とある英霊と魔術師と暗殺者
それは、美しい女性だった。
20をいくつか過ぎたぐらいだろう、赤い髪を短くまとめ男物のスーツに身を包む男装の麗人。
それでいて、スーツを押し上げる胸のふくらみが、女性らしさを主張する。
赤いソファーに深く腰をかけ、白磁のティーカップを可憐な唇を近づける。
そして、紅茶の香りを楽しむ──暇も無く、一瞬で紅茶を飲み干した。
優雅さもへったくれもあったもんじゃない。
「それはそれなりに高価な葉なのだがね、お味はいかがだったかな?」
別にそんな事を指摘する必要は無いのだが、挨拶代わりにアーチャーは声をかける。
一方女性は、突然現れた男に驚きもしない。
「お茶を飲んでいるのですから、お茶の味がするに決まっているでしょう。
不意打ちを仕掛けてくるかと思ったのですが、意外と紳士的なのですね少年」
「最初はそのつもりだったのだがな、君の顔を見て中止したよ。君の切り札は流石に厄介だからな」
「ほう、私の切り札を知っているのですか」
「知り合いですか?」
共に居間に現れた少女──セイバーがアーチャーにたずねる。
「ああ、知り合いといえば知り合いだ。もっとも、彼女の方は初見だろうけどね」
「おや、つれないですね、衛宮士郎。一昨日私を押し倒したのは貴方でしょう」
突如とんでもないことを言う女性に、アーチャーは慌て、セイバーの視線が厳しくなる。
「どういうことですかっ!?」
「ちょ、ちょっとまてっ! 何時会ったと言うんだっ! 私は知らないぞ!」
「アンタやっぱりっ!」
居間になだれ込んできた第三の女性、遠坂凛が己がサーヴァントを問い詰める。
「だから知らないといっているだろっ! それに一昨日といえば君と一日一緒にいただろうがっ!」
「一日一緒にいたとはどういうことですかっ! シロウ!」
「あ、セイバー、それはだな……」
信用度0である。なんか、泣きたくなってきたアーチャーだったがそこは男の子、ぐっと涙をこらえて無表情に女を睨む。
「って、君も何を笑っているっ!」
「いや、すまない。貴方達は中々いい関係を構築しているようですね」
本当に可笑しそうに笑う女に、アーチャーは苦い顔をする。
「ああ、残念ながら良好な関係を築いているようだ」
「全くうらやましい。私のサーヴァントはやたら偉そうなのと怖いのとで対処に困る」
──それは酷い言い様ね、バゼット。
不意に、女の背後の空間が歪む。居間の背後の風景がおかしな具合に歪む。常人ならそれを見ただけで三半規管が狂い吐き気を催すだろう。
何も無い空間からにじみ出るように、フードを目深にかぶった女性が出現する。全身を赤いローブで包んでおり、女性という以外には容姿が全く判らない。
「事実でしょう、キャスター。貴女のマスターになってから苦労の連続だ」
「あら、マスターになる前からじゃなくて?」
敵の目の前だというのに軽口を叩き合うキャスターとバゼット。
一方その現象を一目で見抜いた凛が、驚愕の声を上げる。
「うそっ、空間転移!?」
「こんにちわ、セイバーとセイバーのマスター。それとおまけでアーチャーのマスター」
「キャスターか……」
「おまけってどういうことよ!」
アーチャーが、セイバーが緊張した様子を見せる。
半端な魔法なら無効化できるが、昨夜に見た協会を消し飛ばした攻撃は十分脅威だ。それに、最弱ゆえに策を弄するキャスターがこうして姿を見せた以上、何らかの勝算があるのだろう。
「あら、貴女には用が無いのよ。己の城も守れない未熟な魔術師さん」
「くっ!」
キャスターの嘲りの言葉に、凛は臍を噛む。たしかに、ここまであっさりと侵入されていては言い返す言葉も無い。
「そうそう、それとあと一人紹介するわ」
そんな凛を一瞥すると、キャスターのサーヴァントは優雅な仕草で部屋の一角を指し示す。
「ええ、あともう一人。アサシン……」
部屋の一角に影が凝り固まり、その内より人影が生じる。
こちらも女性だろう、メリハリの利いた女性らしい身体を黒い衣装で包み、仮面でその素顔を隠す。
これも異常だった。姿を見せぬ事が最大の武器であるアサシンが、堂々とその姿を見せたのだ。
彼女の登場に、凛が声を上げる。
「ね、ねえ……」
その声に含まれているのは──恐れ。
凛はかすれるような声で己がサーヴァントに訴える。
「ねえ、あんたらサーヴァントって揃いも揃ってアホでしょう」
きっぱりとアサシンを差して言い切る凛。
人間、信じられないアホに遭遇すると恐怖を感じるんだと、心のどこかで確信する。
そんな凛に、アーチャーが困ったように答えた。
「いや、すごく否定しにくいのは確かだが、一緒にしないでくれ」
「そ、そうです。少なくとも私は真面目です」
セイバーもアーチャーに同意する。
「ひ、酷いです! 人を指してアホ呼ばわりですかっ!」
アサシンのサーヴァントが抗議の声を上げる。
だが……。
「いえ、彼らの言っている事は正しいと思うわ」
味方であるはずのキャスターまで同意する。
無理も無い。
アサシンのかぶっている仮面は、可愛らしい仮面だった。茶褐色の髪の女の子の顔を模した仮面で、材質はセルロイド。たぶん夜店で売っている。
──それは、仮面というよりお面……てか、仮面とは絶対呼ばない。
ちなみに、この場にいるメンバーは誰も知らないが、どっかでカードを集めている小学生魔法少女のお面だった。
この状況でんなもん着けて出てきたら、アホ呼ばわりされても文句は言えない。
「あんた、少しは空気読みなさいよ」
キャスターがアサシンに呆れはてる。
「そ、そんな姉さ……キャスターがいきなり準備しろって言うからっ!」
「それにしたって限度があるわよ」
「いきなりって……」
呆れた口調のアーチャー。
てっきり待ち伏せされていたとばかりに思ったが、どうやらそうではないらしい。
「ふ、ふん。まあ予定がちょっと狂っただけよ。
──ねえ、セイバーのマスター。衛宮士郎君。あなた、私達と同盟を組まない?」
「なにっ!?」
突然の申し出に、アーチャーが眉をひそめる。まさか、突然そのような申し出をされるとは思わなかったのだ。
「あら、悪い申し出ではないと思うわよ。そこのアーチャーのマスターやアーチャーよりはよっぽど役に立つと思うわ」
「なんですってっ!」
凛が怒りの声を上げる。だが、キャスターはそんな凛を面白そうに眺めている。
──落ち着け、凛。
そんな凛に、アーチャーはレイラインを使って呼びかける。
──落ち着いてるわよ。それにしてもムカつく女ね。絶対性格悪いわ、ケチで強欲で人をいたぶるのが大好きに決まってるわよ、アイツ。
──私の知っている女性にそっくりな特徴だな。
──アーチャ、きっとそれは貴方の女運が悪いのよ。
──なるほど、ところで凛、今度君に鏡をプレゼントしたいと考えているのだが、どのような鏡がいいかね?
──そうね、宝石が沢山付いたアンティークなのをお願い……、って、レイラインで何言ってるのよアンタ。
──ふむ、冷静になったようだな。ところで、連中は私を衛宮士郎と勘違いしているようだ。出来うる限り情報を引き出してみる。
──うん、任せるわ。
凛との相談が一段落付くと、アーチャーは横のセイバーと視線を合わせる。言葉は要らない、アーチャーの意図を察したセイバーは小さく頷いた。
「同盟を申し出たいって言うのはどういうことだ、キャスター」
かつての口調を出来る限り思い出しつつ、アーチャーは問いかけた。
「あら、そのままの意味よ。最優と呼ばれるセイバーと戦うにはリスクが大きすぎるわ。まして、わたし達の攻撃じゃ彼女の抗魔力は打ち抜けない」
もっとも、口調から察するに負ける気などは更々無さそうだが。
「ずいぶんと簡単に自分達の弱みを見せるんだな」
「仮にも同盟を申し出るんですから、これくらいの誠意は見せるわ」
自分でも信じていない白々しい口調だ。
知り合いに似たようなのがいたなーと思いつつも、いまいち誰だったか思い出せない。
「だが、聖杯は一つだぞ。同盟を結ぶ意味はあるのか?
──それとも、あんた等は聖杯ををあきらめるって言うのか?」
「それでも良いわよ」
アーチャーの挑発に、キャスターは真顔で答える。
「なにっ!?」
「聖杯……。いえ、同盟を組むのならこの戦争の勝利は貴方達のものだし、戦いで得た物は全て貴方達に差し上げるわ。これでどうかしら?」
「破格の申し出だな……、あんたらの条件は何だ?」
破格……いや、ありえない申し出だった。
ランサーが戦いを欲するように、聖杯ではなく聖杯戦争に付随するナニカを目指すサーヴァントは確かにいる。
しかし、ここまで露骨に聖杯より同盟を優先するなど、ナニカ裏があると見て良いだろう。
明らかに怪しむアーチャーに、キャスターは怒りの感情を滲ませながら答える。
「アーチャーの引渡し……で、どうかしら?」
「ほう……」
それは、遠坂凛に聖杯戦争から降りろといっているのに等しいことだった。そんな彼らの空気を呼んだのか、とって付けた様な提案をキャスターは行う。
「あ、そちらのお嬢さんには私かアサシンがサーヴァントとして付いてあげるわ。何も聖杯戦争から降りろとまでは言わないわ」
「ふうん……」
そんなキャスターに、凛が怒気を滲ませる。
「一つ聞いていいかしら、キャスター」
「なにかしら、遠坂のお嬢さん?」
「教会を吹き飛ばしたのは、貴女達?」
「そうよ。手段は秘密だけど
どうかしら、私達と同盟を組まない?」
──どうする、凛よ。
レイライン越しに伝わってくる凛の怒りに内心冷や汗を流しながら、アーチャーは語りかける。
──いいから、やっちゃって。話しているだけでムカムカしてくるわ。もう、多少の被害もかまわない。
──了解だ、マスター。
アーチャーは自らの内面にある武器を準備しながら、キャスターを睨みつける。
「魅力的な申し出だけど、幾つか問題がある」
「問題?」
選ぶ武器を選定する。セイバーもアーチャーの微妙な様子の違いを感じたのか、いつでも武器を振るえる様に間合いを計る。
「まず第一に、今の私はセイバーのマスターじゃない」
「なっ!?」
キャスターが驚愕の声を上げる。
「第二に、そもそも今の私は衛宮士郎では無い」
「ね、姉さん! その人はっ!」
何かに気が付いたのか、アサシンが叫び声をあげた。
だが、もう遅い。
「第三に、自らの身を明け渡せといわれて素直に従うつもりはない!
――停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)………!!!」
内面で進めていた魔術の構成が完了、27の魔術回路は空中に無数の剣を出現させる。
大した神秘もこもっていない鋼の剣が、3人の女性を襲う。
「────」
「なにっ!」
必殺ではないにしろ、かわす事を許さない攻撃……だったはずだった。しかし、アサシンから伸びた影が盾となり剣の雨を受け止める。
「し、しまった、アサシン、バゼット、引くわよっ!」
影の盾の後ろで、バゼットが慌てて飛びのき、キャスターが何かを振るう。
強力な魔力が一瞬だけ吹き荒れ、次の瞬間には彼女達の姿は消えていた。
「逃げられたか……」
アーチャーの呟きが、破壊された居間に響くのだった。
幕間・赤と紫
「キャスター」
「姉さん」
二人の女性が半眼でキャスターを睨む。
無理も無い。彼女の無駄で無意味な挑発で敵対しないで良い相手に敵として認識されてしまったのだ。
「うっ……」
「どうするんですか、キャスター? 彼らに完璧に敵と認識されたようですが」
「しょ、しょうがないじゃないのっ! てっきり色黒白髪の大男で召喚されるかと思ったら、まさか若い頃の姿で現界するなんて夢にも思わなかったわよっ!」
それは、キャスターが知る弓兵の姿。
しかし、この世界では違う姿で弓兵は召喚されていたのだ。
「はぁ、結局英霊になってもうっかりは直らないんですね、姉さんは。人物認識を誤認させる護符なんて用意するんじゃなかった……」
アサシンが深い深い溜息をつく。
今までに何度彼女のこの性格に振り回されたことか。考えるだけで溜息が出る。
彼女の記憶を頼りに、地下でセイバーにやられた傷を癒しているだろうアーチャーを拉致しにかかったのだが、もぬけの殻。どうせ凛は戻らないんだからと家に陣取れば帰ってくる。
それに、現在の自分達に未来の姿だとばれないようにと、わざわざ誤認の護符まで作ったのも裏目に出てしまった。まさか、英霊であるアーチャーやセイバーまで自分達だとわからなかったとは……ひょっとして宝具クラスの護符になってしまったんじゃないのだろうか?
まったくもって、踏んだり蹴ったりといったところだ。
「と、とにかく別の作戦を考えるわよ!」
やけくそ気味に叫ぶキャスター。
「素直に謝った方が良いんじゃないのですか?」
「私もそう思います……」
バゼットとアサシンは呆れて顔を見合わせる。
彼女達が現在の異常事態に気が付くのは、もう少し後となるのだった。
続く・・・らしい。