とある英霊と魔術師と魔女

 

 

「ねえ、ままー」

 母親に手をひかれながら、女の子は不思議そうな声を上げる。

「こっちはおうちじゃないよ?」

 夕飯のお買い物の帰り道ここのところ寄り道を極端に嫌がっていた母親が、今日は何故かお家と別の方向に向かっているのだ。女の子が不思議に思うのも無理が無い。

 そんな愛娘に、母親はそっと微笑みかける。

 その微笑の裏には、深い愛情と絶対の決意が込められていた。

 

 

 士郎がようやく動けるようになったのは、かなり時間がたってからだ。

 それでも、まだ手足がだるく思い通りに動けない。一度様子を見に来たアーチャーの話では、無茶な投影の代償だとか……、アーチャーも初めて宝具を投影した時は腕が焼け焦げたりと大変だとか……。

「でも、なんで一号は不機嫌だったんだろう?」

「さ、さあ?」

 時折りよろける士郎を支えながら、セイバー二号も不思議そうに首をひねる。

 投影したのが干将・莫耶であり、偽・螺旋剣だと知った時のセイバー一号は、なぜか不機嫌そうだった。

「そういえば、アーチャーの顔もひきつってたわね」

「そうですね……苦笑いと言うか、困ったような表情でした」

 イリヤも不思議そうに首をひねる。あとでバーサーカーにでも聞けば何か知っているかもしれない。

 まぁ、流石にこの面々では“士郎”が最初に投影したのが自分と縁のある品では無かったので拗ねているなど思いつくのは無理だろう。

「しかし、シロウ。本当にもう大丈夫なんですか?」

「そうよ、もうちょっと寝ていたほうがいいんじゃない?」

 時折りよろける士郎に、セイバー二号とイリヤが心配そうに声をかける。

「そんな訳にいかないだろう。こんな事態なんだからできる限り早く今後の方針を話し合っておかないと」

「シロウったら、真面目なんだから」

「でも、そこがシロウのいいところです」

 呆れているのか感心しているのか判らないイリヤに、セイバー二号が自分の事のように胸をはる。

「サーヴァントは似た者が召喚される……か」

 ふと、イリヤは誰が言ったのか判らないような言葉を思い出す。そう言うセイバー二号だって随分と真面目だ。いや、真面目すぎるぐらいだと僅か3日の付き合いではあるが、彼女だけは自分に対して警戒を完全には解いていない。

 まぁ、似ている者と言うのなら、自分なんかは自分そのものが召喚されてしまったのだが……。いや、でもアレと似ていると言われるのは何処か微妙に不本意な……、あそこまで愉快な性格はしていないし。一体何をどうしたら自分があそこまで愉快な性格になるんだろう……。

「どうしたのですか、イリヤ?」

「ううん、何でもないわ」

 あやうく思考の底にはまりそうになったイリヤだったが、気を持ち直して居間に通じる襖を開ける。

「あれ?」

 居間にやって来た面々が最初に見たのは、目尻に涙を浮かべる桜の姿だった。

「お、おい、どうしたんだ、桜?」

 一瞬、凛が何かしたのかと思う士郎だったが、振り向いた凛も涙を流していた。

 そもそも、凛は理不尽に人を泣かすような……泣かすような……泣かす……、いぢめっこ?

「なにかすごく失礼な事を考えていない?」

「いや、考えてない考えてない」

 浮んだ考えを慌てて振り払う。

「でも、どうしたんだ二人とも?」

 士郎の質問に凛と桜は一度顔を見合わせ、二人そろってクスリと笑う。なんとなくだが、桜の顔まであくまのときの凛の笑顔に似ているように見える。

「何でもないわ。ね、桜」

「ええ、私達は大丈夫ですから、先輩」

「?」

 確かに、二人の間の雰囲気は悪くはない。目に涙こそ浮かべているが、今までよりも仲良く見える。

 一体何があったのかと不思議に首をひねるが、二人ともくすくすと微笑むだけでどうやら説明する気はないようだ。

 一人疎外感を感じて憮然とする士郎だが、その表情が面白いのか二人は顔を見合わせ微笑むだけだ。

「いったい……」

 どうしたっていうんだ? 士郎がそう続けようとした時だった。

 

 ぴんぽーん

 

 突然玄関より呼び鈴が鳴った。

「あれ? お客さんかな?」

「そんな予定無いんだけど……」

 士郎が不思議に首をひねり玄関に向かおうとして、よろける。

 今だに体は本調子には戻っていないらしい。

「あ、私が行きます」

「私も行こう」

 そんな士郎の様子を見た桜は、目尻の涙を拭くと慌てて立ち上がる。横で黙って話を聞いていたアーチャーも一緒に立ち上がった。

「わるい、頼むよ桜」

 何処か軽い足取りで居間から出て行く桜を見送り、凛が士郎に向き直る。

「ところで士郎、まだよろけているみたいだけど大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」

 二人がそんな会話をしていると、玄関よりドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。ちょっと音が重いのは、あえて気にしてはいけない。

「せ、先輩! ね、姉さん!」

「姉さん?」

 桜の言葉に士郎が首をひねるが、シロウがその疑問を口にするより早く桜が声を上げる。

「お、お客さんなんですが……」

「それは判っているけど、どうしたんだ?」

「そ、それが……」

 桜が口篭もっていると、背後からアーチャーがその“お客さん”を連れてくる。

 一人は小さな女の子、レースがあしらわれたちょっと高そうな服を着ている。初めてお邪魔をした家の物珍しさにキョロキョロとしている。

 そしてもう一人は妙齢の女性、青い髪にちょこっと尖ったエルフ耳の美しい女性だった。

「うそ、英霊? でもサーヴァントじゃない……」

 彼女の姿を見たイリヤが、小声で呆然と呟く。

 そんな銀の少女の姿に一瞬だけメディアは目を輝かせるが、頬を赤くして2〜3度わざとらしく咳き込む。

 そして、彼女は居間の面々を一通り見回し士郎に視線を向け、ニコリと微笑み挨拶の言葉を述べた。

「こんにちわ、衛宮さん」

「こんにちわー」

 そんな女性に、士郎は呆然と挨拶を返した。

「こ、こんにちわ……」

 そこにいたのは葛木メディア。魔術を操る謎の主婦、魔女な奥様だった。

 

 

「あの、粗茶ですけれども……」

「あら、ありがとう。間桐さん」

 ビクビクとしながらお茶を出す桜に、メディアは優しく微笑みかける。桜がビクビクしているのは、メディアとはテーブルを挟んで反対側に座る凛が殺気とか闘気とか、ヤル気とかをむんむんと出しているからだろう。横に座っているアーチャーや士郎までもが、何故だか腰がひけている。

 てか、怖すぎ。

 そんな桜にメディアはもう一度微笑みかけると凛に向き直ろうとして……、次の瞬間横にいる愛娘を見て困ったような表情となる。

 これから行う話は、できるならこの子に聞かせたい話しではない。

 そんなメディアの葛藤を察したのか、それまで黙っていたバーサーカーが声をかける。

「ねえ、お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか」

「え?」

「この家には珍しい物が沢山あるわよ」

「そうなの?」

 バーサーカーの言葉に、それまで物珍しさにそわそわしていた少女の目がキラキラと輝く。

 そんな娘の様子にメディアが一瞬だけ不安そうな表情を見せる。だが、そんなメディアにバーサーカーはニコリと笑いかけた。

「大丈夫よ。こう見えてもこの位の子供の扱いには慣れているから」

「バーサーカーって、やっぱり子持ちだったの?」

「それは秘密よ」

 なにやら微笑みながらイリヤとやりあうバーサーカー。

 そんなバーサーカーの笑みに母親として何か感じるところがあったのか、メディアは若干の苦笑いを混ぜながら申し出に応じ、さらに愛娘に注意をする。

「ごめんなさい、お願いするわ。このお姉ちゃんの言う事を聞いて、いい子にしているのよ」

「うん、わかった」

「じゃ、行こうか」

 そう言うと、バーサーカーと共に居間から出て行く。

 そして彼女たちの影が消えると、居間に緊張が漂う。メディアの顔から母親の影が消え、一人の魔術師がそこに現れた。

 ごくりと、誰もが唾を飲む。それほどまでに目の前の魔女は禍々しく、強大な力が感じられるのだ。

 だが、何時までもお見合いをしているわけには行かない。凛が口火を切る。

「貴女は……」

 

 ちゃらんちゃらん♪ ちゃちゃちゃちゃちゃーちゃちゃ♪ ちゃちゃちゃーちゃちゃちゃちゃ♪

 

 口火を切ろうとした瞬間、メディアの懐から軽快な電子音が流れる。

 出鼻を挫かれた凛が、むっとした表情を見せる。

「携帯の電源くらい切っておきなさいよ」

「あら、ごめんなさい。あ、宗一郎様からだわ」

 懐からピンクのボディに星と羽のついたあやしげな携帯を取り出したメディアが、画面に表示される名前を見て声を上げる。

「ちょっと、ごめんなさいね……もしもし?」

「えっ? え、英霊が携帯を使うの?」

 なにやらイリヤが、携帯を淀みなく使うメディアにショックを受けているらしく呆然とつぶやく。この家に来てから、英霊に対する幻想は壊れっぱなしだ。誰一人まともな英霊なんぞいやしねえ。

「私も使えるが?」

「アーチャーは現代の出身でしょう」

「私も使えますよ……今も持っていますし」

「ら、ライダー……何時の間に?」

 なにやら懐から携帯電話を取り出すライダーに、桜が呆れた声を上げる。よく見たら先日発売されたばかりの最新機種だ。

「先日、桜名義で購入しました」

「それなら、携帯で救援を呼べば良かったんじゃ……」

「あっ……」

 思わぬドジッ娘属性の暴露に、桜がライダーにジト目を向ける。

 そんなどこか暢気な衛宮家の面々を尻目に、メディアは携帯での会話を続けていた。

「え、宗一郎様、今日は帰れないって……、そ、そうですか……、あ、はい、今はおりますが……あ、はい、伝えておきます」

 どうやら電話は終わったようだ。だが、どこかメディアの姿はしょんぼりしているように見える。エルフ耳もなんだか下を向いている。

「ど、どうしたんだ、一体?」

 そんなメディアに、士郎が声をかける。

「宗一郎様が今日は帰れそうもないから夕飯はいらないと……」

「そ、そうか……」

 無理もない話だった。例の結界騒ぎ──表向きは地下よりガスが噴出した事故とされている──の影響で教職員生徒の全てが倒れてしまったのだ。五体満足で動ける葛木や、今日は休みだった一部の教師達は対応に追われており、とてもではないが今日は帰ることなど出来ないだろう。

「あ、それと坊や達に学園の教職員生徒は全員無事、一部は病院でご飯のお代わりを要求して暴れているぐらい元気だと伝えておいてくれと」

 その一部が誰かは、言わぬが花だ。

「そうか、ありがとう」

「サービスよ。随分とサービス過剰になってしまったけどね」

 そう言うと、メディアはクスリと笑う。その表情の美しさに、士郎の顔が少し赤くなる。

「ふーん、衛宮くんには人妻属性まであるの」

 それを横で見ていた凛が冷たい視線を向ける。なぜか、桜やセイバー二号、おまけにイリヤまで一緒だ。

「な、なんだよ、それはっ!」

「あら、坊やありがとう。でも私には宗一郎様という大切な人がいるの」

「せ、先輩……そ、そんな年上趣味だったなんて!」

「シロウ! 人妻に手を出した挙句にいつの間にか反乱を起こすような男になってはいけません!」

「シロウの淫獣」

「人聞きの悪いことを言うなっ! ってか、あんたも煽らないでくれ!」

 酷い言われ様に、士郎が思わず叫び声を上げる。

「あー、すまんが毎度の事とは言え、話しが脱線しているぞ」

 その様子を黙って見ていたアーチャーが声をかける。もっとも、横でセイバー一号が何故かアーチャーを白い目で見ているのを、必死にスルーしていたりもするのだが。

「それもそうね、ここには真面目な話をしに来たんだから」

 それまで面々を微笑みながら見ていたメディアが、不意に真面目な表情をする。それだけで、居間の空気が重苦しくなる。

 だが、居間に居る面々はその程度で動じるような連中ではない。平然とした表情でメディアに相対する。

「真面目な話しか。そうだな、和んでいる場合ではなかったな」

 冷たい声を上げたのはアーチャーだった。陽気ではない、皮肉屋でもある。それでも何処か柔和なこの男にしては珍しく冷たい声だ。

 真剣な表情でメディアを睨む。不思議なもので士郎と同じ優しげな顔が、鷹を連想させる鋭く厳しいものに変わる。

「あら、そんな怖い顔をする必要は無くてよ。私はここに戦いに来たわけじゃないんだから」

 確かに、戦いに来るのなら娘を一緒に連れては来ないだろうと凛は考えた。だが、どうやらアーチャーは違ったようだ。

「君のその言葉をどれだけ信用しろと? 神話の時代に君は……」

「悪いけど言わないでくれる。戦うつもりは無くても不愉快な事を言われればどうなるか判らないわ」

 メディアの視線に一瞬だけ殺気が込められる。

「それに、女性の過去を勝手に暴露しようと言うのは感心しないわね」

「場合にもよるのでね」

 互いの視線が冷たく交わる。殺気と殺気の応酬が互いの間に渦巻く。

 それがどれだけ続いたか、あるいは一瞬だったのか。先に殺気を消したのはメディアだった。

「とにかく、今の私は葛木メディア、それ以上でもそれ以下でもないわ。警戒するなとは言わないけど、ここには話しに来ただけよ」

 メディアのその言葉に、アーチャーも気配を緩める。

「それもそうだな。桜やライダー、それとほんのオマケでそこの未熟者の恩人に対して失礼な物の言い様だったな。謝罪する」

 アーチャーのその言葉に、メディアが眉間に皺を寄せる。

「貴方、本当に坊やなの? 随分とひねているけど……」

「どういう意味だ?」

 アーチャーがその言葉に憮然とした表情をする。まぁ、ひねくれているのは事実よねと、凛は思いながら二人の会話に口を挟む。

「アーチャーの性格の話はとりあえず横に置いておく事にして、とりあえず本題に入って良い?」

「だから、どういう意味だ!?」

 凛の言葉にアーチャーがますます憮然とした表情をするが、とりあえずそれは無視をする。ぶつぶつと誰にも聞こえないぐらいの小声で『誰のせいで性格がひねくれたと……まったくこの時代の凛は可愛げはあるが、やはりあくまだな』などと呟いている点は後で追求。

「まずメディアさん。貴女が何の用で家に来たのかは知らないけど、まずは正体ぐらいは明かしてくれない?」

 魔術師の顔で質問をぶつけてくる少女に、メディアは薄く微笑を浮かべる。

「あら、調べていたと思うのだけど?」

「調べさせてもらったけど、貴女の口から直接聞きたいのよ。

 言って置くけど黙秘は許さないわよ、魔術師の城を尋ねてきた以上は、その位の覚悟はあるんでしょう」

「この家にそんな仕組みは無いと思うけど……、まあ、隠す意味も意思も無いわね」

 本当は、士郎がいる段階でばれていると思っていたのだが……、かなり危険な事件だったので記憶が消えているのかもしれない。

「お察しの通り、私はキャスターのサーヴァントとして呼ばれた存在よ」

 ほぼ確信していたとはいえ、僅かだが緊張が走る。しかし、そんな緊張を無視してメディアが言葉を続ける。

「いつ呼ばれたの? 調べた限りでは5年前からこの町にいるみたいだけど」

「5年前よ。と言っても誰に呼ばれたかとかは聞かないでね。私も調べていないから」

「調べていない?」

 メディアの言葉に凛が眉をひそめる。彼女の言葉はサーヴァントとしては異常の極地だ。

「そのままの意味よ。ふと気が付いたらサーヴァントとしてこの地に居たけど、マスター不在、ラインも無い、聖杯戦争が始まる様子も無い。全くあの時は困惑したわ」

 メディアが懐かしそうに語る。

「それはおかしい! 単独行動が可能なアーチャーならまだしも、キャスターがマスター不在で存在できるなど!」

 その言葉にセイバー二号が疑惑の声を上げた。確かに、マスター不在ではサーヴァントは一日も現世には居られない。たとえ魔力の量が十分にあったとしても、現世との接点が存在しなければ消えてしまうのがサーヴァントの理だ。

「すぐにマスターとなってくれる人を見つけたの。

 それに、今の私は『元キャスター』とでも言う存在よ。すでに現世に仮初ではない肉体を持った身だから、サーヴァントと言えるかどうかすら判らないわ」

「肉体を持っているとは、どういう事ですか?」

 メディアの言葉に、セイバー一号が緊張する。思い出すのはあの金色の英雄王、まさかこの魔女もあの泥を?

 だが、メディアの返答は違った。

「買ったのよ、この時代の魔術師から人形の体を」

「買った? その体を?」

 メディアの言葉に、今度は凛が反応する。

「そうよ。偶然その技術を持っている魔術師と知り合って、幾つかの魔法薬と交換してもらったわ」

 まさか、子供ができるほど精巧な……本当に生身と寸分と変わらない人形だとは思わなかったけどと、メディアは小声で呟く。

「何処の魔術師よ、そんなサーヴァントの魂を移し変えるなんて……封印指定並みじゃない」

「そういえば、封印指定されているとか何とか言っていたわね」

「へ?」

 メディアの言葉に、凛の目が点となる。封印指定の人形師というと……。

「蒼崎という名前だったけど、ご存知?」

「聞かなかった事にしてくれる?」

「それが良いと思うわ」

 凛が嫌そうな表情を浮かべ、メディアも苦笑いを浮かべる。よく見るとアーチャーまでもが何とも言えない嫌そうな表情を浮かべていた。

 事情がわからない他の面々が互いに顔を見合わせ首をひねる。

「なんだよ、その蒼崎って?」

 事情のわからない者の代表として、士郎が尋ねてくる。

「聞くな、小僧。その時になれば嫌というほど良く判る」

「? いや、よく判らないんだが?」

「だから、いずれ判るから今は聞くな」

 悪い人達ではないのだが……と、アーチャーが蒼崎の名を持つ姉妹を思い出す。

「とにかく、下手に噂をして何処からとも無く湧いて出て来たら困るからな。姉にしろ妹にしろ……」

「ボウフラかよ?」

「もっとタチが悪い。片方だけならまだしも、二人セットで出現した日には聖杯戦争抜きにこの町が壊滅しかねない……いや、だからこの話題はよそう」

 アーチャーはそう言うと、凛に目配せをする。早く話題を変えろと目で訴える。

「で、元キャスターの葛木メディアさんはこの家に何の御用でやってきたのかしら?」

 そんな己れの従者の訴えを優秀な主人は理解し、強引に話題を変える。

「そうね……」

 メディアは不意に笑みを浮かべる。それまでの魔術師としての笑みとも、主婦の笑みとも違う、あえて言うのならあくまの時の凛に似ている笑みだ。

「降伏して傘下に入りに来たと言ったらどうするかしら?」

 メディアの予想外の言葉に、衛宮家の面々が凍りつく。目を見開く者、凍りつく者、口をパクパクさせる者、驚きのあまり踊り出す者と色々だが、動揺しない者はいなかった。

 そんな面々をメディアが面白そうに眺め、出されていたお茶を一口すする。

 どれだけ驚いていただろうか、最初に再起動をしたのはやはり凛であった。

「貴女の言葉が冗談じゃないと仮定して聞くわ」

「冗談なんて言ってる気は無いけど、何かしら?」

「どう言うつもりなのかしら、貴女は?」

 凛の当然といえば当然の質問に、メディアは苦笑いを浮かべた。

「特に他意は無いわ。現世に肉体を持った以上、今の私には聖杯なんかに望む願いは無いの。

 今の私の望みは愛する家族を守る事だけ、争いを生む聖杯なんて邪魔なくらいよ」

「それじゃあ、なんでこの町にいるの?」

 凛が鋭く尋ねる。この町に潜伏し、聖杯の奪取を目論んだのではないかと疑う。

「まさかこんな早い時期に聖杯戦争が起こるなんて予想外だったのよ」

 だが、そんな凛にメディアは眉をひそめ説明する。

「話しに聞いていたこの町の聖杯の出現周期は60年。それだけ先の話なら宗一郎様も私も寿命がきている可能性が高いし、逃げ出す準備も十分にできる。

 それに5年前は宗一郎様が勤め始めた頃だし、私も新しい生活に慣れるのが精一杯。子供もできた頃だったから引っ越す余裕なんて無かったわ。それに、今は不景気だから次の職はどうするかというのもあるし……、決してお給料が良い訳じゃないけど教職以上の安定職業ってのも考えにくいわ。子供の教育や家のローンの問題も……」

「こ、後半は随分と生々しいですね……」

 元サーヴァントを名乗る女性の言葉とは思えないなんとも生活臭が漂う台詞に、セイバー二号が冷や汗を流す。

「あら、主婦ですもの。これくらい普通よ」

「そ、そうですよね。ちゃんと将来設計考えないと」

 ホホホと笑うメディアに、何故だかガッツポーズの桜が同意する。

「そうよ、特に貴女達みたいに若くてかわいい子はのはちゃんと将来の事考えないとだめよ。変な男に言い寄られてコロっといっちゃって、でも男は別の女にちやほやされているだけのロクデナシ。挙句なまじっか有能だったから、ボロボロになるまで利用された挙句にポイだなんて目も当てられないわ」

「な、なんか妙に実感篭っているわね」

「一般論よ」

「だ、大丈夫です。わっ、私は……」

「いえ、そうでもありません。私のかつての部下は……あちらこちらの女性に手を出した挙句、不倫がばれると逃亡。挙句逆ギレして反乱を起こしましたから。

 でも、そんなロクデナシ男でも現代では『かっこいい男』とか『最高の騎士』とか語り継がれているんですよ。サクラやリンも注意しなければ」

「そ、そんな俗な言い方をしなくても」

 何故だかメディアにシンパシーを感じているらしいセイバー一号に、セイバー二号が冷や汗を流す。誰の事を言っているのかは良く分かるが、かつての部下をそこまで言わなくともと思う。

「ふふふふ、私にしても恋人だと思っていたシロウが……くくっ!」

「ま、まて、セイバー。ご、誤解だと……」

 なにやら怒りがぶり返してきたらしいセイバー一号に、アーチャーが顔面蒼白となる。

「何が誤解なのですか、シロウ」

「貴女も苦労しているのね、セイバー一号さん」

「はい、私がついていなかったばかりに……」

「だめよ、一度掴んだ幸せの鎖を離しちゃ」

 しみじみと語るメディアとセイバー一号。なんだか、何処からツッコムべきかとセイバー二号がひたすらオロオロとする。

「なんか、話しが脱線していない?」

「ええ、脱線していますね。それも大幅に明後日のほうに」

 貴族でお子様なイリヤが生々しい庶民の会話に呆然とし、普段はツッコミ兼ボケ役のはずのライダーが口を挟むに挟めず憮然と答える。

「あら、そうだったわね。

 とにかく、今の宗一郎様にも私には聖杯なんてものは不要なの。本当は関わりたく無いんだけど、今回の一件を抜きにしてもこの町に住む以上は無関係では居られないでしょうね」

 そう言うとメディアは自嘲の笑みを浮かべる。

 確かにその通りだろう。例え魔術に関わりのない身でも──今回の結界騒ぎや十年前の大火災のように、この町に住む限り突然の災厄として聖杯戦争は人々を襲う。

 まして元サーヴァントである彼女が、力のある彼女が無関係で居られるとは思えない。

 それは例えこの町を離れたとしてもだ。運命であれば何処までもついてくる。

「できる限りの備えはしたけど、それでも宗一郎様とあの子を守りきれる保証は無いわ。それに、私自身もできれば今は戦いたくないし。

 それなら、どこか強力で話しのわかりそうな勢力と手を結んで、身の安全を確保したいのよ」

「そ、そうですよね。メディアさんは戦っちゃいけないと思います」

「あら、ありがとう。間桐さん」

 なにやらメディアの言葉に納得している妹を尻目に、凛が不敵な笑みを浮かべながら答える。

「随分とむしのいい話しね……」

「ね、姉さん?」

 桜が息を飲むが、とりあえず無視をして話を進める。

「要は、自分たちの身の安全の為に私達を利用しようって言うんでしょう」

「それは否定しないわ」

 凛の挑発とも取れる物言いに、メディアはしれっと答える。

「どう言うことだ?」

 凛の言葉の意味が今一わからない士郎が横のセイバー二号に質問をする。

「要するに彼女達一家を攻撃したら私達が介入する……、敵が彼女達に手を出しにくい状況を作りたいのでしょう」

「でも、それなら教会……は、もう無いけど、監視役のカレンに保護を求めれば良いんじゃないか?」

 士郎の言葉に答えたのは魔術師達だった。

「それは出来ないわ。そんな事をすればもう私達は穏やかな生活をする事は出来なくなるでしょうね」

 メディアは自嘲の笑みを浮かべ、凛が彼女の言葉を補足する。

「受肉した英霊なんてのは神秘中の神秘の固まりよ。協会や教会にでも彼女の存在がばれた日には、何がなんでも身柄を抑えて研究材料にしようとするでしょうね……。それどころか、あの娘だって……」

「無事じゃすまないでしょうね、英霊の娘ですもの。良くてモルモット、悪ければ人間標本……いえ、実験の材料にされてしまうでしょうね」

「なんだよ、それはっ……」

 一見冷静を装っているメディアだったが、その手が硬く握り締められている事に士郎は気が付く。もしかするとこの降伏──実質的には同盟──の申し出にしても、彼女にとっては決死の覚悟だったのかもしれない。

「そう言う魔術師も多いってことよ。魔術師なんて基本的には私利私欲だけで動くような連中ばかりなんだから」

 イリヤが憤る士郎の肩をポンポンと叩きながら答える。実際、自分だってアインツベルンの……。

「そういう事だから、関わってしまう以上は話のわかりそうな貴方達の傘下に入って身の安全を確保したいのよ。

 無論、ただでとは言わないわ。“キャスター”であった私には道具作成のスキルがあるから、直接的な戦闘では力になれなくとも貴方達が望む道具を提供できると思う」

 そう言うとメディアは、懐から小さな小ビンを取り出した。薄紅色の液体で満たされたその小ビンは香水のようにも見える。

「これは何かしら?」

「お近づきの印に持ってきた試供品よ。試供品は料金を頂きません、お客様が御納得の上で……」

「どこぞの製薬会社のコマーシャルの真似はどうでもいいわよ……」

 なにやらコマーシャルのナレーションを真似るメディアに凛がツッコミを入れる。どうでもいいが、随分と俗に染まりきっているようだ。

「私が作ったお薬の一つよ。使うかと思って持ってきたの」

「何の薬ですか? 随分と綺麗な色ですけど」

 桜が興味深そうに小ビンを見つめる。そんな彼女にメディアは微笑みながら答える。

「精力剤。これを坊やが飲めば一晩で何人、何回でも時間の許す限り大丈夫よ」

「いるかあああああああああああああああああー! そんな薬いいいいいいいいいいいいいいい!」

 メディアの提示品に、凛が顔を真っ赤にして力の限り叫ぶ。

「あんた、頭のネジが一本飛んでいるでしょう、そうでしょう、そうと言いなさい。なんで今回の聖杯戦争にはまともな英霊が一人もいないのよ、コンチクショウ!」

 お父様、それにご先祖様方、貴方達が命をかけた聖杯戦争は、なんだか変な連中の見本市になっています。

 まともに聖杯戦争が行われたとしても、第五回は変人の見本市になってしまっていたのだがなと、小声でアーチャーが呟く。

「わ、私はまともな英霊です!」

「わ、私もまともな英霊です。リン、その発言は訂正を要求します」

「君が言うか、ハラペコ王?」

「そうですね、サーヴァントの中ではお笑い属性とエロ属性が一番高いのは実はセイバー達かと」

「ど、どう言う意味ですか!?」

「全員変だと思うけど……」

「でも一番変なのはリンだと思うわ」

「そ、それは……」

 一人血の涙を流す凛に、英霊たち、オマケにマスターたちまでもが好き勝手な事をのたまう。

 一方メディアは、そんな凛をきょとんと見つめる。

「あら、いらないの? 女性ばかりのお屋敷だからてっきりそう言う関係なんだと……」

「どんな関係よ!?」

「比喩的に言うと、爛れきった青いパトスの暴走を繰り返し、互いの存在と快楽を日々むさぼりあうような関係」

「違うわああああああああああああ!」

 凛は思いっきり叫ぶと、小ビンを握り思いっきり投げ捨てようとする。

「あ、それ高いわよ」

 ピタッ! メディアの言葉に凛の動きが停止する。

「たかい?」

「裏ルートで売りさばけば、その量だけでも百万ぐらいにはなるかしら?」

 ギギギと音がしそうな動きで凛は首を動かし、メディアを見つめる。

「ほんと?」

「本当よ。この体の代価を払うのにも、その薬を作ったし。

 体力増強剤で死ぬ寸前でも回復できるっていう薬なんだけど、怪我をしていない時に飲むと副作用で性欲や精力が増幅されちゃうから、いつの間にかソッチ方面でしか使われなくなったのよね、ソレ」

 その言葉を受け、凛の表情が一瞬の間にコロコロと変わり、やがて何か結論ついたのか再び座りなおす。

 薬を懐にしまって。

「って、着服したああああああっ!」

「う、うっさいわね!」

 何か叫ぶ士郎を凛は一睨みすると、メディアに向き直る。

「貴女、本当に聖杯に興味は無いの?」

「凛、口元がひくついているぞ」

「ダマレ!」

「ごふぁぁ!」

 なにやらドツキ漫才を繰り広げる主従にやや引くものを感じながらも、メディアは凛の言葉に素直に頷く。

「無いわね。そもそも霊体になれない私じゃ聖杯に触れられないでしょうし、魔術師ではない宗一郎様に令呪なんて無いわ。厳密に私達は聖杯戦争の参加者とは言えない存在よ。

 今の私たちの望みは、家族の穏やかな生活のみ。ほんの少しだけ欲を言えば、この町が無事であって欲しいのだけど……、ここでの生活は気に入っているから」

「嘘は無いわね」

「無いわ。現代の魔女は舌が二枚あるそうだけど、残念ながら私は一枚しかないの」

 冗談とも皮肉とも取れないメディアの言葉に、凛は苦笑いを浮かべる。

「私はこの際受け入れても構わないと思うけど……士郎と桜はどうする?」

「反対なんかしないさ」

「わ、私も反対はしません」

 凛の言葉に、士郎も桜も頷く。イリヤだけは頷かなかったが、否定ではなくどっちでもいいという事なのだろう。表情でそう言っている。

 元々士郎は殺し合いをやめさせる為に聖杯戦争に参加したのだ。戦いたくないという人を守るのに何ら異論は無いし、それにあの幸せそうな家族が壊れる様など見たくは無い。

 桜にしても、友人とも呼べるこの女性とは戦いたくは無かった。戦わずに済むなら反対する理由などない。

「あんた達も文句は無いわよね」

 凛がサーヴァント達にも確認する。

「今更聞くかね」

「まったくです。リンが強引なのは判っていましたが」

「士郎の判断を信じます……」

「桜がそれで良いと言うのでしたら、私は何も言いません」

 サーヴァント達も、顔に苦笑を滲ませながら同意の言葉を述べる。元々キャスターのサーヴァントは必要以上に警戒をしなければならない相手ではないし、彼女が嘘を言っているとも思えない。

 ただ一人、セイバー二号だけはやや警戒の色を見せていた。真面目な彼女の事だから無理も無いのかもしれない。もっとも、この時セイバー二号の思いをきちんと確認しておくべきだったと、後になって士郎は後悔する事になるのだが……。

「ありがとう……。よろしくね、坊やたち」

 そんな士郎たちにメディアは素直に感謝の言葉を述べた。

 不思議な物だ。裏切りの魔女と恐れられた自分が素直に感謝の言葉を口にできるのだ。この町での葛木宗一郎との生活は、自分を根本から変えてしまっていっているのかもしれない。座にいる本体はこんな自分の思いをどう受け止めるのだろう。

 年甲斐も無く、メディアの目尻に涙が浮んだ。

 

 

「バーサーカーおねえちゃん、バイバーイ」

 夕日が入り込む玄関で、小さな少女は銀の髪の女性に満面の笑みを浮かべ大きく手を振った。どうやらこの衛宮邸は彼女の好奇心を満たすのに十分な冒険スポットだったようだ。

「こらこら、ちゃんとバーサーカーお姉ちゃんに御礼を言わなきゃ」

「あ、うん、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる少女に、バーサーカーも微笑みかける。

「うん、また遊ぼうね」

「うん、またあそぼー」

 それが果される事の無いだろう約束でも、バーサーカーはあえて口にする。先の事は誰にもわからないから。

「いいのか、二人だけで」

「大丈夫よ。まだ人通りは多いし、よっぽどの事がない限り逃げられるわ……。この台詞は死亡フラグみたいだから止めましょう」

 一方、心配そうに声をかける士郎に、メディアは苦笑いを浮かべる。

「ああ、だけど先回りして死亡フラグだと言ったから今回の死亡は多分無いぞ」

「そうだといいんだけど……」

「メタネタ禁止。ああ、この台詞は久しぶりですね」

 なにやら一人悦に浸るライダーはとりあえず無視をして、士郎はメディアに一つの疑問をぶつけた。

「一つ聞きたい事があったんだけど、いいかな?」

「何かしら?」

「いや、あんたは学園での騒ぎの時に俺の事を以前から知っているみたいな事を言っていたけど?」

 士郎の言葉に、メディアは苦笑いを浮かべながら答える。

「あら、聞こえていたのね。

 大した事じゃないわ。5年前に、私と宗一郎様はこの家で貴方と会っているのよ」

「ええっ!?」

 予想外の言葉に、士郎の目が見開かれる。

「衛宮さん……、切嗣さんのお葬式にも出ていたし。覚えていないのかしら?」

「ええええっ!?」

 背後から凛やセイバー二号の鋭い視線が突き刺さる。

「5年前に会ったときは“キャスター”って名乗ったから、てっきり知っているものだと……。

 色々忙しかったから疎遠になってたんだけど、始まったみたいだからこの間は何かの交渉に来たのかと思ったわ」

「え・み・や・く・ん」

「シ〜ロ〜ウ〜」

 背後から聞こえてくる声に、士郎の顔が真っ青になる。

「あ、やっぱり俺が送っていくよ。夜道はあ、あぶないから……」

「それは私がやろう。貴様よりは腕も立つのでな」

「あ、私も一緒に行きましょう」

 慌てて提案する士郎の言葉を、アーチャーとセイバー一号が遮る。アーチャーはニヤニヤとした、セイバー一号はすまなそうな表情だ。

 がしっ!

 士郎の両方の肩に、少女達の白い手が置かれる。その華奢な外見からは信じられないほどの怪力に、両方の肩の骨がミシミシと軋みを上げる。

「ちょっ! いたい、いたたたたたた!」

「士郎、ちょっとこっちに来てくれるかしら」

「シロウ、今日の今日こそは貴方に言いたいことが山のようにあります」

「ちょっと、まて、二人とも、お客さんの前! って、あれぇ……」

 ズルズルと屋敷の暗がりに引きずり込まれ消えていく士郎を、残された面々はひきつった表情で──約一名はニヤニヤと笑っていたが──見つめるのだった。

 

 

 

続く・・・士郎が無事なら(ぇ