とある英霊と戦場の学園
「Vertrag…… Ein neuer Nagel Ein neuer Gesetz
neuer Verbrechen――――……」
捧げる旋律は、間桐の物ではない。
それは、幼い頃、遠坂の家で……遠坂桜が聞いた呪文。
唱えた事など一度も無かったはずなのに、つかえる事も無く流れるように、謳うように唱えられる。
「まっ、まさかっ!」
「さ、桜!?」
「──間桐桜が命じます。ライダー、私の先輩を護って!」
「ひぃ!」
桜の言葉と共に、慎二の持つ本の一冊が燃え尽きる。
所詮その本は偽りの契り。互いに敬愛しあう真なる主従の命の前には、燃え尽きるのが道理。
桜の左の腕に不可思議な紋章が浮かび上がる。
それは大魔術の結晶、令呪。
偉大なる英霊を使役する、聖杯戦争参加者の証し。
桜の腕の令呪の一つが一瞬だけ強く輝き、その光を失う。それと同時に、ライダーと桜の間に確かな繋がりが生じる。
それまで魔力不足だったライダーの身体に、一気に魔力が充実する。
「桜……いいのですか?」
「ライダー、お願い」
ライダーの問いかけに桜は力強く答える。今この場で頼りになるのはライダーだけだと、桜の思いが伝わってくる。
この力、この思い。決して不快ではない。
ライダーは口元をほころばせると、偽ライダーと慎二に向き直る。いつの間にか肩の傷も修復されていた。
「わかりました。
マスターの命令です。偽ライダー、怪奇ワカメ男、覚悟しなさい」
「だ、誰がワカメ男だっ!
──ちくしょうちくしょうちくしょう! どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって! 殺せっ、化け物同士殺しあえっ!」
燃え残った一冊の本を振り回し、慎二が偽ライダーに命令を下す。
偽ライダーはその言葉に答えず、無言で這いつくばるような独特の構えを取る。蛇を連想させるその構えから、一気に駆け出す。
狙いは桜。令呪で能力がブーストされたライダーと直接やり合うのは危険だ、マスターを倒せばサーヴァントなど立腐れするだけだ。
常人には捉える事の出来ない速度で偽ライダーは駆ける。
しかし……。
「遅いですね」
突如、偽ライダーの目前にライダーの姿が現れる。
その姿を偽ライダーが認識した瞬間、腹部にダンプが激突したような衝撃を受ける。
ライダーの膝蹴りを喰らったと理解すると同時に、偽ライダーの身体が大きく吹っ飛ぶ。
偽ライダーは床に衝突しバウンド、天井にぶつかり、天上を足場に止まる。
「嘘っ! 天井に立ってる!?」
桜が驚愕の叫びを上げる。確かに、偽ライダーは天井に立っていた。
だが、ライダーはそんな事では驚かない。追撃するべく牽制に釘剣を投擲する。しかし、釘剣が到達する瞬間には偽ライダーの姿は消えている。
天井に突き刺さる釘剣。その姿を確認するでもなく、偽ライダーは壁を足場にライダーに肉迫する。その手に握られた釘剣をライダーの心臓めがけて振るう。
金属同士が激しく打ち合う音が廊下に響く。
釘剣を引き戻していては間に合わない。そう判断したライダーは釘剣の鎖で偽ライダーの釘剣を受け止めたのだ。
そして、その受け止めた反動を利用して釘剣を引き戻す。
ライダーの釘剣が天井から抜け、背後から偽ライダーを襲う。だが、偽ライダーもそれは予測していたらしく、姿勢を低くして大きく後ろに跳び退る。
ライダーの手に再び釘剣が握られ、最初と同じ姿勢で対峙するライダーと偽ライダー。
「す……、すごい」
初めて目のあたりにするサーヴァント同士の戦いに桜は呆然と呟く。
ランサーと並んで最速を誇るライダー同士の戦いだ、無論桜の目では全てを追いきれた訳ではない。しかし、僅かに止まった瞬間の動きだけでもアレはもう人間にどうにかできる動きでは無いと理解できた。
一方、ライダーはそれ所ではなかった。
──こちらの不利は、変わりませんね。
ライダーが内心呟く。
実際のところ、令呪の効果での能力ブーストはささやかなものだった。おそらく魔力の大半は、前の命令である偽臣の書のキャンセルに費やされたはずだ。
それでも、マスターが慎二から桜に変わった事で能力は段違いに上がった。抑えられていた力が解放されたのだ。
しかし、その能力をもってしても、あの偽ライダーと互角。
本当にどんな手段を使っているのか知らないが、あの偽ライダーの素の能力は桜をマスターとした自分よりも僅かながら上だった。
通常考えられない事だ。マスターの性能によりサーヴァントはその能力を変化させる。無能なマスターが付けば力の大半を封じられ、優秀なマスターであれば制限無く生前の能力を行使できる。それがこの聖杯戦争の理だったはず。
慎二は魔術師ではない。魔力回路が枯れており、魔術の知識はあっても魔術行使は全く出来ない。衛宮士郎もマスターとしては低レベルだが、それ以下の最低最悪のマスターだ。
だが、その最低最悪のマスターに使役されているはずの偽ライダーは、現時点で最高ランクのマスターである桜の援護を受けている自分と互角なのだ。
正直、無茶苦茶だと訴えたい気分だ。
とは言え、訴えたところで聞き入れるようなところがあるわけでもないし、今の現状を覆すのに意味はない。
今の僅かでも令呪の援護を受けている状態なら、宝具を使えば仕留められると思うのだが……。
ライダーはその考えを却下する。
ライダーと偽ライダーの宝具はこの狭く真っ直ぐな廊下では、最高の使い勝手を誇る。だが、互いの宝具同士がぶつかり合えば、首の骨が折れている士郎はその余波で命を失いかねない。
偽ライダーもその辺がわかっていて宝具を使わないのだろう。令呪の支援を受けている今のライダーに宝具合戦をしても勝てないし、自らが使わない限りは、ライダーも宝具を使わない。
ライダーの令呪の効果が切れてから、宝具で仕留めれば良いと考えているのだ。
不利なのは、全く変わっていなかった。
「どうしました、動きが止まりましたよ、下品な女!」
ライダーが戦況を分析した僅かな時間に体勢を整えた偽ライダーが、再度の突撃を開始する。
その動きは、とてもではないが“他者封印・鮮血神殿”を使用しているとは思えない速さで……。
──“他者封印・鮮血神殿”?
偽ライダーの突撃を受け流しながら、ライダーの頭に一つのプランが浮かび上がる。
──このままでは不利は変わらない。ならばやってみる価値はありますね。
ライダーは口元に笑みを浮かべると、突撃をしてきた偽ライダーをカウンター気味に蹴り飛ばす。先ほどのダメ―ジを与える為の蹴りではなく、相手を跳ね飛ばす為だけの軽い蹴り。
偽ライダーはその蹴りをかわす事が出来ず、大きく後ろに跳ね飛ばされた。
跳ね飛ばされた偽ライダーに慎二が巻き込まれて悲鳴を上げているが、とりあえず無視。
十分に距離が開いた事を確認すると、ライダーは追撃する事も無く精神を集中させる。
赤く染まる世界の中にある、自分が残したモノの存在を確認する。
──あった。
それは数日前、慎二に命じられて奴の目を誤魔化す為に設置したモノ。凛をからかう為だけに放置していたモノ。
この“他者封印・鮮血神殿”に巻き込まれて消えているかと思ったが、どうやら残っていたようだ。
ライダーは背後の桜と士郎を一瞬だけ振り返ると、この学園に残していた自らの宝具を発動させる。
「まっ、まさかっ!」
偽ライダーが通常では考えられない事態に驚愕の叫びを上げる。
理屈では判っていても、本来なら決してありえぬ事だからだ。
そう、今この瞬間、この学園に二つの“他者封印・鮮血神殿”が発動した。
それは、どちらのライダーにとっても初めての事態だった。
あたりまえだ、一部の例外はあれ通常は宝具と英霊は常に対。同種の宝具というのならまだしも、全く同じ宝具が全く同じ時に全く同じ担い手により発動するなどと言った事態が起こるわけは無い。
これが武器形式の宝具なら、互いに威力を打ち消しあって終わるところだろうが、今回発動したのは捕食型の結界宝具。
二つの“他者封印・鮮血神殿”は反発し、重なり、歪み、同調し、そして混ざり合う。全く同じ宝具が二人の同一人物に使用されたのだ。ありえない発動は、互いの融合という結末を迎える。
融合した二つの結界の維持に使われる魔力は単純に二倍ではない、二乗の魔力消耗がライダーの体を襲う。
「な、何を考えている!?」
偽ライダーが予想外の事態に狼狽の声を上げる。
だがあれも自分だ、すぐに気が付く。ライダーはすぐさま次の行動に移った。
「結界……、解除」
ライダーは“他者封印・鮮血神殿”を即時終了させた。
赤い空間が砕け散り、暴食の世界が消え去る。
しかし、それだけではなかった。
「があぁっ!」
結界の終焉と共に、偽ライダーが血を吐き膝をつく。
自らの意思で結界を破棄したライダーと違い、外部から強制的に終了させられたのだ。この捕食結界の強制終了の反動が一気に襲ったのだ。
この手の結界の常で、効果が暴虐であればあるほど、破られた時の反動が大きかった。まして、今回はライダーがわざとダメージがいくように無茶な終了を行ったのだ。絶対の自信を持っていた宝具だけに、偽ライダーのダメージは計り知れない。
もっとも、ライダーとてダメージが無いわけではなかった。偽ライダーのように血を吐くことは無かったが、今回の強制終了で魔力をゴッソリと持っていかれた。
令呪の効果もいつの間にか消えている。
だが、ライダーはあえて余裕の表情を消さず、偽ライダーを挑発する。
「さて、どうしますか偽ライダー。ご自慢の結界は破れたようですが」
「貴女が言いますか……」
憎しみの視線を、偽ライダーはライダーに向ける。だが、偽ライダーも馬鹿ではない、これ以上この場にとどまっての戦いは意味が無いと悟る。
捕食結界は破られ、決して小さくないダメージを負った。さらにあれだけ派手に結界を張ったのだ、他のサーヴァント達が気がつきこちらに向かって来るのも時間の問題だろう。まして、少なくとも確実に4騎はライダーの味方だ。
これ以上の戦いは不利。
偽ライダーがそう結論付ける。しかし、そんな戦況の変化に気がついていない男が一人いた。
「なっ、なにやってんだ、化け物! お前はあっちのライダーより強いんだろう!」
慎二が怒りの声を偽ライダーに上げる。
「ま、マスター……」
「いいからっ、あのライダーを殺せっ! そのぐらいしかお前には出来ないんだろう、化け物!」
偽ライダーが困惑の表情を向ける。この男は一気に戦況が不利になったと全く理解していないのだ。
「まだ、一対一だっ! 桜が魔術師だって言っても知識も無い半人前だっ! 今のうちにあっちのライダーを殺しちまえ!」
そのやり取りを見ながら、ライダーは思わず偽ライダーに同情する。彼女の記録の中の慎二も三流以下のマスターではあったが、あそこまで愚かではなかった。少なくとも知略という意味においては、善悪はさて置き士郎より幾分マシな部分もあった。
前の世界との経験の差分が、あの慎二を狂わせているのだろう。
「それと、アレを使うぞ!」
「くっ、了解しました……、マスター」
どうやら戦闘続行のようだ。偽ライダーが再び構えなおすのを見て、ライダーも構えを取り直す。
先ほどの結界破棄で魔力を大分使ったが、まだやれる。
「桜……、戦闘続行のようです。士郎を連れて下がっていてください」
「でも……」
先ほどまでの戦いに呆然としていた桜が、ライダーの声に我に返った。
「大丈夫です。少々派手になりそうですから、念の為にお願いします」
「わかったわ。ライダー、お願い」
そう言うと桜は、士郎の体に負担がかからないように気をつけながら少しだけ後ろに下がる。
桜が下がったのが切っ掛けだった。
ライダーと偽ライダーが同時に疾走を開始。互いの中間点で衝突しあう。
二人のライダーにとって、壁も床も関係など無い。縦横無尽に空間を駆け巡り、互いの釘剣を振るう。
ライダーが釘剣を偽ライダーの脇腹に振るうが、偽ライダーは鎖だけでその攻撃を受け流し、膝蹴りをライダーに叩き込む。
しかし、ライダーもそれを予測。膝蹴りで迎撃し、その反動で互いが少し離れる。
再度の突撃を開始。
釘剣同士がぶつかり合い、火花が散る。
二人のライダーが互いに睨み合い……偽ライダーが笑う。
──笑う?
ライダーが偽ライダーの表情の変化に気がついた時だった。
「きゃあああああああああああ!」
ライダーの後方で、桜の悲鳴が響き渡る。
「しまった、伏兵!?」
慌てて向き直るライダーの隠された目に、黒い獣のような姿をしたナニカに襲われている桜と士郎が移る。
「くっ!」
偽ライダーに致命的な隙を見せる事を覚悟で、釘剣を投擲する。
投擲した釘剣が黒い獣の頭部を一撃で粉微塵に打ち砕く。頭部を失った黒い獣はその身を一瞬だけ震わせると、溶けるように霧散した。
一瞬安堵するライダーだったが、次の瞬間に右腕を襲った衝撃にそんな感慨を吹き飛ばされる。
「───っ!」
ライダーの右腕を貫いた偽ライダーの釘剣は、そのままライダーの身体を壁に貼り付けにする。
そして再び衝撃、今度は左腕、右足、左足……。まるで巨大な海の化け物の生贄にされた少女のように、ライダーの身体は壁に貼り付けにされる。
ライダーは拘束から逃れようともがいてはいるが、壁にめり込んだ釘剣はピクリともしない。
「悲鳴を上げないとは、実力はともかく確かに根性だけはあるようですね」
四肢を貫かれ、血を流し貼り付けになったライダーを偽ライダーが嘲笑う。
「いえ……偽物らしく悪役のパターンを周到する……貴女には敵いませんよ」
だが、そんな偽ライダーにライダーは軽口で応戦する。間違っても、こいつに弱みを見せるのは嫌だった。
「軽口は嫌いです」
返答代わりにライダーの腹に拳がめり込む。
一般人相手なら一撃で内臓が口から飛び出すような拳に、流石のライダーも血反吐を吐く。
だが、軽口は止まらない。止めるわけにはいかない。
「ところで……知っていますか? 悪役は正義の味方に倒されるものなのですよ」
軽口をやめないライダーに偽ライダーは再度拳を叩き込もうとして、思い止まる。何時他のサーヴァントがやってくるかも判らないのだ。さっさとこの不愉快で下品な女に止めを刺し、あの少女を確保しなければ……。
偽ライダーのそんな考えを知ってか知らずか、再度廊下に桜の悲鳴が響き渡る。人を殴る、鈍い音が響く。
「桜!」
ライダーが首をひねると、慎二に髪をつかまれて引きずられてくる桜の姿と、打ち捨てられた士郎の姿があった。
口惜しさに歯軋りしながら、ライダーは偽ライダーに言う。
「やはり貴女は偽物のですね……、あの桜を見てなんとも思わないなんて」
あの自分と同じ運命を背負った少女を見て、心動かさない自分などありえない。ライダーの言葉に、偽ライダーは反射的にライダーを殴りつける。
「反論できないから暴力とは……、流石は偽物」
それでも軽口をやめないライダーに、偽ライダーは落ちていたライダーの釘剣を拾い上げ、その白い太ももを抉る。
「───っ!」
「偽物ですから、貴女をなぶり殺しにしてあげましょうか?」
偽ライダーの言葉に反応したのは、ライダーではなく慎二だった。
「そりゃいい。裏切り者には相応しい末路だ」
そう言って慎二はゲラゲラと笑うと、桜の身体をライダーの目の前に放り投げる。
「きゃあっ!」
「でも、あんまり時間が無いしな。桜だけは連れてくるように言われてるんだ。ライダー、そっちのライダーにとどめを……」
させ。
慎二がそう言おうとした時だった。
「───そんなこと……、させない」
静かな声が、面々の耳に染み込んでいく。
そして、染み込む前に一陣の影が駆けつける。
「──ふごらぁ!」
影は、握り閉めた拳を、全力で慎二の頬に叩き込む。突然の不意打ちに、慎二は受身すら取れずに大きく跳ね飛ばされる。
「ば、馬鹿なっ!」
偽ライダーが驚愕の叫びを上げる。
確かに、確かに、自分は彼の首の骨を折ったはず。あの感触は、間違いなく致命傷だったはずだ。
それなのに、それなのに、何故立っている。
──なぜ、衛宮士郎は立ち上がっている!?
だが、士郎はそんな偽ライダーの驚愕に構っている余裕は無い。
この場には守るべき者が、助けるべき人たちがいるのだ。
士郎は自らの精神を変質させる合言葉を口にする。
「──投影開始(トレース・オン)」
何故自分は立ち上がれたのか、そんな事は後回しだ。
そう、遥か昔に親父に誓ったではないか、衛宮士郎は皆を守れる正義の味方になると。
こんな所で倒れてはいられない。倒れていいはずは無い。
桜とライダーを助けなければ。
──心の撃鉄が上がる。昨日凛に強引に作られたスイッチが起動し、魔力回路に魔力が流れ始める。
だが、自分の実力ではサーヴァントには勝てない。それは、油断があったとはいえ偽ライダーに一撃で叩きのめされた事で、十分に理解できた。
だが、奴は、あの未来の自分を名乗る男は、こう言った。
── 自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ。
そう、衛宮士郎に偽ライダーは倒せなくとも、偽ライダーに勝てる存在ならば幻想できる。
あの夜見た、あの未来の自分たちの戦い。
あの未来の自分たちなら、決して偽ライダーにも遅れなどとらない。
──まだ衛宮士郎では届かない高みに、衛宮士郎の身体が悲鳴を上げる。
──全身の血管が破裂する、神経が焼ききれる、魔力回路が焼け付く。
この程度の痛みは何だというのだ。
あの、必死の決意を見せた桜の想いに応えないでどうする。
この、ボロボロになって戦ったライダーに応えないでどうする。
「──投影完了(トレース・アウト)」
士郎の手に握られるのはあの夜、弓兵が握りし白と黒の二振りの剣。
「うわああああああああああああああああああああああああ!」
獣じみた雄叫びを上げ、士郎は偽ライダーに襲い掛かる。
自分の技量ではサーヴァントには勝てない。だが、未来の自分の技量なら負けはしない。所詮、衛宮士郎にできる戦いなど、勝てるものを幻想するのみ。
白の剣が偽ライダーにかわされるが、それは予測済み。黒の剣が偽ライダーの脇腹を襲う。
だが、必殺の一撃は偽ライダーの釘剣に防がれ、黒の剣は砕け散り魔力に戻り霧散する。
この程度が弓兵の実力か?
否、奴の剣は砕けなかった。単に衛宮士郎の精度が甘かっただけ。
奴は、あいつは砕けることなく駆け抜けた剣。この剣が砕けたのは、まだ衛宮士郎があいつのいる高みに届いていないだけ。
即座に次の双剣を投影、今度は3合で砕け散る。
まだだ、まだ奴には届かない。何かが、何かが足りない。
次に投影したた双剣は5合で根元から折れる。まだだ、奴の経験を読み取れていない。
次に投影した双剣が偽ライダーに振るわれる。
しかし、その斬撃が届くより早く、偽ライダーは後ろに大きく飛び退き間合いを取る。
開いた間合いを油断無く睨みながら、士郎は肩で大きく息をする。無茶な投影の連続で全身ボロボロだが、まだ闘志は衰えていない。
「先輩……」
「士郎……」
士郎の後姿を桜とライダーが見詰める。どう反応して良いのか判らないのだ。
「桜……、ライダー」
そんな二人に、士郎は振り向かずに声をかける。
士郎の声に、桜の身体がビクリと震える。今まで魔術師だと隠していたのがばれたのだ。幾ら人の良い士郎でも、何で自分が士郎に近づいたのか気がつくはずだ。
怒られる、否定される、詰られる……。そんなネガティブな想像が桜の中で渦巻く。この場から消えてしまいたいという想いが彼女を支配する。
しかし、そんな桜の想いとは正反対の言葉を士郎は口にした。
「ありがとう。そしてすまなかった、桜、ライダー。
──ここからは、俺が二人を守る」
闘志を、絶対の守る意思を士郎は見せる。
小柄なはずの士郎の背中が、やけに大きく見える。
何故だろう、桜の目から涙が零れ落ちた。
突如復活し、サーヴァントである自分に喰らいつく動きを見せた士郎に、当初困惑した偽ライダーではあったが、落ち着いて間合いを広げてしまえばあの程度の動きは大した物ではないと判断できた。
それよりも気になる事は、時間をかけすぎたことだ。
これ以上の戦闘の長期化は危険だ。速やかに障害である衛宮士郎を抹殺し、あの少女を確保しなければ。
そこまで考え、心の何処かにチクリと刺すモノを感じる。
あの時、あのもう一人の自分の言った言葉が原因だ。
たしかに、あの少女に思うところがあるのは事実だ。同情していると言って良い。
そして、あの真っ直ぐな少年に、もう一人の自分が好意を抱いているのも理解できた。僅かに剣をかわしただけだが、なるほど心地よい性根だ。少なくとも今のマスターよりは数段マシ。いや、比べる事態があの少年に失礼だろう。
だが、だからと言ってなんだというのだ?
自分はこちら側、あれは敵なのだ。
彼らと交わる運命な自分には無かったというだけだ。所詮は自分は反英霊。英雄を生み出すために、人に害悪をもたらす存在。
悪役は悪役らしく戦えばいいだけだ。
互いの覚悟は決まった。
最初に動いたのは士郎だった。白と黒の双剣……干将莫耶を構え、あの晩の弓兵と同じ姿勢、体勢、速度で突撃をする。
正直を言えば、偽ライダーはあの少年の真っ直ぐな思いを受け止めてやりたい衝動に駆られていた。だが、そんな時間的な余裕は無い。
だから、裏技を使う。
その顔を覆う仮面を脱ぎ捨てる。
「いけないっ! 士郎!」
行動の意味に気が付いたライダーが叫び声を上げる。だが、既に手遅れだった。
偽ライダーの紫の目に士郎が射抜かれる。
その瞬間、士郎の動きが鈍る。
否、身体が固まった。
「こ、これは!?」
「申し訳ありませんが、石化の魔眼を使わせてもらいました」
そう言うと、偽ライダーは静かに士郎に近づいてくる。どうやら彼には驚異的な回復力があるようだが、確実に頭を打ち抜いてしまえばそれで終わるだろう。
少々勿体無い気がするが、所詮はそんな物だ。
「先輩っ! 逃げてください!」
桜が何かを叫んでいるが、偽ライダーはあえて無視をする。
この少年を殺せば勝敗を彼女らも理解できるはず。
「そうだ、殺せっ! 殺しちまえ、化け物!」
後ろから慎二の声がする。哀れな男だと、偽ライダーは思う。
だがその哀れな男が勝利する、この世は無情だ。
偽ライダーは士郎を確実に抹殺するべく、釘剣を大きく振りかぶる。
「や、やめてえええええええええええええええええええええええええええ!」
桜が叫び声を上げる。
誰か、誰か先輩を助けて。自分はどう……。
桜が考えるよりも早く、桜の横を黒い影と青い疾風が駆け抜ける。
先ほどと同じ構図。しかし、今度は駆け込んできた影は二つ。
釘剣が振り下ろされるより早く、拳と真紅の槍が偽ライダーを襲う。槍の一撃こそ釘剣で受け止めたが、拳の攻撃はかわしきれずに偽ライダーは大きく後ろに後退する。
走りこんできた人影を視界に収めた士郎が、みょうちくりんな組み合わせに呆然と呟く。
「葛木に……、ランサー?」
「よ、坊主。少し見ない間に男の面になったじゃねえか」
そんな士郎にランサーがニヤリと笑って語りかける。
どうやらサーヴァントに曲りなりにも喰らいついていったようだ。逃げるだけしか出来なかった数日前とは別人、男はやはり戦いで鍛えられるもんだと感心する。
一方葛木は、何時もの巌のようなしかめっ面を崩す事も無く、この場にいる面々を視界に収め警告をする。
「この騒ぎは何だ? それと学園に無断での進入は禁止されている、来校者は受付の来校者名簿に氏名と住所を記載するように」
なんともこの死闘の場には的外れな言葉だ。
しかし、その表情は冗談を言っているようには見えない。
そんな葛木に、貼り付けにされたままのライダーがニタリと笑って答える。
「それなら私は問題ありませんね。『衛宮ライダー』と、ちゃんと名簿に名前を書きましたよ」
「おう、俺も書いたぜ。その姉ちゃんに言われてな。『衛宮ランサー』って」
「そうか、それなら問題は無い」
「なんでさ」
先ほどまでの死闘が嘘のような間抜けなやり取りに、士郎が呆然と呟く。
というか、この人たちは一体何を言っているんだ?
それは桜も同じだった様で、猛然とライダーに食って掛かる。
「な、な、な、な、なんですかっ! そ、それはっ! わっ、私だってまだなのに、なんで『衛宮ライダー』なんですかっ! それに男の人までっ!」
「おや、知りたいですか、桜? でも私の口からそんな惨酷な事を口にするのは……」
「な、なんなんですかっ、一体! 吐きなさい、ライダー!」
「違うだろっ!」
なんだか、妙に艶っぽい笑みを浮かべるライダーと、顔を真っ赤にして半分涙目で抗議をする桜に、士郎は呆然とツッコミを入れた。
そんな妙にほんわかとした空気を、男の声が打ち壊す。
「な、なんでだよっ! なんでご都合主義的に助けが入るんだよっ!」
絶対の勝利をぶち壊しにされた慎二が、ヒステリックに叫ぶ。そんな慎二の叫びに応えたのは、後からやって来た二人の女性の一人だった。
「人望の差でしょうね。貴方は見るからに雑魚キャラっぽいですから」
銀色の髪をした少女は、慎二を冷たく見据えながら己れの従者に声をかける。
「ランサー、私たちは見届け役立ったはずなのに、何故貴方はそこで戦っているのですか?」
「いいじゃねえかよ、カレン。さっきの結界は無差別攻撃だぜ、俺たちも攻撃されたって事で、ここは一つ、な」
「何を拡大解釈しているんですか、この駄犬。主人の言う事も聞けない駄犬は本当に去勢するわよ」
「だから、人を犬扱いするんじゃねえ!」
妙な言い合いをする教会の監視役とその護衛に、桜が呆然と呟く。
「カレンさんに……、いつかのナンパ男さん」
「よ、お嬢ちゃん。憶えてくれたのは嬉しいぜ」
「ランサー、貴方そんな事をしていたんですか。主人の護衛もそっちのけで盛りがついた犬ですか、貴方は」
「お前の護衛につく前だってーの。それと何度も言うが、人を犬扱いするなっ!」
「貴方達、少しは緊張感というものが無いのかしら?」
警戒の姿勢を解かずに漫才を繰り広げるカレンの背後から、この場にやって来た最後の人物が呆れ声を上げる。
「え? メディアさん?」
「こんにちわ、間桐さん」
桜がハトが豆鉄砲を食らったかのような呆然とした表情をする。
そこにいたのは年の離れた友人とも言える女性、メディアだった。
その言葉に、士郎が動けない身体のまま緊張し、貼り付けになったライダーが警戒の視線を向ける。
だが、そんな二人の反応など何処吹く風と、メディアは桜の赤く腫れた桜の頬を見て眉をひそめる。
「女の子の顔を殴るなんて、酷い男もいたものね」
そう言うと何かを小さく呟き、そっと指を桜の頬にあてる。それだけで桜の頬の腫れが引き、先ほどまでジンジンとしていた痛みが消える。
「魔術? メディアさん、ま、まさか……」
「サービスよ。女の子の顔に傷でも残ったら大変だからね」
メディアは軽く微笑みながらそう言うと、今度は固まったままの士郎の側に向かう。士郎には意味がわからぬ言葉を口にすると、固まっていた士郎の身体が動き出した。
「これもサービスよ坊や……、って、今一しまらないわね」
ただ、駆け出した姿勢のままだったので、つんのめって転んでしまったが。
呆れた表情のメディアに、士郎は立ち上がりながら疑問の声を上げる。
「メディアさん、あんた……魔術師……、いや、キャスターなのか?」
「あら、余計な詮索は後にするべきじゃないかしら?」
士郎の言葉をメディアは苦笑いを浮かべながら軽く受け流す。誰にも聞こえないぐらいの小声で『やっぱり憶えていなかったのね』と呟く。
その呟きは士郎の耳に届いていたが、確かに今は詮索している場合ではないと今現在の敵に向き直った。
もはや、形勢は完全に逆転していた。
何処で計算を間違ったのだろうか。
この学園に衛宮士郎や遠坂凛以外にも聖杯戦争の関係者がいたのは最初から知っていた。だが、最弱ゆえに姦計に長けたキャスターの事だ、精々様子見、最悪でも漁夫の利狙いだろうと計算していた。単独で襲ってくるキャスターなど、もう一人のライダーと戦った後だとしても物の数ではない。
新たな乱入者であるカレンとランサーの存在にも気が付いていたが、教会の監視役がちょっかいをかけてくるなど考えても見なかった。
だが、結果はどうだ?
ライダーを追い詰めはしたものの、瀕死の重傷を負わせたはずの衛宮士郎は立ち上がり、キャスター、ランサーの両名は何故か衛宮士郎についた。逃げようにもサーヴァントが二人を掻い潜って逃げられるとは思えない。
完全に手詰まり、チェックメイドだ。
そう、偽ライダーにとっては。
偽ライダーの背後から、ヒステリックな叫びが聞こえてくる。
「ちくしょ、ちくしょう、ちくしょおおおおおおおおお! 化け物! お前のせいだぞ! お前がノロノロしているからこんな状況になったんだ!」
「おい、貴様!」
そんな慎二を汚物でも見るような目で見ていたランサーが、堪らず声を上げる。
「お前、それでも男か。戦力にならねえのは仕方ねえが、自分のミスを無様に転嫁するんじゃねえよ」
だが、慎二はそんなランサーの言葉など聞いてはいなかった。
「僕が負けるはず無い! 間桐の、魔術師の末たる僕が負けるはずがない、負ける事なんて許されるはずが無い!」
「無様ね」
ヒステリックに叫ぶ慎二にメディアとカレンが軽蔑の視線を向け、桜が兄の醜態を辛そうに見つめる。
だが、そんな視線に気が付く事も無く、慎二は突然ニヤリと笑うと偽ライダーに命令を下す。
「おい役立たず! この責任はキッチリ取ってもらうからな!」
「ま、まさか、それはっ!」
慎二の言葉に僅かだが偽ライダーが慌てる。
だが、慎二はそんな偽ライダーの言葉にも耳を貸さず、その手の中の本を掲げた。
「生きて戻って来たらまた使ってやるよ、化け物。
──狂え、蛇髪の妖女」
慎二の言葉と共に、慎二の手の中にあった一冊の本が黒い炎を上げて燃えだす。
それと同時に、偽ライダーが突如苦しみ出した。
「な、何をしたんだ、慎二!」
士郎が慌てて叫ぶ。そんな士郎に慎二は狂笑を浮かべる。
「楽しい事さ。じゃあな、お別れだ衛宮。精々無様に足掻いて見せろよな」
その言葉と共に、慎二の背後に突如黒い影が現れる。髑髏を模した仮面をつけた黒い影は、慎二を包むとその姿、気配を消してしまう。
「まてっ、慎二!」
「おい、坊主。それどころじゃねえ、様子がおかしいぞ」
慌てて追おうとするが、ランサーに止められる。
たしかに、苦しんでいる偽ライダーだったが、彼女から感じる魔力は減るどころかすごい勢いで増大している。
突如、士郎達の背後で人が倒れる音がする。
「ライダー!」
一瞬だけ視界の一部をそちらに向けると、壁に貼り付けにしていた釘剣が消え床に倒れ伏すライダーと、彼女を慌てて介抱する桜の姿があった。
先ほどまで軽口を叩いていたライダーだったが、どうやらダメージは予想外に大きかったらしい。だが、どうやら命に別状は無いようだと士郎は安堵の溜息をつき偽ライダーに向き直る。
しかし、そんな士郎の安堵を吹き飛ばすかのような悲痛な叫び声をライダーは上げる。
だが、ライダーはそれどころではなかった。自らの傷の状態すら後回しにして叫び声を上げる。
「逃げてください、士郎! あれは、あれはまずい!」
だが、ライダーの悲痛な叫びも虚しく事態は進行する。
偽ライダーのきめ細かく白かった肌が青銅のような色に変わり、表面がざらついた質感に変わる。呻き声を上げていた口元が大きく裂けた。
存在がどうしょうもなく壊れていく。いや、違う。元に戻って言っているのだ。
苦しんでいた偽ライダーが叫び声を上げる。
それは、誕生の呪詛であり、破滅の祝福だった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!」
耳を覆いたくなるような言葉として意味をなさない絶叫を上げると、偽ライダーは窓枠から身を乗り出しその姿を消す。
窓の外より、何か重い物が地面に落ちる鈍い音が響く。
「えっ?」
突然の凶行に士郎が呆然と呟き、慌てて窓際に駆け寄ろうとする。
「いけないっ! 士郎!」
「ちっ、坊主!」
ライダーが叫ぶのと同時に、突如出現した大蛇が校舎の壁ごと窓際を喰らう。
慌てて駆け出していたランサーが士郎を抱え、その場を離れる。
「す、すまない、ランサー」
「ま、サービスってこった。後で酒でも奢れよ」
士郎を降ろしながら、ランサーは軽口を叩く。だが、その視線は士郎には向いておらず、窓の外を面白そうに睨みつけていた。
「ああ、わかった」
士郎もランサーの軽口に応えると、やはり窓の外を睨みつけた。その表情は、険しく厳しい。
そこには、丸太ほどの無数の大蛇が蠢き、窓の中を睨みつけている。
否、数匹の大蛇ではない。そこにいるのはたった一体の怪物だった。
「まさか……、ゴルゴン!?」
同じ地域の出身のメディアが、驚愕の表情をライダーに向ける。
ライダーが苦しそうに、その言葉に頷く。こうなってしまった以上は正体を隠す意味など無いだろう。
「あれが……、私の本性です」
そう言ってライダーは自嘲の笑みを浮かべる。
神話の時代、血に狂い、ついには最愛の姉達も……。
「桜、士郎、アレは私が始末をします。貴方達は……逃げてください」
アレは古の自らの罪の形、自らの本性。自らの手で滅しなくてどうする。
傷ついた体を無理に起き上自がらせると、落ちていた自分の釘剣を拾い上げる。
「ダメです! ライダー。そんなのは許しません!」
だが、桜は猛烈に反発をする。サーヴァントとマスター、そんな関係ではなく、この出来の悪い姉のような女性に、桜は確実に好意を抱いていた。
この女性に、死んで欲しくは無かった。
「いえ、桜。貴女の好意は嬉しい。しかし、あれは……」
だが、ライダーにしては珍しく、一歩も引こうとしなかった。あれを倒すのは自分だと主張する。
しかし、そんなライダーよりも頑なな人物が一人、此処にはいた。
「ダメだ」
「士郎!」
一言で否定をする士郎に、ライダーが非難の声を上げる。
「だめだ。アレを倒すのはライダーの使命だって言うのなら止めはしない。でも……」
だが、士郎の意思は揺るがない。
「そんな体で無理をすれば死んじまうぞ。
桜がライダーを必要としているんだ、こんな所で倒れちゃいけない」
「しかし……」
頑なな士郎に、ライダーは“セイバー”がどれだけ苦労したか、何となくわかったような気がした。
「士郎、私たちは戦うために呼ばれているのですよ」
「それでもだ」
場違いな口論を始めそうになる士郎とライダーに、葛木が何時もと変わらぬ口調で口を挟む。
「口論をするのは止めはしないが、アレはどうする?」
葛木の視線の先には、校舎を突き破り、迫ってくる大蛇の姿があった。
「ちっ、あのデカブツ相手に此処じゃ不利だ。ずらかるぞ!」
そう言うとランサーは見るからに足の遅そうなカレンを右脇に、桜を左脇に抱え駆け出す。
「ちょ、ちょっとランサーさん!」
「喋るな嬢ちゃん、舌を噛む!」
ふと横を見ると、メディアを両手で抱え駆け出す葛木の姿があった。
「そう言えば……、先輩とライダーは?」
慌てて逆側を見ると、傷だらけのライダーを両手で抱え駆けて行く士郎の姿が。
桜の視線に気が付いたのか、ライダーが顔を真っ赤にして士郎に訴える。
「し、士郎! こういうのは私ではなく桜を」
「そんな事言っている場合か!」
一瞬恨めしそうな視線を向ける桜だったが、確かにそんな事を気にしてる場面ではなかった。
ライダーがしっかりと士郎の首に手を回している件については、後でしっかり追求するけど。
背後から迫ってくる大蛇は、校舎の壁を破壊しながらの為か動きが遅い。
これなら逃げ切れる。誰もがそう思った時だった。
「ら、ランサーさん、ま、前、前!」
「ちいっ! 判ってる!」
突如、目の前の壁を突き破り一体の大蛇が現れる。
慌てる桜にランサーは怒鳴り声で応えるが……如何せん、両腕がふさがっている。
「μ」
だが、そんなランサーの心配を他所に、葛木にお姫様抱っこをされていたメディアが魔術を行使する。
メディアのすぐ目の前に魔方陣が浮かび上がると、そこから閃光が迸る。
目を焼かんばかりの眩い光線は、目前の大蛇を砕きついでに壁に大穴を開ける。
「あの穴から飛び降りるぞ!」
ランサーはそう言うと、真っ先に穴から飛び出す。空中で桜とカレンを手放すと、瞬時に槍を呼び出し落下地点に待ち構えていた大蛇を打ち払う。
続いて葛木も躊躇う事無く同じ様に飛び降りる。
「ここから飛び降りるのか?」
一瞬だけ躊躇する士郎だったが背後から大蛇が迫ってきている。躊躇している場合ではない。
「ええいっ!」
ライダーをしっかりと抱きかかえ一気に飛び降りる。とりあえず足を強化、落下の衝撃を耐えようとする。
妙に長く感じる滞空時間──実際は一瞬──を経て着地。凄まじい衝撃が士郎を襲う。それでもライダーを落とさなかったのは立派だったが。
「なあ、坊主。なんで魔力で落下速度落とさないんだ?」
それを見ていたランサーが、呆れた声を上げる。
「な、なんだよ……そ、それは」
衝撃に身を震わせながら周囲を見ると、魔術とは縁が無い葛木を除いて皆呆れた表情をしていた。
思わず憮然とした表情をすると、桜がすまなそうに声をかける。
「す、すいません、先輩。魔術をかじっていれば普通はできると思っちゃうんです」
そう言えば、先ほどは桜も穴から飛び降りた時は一人で着地したなと、少しへこむ。
「とりあえず、そのへっぽこぶりを追求するのは後にしましょう」
「うわ、この人も言っちゃいけない事言ったよ」
この場にいないあかいあくまと同じ事を言うカレンに更に憮然とする士郎だったが、カレンは士郎の抗議などには耳も貸さずに目の前の怪物に目を向ける。
その様子が何となくだが辛そうだと、士郎は気が付く。
「おい、カレン。お前大丈夫なのか? 顔色が真っ青だぞ?」
「気にしないで下さい。アレをほっとくわけにはいきませんね」
真っ青な顔色のまま、巨大な蛇の固まりを無表情に見つめる。
数匹の大蛇を打ち払ったからだろうか、ゴルゴンの怪物はこちらを警戒しながらも攻めあぐねているようだ。また動くものにしか興味が無いらしく、狙いは士郎達だけのようだ。士郎達が飛び出した後は校舎から離れているので、生徒に犠牲者も今のところ無いだろう。
今だこの学園は“他者封印・鮮血神殿”の残り香で人払いの結界と同じ状態にあるようだが、それが晴れるのも時間の問題だ。聖杯戦争の監視役としても、教会の悪魔払いとしても、アレを一般人の目に触れさせる訳にはいかない。
カレンは溜息を一つつくと、護衛役のサーヴァントに確認をする。
「ランサー」
「おう、なんだ?」
何処か楽しそうなランサーにカレンは命令を下す。
「今までの食事分くらいは働いてもらいます。アレを速やかに倒しなさい」
「本当はじっくり戦いたいところだが、まっ、仕方ねえか。了解だ」
「待ってください、アレは私が!」
ライダーが抗議の声を上げるが、ランサーはニヤリと笑って否定する。
「そっちの坊主の顔も立ててやれよ。
いいじゃねえか、戦うお姉さんや悪役ばっかりじゃなくて、たまにはヒロインをやってみるのもさ」
ランサーの軽口にライダーが顔を赤くし、桜が微妙に黒い微笑を浮かべる。
「さ、桜。そ、そういう訳では」
「そう、ライダーもヒロインの座を狙ってるのね」
場違いな主従のやり取りにランサーは一瞬だけ微笑を浮かべると、次の瞬間には獣の笑みに切り替えて一歩前に出る。
ゴルゴンの怪物がランサーを最大の障害とみなしたのか、明らかに意識をランサー一人に向ける。
「英霊の誇りをあんなガキに踏み躙られたあんたには同情するぜ……」
ランサーの言葉に、背後のライダーが辛そうな表情を作る。一歩間違えればアレは自分だったのだ。
「手向けだ。
我が最大の一撃で逝きやがれ」
ランサーから全て凍て付かせる殺気が噴出す。
周囲の空間が凍りつき、その魔槍が貪欲に魔力を暴食する。
それはあの最初の夜と同じ……、いや、それ以上の魔力を魔槍は喰らう。
ゴルゴンの怪物もソレが危険だと本能で悟ったのだろう。大蛇が構えを取るランサーを狙う。
しかし、大蛇の襲撃は士郎の双剣と葛木の拳、そしてライダーの釘剣とメディアの放った光弾によって阻止される。
「何をやるつもりかは知らんが、やるならば早くしろ」
振り向きもせずに葛木はランサーに語りかける。その間にも拳を振るい大蛇の頭を叩き砕く。
「うわああああああ!」
「はっ!」
「消えなさい、γ」
捨て身とも取れる体捌きで大蛇を切り裂く士郎、無数の光弾を操り蛇を貫くメディア。ボロボロの体に鞭を打って鎖で大蛇を拘束するライダー。
ランサーの近づけないように武器を振るう、他の面々。それを見てランサーは口元に笑みを浮かべる。
必要の無い援護だ……とは言わない。連中の好意をありがたく受け取る。
「これだから現世ってのはおもしれえな」
小声で呟くと、もう一度ゴルゴンの怪物を見据える。
「我が必殺の一撃、受けてみよ……」
ランサーは全身のバネを引き絞り、大きく跳躍をする。
「“突き穿つ――(ゲイ)”」
魔槍を大きく振りかぶり、狙いをつける。
「“──死翔の槍(ボルク)!”」
赤き閃光が、ランサーの腕から放たれた。
ゴルゴンの怪物は、一番の脅威はあの赤き槍だと本能で悟る。
足元で戦っている雑魚などもう後回しで構わない。まずはあの槍を迎撃しなければ。
全ての大蛇が魔槍の迎撃に向かう。
だが、一匹、二匹と大蛇は槍に触れた瞬間に為す術も無く消滅していく。それでも構わない、代わりが幾らでもいる大蛇がどうなろうとも、あの槍が本体に届く前に勢いを殺すことができれば勝ちだ。
互いの魔力が衝突面でぶつかり合い、閃光となって反発する。
槍が、無数の大蛇を消滅させながら少しずつ進んでいく。
最初にそれに気がついたのはライダーだった。
アレでは、ゴルゴンには勝てない。
どんな手品を使っているのかは判らないが、あのゴルゴンは自分には無いはずの再生能力らしきものがある。魔力も尋常ではない量がある。
あれでは、槍が本体を貫く前に勢いを殺されてしまう。
ライダーはそう判断すると、手に握る釘剣を見つめる。
あれがいかに再生能力を持とうと、ゲイ・ボルクにプラスして自らの宝具をぶつければ確実に滅ぼせる。
この体で宝具を使えば身が持たないだろう。桜がマスターに復帰したとはいえ、魔力は先ほどまでの戦いで底をつきかけている。
現世に心残りは多いが、アレは自らの手で滅ぼさなければ。
──桜すいません。士郎、アーチャー、後は頼みます。
内心で心残りに謝罪の言葉を口にすると、釘剣で己れの首を貫こうとする。
しかし、真横から聞こえてきた力強い言葉に、ライダーの手は止まった。
「──投影開始(トレース・オン)」
士郎もまた、アレではあの怪物は倒せないと気が付いていた。
如何して気がついたのかは判らない。あるいは、先ほど投影したアーチャーの双剣が伝えた戦闘経験が教えたのかもしれないが、それは定かではない。
ただ、一つ確かな事はアレでは槍が本体に届く前に迎撃されると言う事だけだ。
何とかしなければならない。
──自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ。
脳裏に、再びあの弓兵の言葉が浮ぶ。
気に食わない男だ。あの嫌味な態度が気にくわない、あの高みから見下している態度が気にくわない、あのキザなポーズが気にくわない、赤い服装が気にくわない、和食だけでなく中華も洋食もプロ級の腕なのが気にくわない。存在そのものが気にくわない。
だが、あの実力は本物だ。アレは、それだけの年輪を積み重ねてきた自分の可能性の一つだ。
奴なら、アレを皮肉な笑みを浮かべながら倒してしまうだろう。
あの男に敗走は無い。
この場を何とかするスキルは衛宮士郎には無い。
だが、あの男、アーチャーのスキルなら何とかできるはずだ。
そして、衛宮士郎にできる事など幻想するだけ。ならばやつのスキル、幻想してやろう。
誰にも負けないものを作ればいい。常に最強のイメージを想え、誰をも騙し、自分さえも騙しうる、常に最強の模造品を想像しろ。
難しい筈はない。
不可能なことでもない。
もとよりこの身は、
ただそれだけに特化した魔術回路――――!
――創造の理念を鑑定し、
幻想するのは、最初の夜に見た奴の必殺の一矢。
――基本となる骨子を想定し、
それは一振りの剣を、奴が自らにあわせ改良した神秘。
――構成された材質を複製し、
本来なら衛宮士郎にはまだ届かないはずの神秘に、肋骨が砕け皮膚が焼け焦げる。
――製作に及ぶ技術を模倣し、
だが、その程度が如何したと言うのだ。この身は何度も助けられた身、何も出来ずに朽ち果てるなど許されるはずもない。
――成長に至る経験に共感し、
神経が焼き切れる、血管が破裂する。全身の血液が逆流する。それでも、この身は止まらない。
――蓄積された年月を再現し、
あの双剣が砕け散ったのは、イメージが足りなかったから。想定に綻びがあった為。
複製するなら形だけでなく、その製作者さえ再現する。
──あらゆる工程を陵駕し尽くし──
「く──あ、ああああああああああ……!」
──ここに幻想を結び剣と成す────!
その手に、確かな重みが現れる。
螺旋を画く剣の銘は“偽螺旋剣(カラド・ボルク)”。
奴のように矢として放つ技量も余裕も無い。
叩きつける。
剣を水平に構え、突進しようとしてよろける。
あたり前だ、どれだけ最強の物を幻想しようとも、衛宮士郎の体は生身。自ずと限界が来る。
だが、その限界を超えなくて如何する。ここで倒れては誰が皆を守る。
士郎は一人で体に鞭打ち、限界を超え立ち上がろうとする。
──しかし、限界など超える必要は無かった。
「先輩!」
倒れそうになった体を、桜が慌てて支える。
「士郎! これは私が!」
士郎の手から転げ落ちそうになった“偽螺旋剣”をライダーが握る。
──士郎は一人ではなかったのだから。
ライダーは“偽螺旋剣”を片手にゴルゴンに向かう。
ヒロインでこそ無いが、士郎の弓の代わりと言う珍しい役回りも悪くは無い。
幸い、ゲイ・ボルクの迎撃に手一杯で妨害は無い。アレはもう一人の自分だ。何処が弱点なのか一目で判る。
ライダーは跳躍するとゴルゴンの頭部、目玉らしき器官に“偽螺旋剣”を突き立てる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■っ!」
その痛みに、ゴルゴンが耳を劈く悲鳴を上げる。
ふと思い出すのは二人の最愛の姉。彼女らは、こうなった自分を見て何を思ったのだろう。
もはや誰も応える事など出来ない問にライダーは自嘲の笑みを浮かべ、そしてゴルゴンに哀れみの声をかけた。
「可哀想なメデューサ。せめて、良き夢を見ながら滅びなさい」
自分もいずれは化物となるだろう。だが、この自らを必要としてくれた哀れな少女だけは……守ってみせる。
叶えられなかった幸福を掴ませてみせる。
だから、怪物となったお前は……邪魔だ。
ライダーはゴルゴンの体を蹴ると、一気に跳躍。
それと同時だった。
凄まじい閃光が目を焼き、爆音が校庭に響き渡る。
閃光が消えた先には、大きく体を抉られたゴルゴンが。
そして……。
「チェックメイトだ」
それまでゲイ・ボルクと均衡を保っていた大蛇が、その力を失う。
真紅の魔槍は大蛇を一気に蹴散らすと、その本体に到達した。
一度目と勝るとも劣らない爆音が、空気を振るわせる。
凄まじい爆風が視界を覆い隠す。
そして、視界の開けた先には、もはや怪物の姿は存在しなかった。
巨大な穴が存在する校庭と、その穴の中央に突き刺さる真紅の魔槍だけが視界に映る。
「倒した……のか?」
士郎は、呆然と呟く。
ふと気が付くと、地面が横に倒れ出す。
「せ、先輩!」
不意に、真横から桜の声が遠くに聞こえる。
度を超えた魔術の代償だろう。暴走した血液が脳を圧迫し過酸素状態になっている。眩暈と頭痛は今まで溜まっていたツケを払うかのように垂れ流される。
そうか自分は倒れているんだと人事のように思いながら、士郎の意識は闇に沈んでいった。
その爆音は、遠く離れた衛宮邸のサーヴァント達の耳にも届いていた。
赤き英霊、アーチャーはその爆音に舌打ちをする。
「おいおい、他所を気にしている暇はないぜ、アーチャー!」
繰り出される真紅の魔槍を双剣で受け流しながら、あの夜と同じ膠着した状況に焦りを覚える。
とはいえ、それで隙ができるアーチャーではない。目前の敵から目をそらさずに、せめてセイバー二号は間に合ったのかと心配をする。
「ちっ、他所を気にしながら戦われるとは、俺も随分となめられたもんだな」
「すまんが、性分なのでな」
「ちっ、のらりくらりとかわし続けやがってよく言うぜ」
アーチャーの軽口に、その敵──ランサーは憎しみすら篭った視線を向けた。
少し前に現れた襲撃者達は、そのほとんどがセイバー一号とバーサーカーによって討ち取られている。まだ何匹かの獣は健在のようだが、連中が全滅するのも時間の問題だろう。
弓兵一人に時間を費やすとは、計算外もいいところだ。
「アーチャー!」
凛が屋敷の中から出てくる。直前まで戦っていたのだろう、その衣装はところどころ薄汚れているが自身の怪我はないようだ。
「凛か、他の皆は?」
「みんな無事よ。あらかた倒したわ」
火を使われなかったのが、せめてもの救いだ。とはいえ、家のあちこちの修理費を考えると頭が痛い。
そんな凛の登場に、今度はランサーが大きく舌打ちする。
「ちっ、時間切れか……。
──向こうも失敗したようだし、出直しか」
もっとも、当初の目的はあの獣どもに経験をつませることだけだ。運がよければ……程度でしかない。
ランサーはもう一度舌打ちをすると、大きく後ろに跳び退り壁の上に着地する。
「──逃げるのか、ランサー」
「あいにくうちの雇い主は臆病者でな。目的が果たせない以上は帰ってこい、なんて抜かしやがる」
ランサーを睨みつけながら、アーチャーは追撃をするわけでもなく声をかける。
「ところでランサー、カレンは元気か?」
「さてね、教えてやる義理はねえ」
ランサーの言葉に、アーチャは吐き捨てるように言葉をつむぐ。
「ふん、演技ならもっとうまくやれ、二人目のランサー。英雄の誇りとやらが泣くぞ」
「ちっ、バレバレってか。悪く思うなよ、小僧。これも雇い主の意向でな」
そう言うとランサーは苦笑いを浮かべる。
「ま、俺の知ったことじゃねえから良いがな。せっかくだアーチャー、もう一人の俺に伝えておけ、その心臓は俺が貰い受けるとな」
その言葉を最後に、ランサーの姿は塀の向こうに消えていった。
追撃は……無駄だろう。あれはそういうサーヴァントだ。
「まったく、ノンビリとした時間は終わりのようね」
消えていったランサーがいた場所を睨みながら、凛がアーチャーに語りかける。
その言葉は、本当の聖杯戦争の開始のゴングだったのかもしれない。
続く・・・らしいかも。