とある英霊と朝に来る人

 

 

 襲撃者が去った後も、士郎は呆然と夜の闇から目が離せないでいた。

 襲撃者はもう一人の弓兵。

 衛宮士郎の可能性の一つ、英霊エミヤ。

 そして、二人の弓兵が短い会話で語ったもう一人のアーチャーの目的は、衛宮士郎の抹殺だった。

「な、なんなんだよ……」

 無意識に呟きが漏れる。怒りとも恐れとも取れる呟き。

「この程度で怖気づくのなら聖杯戦争から降りるのだな」

「なんだとっ!」

 アーチャーの何時もの皮肉に、怒気を込めて反応する。

 そんな士郎に、アーチャーはさらに皮肉を込めて笑う。

「ふん、あの程度で怖気ずくとは貴様らしく無い。能力も才能も深慮も何も無い愚者ではあるが、衛宮士郎は臆病者でだけはなかったはず。

 それとも貴様は唯一の取り柄たる蛮勇すらない真なる役立たずだと言うのか? それなら、我がマスターやセイバーにとって有害なだけであるから、ここで根性を叩きなおしてやろう」

「ふざけんなっ! お前みたいに性格がねじくれ曲がった奴よりはマシだ!」

 この男の皮肉を聞いていると、恐れていた自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「そう思うなら、まずはその真っ青な顔を何とかしろ。あと少しでセイバー達が来る、無駄な心配を彼女達にかけるな」

 そう言われると辛かった。こいつに醜態を見られている事も口惜しいし、なにより彼女達に心配をかけたくないのも事実だ。

 士郎は自分の心身に気合を入れなおすと、傍らでつまらなそうに橋の先を見つめるアーチャーに礼の言葉を述べる。

「ありがとう、アーチャー。助かったよ」

 その言葉に、アーチャーは驚いた表情を浮かべた。

「戦いに巻き込んだ私に礼を言うか?」

「いや、でも最初の狙撃でアーチャーは俺を庇ってあの楯を使ったんだろう?」

「そう言う事なら、礼は受けておこう」

 まさか、衛宮士郎がアーチャーに礼の言葉を言うとは。弓兵は内心苦笑する。

「なあ、質問していいか?」

「セイバーや凛が到着するまでなら、気が向いたら答えてやろう」

 いつも通りのぶっきらぼうな口調だったが、何故だか前よりも柔らかくなったような気がする。

「あいつは……、あんたが俺だった時に遭遇したアーチャーなのか?」

「ああ、その通りだ。本来なら私もあの姿で現界するはずだったのだがな、いったい何処をどう間違ってこの姿で召還されたのか」

 せっかく背が伸びたのに、アーチャーは内心ぼやく。

「つまり、背は伸びるのか……」

 そんなアーチャーのくだらないぼやきに、リンクしたような独り言を士郎は口にした。

「さてな。貴様の可能性が何処に繋がっているのか分からん以上、背が伸びないかも知れんぞ。

 そもそも、貴様はこの聖杯戦争において死ぬ未来の方が圧倒的に多いのだからな」

 八つ当たり気味のアーチャーの言葉に、士郎は憮然とした表情をする。

「なんだよ、それはっ! お前こそ実は背が伸びなかった衛宮士郎なんじゃないのか!?」

「ふっ、勝手に思うが良い。私は自らの到達する場所を知っているが、貴様は何処に到達するか、何処までいけるか今だ未知数だ。せいぜい不安に身をよじるがいい」

 言葉だけだったらそれなりに真面目だが、内容は限りなくくだらない。

「で、本題は何だ衛宮士郎。私とくだらない会話を楽しもうと言うわけではあるまい。もうそれほど時間はないぞ」

 セイバー達の気配がドンドンと近づいてくる。あと1分もすれば到着するだろう。

 アーチャーに促され、士郎は軽口を叩くのを止めた。

「あいつの目的は、俺の抹殺なのか……?」

「理由は知らぬが、そのようだな」

「知らなかったとしても、気がついたんじゃないのか?」

 視線は合わせない。表情も見ない。

「さてな。気がついたとしても貴様に教える理由は無い、知りたければ自分で悟るか奴から聞け」

 答える気は無いと言う事だろう。だが、表情を見ないでもアーチャーの怒気が伝わってくる。

「最後にもう一つ教えてくれ。お前の目的はなんだ?」

「私の目的も貴様の抹殺だと言ったらどうする?」

「それは無いな」

 このアーチャーの目的が、士郎の抹殺だとは思えない。

 これまでにもチャンスはいくらでもあったはずだし、それならば先ほどのもう一人のアーチャーの行動を妨害しなければ良いだけの話しだ。

「さてな、私の何を求めてこの時代に来たのだろうな……」

 アーチャーの声が、空虚に響いた。

 

 

「シロウ! 無事ですかっ!」

 二人の剣の英霊が、自らの主と恋人を見つけ駆け寄ってくる。

 今の士郎やアーチャーのいる位置からは、どちらが叫んだのか、どちらのシロウを心配したのかは今一わからないけど。

「セイバー達だけか?」

「あとの3人ももうすぐ来ます。リンの着替えが」

「ああ、なるほど」

 一瞬で軍装を魔力で編み上げられるサーヴァントと違って、生身の凛はそういうわけにはいかない。まさか、パジャマで夜の町を駆けるわけにはいかないだろう。

「ところで、怪我はありませんか?」

「ああ、残念な事にこの小僧は無事だ」

「シロウ……あ、いや、アーチャー。そういった言い方は良くないと思いま……うわわっ、いきなり何をするんですかっ、し、シロウ!」

 セイバー一号(仮名)が、眉をひそめお説教を開始しようとするが、突如アーチャーはセイバーを抱きしめた。

「うわっ!」

「おおっ!」

 突如行われた並行存在の熱烈な抱擁に、士郎と二号(仮名)の顔が耳まで真っ赤になる。

「すまんな、セイバー」

 時間にしてほんの僅かだった。アーチャーは毒気を抜かれた様子のセイバーに謝罪の言葉を述べた。

「い、いえ。いいのですが突然は……」

 真っ赤になってごにょごにょと言葉にならない言葉を発するセイバー一号(仮名)。その様子は愛らしく、普段の凛とした姿とはまったく違う。

 そんな並行存在の様子に、二号(仮名)が呆れる。

 これ以上は見ていられないとばかりに、話題を変える。

「ところでアーチャー。襲ってきたのはどのサーヴァントでしたか? それに、なんでシロウを連れて飛び出したのですか?」

 回答次第では、只では済まさない。目がそう言っている。

 そういえば、出会ったばかりのころのセイバー一号(仮名)も、こんな調子で真面目一辺倒だった。

「その点も含めて、凛達が到着してからで良いだろう。二度手間になるし、もうすぐ到着……」

 アーチャーがそう言って視線で橋の一方を指し示す。

 

「・・・たぁ・・・けぇ・・・・・てぇぁぁ・・・・・・」

「ご・・・・・・びぃ・・・・・はぁ・・・・・・・・・」

「にゃん♪」

 

 黒いなにやらよくわからない固まりが、ドップラー効果を残して目の前を通過していった。

 自転車とは思えない無茶苦茶な速度、韋駄天ジャンプだ。

 悲鳴を上げていた人物には、えらく見覚えがある気が……。「にゃん」の一言だけが、妙に耳に残る。

 シリアスは一話続かないのねと、心の中で涙する。

 

「自転車の三人乗りは警官に注意されるぞ……」

 

 4人のうち誰かが、ポツリと呟く。

 なんだか、これ以上アレには触れてはいけない、そんな気がヒシヒシとする。

 無言のうちに、彼らは帰宅するのだった。

 

 

 で、結局、凛達が帰ってきたのは朝になってからだった。

 

「──、し、死ぬかとおもったにゃん……」

「ま、まったくね……」

 ネコミミメイドのままの凛とバーサーカーが、居間のちゃぶ台に突っ伏して伸びている。

 なんでも自転車で高速の料金所を強行突破、京都に入り、そのままコンビニで生八つ橋を購入、再度冬木に戻ってきたらしい。

 てか、何しにでてきたんだ。

「まったく、だらしないですね」

 一人ぴんぴんしているのはライダーだ。凛とバーサーカーは怒る気力も無いらしい。

「しかし、よく戻ってこれたな」

 ピントのずれた感心の仕方をしているのは、士郎だ。というか、どうやらあまりの事態に脳がマヒしているらしい。

「はい、埼玉県の地図を常備していますから、世界のどこに行ってもばっちりです」

「どこの究極超人だ、お前は」

「少々ネタが古いですね。でも、私の頭文字もRですし問題無いかと」

「大有りだ」

 横で八つ橋を頬張るセイバー達にお茶を継ぎ足しながら、アーチャーがツッコミを入れる。

「今日から君の食事はご飯だけにするぞ」

「そんなっ! それでは足りない分は士郎で補えと!」

「私はかまわんが……」

「かまえよっ!」

 投げやりに答えるアーチャーに、士郎が抗議の声をあげる。

「おや、士郎はこういうのは嫌いですか?」

 ライダーはそう言うと、士郎の腕に抱きつく。豊かな双丘が士郎の二の腕になんともいえない心地よい刺激を与える。

「うおおっ!」

 思わず奇声を発する士郎。凛と二号(仮名)の視線が突き刺さる。

「シロウあなたは私より他のサーヴァントのほうが良いと言うのですか」

「ふーん、士郎はそういうのが好みなんだにゃん」

 絶対零度の少女達の声が居間に響き渡る。

「そ、そ、それは・・・」

 なんとか必死に声をだそうとするが、腕に感じる柔らかな感触のおかげで思考がまとまらない。

「アーチャー!」

 思わず、未来の自分に助けを求め……居なかった。

 耳を澄ませば、台所が声が。

 

「ふむ、大した材料は無いがセイバー、何が食べたい?」

「シロウが作るものなら何でも」

「あ、私甘い玉子焼きが良いなー」

「それは確かに美味しそうです」

 

 いつの間にかアーチャー、セイバー一号(仮名)、バーサーカーは戦略的撤退を完了させている。

「────!」

 声にならない叫び声を上げる士郎。だが、もはや彼を助ける者など居間にはいない。

 腕に感じるやわらかさと、少女達の絶対零度を超えた視線が士郎を苛む。

 士郎の命はあとわずか、その時だった。

 

 ピンポーン

 

 来客を告げる、呼び鈴が玄関より聞こえてくる。

「来客にゃん。見てくる」

 そう言うと、凛は立ち上がり居間から出て行く。

 助かった……、士郎が安堵の溜息を内心つく。一人減るだけでも大違いだ。

 この時間に来るのは桜だろう。

 何時もは呼び鈴なんて押さないでいい、家族みたいなもんだからそんな事しなくていいと言っているのだが、今日だけは助かった。

 凛の退場に、居間に充満していた冷たい空気が少しずつ霧散していく。

「いいのか、衛宮士郎」

 台所に戦略的撤退をしていたアーチャーが今に戻って来た。

「いいって、なにがさ?」

 士郎の言葉に、アーチャーが盛大な溜息をつく。

「凛と桜を合わせてしまっていいのかと、聞いているのだ」

 その一言に、今までの危機よりも更にまずい事態になりつつあることに士郎は気がつく。

 ばね仕掛けの人形のように飛び上がると、一気に居間を出て廊下を走る。

 自分の間抜けさを叱るのは後だ。

 とにかく、今は凛と桜が顔をあわせるのを阻止しないとならない。二人が顔を合わす前に今日は桜に帰ってもらわないと……。

 

 

 間桐桜は混乱していた。

 

 衛宮士郎──密かに思いを寄せる先輩の家に通うのは、桜の日課だった。

 心配事はいくつもあったが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて士郎の家の門をくぐった。

 チャイムを鳴らす。

 これも何時も通り。

 先輩は家族同然なんだからチャイムを鳴らす必要は無いと言ってくれるけど、これは桜にとって大切な儀式だ。

 ドキドキしている自分を静める──■■■の自分を隠す──、大切な儀式だ。

 チャイムを鳴らし終わった時、きっといつもの“後輩”になれている。でも、何時かは後輩じゃない、特別な存在になれれば……。

 先輩は出てこない。

 当たり前だ、自分は合鍵を持っているのだから、出て来る必要は無い。

 ちょっと不満だけど、仕方ない。

 自分で鍵を開けて──。

「おじゃまし──」

 言葉が途切れる。

 そこに居たのは学園のアイドル、遠坂凛であった。

 成績優秀、文武両道、容姿端麗、魑魅魍魎──そんな四文字熟語がよく似合う学園のアイドル。

 そして、桜にとっては彼女は特別な存在だった。

 誰にも言えないけど、遠坂凛は桜のたった一人の実の■。

 自慢の■。

 誰にも言えないけど、何時も遠くから彼女の事を見ていた。

 その人が、なぜ先輩の家から出てくるの?

 

 いや、この際そんな事はどうでもいい。

 

 あの白と黒の服は何?

 あの、頭に鎮座する動物の耳は何?

 それに……。

 

「おはよう、間桐さん。こんな所で顔をあわせるなんて意外だったにゃん?」

 

 あの喋り方は何?

 

 じわりと涙がにじみ出る。

 あの人は自慢の■。

 あの人は私と違い優秀な■。

 いつかきっと、■さんと呼びたい……。

 

 抱いていた幻想が、巨大なトンカチで殴られ、『ひかりとなれえええええ!』と消えていく。

 背後から、先輩が二人ほど慌てて飛び出してくる。

 何やら見慣れない人や、■■■■が飛び出してくる。

 でも、そんな事はどうでもいい。

 もう、どうでもいい……。

 

「ご、ごめんなさい……」

「えっ?」

 

 口から出たのは謝罪の言葉。

 桜は気が付くと踵を返して、叫びを上げて駆け出していた。

 

「姉さんが壊れちゃったああああああああああああああああ!」

 

「なにがよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 思わず叫びかえし、追いかける凛。

 

「とりあえず、その格好は着替えるべきだと思うが……」

 アーチャーが、沈痛な面持ちでツッコミを入れるのだった。

 

 

続く・・・のです。

 

 

 

幕間・槍兵の苦難

 

 

 まったく、ついていない。

 ランサーはすり鉢状に抉れた教会の跡地を見ながら、小声で呟いた。

 時刻は深夜。昼にはうじゃうじゃいた警察や報道陣もすでにいない。静寂のみが丘の上を覆う。

 

 英霊が現界できるチャンスなどそう無い。運良く現界できても、その時は何らかの使命がある事が常だし、必ずしも戦えるとは限らない。

 そういった意味では、今回の現界は僥倖だった。

 

──これで、死力を尽くした戦いを楽しめる。

 

 クーフーリンの魂は、歓喜に震え上がった。さらに幸運だったのは、マスターがいい女だった事だ。やや堅苦しいところはあったが、それはそれで彼女の魅力だ。からかうのも面白い。

 彼女に勝利の一つでも捧げてやろうかと、大いに乗り気になったものだ。

 

 しかし、運が良かったのはここまでだった。

 

 僅かな油断だった。

 マスターだった女性は監視役の神父の不意打ちに倒れ、意にそぐわない主替えに同意させられた。

 いざ押し付けられた命令は偵察任務。しかも、手加減して全員と戦い生還しろなどと、下らない使い走り。

 そのマスターである神父も、何者かの不意打ちの前に倒れた。

 死体を確認したわけではないが、この惨状で生き延びているとは思えない。なにより、昨日の深夜よりマスターからの魔力供給が止まっている。

 あの神父が死ぬのは歓迎するが、だからと言って自らの望みを果せないのは口惜しい。

 もってあと1時間、自分は現世から消えてしまうだろう。

「まったく、ついていねえな……」

 ランサーは再度呟く。あと僅かで消えてしまうのなら、死力を尽くした戦いを楽しみたい。

 しかしながら、クソったれな令呪の縛りは今だ有効だった。初見の相手には全力では戦えない。

「と、なると。あの陰険野郎かハラペコの嬢ちゃん達か……」

 何故だか知らないが、今回の聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントと交戦がほとんど出来ないでいた。やる気があるのか無いのか、微妙な連中までいる始末だ。

「あの、マスターの嬢ちゃんと会うのも面白いかもしれないが、やっぱり戦うのならハラペコの嬢ちゃんだな」

 そう決断すると、行動は早かった。

 教会の跡地を越え、新都に入る。

 ビルの合間を、上を駆け抜ける。常人には捉えることの出来ぬ動き。

 中央公園に入った、その時だった。

「爆音? 誰かがはじめたのか?」

 常人には聞こえない、遥か遠くの轟音。だが、ランサーの耳には届いていた。

 思わず立ち止まる。そちらに行ってみるべきかどうか、僅かな時間だが悩む。

 

 それが、運命の分かれ道だった。

 

 突如、足に何かが絡む。すさまじい力で締め付ける。

「ちっ、なんだっ!?」

 慌てて槍を出そうとした手も、何かが絡みつく。全身を何かが締め付ける。

 これで終わりか。ランサーの心に焦りが浮ぶ。

 闇の中より、襲撃者の声がランサーの耳を打つ。

 

「ふぃーっしゅ!」

 

 それは、地獄の使者の声。

 極悪非道の襲撃者の勝利宣言。

 てか、それは使い方が違うだろうというツッコミはスルーだ。

 赤い布に包まれながら、ランサーは己が不幸を呪うのだった。

 

 もっとも、後になってこの認識が間違っていた事にランサーは気がつく。

 この程度、これから始まる苦難の序章に過ぎなかったのだ。