とある英霊と学園地獄
遠坂凛は朝が弱い。
何故弱いかと尋ねられても、困るのだがとにかく弱い。
魔術の研究での夜更かし、血の抜きすぎで血圧が低い、血筋……etc。色々と理由は考えられるのだが、どれもこれも正解とは言いにくい。悪癖だと自覚はあるのだが、直そうとも思えないし直せたためしも無い。
そして今朝も、幽鬼のごとく衛宮邸の居間に姿を現した。
「うー……、おはよう……」
あっちにふらふら、こっちにふらふら、方向が定まらない。半眼で濁った目は、何も写さない。制服に着替えていることが奇跡だ。
たぶん、学園の男子生徒が今の彼女を見れば、10人中9人はショックで朝ごはんを食べられなくなるだろう。
まあ、当の凛は、そんな事を気にする余裕は今は無いだろうけど。
トーストが焼ける香ばしい匂いも、ハムエッグの美味しそうな匂いも脳には届いていないらしい。
一人朝食の準備をしている桜と視線が合う。
あまりの凛の醜態に、桜の目がまんまるになる。
凛は何か言おうとして……、やめた。
昨夜は覚悟を決めたはずなのに、いまいち踏ん切りがつかない。頭が寝ぼけてるせいかもしれない。
「あーう、桜……ぎゅーにゅー、ある?」
ふらふらと、おかしなイントネーションで台所にもぐり……こもうとして柱に頭をぶつけてひっくり返る。
まるで酔っ払った猫だ。
まぁ、猫はもっと可愛い、今の凛はどちらかといえばホラーだ。
さすがに見かねたのか、桜が慌てて凛に手を貸す。
──しっかりしてください、姉さん。
「えっ?」
一瞬、自分の聞いた言葉が信じられず、凛は傍らの年下の少女に目を向ける。
遠い過去に分かれた。もう呼ばれることが無いだろう、呼び名。
まじまじと見つめる。
「ど、どうしました……遠坂先輩?」
「え、あ、うんうん。なんでもないわ」
ただの、聞き違え……だろう。
いくら寝ぼけていたとはいえ、願望を現実に投影して聞き間違えるなんて恥ずかしい。
いや、いつかちゃんと……。
もう一度、桜の顔を見る。
内気な少女だ、見つめられて真っ赤になっている。
「あ、あの……、遠坂先輩。私の顔に何か?」
「口元にポタージュがちょっと」
凛の指摘に、桜はキャッと小さく叫ぶと、服の裾で口元を拭こうとする。
「制服の裾で吹いたら、汚れて大変よ。はい……」
凛は慌てて止めると、ポケットからハンカチを取り出し桜の口元を拭いた。
小さな妹の口元を吹いてあげる姉のような、微笑ましい光景。
そう、まだ──“ような”だ。
まだ、戻っていない。
「あー、ごめん。ちょっと寝ぼけているみたいだから、顔を洗ってくるわ」
凛はそう言うと、踵を反し洗面所へと向かった。
真っ赤になっている顔を見られたくないという、いじっぱり。
だから、桜の小さな小さな独り言は聞こえなかった。
──ごめんなさい、姉さん。 今度はちゃんと呼べるようになるから……。
この二人が、真の意味で面と向かって話せるようになるには、もう少々時間がかかりそうだ。
屋根の上で、誰かがそっと溜息を付いた。
凛が部屋を出たすぐ後に、アーチャーと士郎が居間に入ってくる。
士郎は偶然。アーチャーはタイミングを見計らって。
「おはよう、桜。って、昨日倒れたばかりなのに、なに料理なんてしているんだよ!」
台所で料理をしている桜に、士郎は慌てて止めに入る。
「いえ、いいんです。貧血で倒れたっていっても、今はなんともありませんから」
昨日目覚めた桜に言って聞かせた言い訳。桜はそれを真に受けているようだと士郎は慌てた。とはいえ、本当は心臓を貫かれたなんて教えるわけにも行かない。
「でも病み上がりだろう。後は俺が準備するから」
「で、でも……」
「衛宮様、そう仰られる気持ちもわかりますが、すでに桜様は朝餉の準備を終えておられるようですが」
アーチャーが桜に援護射撃をする。
慇懃な執事口調だ。
士郎がむっとした表情でアーチャーを睨むが、アーチャーはそ知らぬ顔で桜の料理を覗き見る。
「おっ、これは中々の出来。しかし衛宮様ではありませんが病み上がりの桜様に朝餉の準備をさせてしまっては執事としての恥。給仕は私めが行いますので、桜様はテーブルでお休みを」
「え、で、でも……」
「いえ、このすばらしい朝食のお礼に、是非私に紅茶を振舞わせてくださいませ。
いまだ未熟ながら、本場の英国で修業をした身。決して落胆はさせませぬので」
そう言うとアーチャーは、桜だけに見えるように軽くウインクをする。
「そ、それならアーチャーさんにお願いしてよろしいですか? えっとお皿は……」
「お任せてください、桜様。昨日のうちにこの家の間取り、食器類、すべて把握しておりますので」
まあ、元は自分の家だから当たり前だけどと、密かに思う士郎だった。
というよりも、いつの間にかこの二人は仲良くなったのだろうかと、目を白黒させる。
「あ、それなら俺も」
「いえ、衛宮様もテーブルでお待ちください。
なれない方が下手にうろつかれると、かえって準備が遅くなります」
「なれないわけ無いだろう。此処は俺の家だっ!」
「おお、忘れておりました。お客人である桜様が料理をしていたので、つい」
爽やかな執事口調で嫌味を飛ばすアーチャーに、士郎は苦い顔をし、桜はこまっておろおろとする。
「わざとだろ、お前っ!」
「さて? それならば、衛宮様は朝餉の支度を。私めはお茶の準備をいたしますので。桜様は、テーブルでお待ちを」
そう言うとアーチャーは桜を強引に座らせ、台所でお茶の準備を始めた。
「お、おいっ!」
慌てて後を追う士郎に、桜はくすりと微笑んだ。
嫌味の応酬(性格にはアーチャーが一方的に嫌味を言う)ではあるが、まるで仲の良い兄弟のように見えたのだ。
もっとも、そう言われると当人達は全力で否定するだろうけど。
「おい、アーチャー」
「なんだ、未熟者」
「お前紅茶なんて入れられるのかよ?」
少なくとも衛宮士郎にそのようなスキルは無いし、彼は日本茶党だ。
「貴様の数倍は上手く入れられる。おっと、これは間違いだな。0を何倍しても0であったか」
「なんだとっ!」
やっぱり、仲が悪いだけかもしれない。
朝食が済んで、後片付けに入った。
「先輩、アーチャーさん、本当にいいんですか? 後片付け、任せてしまって」
「ああ、それくらいはやっておく。それより桜、本当に部活行くのか? 昨日の今日だし、顧問の藤ねえも昨日倒れたって知ってるんだから」
今日は顔を出してはいないが、昨晩は桜が倒れたと知って大変だったりもした。セイバーたちが藤ねえを取り押さえたけど。
「いえ、ちょっと倒れただけですし……副部長の兄さんもいないですから……」
桜の兄の慎二は数日前から行方不明だった。もっとも、遊び好きの慎二が連絡も取らずに数日間行方をくらますのは今回が初めてではないので、あまり心配されていないが。
「それなら、当家の使用人を一人送り迎えにつけましょうか?」
居間でお茶の香りを楽しんでいたバーサーカーが、桜に声をかける。
「え、でも、悪いですし……」
「大丈夫ですよ、サクラさん。ライダー、悪いけどサクラさんをお願いね」
「はい、任せてください」
「え? でも……」
躊躇する桜。
「いえ、それが私の役目ですから。それよりも時間は大丈夫なのですか?」
ライダーの言葉に時計を見ると、そろそろ出ないとまずい時間だ。
「あっ、いけない。でも……」
「心配しなくて大丈夫だから、それより桜は自分の体のことを心配しなさい。学校でも貧血で倒れたら大変でしょう」
「は、はい。それじゃお先に失礼しますね。先輩」
そう言うと、桜は居間にいる面々にお辞儀をしてから、ライダーを伴って早足で居間を後にする。
「ねえ、アーチャー」
桜を見送った凛が、台所で食器を洗うアーチャーに声をかける。
「どうした、凛?」
「ライダーに送り迎えさせて大丈夫なの?」
凛の脳裏によぎるのは、オートバイと自転車の恐怖。
「ああ、大丈夫だ。君相手ならともかく桜相手にはライダーも無茶はしないだろう」
「そうね、サクラはリンほどギャグキャラじゃないから」
「どういう意味よっ!」
バーサーカーの軽口に、凛が怒鳴り返す。もっとも、本気で怒っているようではないが。
「護衛に関しても大丈夫だろう。彼女もサーヴァント……いや、英霊だ。自らの望みを、守るべき存在を違える事はあるまい。それに、ああ見えても……まぁ、心配しなくていい」
「沈黙が気になるわね」
「彼女もサーヴァントです。生半可な魔術師では手も足もでないでしょうし、最悪サクラを連れて離脱すればいい。その意味でも彼女は適任だ」
セイバー一号がかつての戦いを思い出して、アーチャーの言葉に補足する。
「そっか、ライダーなんだから乗り物があるか。でも、自転車やバイクじゃないわよね」
「なんだよ、それは」
凛の言葉に、士郎が呆れる。
「安心しろ、アレは彼女が遊んでいるだけだ。真剣な時の彼女はちょっと怖いぞ」
「そうなのですか?」
疑問の声を上げるのはセイバー二号だ。彼女はライダーがふざけている姿しか知らない。
「ええ。あの時は危うく私もやられるところだった……」
思い出すのは深夜の戦い。士郎──アーチャーの判断ミスがあったとはいえ、あの宝具の力はちょっとした脅威、今思い出せば冷や汗ものだった。
「でも、よく今まで非協力的だったライダーが協力する気になったわね」
探るような口調の凛に、アーチャーはとぼけた口調で答える。
「さてな、彼女には彼女の何か思うところがあるのだろう」
「ふーん」
とぼけるアーチャーに凛はそれ以上追求しなかった。
だから、アーチャーも何も言わない。それに、言うとしたら彼女の役目だ、勝手に言っていいことではない。
「しかし、貴方達の間じゃ聖杯戦争にはならないわね。互いに手の内がバレまくっているみたいだし」
凛はアーチャーから視線をそらすと、テレビをつけながらサーヴァント達に呆れ半分の声をかけた。
通常の聖杯戦争は互いの手の内の読み合いになる。通常の英雄はその正体はそのまま弱点の判明につながるからだ。大英雄アキレスならアキレス腱が、不死身のジークフリートなら背中の一点がそのまま弱点になる。英雄は英雄の証たる宝具と弱点がセットとなのだ
故に、聖杯戦争では互いに真名を隠しクラス名で呼び合う。
しかし、この連中ときたらセイバー二号を除き互いの真名も宝具も知っているのだ。しかも、やはり二号を除いて誰も聖杯を求めていないときている。
聖杯戦争の理を無視するにも程がある。
「まったく、無茶苦茶ね……」
「安心しろ、凛。この中で一番無茶苦茶をやるのは君とそこの未熟者だ」
「どういう意味よ」
「ふっ、いずれ判る」
訂正。更に無茶苦茶なのは一方的にこいつらは凛や士郎の事を熟知しているのだ。そのくせ、こっちに悪意が欠片も無いものだから、やりにくいったらありゃしない。
「ところで、凛と未熟者の護衛は私がやるが、セイバー達は家で待機でいいのかね?」
「それでいいわ。教会爆破事件以外めぼしい事件は無いわね」
テレビから流れるニュースは、ごくごく普通の事件事故ばかり。冬木に起きている事件で魔術の匂いがする事件は教会の一件以外全く無かった。
「そういえば、凛。教会の一件はどこかに連絡したのか?」
「協会にはちゃんと連絡しておいたわ。教会にも連絡は行っているはずよ」
監視役が消滅したのだ。参加者としては無視したいが、この地の管理者としては無視をするわけにはいかない。
「と、すると更に厄介ね。どっちかからの横槍が入る可能性もあるわ」
バーサーカーの言葉に、凛の表情も暗くなる。わかっていないのは士郎とセイバー達だけだ。
「どういう事だよ?」
「協会は魔術の隠匿。教会は……この町にかかわるとしたら聖杯の奪取かしら……。そのためには、町の一つや二つぐらい平気で消しかねない連中だって事よ」
凛が苦々しい口調で説明する。凛とて魔術師、覚悟が無いわけではないが、自らの管理地、しかも知人や思い出が詰まったこの町を簡単に切り捨てられるほど人間を止めている訳ではない。
「どっちにしろ、何らかの介入がある前に解決をしたいわね」
そう言うと、凛は立ち上がった。そろそろ学園に向かう時間だった。
まあ、だからって衛宮士郎や遠坂凛の学園生活に大きな変化があるわけではなかった。
例によって藤ねえは暴れ、授業は滞りなく進む。
時刻は進み昼休みになる。
凛より、昼休みを含め長く空いている時間は出来うる限り合流するようにと、その場合は屋上にとの指示を受けていた。
その方針に士郎は賛成だった。
暖かい季節ならまだしも、寒い今の季節なら幸い屋上に出てくる物好きな生徒はまずいない。襲撃者があったとしても、無関係な生徒が巻き込まれる可能性が低くなるのだ。
すでに正規数の全サーヴァントとマスターの情報は互いに知るところになっているとはいえ、あと何体サーヴァントがいるか判らない以上は、出来うる限り無関係の者が巻き込まれるリスクは減らしたい。
桜に関しては気になるが、ライダーが常時護衛をするらしい。
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、不意に士郎を呼び止める声がした。
「先輩」
それは、聞き覚えの無い声だった。校内では(当人は無自覚だが)それなりの有名人の士郎だが、実は交友範囲は広くない。ごく一部の友人達以外は、人と深く付き合おうとしないのだ。
まして、他学年で士郎を呼び止めるのなど桜くらいだが、呼び止めた声は桜の声ではなかった。
「えっと、君は?」
声の主は、士郎の知らぬ女生徒だった。ウエーブのかかった銀色の髪、くすんだ金色の瞳。身長はかなり小柄で……、どこか聖人めいた、整った容姿をしている。遠坂凛や間桐桜に負けないかなりの美少女だ。
どこか儚げな表情で、こちらを見上げてくる様は、非常に可憐。
穂群原学園の制服に身を包んでいる以上はこの学園の生徒なのだろうが、はて、士郎には彼女に関する記憶が無かった。これほどの美少女なら名前を知らないまでも姿ぐらいなら記憶にありそうだが……。
「衛宮先輩……、まさか、まだ人の名前を覚えていないんですか?」
少女が、不安げに、そしてちょっと怒りを込めて士郎を見上げる。
その瞬間、士郎の脳裏に彼女に関する情報が浮かび上がる。
彼女の名前はカレン・オルテンシア、海外からの留学生で穂群原学園の一年生。夏前だったか、ちょっとした事件に巻き込まれた彼女を士郎が助けて以来の付き合い。普段は生徒会室などで昼食をとることが多い士郎だったが、時々彼女と一緒に昼食をとる……。生徒会室へと誘ったこともあるが、寺の息子でもある生徒会長の柳洞一成が苦手なのか寄り付かなかった。可愛い容姿をしているがあまり人付き合いは無い……。
「あー、悪い悪い、カレン。ちょっと昨日今日とドタバタしていてボーっとしていたみたいだ」
さすがに、知り合いにド忘れされたなんていうと気分を害するだろう。士郎は素直に謝罪をした。
「いえ、いいんです。昨日休んで心配しましたよ先輩」
じっと瞳を見つめるカレンに、士郎はどきまぎしながら答える。
彼女は、本当に美しい容姿をしているのだ。
「ああ、ごめんごめん。桜が昨日突然倒れて」
彼女と桜は、知り合いではない。名前ぐらいは知っているかもしれないが、士郎の知る限り交友関係は無い。とはいえ、カレンも桜が士郎の家に通っていることだけは何故か知っている。
「間桐さんがですか?」
じっと士郎を見つめるカレンに、士郎は無意味に警戒心を抱きながらしどろもどろに答える。
「あ、ああ。そ、それで遠坂と一緒に桜の看病して……」
あっさりと地雷を踏み抜く士郎。危機管理能力が欠片も無い。
「そうですか、遠坂先輩と……」
ニヤリ……とすら見えるような表情でシロウを見上げる。凛は学園の有名人だから、カレンが知っていてもおかしくない。
しかし、かなり怖い。
何で俺の周りにいる女の人はこーいう怖い人ばかりなんだと、士郎は内心涙した。
「先輩……」
「は、はい」
なんというか、すごく怖い。昨日の桜よりも怖い。
本能かなにか判らないが、耳元で『わりーことは言わねえ。坊主、早く逃げろ』と訴える声が聞こえる。
むろん、側には自分とカレンしかいないのだから、声なんかが聞こえるはずが無いのだが。
「先輩……今日はお昼一緒にどうですか?」
カレンは、見た者を瞬時に恋に落とさせそうなとろける様な笑みを士郎に向ける。
士郎の中の警報装置が最大限に警報を鳴らす。耳元の声も『早く逃げろ、坊主。不幸になりたいのかっ!』と、若干焦っているような気がする。
だが、士郎が亡き養父よりもたらされた教示が、それを許さない。女の子に優しくするというのが、衛宮切嗣の教え。
「ああ、わかった」
だから、士郎は頷いてしまった。
地獄の一丁目だと本能で悟りながらも、耳元で『お前、これから苦労するぜ、坊主……』というえらく同情的な声を聞きながらも、士郎はドナドナの子牛ごとくカレンに引っ張られていった。
背後で、2年の男子生徒の『何で衛宮ばっかり、1年のかわいい女の子を独占するんだっ!』という怒号を聞きながら、士郎は死刑台にまた一歩足を踏み出すのだった。
カレンに引っ張られていったのは、人気の無い雑木林だった。
はっきりいって、甘酸っぱいロマンを期待するにはやや寒々しく、ちょっぴり18禁な展開を期待するには十分な……。てか、こんなところにカレンのような美少女と二人で来ると、普通は青少年にふさわしい事柄を想像するはずなのだが、なぜだか今の士郎に感じるのは命にかかわるほどの危機感だ。
それも、一昨日のランサーやもう一人のアーチャーに襲われた時のような危機感ではない。あえて言うなら、凛が怒り狂った時に感じる危機感。
「な、なあカレン」
「なんですか、先輩」
「いや、昼を食べるのにこんな寒い所に来るのはどうかと思うぞ」
士郎の言葉に、カレンはいぢめっこのような表情を浮かべる。
「間桐さんが倒れた時、遠坂先輩も一緒にいたんですか?」
「え、あ、それは……」
「どうなんですか?」
ずずっと、カレンは士郎によってくる。
「あ、いや、それはだな……」
「どうなんですか?」
士郎が答えに窮していると、カレンはさらによってくる。もう、顔がくっつくかくっつかないかぐらいだ。
かなりまずい。
ひたすらまずい。
「どうなん・・・・・・」
さらによってきた、その時だった。
雑木林に、一発の銃声が響き渡る。
否、銃声じゃない……。アレは……昨晩遠坂凛が使った魔術の発射音。
カレンは士郎から飛びのき、雑木林の一点を見つめる。
そこには、カレンに向かって指を向ける遠坂凛の姿があった。
「と、遠坂?」
一般人に魔術を向けるなんて。士郎が抗議の声を上げようとする。
だが、それより先に凛が口を開いた。
「士郎、そいつから離れて」
有無を言わさぬ口調。真剣な視線。
「あなた、何者?」
「え、1年のカレン・オルテンシアさんじゃ?」
「違うわ。一昨日まで学校にはカレン・オルテンシアなんて人物は存在しなかった」
冷たい口調。
士郎は驚愕をして、凛の視線の先──カレンを見つめる。
そこにいたカレンは、先ほどまでの『内気でちょっと怖い後輩』ではなかった。
ふてぶてしいまでの笑みを浮かべており、そう……彼女からも血の匂いがした。
「魔術師がいるのですからすぐにばれるとは思いましたが、初日であっさりとばれるとは思いませんでした」
カレンの口調も変わっていた。この年頃の娘の柔らかな口調は消え、丁寧ではあるが人を見透かしたような口調へと変わる。
カレンの言葉に、凛はガントを一発、掠めるように放つ。だが、カレンは表情一つ変えない。
「これは警告よ、次は当てる。貴方は何者?」
「何者だと思いますか?」
丁寧な言葉ながら、人を小ばかにするような口調。
慇懃無礼とはこのことだろう。
凛は事前の警告どおり、カレンに向かってガントを放つ。無論威力は絞っている、見た目こそハデにしているが、当たってもすぐに倒れるようなものではない。
だが、その呪いの弾はカレンの体には届かなかった。
突如現れた、真紅の槍が呪いを弾き飛ばす。
「ら、ランサー」
士郎が、うめくように現れた槍とその担い手を視界に入れる。
そう、それは一昨日の晩に士郎の心臓を貫いた殺人者。
その殺人者は、気だるそうなやる気の無い表情で士郎を見つめ声をかけた。
「まったく、だから早く逃げろって警告してやったのに……。たく、めんどくせえぇ」
「へ?」
ランサーのぼやきに士郎が間抜けな声を上げる。なんか、あの夜よりも遥かにやつれてないか、あの槍兵。
だが、そんなランサーの変化に気が付くことも無く、凛は真剣な表情で己のサーヴァントに実体化の命令を出す。
「アーチャー!」
凛の命令に従い、霊体化していたアーチャーが実体に姿を変える。
そのアーチャーの表情は……すごく嫌そうだった。
それは、奇妙な光景だった。
一人の男を中心に対峙するサーヴァントを連れた二人の美少女。
だが、互いのサーヴァンの表情は、果てしなくやる気が無く嫌そうだった。
続く・・・だろう。