とある英霊と穏やかな日常
「あれ? バーサーカーは?」
アーチャーの過去に大笑いしていたイリヤだったが、ふと己れのサーヴァントがいない事に気がつく。
「さっきまではそこにいたんだけど」
目じりに涙を滲ませて、腹をくの字によじっていた凛が答える。士郎とセイバー二号は道場に行くと言って出て行ったのだが、バーサーカーはいつの間にかいなくなっていた。
出て行く気配は無かったのだけど……。
二人が不思議に首をひねっていると、襖が開きバーサーカーが戻ってくる。
「バーサーカー、何処に行っていたの?」
「ううん、ちょっとした野暮用。
うーん、久々にやるとあのテンションは疲れるわ……」
なにやら一人、ちょっと疲れたような様子でバーサーカーは肩を動かした。
「ねえ、アーチャー」
イリヤを監視する為に学校を休んでみても、実のところやるべき事はそうは無い。
町を監視する為に使い魔こそあちらこちらに飛ばしているが、最大の要監視対象は目の前で子供向けの教育テレビを見ている。
居間から離れて与えられた部屋に引篭もるわけにもいかず、かと言って道場を見に行くのはアーチャーに『S気味の凛やイリヤなら楽しい見世物かも知れんが、食事がまずくなる……ふごぉ』などと言われ、なんとなくではあるが行く気がなくなっていた。
ちなみに『ふごぉ』は、セイバー一号、凛、イリヤ、バーサーカーがアーチャーをふっ飛ばした時の悲鳴だ。
「どうした、凛」
台所から赤くて三倍と書かれたエプロンを付けたアーチャーが顔を出してくる。後ろから色違いのおそろいのエプロンを付けたセイバー一号が出てきた。
どこの新婚カップルだとツッコミを入れたくなったが、ここはあえてぐっと飲み込む。
「ねえ、アーチャー。貴方に聞きたい事があるんだけど良いかしら?」
「答えられる事なら構わんが、いいのか?」
アーチャーが居間に集う面々に目配せする。マスターとして聞くなら、他の者が居ないところが良いのではないかと言外に聞き返す。
「邪魔なら席を外しますが……」
セイバー一号が申し出る。サーヴァントとマスターで秘密にしたいことがあるなら、あえて立ち入らないと控えめに言う。イリヤは話に興味が無いと、テレビをカチャカチャと弄くっている。
凛は少し考えると、席を立ってもらう必要は無いと判断をした。
「構わないわよ。あんたの真名なんてバレまくっているんだから」
「サーヴァントとしては、不本意だがな」
アーチャーが眉間に皺を寄せながら答える。せめて数年後の容姿だったらこの時代の面々には気付かれなかったかもしれないが、学生時代の容姿で召喚されてしまってはごまかせない。
「で、何を聞きたいのかね。ちなみにスリーサイズは秘密だ」
「そんな気持ち悪い物は聞かないわよ。
──そうじゃなくて……、改めて確認するけど、あんたは士郎の未来の姿なのよね」
「まぁ、その通りだ」
すでにわかりきった事を尋ねる凛に、アーチャーは少々困惑の表情を作る。
「それなら……、もしだけどこの時代の士郎が何かの拍子で死んじゃったら、あんたはどうなるわけ?」
「何も起きないさ」
凛の質問に、アーチャーは何でも無いとばかりに答える。
「すでに私はその生涯を終え英霊として確定された存在だ。今更この世界の衛宮士郎がどうなろうと私には何の影響も無い。強いて言うなら……」
「強いて言うなら?」
「そうだな、私自らが衛宮士郎を殺せば、“自分殺し”の矛盾に世界が何らかの修正をかけてくるかもしれん。もっとも、そうなる可能性よりも凛が宝くじで一等を当てる可能性の方が高いと思うがね」
「私は宝くじなんて不確実な物は買わないわよ」
アーチャーの説明と軽口に、凛が眉間に皺を寄せ少し考える。
「つまり、士郎はあんたの弱点にはならないって事ね」
「ならないな。
第一、ここまで聖杯戦争の流れが違うと言う事は、既に私と奴は既に別の人生を歩んでいると言っていい。なんせ、衛宮士郎の生涯においてこの聖杯戦争は生涯のパートナーを決める重要な分岐点だからな」
ピシッ!
アーチャーの説明に、居間の空気が凍りつく。
凛とイリヤとセイバー一号の顔が笑顔のまま固まり、バーサーカーがヤレヤレと言った表情を作るとテーブルを部屋の隅に寄せた。
空気の変化にアーチャーが反応するより早く、凛が笑顔のまま問い掛ける。
「アーチャー、貴方今なんて言ったの?」
「へっ? あ、いや、それは……」
「なんて言ったのかもう一度言ってくれないかしら、アーチャー」
令呪をチラチラと見せながら凛が迫ってくる。
アーチャーはここにいたって、ようやく己れの失言を悟る。そう言えば、サーヴァントとマスターは似た者が召喚されるんだと思い出す。遠坂のうっかりが染ったんだなーと、内心涙した。
「いや、それはだな……」
他の者に気付かれないように、徐々に窓を背に向ける。このまま霊体化して、家を抜け出せば……。
しかし、不意に強烈な力で肩をつかまれる。
「って、セイバー!?」
「アーチャー……いえ、シロウ、その話は私も興味があります」
いつの間にか完全武装のセイバーがそこにいた。凛と同種の笑みを浮かべ、鋼鉄の篭手に包まれたその手をアーチャーの肩に置くと力ずくで座らせる。
「何で君まで聞きたがるんだ!」
アーチャーの叫びにセイバーは答えない。ただ、笑みを浮かべるだけ。
前門のあくま、後門のらいおん。ついでに、しろいこあくま。
逃げ道は完全に絶たれたと、アーチャーは観念した。
「たいした事ではないさ。私は少し特殊な人生を歩んでな、並行世界の自分を何人か知っているのだ。
別の私が生涯のパートナーを決めたのは、大概はこの聖杯戦争だったと言うだけだ」
中にはパートナーのいない鉄心とか、聖杯戦争の最後に命を落とした奴も……って、誰も聞いていなかった。
なにやら各人が色々と考えているようだったが、最初に口を開いたのはイリヤだった。
「つまり……、今のうちにシロウを落としておけば、シロウは私のモノになるって事ね」
なにやら、黒い笑みを浮かべるしろいこあくま。なんか、生前も何度かあの笑みは見たなーと、アーチャーが身震いする。
「落とすって……、なんて表現するのよあんたは!」
そんなイリヤに凛がツッコミを入れる。もっとも、その顔は真っ赤だ。
そんな凛に、イリヤは余裕たっぷりに髪をかきあげる。
「ふふん、落とすから落とすのよ」
「何考えてるのよっ!」
「あら、リンは何かいやらしい事でも考えているのかしら?
自分に自信が無いから、そんな事を考えるのよ」
「なんですってっ!」
二人の間に火花が散る。
生前も何度か見たような光景に、アーチャーは半分涙目で背後のセイバー一号に振り向き……。
「ふふふふふ、ここで二号を焚きつけてシロウとくっつけて再教育をさせれば、シロウはこうは為らないと……、ふふふふふ」
「黒っ! てか、ここの俺をどうにかしても俺は変わらないぞっ!」
一人小声で呟くセイバー一号に、アーチャーが愕然とする。
和やかだった居間が、いつのまにか魔界に変わっていた。
士郎とセイバー二号が道場から出てきたのは、昼前だった。
それまでやかましいぐらいに響いていた打ち合う音が急に止まり、居間にセイバー二号が顔をひょっこりと出した。
それに最初に気がついたのはイリヤであった。最初はギスギスとした居間の雰囲気に飲まれたのかと思ったのだが、そもそもそんな事に動じる娘ではない。
「あれ、ニゴー。シロウは?」
イリヤの言葉に、セイバー二号は一瞬だけビクッとし、視線を逸らして答える。
「え、えっと、し、シロウはまだ道場に……」
「道場に? ニゴー、なんか隠していない?」
視線を宙に彷徨わさせるセイバー二号に、イリヤがジト目で尋ねる。
「えっ……、あの、その……」
セイバー二号にしてはめずらしいはっきりとしない態度に、イリヤが首をかしげる。
それをニヤニヤと眺めていたバーサーカーだったが、しょうがないわねと小声で呟いて問いただす。セイバー二号は、しょんぼりとうつむく。
「訓練に気合が入りすぎて、シロウをのしちゃったとか?」
「うっ……は、はい」
図星だった。
「何やってるのよ、ニゴーは」
イリヤが呆れ声を上げる。
「す、すいません……」
思わず小さくなるセイバー二号。そんなセイバー二号とイリヤを尻目に考え込んでいた凛だったが、不意に何かを思いついたとばかりに声を上げる。
「ね、セイバー。貴女、午後も士郎と訓練をするの?」
「は、はい、そのつもりですが?」
突然に話題を変えてきた凛に、セイバー二号が飛びつく。
「それなら午後の最初に少し時間をくれないかしら? ちょうどいい機会だから、先に士郎にスイッチの作り方を教えちゃうから」
「魔術ですか? それならば、構いませんが……」
「そっか、それじゃあ私は士郎に伝えに行くついでに様子を見てくるから」
そう言うと凛は居間を出て行った。
その様子が妙だと、セイバー二号が首をひねる。
「いけません、二号!」
「なっ! いきなりどうしたのですかっ! 一号!」
突如叫んだセイバー一号に、セイバー二号が目を白黒させる。
「今からすぐに道場に行きシロウを介抱してきなさい!」
「な、なんでですかっ!」
「理由は後です。凛に先を越されると貴女は絶対に後悔します。できれば膝枕がグットです」
「な、なぜですかっ! 膝枕って、一体どうしたのですか!」
ごい剣幕のセイバー一号に、セイバー二号が困ったような表情を浮かべる。だが、セイバー一号はそんな事を構ってはいなかった。
「とにかく、急ぎなさい! イリヤはもう出てしまいました。他の者がフラグを立ててしまいます!」
「フラグって何ですかっ!
──は、はいっ! すぐに向かいます」
なんだかよく分からないが、今のセイバー一号に逆らうのはまずい。なんだか、目が金色になっているような気がする。
直感的にそう悟ったセイバー二号は、慌てて居間を飛び出すのだった。
その時、アーチャーは少々困っていた。
魔界と化した居間を一人抜け出し屋根の上に避難していた。しばらくすると道場からセイバー二号が出てくるのを発見した。
まあ、それはいい。
そう言えば昨夜道場の壁を壊したと思い出し、応急修理だけでもと思い道場に向かった。
すれ違ったセイバー二号が妙にそわそわしていたが、昼食にでも心奪われているのだろうと気にもしなかった。
ここまでも、やはりどうでもいい。
道場に入ると、撲殺死体が一つ転がっていた。
いや、まぁ胸は上下しているから生きてはいるのだろう。『うーん、虎とぶるまぁが……』とか『マシンガンはやめて……、できればドリルで』などと呻いているし大丈夫だ。
何となく、昨夜のデジャブを感じてしまう。もっとも、昨夜は倒れていたのは自分で見ていたのは奴だった気がするが。
「さて、どうしたものか」
小声で呟いてみる。
格段敵対していないので、危害を加える気は無い。
どこぞのハタ迷惑な二人のようにボディペイントをするような趣味も無い。てか、んな気持ち悪い事はやりたくは無い。
優しく起こす……、論外。あの阿呆にそんな事をしてやる義理は無い。
「やはり、放置しておくか。どうせすぐに復活するだろうしな」
アーチャーは結論付けると、撲殺士郎に背を向けて工具を取り出す。ちなみに投影をしたバッタモノ。
壁の穴の寸法を測り『うーん、ぶるまぁ真拳……』、必要な材料を『虎が花札を片手に……』想定し
、壁の年月を『温泉卵に顔を……』……。
「あー、やかましい!」
背後でうめく士郎の妙な寝言に、アーチャーは振り向く。
わざとやってるのかと思ったが、先ほどから体勢が変化していないところを見ると本当に寝言らしい。
「とりあえず起きろ、この阿呆!」
げしっと、割と手加減抜きに蹴りを入れる。脇腹につま先が綺麗に入るように蹴りを入れるのがコツだ。
「ぐふぁ、げほっ、げほっ!」
あまりの痛さと突然の呼吸困難に士郎が飛び起きる。
そんな士郎をアーチャーは冷たく見下ろす。
「ふん、ようやく起きたか未熟者」
「なんだよ、お前っ!」
突然の暴力に、士郎が涙目で抗議をする。
「無様に転がっているな、この阿呆。やれやれ、貴様が私の過去だと思うと涙が出る」
そう言うとアーチャーは嫌味たっぷりに大きく肩をすくめた。
「なんだと! お前はどうだったんだ」
「貴様よりは数段マシだったな。少なくとも無様に気を失う事は無かった」
「うっ……。まさか、『今日は断食だ』って言ったら、あそこまで暴れ出すとは思わなかった……」
士郎のいいわけじみた独白に、アーチャーは呆れかえる。否、あまりの無謀さに尊敬の念すら浮ぶ。
「セイバーの逆鱗に触れてどうする」
「やっぱり逆鱗なのか?」
「ああ、セイバーの食事とアホ毛に触れるのは危険だ。怒らすと容赦が無いからな、彼女は」
ちなみに、同種に遠坂のバストサイズ、桜の体重などがある。
アーチャーの言葉に、士郎が苦笑いを浮かべる。
「それはよく判った」
「判ったのなら、さっさと居間に行け。腹を空かせたセイバー達がまた暴れ出すぞ」
アーチャーは本気とも冗談とも取れない調子で言うと、壁の大穴の寸法を測り始めた。
「そうだな、すまなかったな」
士郎もそんなアーチャーに返答をして立ち上がり、道場に転がっていた竹刀に目を留めた。
最後の容赦なく暴れるセイバーはさて置き、それ以外の打ち込みでも掠る事すらなかった。アーチャーの真似事ぐらいはと思ったが、真似事以前に全ての動きはセイバー二号に見抜かれてしまっていたのだ。
アーチャーの言い分ではないが、全くもって情けなさ過ぎて涙が出そうだ。
「何をしている、衛宮士郎」
不意に、振り向きもせずにアーチャーが声を掛けてくる。
「何でも無いさ」
考えを悟られる訳にはいかない。士郎は短く答えて道場を後にしようとする。だが、そんな考えすらアーチャーは見抜いていた。
「セイバーに全く歯が立たなかったなどと考えているのなら、そんな無駄な考えはさっさと捨てろ。貴様にそんな無駄な事を考えている余裕など無いはずだ」
「なんだと」
アーチャーの言葉に士郎は反応する。どんな表情をしているのか、士郎の側からは窺い知る事は出来ないが、何となくだが声の調子から何時もの皮肉さが消えていた。
「まぁ、奴の言っていた通り衛宮士郎は師には恵まれていないしな」
「何を言っているんだ、おまえ。そんな事ないぞ。セイバーについていけないのは俺が未熟なだけだ」
士郎の言葉にアーチャーは苦笑いをする。はるか昔、魔術と剣の違いこそあれ、同じような事を自分も言ったような気がする。
「──だからだ、おまえ相手にはな、何も判っていない剣士の方がうまく作用する。
天才には凡人の悩みは判らない。
セイバーは剣の英霊に選ばれるほどの使い手だ。落ちこぼれであるおまえの限界には気が付かない」
「?」
士郎にはアーチャーの言いたい事がよく分からなかった。いや、分からないなりに考えてみると。
「おまえだってセイバーとあれだけ戦えるんだろう。そりゃ、セイバーみたいな才能はないかもしれないが、何でそこまで卑下するんだ?」
「卑下などしていない、純然たる事実を端的に言っているだけだ。衛宮士郎は格闘には向かない。
おまえの戦いは、精神の戦い、己との戦いであるべきだからだ」
「む……俺は魔術師だって言うんだろう。そんなの判ってる。それでも、戦うなら殴りあうしかないじゃないか」
「──まったく。これではセイバーも苦労しよう」
アーチャはそこまで言うと、まだ未熟な己に向き直る。
その目には今までにはなかった、本気の落胆と怒り、そして苦笑が混ざっていた。
「一度しか言わんからよく聞け。
いいか、戦いになれば衛宮士郎に勝ち目などない。
おまえのスキルでは、何をやってもサーヴァントには通じない」
「…………っ」
それは、セイバー二号にも言われた事であり、先ほどまでの鍛錬で痛感した事だった。
戦いになっては勝てない。
どんな奇策を用いようとも、戦いになっては衛宮士郎に勝機などない。実際、思いつく限りの全ての策はセイバー二号には通じなかった。
「ならば、せめてイメージしろ。現実では敵わない相手ならば、想像の中で勝て。
自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ。
───衛宮士郎に出来る戦いなど、それくらいしかないのだから」
「な───」
アーチャーの言葉は、どうしょうもなく素直に、士郎の胸に落ちた気がした。
普通なら一笑に伏す戯言。しかし、それは未来の自分が与えた、決して忘れてはならない道標だった。
そんな士郎に、アーチャは一瞬だけ優しく寂しげな、そして悲しげな笑みを浮かべる。
「ふん、少し話しすぎたか。
──だが忘れるな、どれだけ……」
アーチャーが何か言葉を続けようとする。だが、それが何なのか士郎には永遠に分かる事は無かった。
何故なら……。
突然の暴風と閃光とその他諸々がアーチャーをふっとばしたから。
「ぐふぁぁあああああ!」
「アーチャー! あ、貴方が何でシロウとフラグを立ててるですかっ!」
道場に突入するなり、アーチャーを吹き飛ばして意味不明なことをのたまわったのは、我らがセイバー一号さんだった。
「って、いきなり何を気色悪い事を言うんだ、セイバー!」
吹っ飛ばされた体勢のまま、セイバー一号の言葉にアーチャーは鳥肌を立てる。そりゃそうだ、アレは平行存在とはいえ自分自身なのだ、気持ち悪いったらありゃしない。
だが、セイバー一号は聞いちゃいなかった。
「やはり、アーチャーの剣に似ている似ていると思ったら、そういう事だったのですね! 男にまで浮気をするなんて」
「何を言っているんだ、だからっ! てか、そんな気持ち悪いアブノーマルな趣味は俺には無い!」
「そんな、アーチャー。『やらないか』の人だったなんて!」
「だから、凛、君も何を言っている! てか、何だそれはっ!」
「そういえば、アーチャーって男の人にもよくもてたっけ、イッセーだったっけ?」
「バーサーカー! 一部の特殊な人が喜ぶような事を言うなっ!」
わーわーわー、ぎゃーぎゃーぎゃー。
道場に突入してきた面々とアーチャーが不毛な、ちょっとアブノーマルな談義を繰り広げる。
先ほどまでのシリアスな雰囲気は、ミジンコの欠片も無かった。
士郎は溜息を一つつくと、道場の隅で話題に付いて行けず呆然としているセイバー二号とイリヤの側に近づいた。
「なんなんだ、アレは?」
「さ、さあ……、申し訳ありません、私には何とも……」
なんだか、どう考えてもトチ狂っているもう一人の自分に、セイバー二号は冷や汗を流す。なんだか、笑っていいやら泣いていいやら。
だが、その隣りの銀の少女は違ったようだ。
ぎゃあぎゃあと騒いでいるサーヴァントと魔術師を見て楽しそうに微笑み、士郎とセイバー二号に語りかける。
「そうかな。わたしはとっても楽しいよ」
そんなイリヤの言葉に、士郎とセイバー二号は顔を見合わせ、噴出した。
少しだけ何処か痛そうな、でも確かにそれは笑みだった。
「そうですね……」
「そうだな、楽しいな……」
二人の微妙な表情に気が付いたのか、気が付いていないのか。イリヤは天使のような微笑を浮かべ、ささやかな望みを口にした。
「ずっとこんな日が続けばいいな……」
でも、少女の望みは適わない。
始まりと終わりは常に対、祭りは終わる。
始まりが終わり、終わりが始まりつつあった。
続く……かな?
幕間 終わりの始まり
「そろそろかのう……」
冬木の最も深い闇の奥底で、その老人は呟く。
その老人の言葉に、男は嬉しそうに答える。
「動いていいのか?」
「カカカ、まあ良いじゃろう」
男の目に、暗い炎が宿った。憎しみと歪んだ自尊心が、男の動く原動力だった。
「それじゃあ約束通り、僕は自由にさせてもらうよ、お爺様」
「自由にするのは構わんが、アレだけは傷つけず持ってくるのじゃぞ」
「判ってるさ」
そう言うと、男は老人に背を向け闇の底を後にする。
だから、男は老人がどのような目を自分に向けていたか、気が付く事は無い。もっとも、老人の顔を見ていたとしても、男は老人の真意など見抜けなかっただろう。
その程度の愚か者だから、利用価値がまだ有ったのというだけだ。だから、態々手駒を使い、男を南洋の地より回収したのだ。
「まぁ、精々ワシの役に立つが良い」
闇の奥底で、老人の姿をした蟲が嘲笑した。
「ふん、忌々しいったらありゃしない」
男は闇の奥底から抜け出すと、手近にあった椅子を一つ蹴りつける。
恐らくは古い歴史があり、相当高価だろう椅子は壁にぶつかり砕け散る。
だが、これぐらいで気が晴れることは無い。自分が感じた恐怖感、絶望感はあの裏切り者を殺し、あの魔術師の末を差し置いて魔術師でマスターだったというアイツを殺してこそ晴れるのだ。それに、自分を馬鹿にしていたあの女も殺さなければ気がすまない。
自分よりも優れた奴なんて、この世に居る価値なんてないのだ。
男は歪んでいた。
本来は陽気で面倒見の良い男だったはずなのに、今の男は致命的に歪んでいた。
男は久方ぶりの外気に身を震わせ、時刻が夜だった事に少し驚く。
空を見上げ、星の数が少ないと考え……、すぐにその考えに憤慨した。
まぁ、いい。この屈辱もいずれは甘美な思い出に変わるだろう。男は思い直すと、背後に控えているだろう従者に語りかける。
「出てこいよ、化け物」
男の言葉に、何も無かったはずの背後に、闇より濃い闇が現れる。
その闇は女の姿をとっていた。
拘束衣を連想させる革の衣服を着込み、その紫の髪の下の顔を仮面で覆う異形の姿。
男は女を忌々しげに一瞥すると命令を下す。
「行くぞ、ライダー。まずは罠と……餌の準備だ」
ライダーと呼ばれた女は、男の言葉に無言で頷いた。