とある英霊と一日目の朝

 

 

 夜と朝が交差する金色の刻。

 それは、エミヤシロウにとって、別れの刻

 もはや人では無い身になっても克明に思い出せるのは、出会いの刻と別れの刻。

 

 月明かりの元出会いし少女は、夜が明けるこの刻に世界から消えた。

 少年だった自分の心に、一つの思いを刻み込みながら……。

 

「何を馬鹿な……」

 

 アーチャーは自嘲の笑みを浮かべる。

 時刻は夜明け間際、場所はかつて過ごした家の屋根。

 この家には信頼出来る結界があり、この家には一騎当千のサーヴァントが自分を含めて6人もいる。わざわざ屋根の上に登り警戒する意味などほとんど無いのだが、それでも用心をしてしまうのは生前の習性か。

 

「──セイバーか」

 

 アーチャーは背後に現れた気配にその身を実体化させながら、振り向きもせずに声をかける。

 屋根の上に上がってきたのは、黄金色の髪の少女だった。すでに軍装ではなく、凛から手渡された白いブラウスに青いスカート姿をしている。

「シロウ、その口調は嫌いです」

 開口一番文句を言ってくる愛しい人に、アーチャーは苦笑いを浮かべた。

「無理を言わないでくれ。私まであの未熟者と同じ口調で喋り出したらキャラクターの違いがわからなくなるだろう」

 

 

「メタ発言は禁止です」

「ライダー、どうしたの?」

 突如意味不明な呟きをもらすライダーに、バーサーカーが問い掛けた。

「いえ、ナニか言わなければいけない気分だった物で……」

「そ、そう」

 

 

「それに、自覚してコロコロと口調を切り替えられるほど器用でないのでな、すまないとは思うが」

 口調は変わっても妙に腰の低い事を口にするアーチャーに、セイバーも軽く微笑を浮かべる。

「それでは仕方ありません。妥協しましょう」

「ありがとう、セイバー」

 不意に右側に重みを感じる。

 外套越しにも感じる、セイバーの体温。

 アーチャーは驚いたように、いつの間にか隣りに来ていたセイバーを覗き見る。

「久しぶりですね、この家で貴方と二人きりになるのは……」

「そうだな……もっとも、此処は私の家ではないがな。此処はあの未熟者の家だ」

 アーチャーはセイバーをそっと抱き寄せる。少し驚いたセイバーだったが、すぐに体重をアーチャーにあずけた。

「彼を未熟者呼ばわりするのはどうかと思いますよ」

「ふっ、別に自虐のつもりは無いよ。まぁ、照れ隠しだ」

 アーチャーの口が微妙に歪む。かつて何度も見た、困った時に浮かべる笑みだ。

「そういえば、こうやって落ち着いて話すのも久しぶりだな」

「そうですね。でも勘違いしないで下さい、私はまだ怒っていますよ」

 本当に怒っているのかと問い掛けたくなるような、楽しげな口調だった。

 もっとも、藪をつついて蛇を出すつもりは無い。アーチャーは出来うる限り軽い口調を心がける。

「それは怖いな」

「後で、じっくりと問いただしますから覚悟していてください」

「後で……と言う事は、他に聞く事があるということだな」

「ええ、沢山聞きたい事があったのですが……、シロウがあれからどんな人生を歩んだのか、リンやイリヤや、タイガやサクラがどうなったのか……。

 でも、その前に一つ今聞かなければならに事が出来ました」

 そう言うとセイバーは、トンとアーチャーから離れる。

 

「アーチャー、なぜ貴方はシロウを聖杯戦争にいざなった」

 

 その目は、剣の騎士のモノに変わっていた。

 真剣であり、回答次第では切り捨てると語っている。

 

「愚問だなセイバー。奴も所詮はエミヤシロウの一人だ、例え私が口出ししなくとも、命ある限り奴はこの愚かな戦いに身を投じる」

 それは予言でも予測でもない、絶対の真実。

「あの紛い物のセイギノミカタはそういう存在だ。己の歪みも知らず……いや、あえて己れの歪みに目を背けながらも、己が美しいと信じた存在に向かう愚か者だ」

「貴方は、彼をどうするつもりですか」

「どうもしないさ」

 セイバーの瞳が不安げに揺れる。

 聖杯戦争に呼ばれる英霊は何らかの望みを持ってこの時代に召還される。ある物は聖杯に望みをかけて、ある者は戦いを求めて。

 そして、剣の騎士も弓兵もあの聖杯の正体を知っている。アレがどのような物かを知っている。

 はたして、このエミヤシロウは何を求めてこの時代の呼びかけに応じたのか。

 そんなセイバーに、アーチャーは屋根に腰をおろしながら己が思い告げる。

「私は私の生涯をやり直そうとも思わない。あのような聖杯などに興味も無い。

 あのアーチャーが何の為にこの時代の聖杯戦争に参加したのかも知らない、知るつもりもない。私の望みは……そうだな」

「望み……」

 アーチャーはある事実に気がついた。

 

──自分には望みと言えることが無い事を。

 

 たしかに、過去の自分に会ったら言ってやりたい事はあった。

 ただ、そんな事だけで召還されるわけが無い。もっと強い望みを持つ英霊もいたはずだ。あるいは、アーチャーを召還した触媒がアレならば、自分ではない別の自分が召還されるはず。

「ふむ、困ったな……」

「何がですが? アーチャー?」

「怒らないで聞いてくれ、セイバー。私には望みらしい望みが無い。

 ──いや、違うな。私自身が私の望みに気がついていないようだ」

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ──衛宮士郎は改造人間である。彼を改造したタイガー道場はセカイセイフクを……。

 

「なんでさっ!」

 

 脳裏に浮んだ理不尽極まりないフレーズに、士郎は全力でツッコミを入れる。

 なんだか、虎とぶるまぁに改造されたような夢を見たが、さすがにただの夢だろう。『怪人ハラペコライオン』や『怪人ドジッコスネーク』とか、『怪人ゴスロリスキナワカオクサマ』と戦ったような気がするが、全部夢に決まってる。

 夢といえば、その前もひどかった。全身青タイツに槍で突き殺されたり、憧れの同級生が魔術師だったり、謎の少女騎士が現れたり、未来の自分は女癖が悪かったり、教会が吹っ飛んだり、巨人に跳ね飛ばされたりと、悪夢の連続だった。

「とにかく、起きなきゃな……」

 小声で呟くと、布団に手をつき状態を起こし。

 

 ふにょ。

 

 なにか、まろやかでやわらかく、さらには程よい弾力があるものに触れる。手に収まりきらない大きさを誇り、ほんのりと温かい。

「あん」

 そして甘い嬌声……。

 一昔前のポリゴンのようないびつな動作で、手が触れたナニカに視線を向ける。

 そこには、純白のYシャツに包まれたこぼれ落ちるようなたわわな胸があった。さらに視線の端にはシャツの裾からすらりと伸びる形のいい太ももが見える。

 さらに視界をずらすと、スミレ色の髪の女性が頬を朱色に染めていた……。

「士郎……、あっ……、こんな朝から……」

 

「うわぁあああああああああああああっ!」

 

 力の限りの絶叫を士郎は上げる。

「なっ、なんでこんな所にいるんですかっ!」

「それを私の口から言えと? そんな、はしたない」

「はしたないってっ! なにがさっ!」

「いかに恋人といえども、そんな事は私の口からわ」

「昨日出あったばかりでしょうがっ!」

「恋に時間はかかりません」

「そーいう問題じゃないでしょうがっ!」

 不意に視線を逸らすライダー。その仕草がまた妙に色っぽい。

「じゃなくて、なんで裸Yシャツなんですかっ! そもそもこういうシュチエーションは他所様でも散々やってるでしょう!」

「気にしてはいけません。やはりこう言ったシュチエーションは萌えだと」

「いやっ! そうじゃなくて……ああああ、会話が成立しないっ!」

「士郎、貴方はこう言ったシュチエーションは嫌いですか?」

 眼鏡越しに見える瞳は潤んでいる。一見するとクールなイメージであるだけに心揺さぶられるナニカが存在する。

「い、いや、それは……」

 あまりの魅力にタジタジになる士郎。ライダーはそんな士郎に体重を預けてくる。体の前面に女性特有のやわらかい感触が、士郎の冷静な判断力を奪っていく。

 士郎、第13話にして陥落か? そう思われたその瞬間だった。

 

「どうしたのですかっ! シロウ!」

「敵襲ですかっ! シロウ!」

「何故私まで引っ張られるのだ……ぐえっ!」

 

 三人のサーヴァントが士郎の部屋になだれ込んでくる。

 そして、表情が三者とも凍りつき……。

 

「ふん、忠告してやろうかと思ったが既に遅かったようだな、衛宮士郎。

 女に溺れて溺死しろ」

 と、勝ち誇った笑みを浮かべるアーチャー。

 

「ふふふふふ、貴方もやはりシロウだったのですね」

 と、殺気立つのがセイバー一号(仮名)。

 

「し、シロウっ! あ、貴方がそんな人だったとはっ!」

 と、驚愕の表情を浮かべるのがセイバー二号(仮名)だった。

 

「ち、違う。ご、誤解だっ!」

「何が誤解ですか、シロウ」

 アレは一号(仮名)だろうか、見えはしないが手には何かが握られているようだ。

 その恐るべき殺気に、二号(仮名)が後ずさりし、アーチャーが戦略的撤退を敢行しようとして──失敗して、一号(仮名)に捕まり、こちらに放り投げられる。

「うわぁっ!」

「せ、セイバー! な、何をするんだっ!」

「ふふふふふ、二人まとめて教育し直します!」

 なんだか、部屋の中に風が渦巻いている。机の上に置かれていたノートが風で吹き飛ぶ。

 同じ動作で二人のエミヤがおろおろする。

「ま、まてっ! なんで私までっ!」

「ちょ、お、起きたら突然ライダーが……、って、居ない!?」

 たしかに、いつの間にかライダーの姿は消えていた。

 ライダーのサーヴァントの名に相応しい、高速の戦略的撤退だった。

 てか、いつの間にか二号(仮名)の姿も見えない。

 

──すいません、シロウ。私でも止めるのは無理です。御武運を

 

 なぜだか、できるはずも無いテレパシーが聞こえてくる。

 そんな新スキルに目覚めている暇があったら助けて欲しいと、真剣に涙する。

「まてっ、セイバー、落ち着けっ! というか冒頭のシーンはなんだったんだ!」

「そ、そうだ、落ち着けセイバー。話せば判る。犯罪は殺人だ!」

「大丈夫ですよ」

 必死に言い訳を考える二人に、セイバーがニコリと笑う。見た物をとろかすような極上の笑みだ。

「この程度じゃ貴方達は死にませんから」

「何が大丈夫だああああああああああああああああ!」

 

 この日、衛宮邸では早朝から大爆発が合ったと、後にお隣りのR.Hさんは語ったという。

 

 

 

 続く……↓。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、此処で終わりじゃないのかっ!」

「何を叫んでいるのだ、未熟者」

 横で食後のお茶をすすっていたアーチャーが反応する。

 舞台はいつの間にか居間に移り、目の前には一心不乱に朝食をかけこむ二人のセイバーの姿があった。

 昨夜も思った事だが細くて小柄な少女の何処にと思うほど、セイバーはよく食べる。

 一号(仮名)だけかと思ったら、本日は二号(仮名)もだ。

「シロウ、お代わりを希望します」

「シロウ、私ももう一杯いただけると嬉しいです」

 二人の茶碗にご飯を大盛りに盛り付けながら、士郎は溜息を一つついた。

「どうしたのですか? 士郎?」

 アーチャーと同じ様にお茶をすすっていたライダーが不思議そうにこちらを眺める。

 さすがに、もう格好は裸Yシャツではない。もっとも、まともな格好かというとそうでもなく、薄ピンクのナース服だった。眼鏡ルックとあいまって、若い婦長さんと言った趣だ。

「最近は看護士と呼ぶのだがな」

 アーチャーがいらぬ薀蓄をたれる。

「でも、私はナースと呼ぶほうが萌えると思うのですが」

「知るか」

 冷たく言い放つと、アーチャーは手元にある新聞に目を通す。

「ふむ、談合はこの時代も顕在か……」

「て、何馴染んでんだあああああああああああああ!」

 思わず士郎は絶叫する。

 昨晩から一杯一杯だったのだろう、なんか目の端で何かが光った。

「何を叫んでいるのだ、未熟者」

「なんでお前が此処に居るんだっ!」

 びしっと、指を突きつける。女性陣にやるのはさすがに気が引けるが、こいつに対してなら問題は無い。

「我がマスターである遠坂凛がこの屋敷に居るのだ。サーヴァントたる私が居ないわけには行かないだろう」

「遠坂が? いないぞ」

「あの巨人を隠しに行っている。そろそろ戻るだろう」

「隠すって何処にさ?」

「この家の土蔵だ。他に隠し場所があるのか?」

 確かに、あの巨人を隠しておける場所などほかに無いだろう。

 だが、当然のように言い放つアーチャーの態度に違和感を感じる。

「人の家を勝手に使うな」

「ふむ、此処は生前は私の家だったのだから問題は無い。日本では死者は生前の家に帰るものだしな」

「まだお盆じゃないだろう!」

「それもそうだな。では、貴様の家は私の家、私の家は私の家でどうだ?」

「ジャイアニズム!?」

「違う。凛ではあるまいし」

「なんか、騙されている気がする」

「気にするな。

 ──ふむ、凛が来たようだ」

 アーチャーが襖に目をやるのと同じタイミングで、勢い良く襖が開く。

「誰がジャイアニズムよっ!」

 入ると同時にヤクザキックをアーチャーに叩き込む。なぜか、スカートの中身は見えない。

 障子をぶち破り庭に転がり落ちるアーチャー。なんか、首がまずい方向に曲がっている。

 昨日の段階ですでに遠坂凛に対する美しい幻想が、完膚なきまでにぶっ壊れた士郎だったが、さらにぶち壊される。何故だか、『あかいあくま』の名称が脳裏にインプットされた。

「で、士郎! あんたホントに人間? さあ、吐きなさいっ!」

 突然、襟首を掴み上げる。

 ギリギリと首が絞まる。

「く、くるしいぃ……」

「二人もサーヴァント呼び出すわ、あんなふざけた物が土蔵にゴロゴロしているわ、わたしに魔力を感知させないわ、未来に英霊になってるわ、人の初恋の相手だわ……。

 さあっ、正体を吐きなさいっ!」

「い、いったいなんの……」

「さあ、黙ってるのなら容赦しないわよ、士郎! 令呪使っても吐かせるわよっ!」

「それは、あーちゃ・・・・・ぐぇっ」

 ギリギリギリと、さらに襟首がしまっていく。

 士郎の顔が真っ赤になり青くなっていく。

「ちょっ! リン落ち着いて。シロウが死んじゃう!」

 後から部屋に入ってきたバーサーカーが慌てて二人を引き離しにかかった。

 

 

 十分後、息を吹き返した士郎に対する尋問を開始する。

「で、あんた一体何者なのよ」

 凛が不機嫌そうに口を開く。

「何者って、なにさ?」

 多少びくつきながらも、士郎は不思議そうに答えた。

「強化しか出来ないってのは、嘘だったわけね」

「いや、嘘じゃないぞ」

「あんたね、あの土蔵は何よっ!」

「え、普通の土蔵だろう? そりゃガラクタで一杯だけど」

「誤魔化すつもり?」

「いや、誤魔化すも何も……?」

 士郎の煮え切らない態度に、凛の怒りがヒートアップをする。

「少し痛い目に合いたいみたいね、士郎はっ!」

「あー、凛よ。その未熟者を痛めつけるのは一向に構わんが……」

 流石に見かねたのか、アーチャーが声をかける。

「アーチャーってもしかしてM?」

「いえ、きっとサドマゾですね」

「はいてないシスターと一緒にしないでくれ。

 そうではなくてな、凛よ。そこの愚かな未熟者は恐らく君が何を言っているのか判ってないぞ」

 その言葉に、凛の表情がにこやかなモノに変わる。

 かえって怖い。

「衛宮くん、本当にわかってないの?」

「あ、ああ。何か俺が悪い事したのか?」

 冷や汗を流しながら士郎は答えた。

 そんな士郎に、凛はポケットから取り出した品物をテーブルの上に置く。それは何かの部品だった。

「それか? 魔術の鍛錬の息抜きに作ったんだけど、それがどうかしたのか?」

 そう、その部品は士郎が魔術の鍛錬の合間に魔術で作った機械の部品。

 士郎にとっては何でも無いガラクタの一つ。

「あ、でもそれ不完全だぞ。中身が無いから機械としては稼動しないし」

「そんな事はどうでもいいのよ」

 凛があまりの無知に絶句をする。

 流石に不憫に思ったのか、バーサーカーが言葉を引き継ぐ。

「シロウ、あなたにとっては大した魔術では無いんだと思うけど、これは他の魔術師から見れば異能中の異能の一つなの」

「え、でも投影って簡単じゃないか? 普通の物体に魔力を通すより、設計図を作って形を整えたほうが遥かに簡単だぞ」

「それは、シロウの基準だからよ。普通の魔術師は違うの」

 バーサーカーの赤い瞳にじっと見つめられ、士郎の頬が高潮する。

 そんな士郎に、バーサーカーは微笑みかける。

「本来は投影で作り出した物は、どれだけ優秀な魔術師が作り出した物でも半日もすれば消えてしまうわ」

 そう言うと、バーサーカーはシロウの手にその小さな部品を握らせた。バーサーカーの華奢で温かな手の感触に、シロウは耳まで真っ赤になった。

「そ、そうなんですか?」

「また敬語使った。敬語は禁止よ、シロウ」

 ぷうっとむくれるバーサーカー。

「ご、ごめん」

「うんうん、許してあげる。この力はシロウの本来の力から零れ落ちた力よ。大切に育てないとダメよ」

「あまり持ち上げないでくれ、バーサーカー。そこの未熟者が調子に乗る」

 アーチャーが不愉快そうに口を挟む。

「アーチャー!」

「ふん、まぁ一つ忠告してやろう。私が師事した人の言葉を借りれば、我々の能力は他の魔術師に見られれば脳髄を抜き取られてホルマリン漬けになるような代物だという事だ」

 ちなみに、その師事する予定だった人は、横でセイバー二号(仮名)と共に士郎を睨みつけている。

 なんか、先ほどとは別の意味でとても怖い。

「そうね、たしかに封印指定されかけたわね……」

 バーサーカーが、思い出したように呟く。

「な、なによっ! アーチャー、それ本当なのっ!」

 その呟きに反応したのは凛だった。

「未来の事はあまり話したくないのだが、事実だ」

「あんた、どうやって切り抜けたのよ」

「秘密だ。懇意にしていた人物の助けを借りたとだけ言っておこう」

 そう言って、アーチャーは苦笑いをする。

 これ以上聞いても答えないだろうと凛は悟る。

「ま、いいわ。士郎、これだけの魔術師がどうやって魔術を隠しているのよ。3年以上気がつかなかったわよ」

「え? 同じ学校に通いだしたのは2年前じゃ……」

「う、うるさいわねっ! あんたが魔術師だって昨日までまったく気がつかなかったわよっ! どうやって隠していたのよ!?」

 赤くなりながら怒鳴る凛に、士郎は『?』マークを頭の上に浮かべる。

「いや、普通に人前で魔術使わなきゃ気がつかないだろう。俺だって昨日まで遠坂が魔術師だなんて知らなかったぞ」

「なんで知らないのよっ! こっちの世界の人間なんでしょう、士郎は! なんでこの土地のセカンドオーナーの事を知らないのよ!」

「いや、なんでって言われても……、親父から教わらなかったから魔術師の世界の事なんて俺はほとんど知らないんだけど」

 凛は再び絶句する。

 この朝だけで何度目の絶句だろうか。

「一体何を習ってたのよ、あんたは師匠から」

「え、えっと、親父から基礎をちょこっと。親父が死んでからは独学で鍛錬を続けているけど……」

「それにしたって限度はあるわよ! 魔術刻印があるでしょう! それに資料は無かったの?」

「あ、俺は養子だから親父の刻印を受け継いでいないんだ。資料なんてのは親父は残さなかったし」

「えっ? あ、ごめんなさい」

 士郎の答えに、凛は一気にトーンダウンする。聞いてはいけないことを聞いてしまったと、後悔する。

「あ、気にしなくていいぞ、遠坂。俺は親父に助けられて幸せだったと思ってるし」

「で、でも……」

「気にしないで良いって。遠坂って、思った通りやっぱりいい奴だな」

 そう言って士郎はニカリと笑う。

 優等生のイメージは完膚なきまでに破壊されたが、それ以上に今の素顔の遠坂凛には好感が持てる。

「凛、なんで二人でいい感じになっているのですか?」

「う、うるさいわね! ライダー!」

 一方、凛は頬を朱に染める。めまぐるしく表情を変える己が主人に、アーチャーは苦笑いを浮かべながら助け舟を出す。

「凛よ、君の疑問の幾つかはそこの未熟者に投影を使わせれば判るはずだ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。そうだな、そこの包丁の一つでも投影してみろ。他の者も見たいだろう」

 不愉快そうにこちらを睨む士郎を追い詰めるべく、アーチャーは周囲の女性たちに声をかけた。

「そうですね、魔術のことはわかりませんが、シロウの能力には興味があります」

 と、セイバー二号(仮名)。

「わたしも、この頃のシロウの魔術って話しでしか知らないのよね」

 と、バーサーカー。

「たしかに、興味はありますね」

 と、眼鏡を光らせるライダー。ナニカよからぬことを考えているっぽい。

「私はどちらでも」

 と言って、アーチャーを睨むのはセイバー一号(仮名)。アーチャーのこめかみに汗が光る。

「み、皆が言うのなら……

 ──魔術回路、形成」

 何人もの美人の注目を浴びて緊張しながらも、士郎は魔術の行程を開始する。

 自らの背骨に熱く焼けた鉄を貫通させるイメージ……。

「投影、開始──」

 設計図を引き、構造を模倣し、魔力で再現する。

 手に馴染んだ包丁だからだろうか、普段気晴らしにガラクタを作るよりも格段に上手く作れる。

「──投影、完了」

 その手に、台所にあるはずの一本の包丁が握られていた。

「できたぞ……って、どうしたんだ?」

 投影を完了してみれば凛とバーサーカー、さらにはアーチャーまでが顔を青くしていた。

 魔術がわからないライダーやセイバー達は、感心した様子だったが。

「そんなに、俺の魔術は変なのか?」

 理由がわからないのだろう、士郎がきょとんとした表情で問いただす。

「違うわ、それ以前の問題よ……」

 凛が真っ青な顔でアーチャーを睨みつける。

「あなたが夕べ、衛宮君を『魔術師以前の未熟者』って呼んだのはこう言う訳なのね……」

「まあな、過去の自分も同じだったとはいえ、他人として見るとゾッとするな」

「まったくね。話しには聞いていたけど……」

「一体どういうことだ?」

 魔術師達の中で、一人判ってないのは士郎だけだ。

 そんな士郎に、凛は呆れた様子で声をかける。

「あー、もう。衛宮君……いえ、士郎。あんたわたしに弟子入りしなさい。同盟の申し出をしようかと思ってたんだけど、もうそれ以前にあんたみたいなへっぽこ魔術師がいるなんて我慢なら無いわ」

「ちょ、ちょっとまて、どういう意味だよ」

「意訳します。凛は士郎に遠まわしな愛の告白を……」

「違うっ! って、士郎も顔を赤くしないっ!」

 横から茶々を入れるライダーにガントを一発叩き込む。無論、ライダーはひらりと回避したが。

「リン、あなたも顔が真っ赤よ」

「うるさいっ!」

「凛は素直ではありませんから、そんな事だからセイバーに士郎を取られ……」

「って、なんでここで私が出るのですかっ!」

「いえ、二号(仮名)ではなく一号(仮名)の事です」

「もっと意味不明です!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る二号(仮名)に、ライダーが意地悪な笑みを浮かべる。こっそり戦略的撤退をしようとした一号(仮名)は、バーサーカーが捕獲済みだ。

「そうよねー、一号(仮名)とリンったら……」

「い、イリ──!」

「バーサーカーよ。ふふふ、あそこはわたしの領地なんだから、全部お見通しよ」

「い、一体何があったのよっ! あんたらは!」

「興味がありますね」

「二号(仮名)! 未来の事を知るのはっ!」

「こうして対話している以上、私と貴女はすでに別の存在だ。

 別に貴女が誰とどうしようと、とやかく言う気はありません。ただ、私は一人の女性として興味があるだけです」

「ふざけるなっ! 言葉遊びを!」

「あー、いい加減にしないか君達、話しが脱線しているぞ。同盟の件はどうなった?」

 流石に見かねたのか、アーチャーが冷静なツッコミを入れる。幸い、こめかみに流れる一筋の汗は士郎以外は気がつかなかった。

「そうだったわね。

 率直に言うわ。士郎、わたしと同盟を組まない?」

「同盟って?」

「そのままの意味よ。

 ──未来の英霊の召還、二人召還されたセイバーにバーサーカー。さらに監視役である綺礼が何者かに殺害される。ここまでイレギュラー続きだと、もう正常な聖杯戦争が行われるとは思えないわ。あと何人サーヴァントが召喚されているかもわからないし。それなら、味方に出来そうな戦力を集中させて事態に対処した方がよくない?」

 凛の言葉に、士郎は一瞬考え込む。

「だけど、相手を殺すための戦いなんて、俺は付き合わないぞ」

「へえ、それじゃあみすみす殺されるのを待つだけなんだ」

「そうじゃない。自分から殺し合いをする気はないけど、身を守るための戦いなら容赦はしないさ。

 ……人を殺しに来る相手なら、逆に殺されても文句は言えないだろ」

「ふーん、受けに回るんだ。それじゃあ他のマスターが何をしようが傍観するのね。例えば昨日の魔術を使った相手が無差別に人を襲い始めても無視するってワケ」

 その言葉に、士郎は思わず絶句する。

 思い浮かぶのは、一瞬で教会を消滅させたあの大魔術。

 確かにサーヴァント達には大して脅威ではないのかもしれないが、一般人が巻き込まれれば待っているのは確実な死だ。

 だが、巻き込まないように戦えば良いだけだ。

「なんだよそれ。サーヴァント──いや、マスターとサーヴァントは、他のマスターしか襲わないんじゃないのか。町の人たちは無関係だろう」

「でも、現実に関係者ではあってもマスターでない綺礼は殺害されたわよ」

「実はそいつもマスターだったとか……」

「何馬鹿な事言っているのよ。それが当たってたなら鼻からスパゲティを食べてあげるわよ」

「それよりも、一日ネコミミメイド姿というのはどうでしょう」

「猫は好きじゃないけど面白そうね。どうせなら語尾に『にゃん♪』ってつけるのはどう?」

 凛の軽口に、ライダーとバーサーカーが乗ってくる。

「写真撮影でも何でも付き合ってあげるわよ。

 ──衛宮君には言い忘れていたけど、サーヴァントってのは霊なの。とても信じられないってか、信じたくないけど、こいつらはもう完成したものだから今以上の成長は無い。

 けど、燃料である魔力だけは別よ。燃料である魔力が多ければ多いほど生前の特殊能力を自由に行使できるわ」

「魔術を連発できるってことか?」

 士郎の言葉を凛は頷いて肯定する。

「そうよ。けれどサーヴァント達はわたし達みたいに自然から魔力を供給されているわけではない。基本的に、彼らは自分の中だけの魔力で活動する。

 それを補助するのがマスターなんだけど、貴方みたいに半人前のマスターじゃ優れたマスターには敵わないって事になるでしょ?

 その抜け道って言うか、当たり前って言えば当たり前の方法なんだけど、霊であるサーヴァントに同じものを食べさせて栄養を取らせる」

「同じモノって霊体ってことか? けれどなんの霊を食べるっていうんだよ?」

「自然霊は自然そのものから力を汲み取る。なら人間霊であるサーヴァントは、一体何から力を汲み取ると思う?」

「──あ」

 魔術に疎い士郎でも、ここまで言われればさすがに気が付く。

 士郎は思わず周囲のサーヴァントたちを見渡す。

「士郎、リンの言っていることは事実です」

 二号(仮名)が、凛の言葉を肯定する。

「ただ、勘違いしないでください。少なくとも私にそのような事をさせようというのなら、令呪を使って命じてください」

「いや、そういうわけじゃないんだ。

 ごめん、セイバー」

 申し訳なさそうに謝る士郎に、二号(仮名)は苦笑いを浮かべる。

「いえ、私こそ申し訳ありませんでした」

「はいはい、そこ。話を戻すわよ

 士郎もわかったみたいね。どうするの?人殺しはしないっていう士郎は、他のマスターが何をしようが傍観するんだっけ?」

 凛の言葉に、士郎は表情を歪める。ここまで人を追い詰めておいて笑顔で問いただしてくるあたり、性格が歪曲している。クイーンオブいじめっこだ。

「いや、それは……」

「それに、私だってこんな無茶苦茶な事態で殺し合いをしようとは思わない。

 今この家にいるサーヴァントだけで6人、敵として戦ったランサーで7人。教会を吹き飛ばした奴で8人。すでに規定人数を超えているわ。クラスに関しても、やっぱり無茶苦茶。

 もう、ここまで来ると何がなんだかさっぱりわからないわ」

「遠坂はまだサーヴァントがいると?」

「そうね、12人いて全部妹って設定でも驚かないわ」

「それは無いだろう」

「で、どうするの?

 同盟にさらにマスターの知識や魔術の腕も見てあげるという大特価セットよ」

 なにやら、キャッチセールスのようなにこやかな笑みで凛は迫ってくる。

 そもそも、士郎はリンとは戦いたくはない。学校であこがれていたからでは無く、今目の前にいるいじめっこの少女は、学校の優等生である遠坂凛よりも、よっぽど魅力的なのだ。戦わずに済むならそちらの道を選びたい。

 士郎にはもはや選択地など無かった。

「──分かった。その話に乗るよ、遠坂。正直、そうして貰えればすごく助かる」

「決まりね。それじゃ握手しましょ。とりあえず、この異常事態の原因究明までは味方同士ってことで」

「あ……そっか。やっぱりそういう事だよな。仕方ないけど、その方が判りやすいか」

 士郎はそう言うと、差し出された手を握ろうと手を出そうとして……少し戸惑う。

 照れたから……では無い。

 

 凛の手の上に、なにやらあやしげな衣装一式とネコミミが鎮座していたからだ。

 

「なに、これは?」

 キョトンとした顔つきで、これを手渡したライダーに向き直る。

「先ほど凛が言ったじゃないですか『一日ネコミミメイド姿』に語尾は『にゃん♪』で『写真撮影OK』だと」

「なによ、そりゃ言ったけど、綺礼がマスターならでしょう」

 凛の言葉に、アーチャーが沈痛な面持ちで告げるのだった。

「すまん、凛よ。そのまさかで言峰はマスターだった」

 

「なんですってええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 凛の悲鳴が、朝の衛宮邸に木霊するのだった。

 

 

 

続く……出来る限り早く(ぇ

 

 

 

 

おまけ劇場6 ねこりん

 

めいどねこりん「お茶が入りましたにゃん♪ ご主人様」

アーチャー「……」

セイバー一号(仮名)「……」

士郎「……」

セイバー二号(仮名)「……」

バーサーカー「……」

 

凛「言いたいことがあるなら、言いなさいよっ!」

 

ライダー「語尾は『にゃん♪』ですよ、リン」

 

凛「にゃん♪」