とある英霊と少女の来訪

 

 

 

 純和風の家が珍しいのか、バーサーカーの主だったこの不思議な少女──イリヤは門から見える衛宮邸をきょろきょろと見回す。

「ふーん、此処がシロウの家なんだ」

──そして、あの男の家……。

 イリヤは出かかった言葉を飲み込む。この御人好しそうな少年に伝える必用のある言葉ではない。

「ああ、そうだけど……どうかしたのか、イリヤ?」

「ううん、この家新しいの?」

「いや、よく知らないけど結構古い家のはずだぞ」

「でも、この家にトリイが無いよ。コマイヌも無いし、軒先に犬も埋められていない」

「いや、普通の家はそんなもの無いって……犬が埋められているって?」

 イリヤの無茶苦茶な『日本の家』に、士郎は一抹の不安を覚える。

 うーんと、イリヤは唇に指を当てて少し考えると、ドイツに居た頃に習った日本に閑する知識を披露する。

「ううん、たしか日本の古い家にはみんなトリイがあって、コマイヌがあって、犬が埋められていて、お婆さんが頭に蝋燭をくくりつけて襲ってくるって」

「そ、それは違うわ、イリヤ……」

 自らの主の言葉に、バーサーカーが冷や汗を流す。

 たしか、そこまで愉快な日本観は教わってはいない筈だけど……。

 

 

「あ、士郎、バーサーカーお帰りなさい」

「あ、ライダー。桜は?」

 玄関で出迎えたのは紫の髪のサーヴァントだった。

「今日はもう帰っていますよ、今は台所で夕飯の準備を行っています」

「あいつ、俺の密かな楽しみを奪う事に喜びを感じてないか?」

 士郎のぼやきに、ライダーは肯定とも否定とも取れる苦笑いを浮かべる。知ってはいたけど、やっぱりこの少年は朴念仁だと再認識しているのかもしれない。

──あれが士郎のサーヴァントね……。

 彼女はライダー……らしい。そこそこの英霊みたいだけど魔力不足、バーサーカーには勝てない。イリヤの魔術師の部分が双方の戦力差を冷静に分析をする。

 無尽蔵で上限なしの魔力を有する彼女のバーサーカーは、色々な意味で規格外の存在だった。本来のバーサーカーは助言者として機能を失う代わりに1ランク上の能力を得る。しかし、その代償は大きく、激しい魔力消費の為に過去のマスターは全て自滅していた。

 ところが彼女のバーサーカーは助言者としての機能を残しつつも、1ランク上の能力を確保。さらには無尽蔵の魔力でマスターの消費がほとんど無いという、デタラメな存在なのだ。

 さらに、彼女はこの聖杯戦争を誰よりも詳しく知っている。バーサーカーが今日までイリヤとの合流を急がなかったのも、危険が無いと判断した為だろう。

 イリヤはあえて彼女の真名を一度も確認していない。恐らくは彼女は未来の……、疑問はいくつも残るが、そういった世界もあるだろうと納得していた。

 紫の髪のサーヴァント、ライダーが見慣れぬ人物に目を向けた。

 銀の髪の小柄な少女を視界に収めると、敵意を欠片も見せずに来客に歓迎の言葉を送る。

「おや、イリヤ。ようこそ私と士郎の愛の巣へ」

「嘘を教えるなっ! 嘘をっ!」

「そうよ、ライダー。ここはシロウのハーレム(予定)なんだから」

「だから、バーサーカーも嘘を教えるなって!」

 ボケに走るサーヴァント達に目眩を感じながらも、意外と士郎が油断ならないと判断する。おそらくはレイラインを通して来客の存在を知らせたのだろう、敵対するなら始末するようにと……。

 買い被りなんだけど。

「イリヤ、この二人はお笑いキャラだから気にしないでくれ」

「シロウ、わたしはそういうキャラじゃないわ」

「そうです、クールで美人なお姉さんコンビです!」

 士郎の紹介に慌てて抗議をする二人だったが、身も蓋も無い評価を否定できる要素は無い。

 思わず遠い目で、自らのサーヴァントを眺めるイリヤだった。なんだか、凛々しくて優しくそして強かったバーサーカーのイメージが粉微塵にぶっ壊れたような気がする。

「バーサーカーはわたしのサーヴァントなんだけど……」

「どうしたの、イリヤ?」

 呆然としているイリヤに、当のバーサーカーはちょっぴり意地の悪い笑みを向けた。

 思わず半眼でイリヤはバーサーカーを睨みつける。

「忘れてたわ、貴女ってそういう性格だったわね」

「優しくて頼りがいのあるお姉さんでしょう」

「どの口で言うのよ……」

 今日まで連絡一つ寄越さなかったくせにと、先ほどの分析などどこか遠くに放り投げて小声で呟く。

 そんなイリヤの様子に気がつかず、士郎は暢気にライダーに問い掛ける。

「ライダー、遠坂は?」

「アーチャーと一緒に既に戻っていますよ。相当怒っている様子でしたが……」

 ライダーは両手の人差し指を立てると、頭に角が生えているととのゼスチャーをした。

「げっ、そんなに?」

「ええ、相当に……」

 士郎の顔がどんどんと青くなる。だまって先に帰った事が、よっぽどお冠なんだろう。

「こうなったら士郎、愛の逃避行しか」

「たぶん……地の果てまで追ってくるような気がする」

 ライダーの言葉に、『わるいこはいね〜か〜』と包丁を持って追いかけてくる凛の姿を想像する。ナマハゲではなくナイチチ……って、『ナ』しか共通点が無い。

 サーヴァントと魔術師が、同じ動作で溜息をついた。

「無謀だな」

「無謀ですね」

 そんな二人を眺めながら、イリヤは更に分析を進めた。

──遠坂ってのは、多分遠坂凛……遠坂の現当主の事ね。ふーん、サーヴァントはアーチャーなんだ。

 どのような英霊を呼び出したのかは知らないが、かの大英雄ヘラクレスをアーチャーとして呼び出さない限りは、やはりバーサーカーには勝てないだろう。

 それにしてもここに居るって事は、遠坂は衛宮の軍門に下ったという事ね……、イリヤの中の士郎の評価がまた一ランク上がる。

 それにしても、この状況下でよくバーサーカーを置いておいたわねと、無謀だか自信過剰だか判らない。いつでも倒せると思ったのか、それともマスターが自滅すると思ったのか?

 だから、買い被りだって。

「どうした、イリヤ? 上がりなよ」

 考え込んで立ち止まったイリヤに、士郎は人畜無害な笑顔で上がる事をすすめる。あの笑顔がクセモノなのねと思う。

 やっぱり買い被りなんだけど、別の意味では正しかったりもする。

「ねえ、シロウ?」

「あ、日本家屋は始めてかな? 靴を脱ぐんだけど?」

「ううん、それは知ってるけど……家に上がる時にはお賽銭を入れるんじゃないの?」

「それは神社だって……」

 どんな無茶苦茶な日本観を叩き込まれたんだと、士郎は溜息をついた。

 

 

 トテトテと廊下を歩いていると、正面から金髪の少女がやって来た。湯上りなのか、普段はまとめている髪をほどいており、白い肌がほんのりと桜色に染まっている。

「おや、シロウ。お帰りなさい」

 暢気な声で家主に声をかける。

 もっとも、その家主は普段とは違う湯上りの少女に、どこかボーっとしている。

「シロウ、どうしましたか?」

「あ、いや、何でも無い……、えっと、一号か?」

「はい」

 セイバー一号が、シロウにニコリと微笑みかける。

 不思議なもので全く同じ姿をしている一合と二号だが、雰囲気の違いからか二人を見間違える者は殆ど居なかった。

 間違えると不機嫌になるから、(主にアーチャーは)命がけなんだけど。

「うそっ……サーヴァント!? セイバー?」

 士郎の背後で、イリヤが小さな叫びを上げる。まさか、士郎が2体ものサーヴァントを持っているとは思わなかったのだ。この屋敷に居るのはこれでセイバー、ライダー、アーチャー……3体のサーヴァントが自信の秘密ね……。だが、まだバーサーカーには届かない。

 イリヤは瞬時にそう判断する。

 買い被りだと、この時点でイリヤは気がついていない。

 そんなイリヤを見て、セイバー一号が少し目を見張る。

「おや、イリヤスフィール?」

 セイバー一号の視線が少し持ち上がり、背後に控えていたバーサーカーと絡む。

「偶然そこで会ってね。連れてきちゃった」

「ほほう、偶然ですか……。一つお聞きしたいのですがバーサーカー」

「何?」

「たしか、お昼を買いに行ったシロウの帰りが遅かった事があるのですが、そういう事なのですか?」

「そういえば……、そうだったわね」

 言葉の意味をすぐには判らなかったが、すぐにバーサーカーは理解する。そう言えば、あれは今日だったと思い出した。

 そんなバーサーカーの返事に、セイバー一号はニコリと微笑む。

 先ほどと同じ可愛らしい笑みのはずなのに、なんだか妙に怖い。背後に般若が透けて見えるような気がするのは気のせいだろうか。

「すみません。用事を思い出しましたので私はこれで……、夕飯時に会いましょう」

 そう言うと、すごい勢いでセイバーの姿が消えて……。

 

──ぎょえええええええええええっ!

 

 屋敷の何処からか、まるで鶏を絞めるような悲しげな断末魔の叫びが聞こえてくる。

「なっ、なによ、い、今の」

「ああ、気にしなくていいぞ」

 どこか達観した様子の士郎が、投げやりに答える。アレが未来の自分……ってか、死後の自分かと思うと悲しくなるが、これって戦争なのよね……、ちょっと違うか。

 ともかく、わずか数日だけどこの屋敷も随分と騒がしくなったものだ。

「そ、そう……」

 背中が煤けている士郎に、イリヤもそれ以上の追求が出来なかった。

 

 

 居間からはイリヤには嗅ぎ慣れない香りと、リズミカルな包丁の音が聞こえてくる。

「ただいまー……」

 居間のテーブルに肱をついて新聞を眺めていた赤い服の少女と、白いブラウスと青いスカートに身を包み、髪を結い上げた先ほどのセイバーの姿があった。

──あれが遠坂の当主ね。

 イリヤが、写真で見た通りの凛の姿に、ちょっと感心をする。やはり、遠坂は衛宮の軍門にくだったのねと。

 どちらかと言えば逆だと。流石に気がつかない。

「シロウっ!」

「え・み・や・く・ん」

 二人の少女が、爽やかな笑みで戸口の士郎を迎え入れる。

 ただ、さっきのセイバーと同じ、背中に修羅が透けて見える笑みだけど。

 半分涙目でプルプルと震える士郎に、なにか妙な喜びをイリヤは感じた。

「シロウ! 幾らバーサーカーが護衛についてくれていったからといって、勝手に行方をくらますなど無謀すぎます!」

「無断で出歩くなって言ったでしょうがっ! 今がどういう状況下わかっているのっ!?」

 二人が、背後にバーサーカーやイリヤの存在など目に入らないぜっ、といった調子で思いっきり怒鳴る。

 士郎が何か訴えているが、二人は聞きはしない。

「あんたねっ! 今は聖杯戦争中なのよっ、ましてすさまじくややこしい状況になってるのが判ってないのっ!?」

「そうです、凛の言う通りです! ここでマスターの心得というものをしっかりと叩き込んであげます!」

「ちょ、ちょっとまて、遠坂、セイバー! 台所に桜がっ」

 隣りでバーサーカーが、苦笑いをしている。

 でも、なんだってセイバーは先ほどは怒らなかったのか……?

「あの、いきなり叫んで……どうしました、遠坂先輩、二号さん」

 台所から、紫の髪の少女が顔を出す。どうでもいいが、二号さんて呼び方は別の意味に聞こえる。

 しまったっという表情を凛が作る。だが、桜の興味は凛の叫び声ではなく、士郎の横にちょこんと立っている銀の少女に向けられた。

──アレはマキリの……。

 イリヤの中で、さらに士郎の評価が上がった。遠坂、マキリを傘下に置いた……。キリツグですらそんな事出来なかっただろう、意外と策士なのかも。3体のサーヴァントの秘密もそういうことね。

 だから違うとツッコミを入れてくれる人は、この場には居ない。

 一方桜は、幾分引きつった表情で疑問の声を投げかける。

「せ、先輩……」

「どうした、桜?」

 怯えている。人見知りの気がある桜に、士郎は苦笑いを浮かべた。

「そんなっ! 小さな女の子を連れ込むなんて! いつも私のお尻を見るだけで手を出さないと思ったら、実はペドフィ……」

「ちがーうっ!」

 突然とんでもない事を言い出そうとする後輩の言葉を、士郎は大声でシャットアウト。

 なんだか、士郎の中の『大人しい後輩』のイメージにひびが入る。

「ご主人様……

 はやくぅ、おクスリ、おくクスリ……

 頂戴ぃ……ぃッ」

「そこっ、いきなり最新の変なネタ入れるなっ!」

 突如妙なボケをかますイリヤに、士郎が思いっきりツッコミを入れる。

 てか、そんなのはどこぞの都市の探偵さんと古本娘だけで十分だ。

「そんなっ! 先輩の押入れの中にあったのは全部お姉さん系だったから、てっきり大きいのが好きなんだって……」

「なに? 桜? 士郎の部屋にそんなのがあったの?」

「ええ、もうとってもエロエロでした。お姉さんモノや、女教師モノ、女王様モノが沢山! 天井裏には海外無修正モノがゴロゴロと」

 興味津々と言った様子で尋ねてくる学園の優等生に、桜は手振り身振りを交えて説明する。

 横で話しを聞いていたセイバーが、顔を真っ赤にして士郎を見つめる。 

「し、シロウ! そんな……」

「だから違うっ! 二号もそんな目で俺を見るなっ! てか、天井裏って何さ!」

「私、見たんです! 畳の下には銀髪のモデルのようなスタイルの女性の生写真もあるし……」

「だから知らないって! 天井裏や畳下なんて初耳だぞ」

 てか、何時の間に探したんだ、この後輩。

「隠さなくて良いんです。大きいのが好きそうだからって、私頑張ったのに……」

「桜、その方法わたしにも教えて」

「あ、遠坂先輩は無理です。世界の抑止力が働くから」

「なんですって!」

 妙な言い合いをしている二人の少女を眺めながら、不意に脳裏に浮んだのはむやみやたらと爽やかな亡き養父の影。その姿を慌てて打ち消す、思い出は美しいままが一番なのさ。

 しかし、隣りに居るチビッコがシャドーボクシングをしているのはなんでさ?

「そうだったのですか、士郎。それなら私が……」

「ライダーその笑顔は怖いっ! 桜も黒くなるなっ! てか違うっ、それは慎二が家だと捨てられるからって置いてった物だ!」

 この家でも藤ねえに見つかると焼却処分されてしまうのだが、それで何度慎二と共に涙を飲んだことか……。

「でも、海外モノや生写真の日付は10年以上前のっ!」

「10年前って、俺はまだ年齢一桁だっ!」

 正確な年齢は大人の事情で秘密だけど。

 なんだか、隣りに居るチビッコからもドス黒いオーラが浮んでいる。『……グ、ぶっころーす』などと物騒なことを呟いている。

「とにかく、それは全部俺のじゃないっ!」

 本当のパンドラボックスは、そう簡単に見つかる場所には置いてないし。

「まあイイんじゃない、シロウだって年頃の男の子なんだから、写真の一つや二つ」

 黙って面白そうに眺めていたバーサーカーが、助け舟(?)を出す。

「わたしの経験上、シロウは大小両対応、女の子だったら誰でもOKなんだから。なんならわたしの写真を……」

「ちがーうっ! 不穏な事を言わないでくれっ! 二号も剣を構えるなっ!」

 士郎の悲しげな叫びが、居間に響き渡った。

 

 

 で、女性陣が落ち着き、シロウが真っ白に燃え尽きるのにおよそ10分の時間がかかった。

「で、あんたは何処の誰なの?」

 凛がぞんざいな口調で、銀髪のチビッコに問い掛ける。聖杯戦争が始まって以来、だいぶ猫かぶり部隊に脱走者が出た模様だ。

 幾分落ち着きを取り戻したイリヤが、スカートの端をつまむと優雅に一礼する。

「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 その言葉に居間の皆が驚愕して……驚愕して……驚愕して……、反応が無かった。

「ちょっと、何でノーリアクションなのよ」

 思わずむくれるイリヤに、凛がちゃぶ台の上のお茶を口に含みながら答える。

「あー、ごめん。今更登場しても、ちょっとね」

 バーサーカーがアインツベルンは既に名乗ってるし。

「で、あんた何の用?」

 親父くさい格好で問いかける凛に、レディのつつしみが無いわねと小声でぼやきながらイリヤは答える。

「何でって言われても、シロウに招待されたの。正式なお客様よ」

 そのイリヤの言葉に、凛が士郎をじろりと睨みつける。

 生きたここちのしない士郎だったが、半分涙目で仕方ないじゃないかと訴える。

 イリヤとうっかりとしてしまった『約束』は、結局イリヤを衛宮邸に招待するという事に使われてしまった。

 なんでも、バーサーカーが寝泊りしていた家を見たいらしい。

 まあ、それがなくとも士郎は招待していただろうけど。

 そんな士郎に、凛はやれやれといったポーズを取る。

「まったく、しょうがないわね……」

 凛は士郎とバーサーカー、セイバーに目で促すと、すくりと立ち上がる。

「桜、ちょっと道場で話しがあるから……ご飯が出来たら呼んでね」

「えっ、遠坂先輩?」

 桜の返事も待たずに、凛とセイバー二号は居間を後にする。

 士郎やバーサーカーは桜に一言謝ると、イリヤを伴って慌てて道場に向かうのだった。

 

 

 道場には先客が居た。

 まず、床にうつむけになってのびている赤いボロ雑巾……もとい、アーチャーが一人。

 へし折れた竹刀を片手で握り、小声で『うーん、とらとぶるまぁが……』などと呟いている。どうやら、どっか別の道場にトリップしているようだ。

 そしてもう一人、青い軍装に銀の鎧の金色の髪の少女騎士が一人、言わずと知れたセイバー……。

「って、うそっ!」

 イリヤは慌てて横を見る。其処には白いブラウスに青いスカートのセイバーが確かにいた。

 同じ顔のサーヴァント……、いや、セイバーが2体いるという予想外の事態に、イリヤが珍しく驚愕の表情を浮かべる。

 もっとも、驚いているのはイリヤだけだった。

 他の面々はというと、呆れと恐怖で固まっていた。なぜなら、セイバー一号の表情が見たことも無いぐらい綺麗で爽やかだったから……、もう、とっても爽やかにキラキラと輝いている。

 どうも、この家に集う人たちは笑顔の時ほど怖い傾向にあるみたいだ。

 どれくらい一同は固まっていただろうか。最初に口を開いたのは士郎だった。こういう時、この微妙に空気を読まない命知らずの無謀男は本当に役に立つ。

「え、えっと、一号……何をやっているのかな?」

「おや、シロウに他の皆も何時の間に?」

 爽やかな笑みを消さずに、セイバーは入口の面々に問い掛ける。

 だから怖いと、流石の士郎も口には出来ない。

「いや、ちょっとここで話をと思ってたんだけど……」

「そうでしたか、私達は気にしないではじめてください」

 そう言うと、再び竹刀を構えなおすセイバー一号。慌てて士郎が止めに入る。

「え、いや、そうじゃなくて……セイバー一号は一体此処で何をやってるんだ?」

「私ですか?」

 士郎の問いかけに、一号は構えを下げる。

「私はアーチャーと剣の訓練を」

 足元のアーチャーが小声で『うそだ……、それは嘘だ……』とうめく。そんなアーチャーに、一号は振り向きもせずに竹刀の先端を突き刺した。アーチャーがビクンと大きく痙攣をする。

「剣の訓練ですか?」

 何故か敬語になってしまう士郎に、セイバーがニッコリと微笑む。

「はい、シロウ──アーチャーに剣を教えたのは私ですから、どれだけ上達しているかと思いまして……」

 『あれは……虐待だ……』とうめくアーチャーに竹刀を捻り込みながら、セイバー一号はどこか演技じみた困ったようなポーズをとる。

「この程度で音を上げるとは、アーチャーもまだまだです」

「そ、そうなのか……」

「ええ、そうですね。腕は上がっていますが私にはまだまだ届きません」

 えへんと無い胸を張るセイバー一号に、足元のアーチャーが『私は弓兵で魔術師だ……ってか、凛がうつっ……』とうめくが、いつの間にかアーチャーの側に居た凛に踏み潰されて沈黙してしまう。

 てか、アレが正義の味方を目指した自分の末路かと思うと、ちょっぴり不安を感じてしまう。お養父様、俺はこのまま正義の味方を目指していいのですか?

「もう一度一から鍛えなおさないとダメですね。どうですか、シロウも一緒に」

「い、いや、俺はさ、ほら。明日の朝から二号に習う事になってるから」

 キラキラと輝く笑顔で迫る一号に、とっさに嘘を言って誤魔化す士郎。本当に訓練するにしても一号よりは二号の方がマシだろう、たぶん。

 正義の味方にも時には危険を回避するスキルが必要なのだ。

 慌てて助け舟をと思い背後の二号に振り向く。

「アレが未来の私……、アレが未来の私……、そ、そんな……」

 なにやら、酷く落ち込んでいるセイバー二号の姿があった。

 暴力言語で語るセイバー一号の姿に、何か思うところがあるのかもしれない。てか、士郎だってあんまり直視したい風景じゃない。

 そんなまだ若い二人に気がつかず、一号は一人でぶつぶつと呟く。

「それは残念です、シロウ。でもアーチャーはまだまだです。性根もろとも鍛えなおさないと……。だいたい、このSSはセイバー&シロウのSSだったはずなのに、23話まで進んで私は出番がほとんど無いんですよ。出番の大半が凛とアーチャーですし、ヒロインはイリヤじゃねーのと言われるありさまです。キャスターと葛木なんてバックストーリまで妄想しているのに、このまま出番が無くてもいいかな、なんて……Fate正ヒロインとしての私の立場は一体? そもそも、原作でも正ヒロイン→かませ犬→中ボスとランクダウンしていくし。hollowに至ってはニート扱いですよ。だいたい、このSS作家ホントにセイバー萌えなのかと問い詰めたい、小一時間問い詰めたい。俺の今のお薦めは黒セイバーのもきゅもきゅだ……」

「まてっ、セイバー! 二度ネタは危険だ。ってか、それは君のキャラじゃない!」

 なんか別の方向に吹っ飛んでいきそうになったセイバー一号を止めるべく、倒れていたアーチャーがが立ち上がる。愛しい女性(の萌えキャラクターとしての立場)の危機だ、倒れてなんていられない。

 なんか、アーチャーも果てしなく力の使い道を間違っている気がするが。

 ともかく、立ち上がったアーチャーに、セイバー一号は涙目で訴える。

「シロウがいけないんです! 折角再会できると思っていたのに……」

「あ、いや、ごめん、セイバー」

 思わず謝るアーチャー。

 だが、セイバーの感情は止まらない。女々しいと、自分らしくないと思いながらも、この感情だけは止める事が出来ない。

「死ぬ間際に貴方の夢をと願って……、座で、この家で再会したのに……」

 うつむき、肩を震わすセイバー一号。

「シロウ、貴方は私の事などどうだっていいんですね!」

「そんな訳無いじゃないかっ!」

 思わず怒鳴り返すアーチャー。

「俺だって……、俺の生涯は君と共にあったんだ! 俺が道を間違わなかったのは君があったから……」

 そう、何度も己れの愚かさを知り、傷つき、倒れても。父の残していった理想が、愛する人が刻んでいった誇りが、彼を守りつづけた。

「でも、それではシロウが……」

 あまりにも哀れではないか。

 自分は勝手だとセイバーは思う。幼かった士郎の心の一部を持って行って置きながら、彼には幸せに生きてほしかった。でも、自分を忘れずに居てほしかった。大いなる矛盾、勝手な思い。

 そして、今の彼は英霊。英雄の生涯など碌な物ではない。

「もう終わった事だよ……、それに、俺は自分は幸せだったと思ってる」

 彼女が残していった物が彼を守った、愛する人達が自分にはいた。本当に救いたい人を救えない掃除屋人生だったが、それでも救えた笑顔もあったはずだ。

 そして、世界は自分と時を同じくした“セイバー”との再会を許してくれた。これ以上の幸せなど自分などには分不相応だろう。

 今の自分は、この先何があろうとも大丈夫だと、そう断言できる。

「俺は……、セイバーを愛して幸せだったと思っている」

「シロウ……」

 

 

「あー、なんか盛り上がってるわね」

 入口附近で、なんだかやさぐれた様子の凛が呆れた口調で言った。

 横では、未来の自分たちの言葉に、士郎とセイバー二号が身悶え、ゴロゴロと転がっている。てか、かなり致命傷らしく、小声で『あれが私……』『あれが俺……』などとうめいているのがかなり面白い。

 なんだか頭身が違って見える気がする。

「というか、私たちのことはスルーですか」

 クールな表情で呟くライダー。もっとも、どこかしょんぼりして見える。

「ま、セイバーやシロウの中じゃかなり長い間再会できていなかったみたいだし、仕方ないんじゃない?」

 苦笑いを浮かべながらバーサーカーが答える。

 おそらくは最もアーチャーと長く行動を共にしただろうこの女性は、大人なのだぶるまぁなのだ、弟子一号なのだ。

「まっ、しばらくだけね」

 いや、策士っぽいか。ニヤリと笑うバーサーカーも、なんかちょっぴり黒い。

 一方、事情を知らない人物が此処に一人いた。

──なんでセイバーが二人? なんでシロウが二人? そもそも何で此処にマスターとサーヴァントがこんなに集まっているの? いや、これはもうわたしの知っている聖杯戦争じゃない。

 事情を知らないチビッコは、魂の奥底から叫び声を上げるのだった。

 

「どうなってるのよっ! これはっ! 誰か事情を説明しなさーい!」

 

 両手を上げて叫ぶそのポーズは、いつだったかバーサーカーがやったポーズと瓜二つだった。

 

 

 

 

続く・・・・できる限り早く。