なぜだっ! 一号(仮名)が手に入れられなかったとしても、別に責める気はない。

 しかし、貴女も私なら聖杯が絶対に必要だとわかっているはずだ!」

 今にもつかみかからんばかりのもう一人の自分に、一号(仮名)はやんわりと、しかしはっきりと言い切る。

 

「二号(仮名)、私はもはや聖杯を求めてなどいませんよ」

 

 その言葉に、二号(仮名)は立ち上がると一瞬で武装をする。

「貴女は本当に私かっ! なぜ聖杯が必要か理解していないのかっ! 男ができて王としての使命を見失ったのか! 

 返答次第では斬り捨てる!」

 それは悲痛な叫び、聖杯に縛られた少女の慟哭。

 だが、もう一人の自分を見つめる未来の少女は、どこまでも静かに過去の自分を見つめ返す。

「こうして対話している以上、私と貴女はすでに別の存在だ。

 別に貴女が私をどう思おうと、とやかく言う気はありません。ただ、私は王としての使命を捨てた気はありませんよ」

「ふざけるなっ! 言葉遊びを!」

「やめるんだっ! セイバー!」

 激昂して今にも切りかからんばかりだったセイバー二号(仮名)を、士郎は慌てて止める。

 その目は真剣であり、どこか怒っているようだった。

「シ、シロウ!?」

「とりあえずは止めてくれ、セイバー。

 それよりも、俺にも質問があるんだけどいいかな?」

「わかりました、シロウ。貴方は私のマスターだ。この場では剣を引くことにします」

 そう言うと、二号(仮名)はシロウの横に腰をかける。

 しかし、その視線は険しく、もう一人の己と未来のマスターを嫌悪の表情で見つめていた。

「すまない、セイバー。

 ところで、質問があるんだが……」

 誰もが固唾を飲んでで、彼の言葉を待った。

 そして、士郎は重々しく口を開いた。

 

「えっと、聖杯戦争ってなんなんだ? それにサーヴァントって?」

 

 一瞬、沈黙が走り・・・・・・。

 

「あんたはー! 知らずに話していたのかああああああああああああああ!」

 あかいあくまが、力の限り怒鳴ったと言う。

 

 

 

続く・・・・・・かもしれない。

 

 

 

おまけ劇場3

 

ら「今回、私は台詞ありませんでしたね……」

さ「ギャグキャラだから……」