とある英霊と王様の買い物

 

 

「まったく、彼女は何を考えているんですか」

「に、二号。お、落ち着けって」

 横でプンスカと怒るセイバー二号に、シロウは苦笑いを浮かべながら宥めようとする。油断すると顔が苦笑いから純粋な笑顔になりそうなので意外と必死だ。

 そんな士郎に、セイバー二号は怒りを隠す事もなく詰め寄る。

「シロウ、マスターがそんな事でどうするんですか。というか、何で笑ってるんですか!」

「あ、いや……」

 それはセイバー二号がとても可愛いからだよ……とは言えない。アーチャー辺りならサラリと言いそうな気もするが、流石に士郎にはそこまで言うような度胸もスキルも無い。

 とはいえ、今日のセイバー二号は本当に可愛かった。セイバー一号が強引に着せたというベージュの外出着は、彼女の魅力を十二分に引き出していた。

 普段は凛とした印象のあるセイバー達だが、少しお洒落をするだけで彼女がものすごく魅力的な女の子だと気付かされる。いや、普段だって魅力的だから、ますます魅力的になると言ったほうが正しいか。とにかく、プンスカと怒っている様も、今日に限っては小動物が怒ってるようで怖いというより可愛らしい。

 そんな彼女の横を歩いていては、いくら朴念仁の衛宮士郎と言えども顔がほころばないようにするのも必死だ。その気配に気がついただけで、きっと二号の怒りの矛先は自分に向くに決まっている。

「大体シロウ、あなたがマスターとしてしゃんとしていないから、一号が暴走するんです」

「い、いや、そう言われても……、アーチャーがいるし」

「そう言う問題ではありません!」

 プンスカと怒るセイバー二号に苦笑を浮かべながら、士郎はふと出かけることになったきっかけを思い出していた。

 

 

 最初にその事実に気が付いたのは衛宮士郎だった。

 有るべき場所に有る物が無い事実に驚き、背後に控えていた妹分である少女に向き直る。

 彼女も、それが存在していない事に気が付いていなかったのだろう。驚愕の表情を浮かべ首を軽く横に振る。

 僅かに残っていた分量だけでとりあえずは足りる。しかし、この先の事を考えると確実に足りなくなるのは自明の理だ。

 その事実に二人は嘆息する。

「どうしましたか、シロウ、サクラ?」

 二人の様子がおかしい事に気が付いたのだろう、セイバー二号が台所を覗き込み声をかける。

「あ、いや……」

 士郎が手に持っていた容器をセイバー二号に見せながら答える。

「醤油が切れた」

 士郎の持つ透明な容器には、黒い液体調味料は存在しなかった。

「そ、そんな……」

 ががーんと、なにやら衝撃を受けるセイバー二号。セイバー達は大変に食事を楽しみにしているらしく、毎食毎食こくこくはむはむと嬉しそうに食べている。なんとなく小動物が二匹仲良くご飯を食べているみたいで和んでしまう光景なのだが、一部では『ああやって萌えを作るんですか』とか『何でアレだけ食べて太らないんですか』などと、黒い炎を燃やしている人もいたりもする。

 まあそれはともかくとして、食事を楽しみにしてくれている二人のセイバーはどうやら味にもうるさいらしく、雑な料理は嫌いだそうだ……と、アーチャーがこっそりと料理人達に手渡した『アーチャーのセイバー御食事覚書』の一番上に太字で書いてあった。

「あ、いや、昼食の分はあるよ。ただ、夕飯前に一度買い出しに行かないとな」

 現在10人近くが寝起きをしている衛宮邸は、生活必需品の消耗が激しい。特に食料などは良く食べる面子が揃っているので、あっという間になくなってしまう。

 そう言えばお茶請けも随分と食べてしまったし、生鮮食料品も買い足したい。そう言えば3時から特売があったような……。

 少しだけ考え込んでいた士郎だったが、次の瞬間ある決意をする。まぁ、決意なんてたいそうな物じゃないが。

「昼飯を食べたら、少し買い物に行ってくるよ」

 士郎は苦笑いを浮かべながら軽い調子で口にする。

 そんな士郎に、テーブルでお茶をすすりながら新聞を眺めていたセイバー一号がやたら爽やかな笑顔で声をかける。

「シロウ、まさか一人で買い物に行くつもりですか?」

「え、そのつもりだけど」

 士郎の返答に、セイバー一号が、素晴らしく爽やかな笑顔を浮かべる。

「ほほう、シロウ。貴方は状況がわかっているのですか?」

「い、一号」

 なにやらドス黒い殺気を見せるセイバー一号に、士郎は冷や汗を流す。

「昨日この屋敷と学園は襲撃を受けたばかりなのですよ。敵の所在もわからない、そんな状況で一人で買い物ですか?」

「で、でも商店街に買い物に行くぐらいは……」

「シロウ、貴方の認識は甘い。そんな事だから、一人でのこのこ買い物に行くなどと言いつつ、その実こっそりと敵のマスターと逢引をして、あげくは誘拐されてしまうんです!」

「な、なんだよ、それはっ!」

 妙に実感の篭っているセイバー一号の言葉に、士郎は思わず叫び声を上げる。そのせいで、部屋の隅っこであらぬ方を向いているバーサーカーには気が付かなかったが。

「でも、夕飯の材料とか調味料とか買い出しに行かないといけないのは事実だぞ。いや、夕飯がご飯とカップラーメンでもいいなら構わないけど……」

「意外と美味しいですよね、その組み合わせ」

「桜、それではオヤジです」

 横でボケをかます桜とライダーを尻目に、士郎はセイバー一号に最後の抵抗を行う。

 だが、そんな士郎の反応はセイバー一号には折込済みだったようだ。なんか妙な迫力のある笑みを浮かべて頷く。

「買い物に行くのは構いません。ただ、護衛を連れて行くべきです」

「護衛って……、そんな大げさな」

「何が大げさですか。シロウ、そもそも聖杯戦争中にマスターが一人で出歩くのが異常なのですよ。まったくシロウは何度注意しても態度を改めない。サーヴァントの盾になって真っ二つになる、無断で外出して串刺しになる、危険だからついて来るなといってもついて来る、バーサーカーに単独で突っ込む、冬のテムズ川にダイブする……。どれだけ無茶を繰り返せば……。毎回毎回心配する私の身にもなってください!」

 ぐぐぐっと、士郎に詰め寄るセイバー一号。そのドス黒いオーラに周囲の面々が逃げ腰となる。

「そ、それは俺じゃなくてアーチャーの方の士郎じゃないのか?」

 もっとも、どれだけ差が有るかは微妙だけど。

「あ、そうでした」

 ポンと、手をうって止まるセイバー一号。

「一号、なんか溜まってない? 欲求不満?」

「いえ、別にそういう訳では……」

 暴走に赤面するセイバー一号に、バーサーカーが呆れ声を上げる。

「アイツ、そんな無茶を繰り返したのか……」

 そんなセイバー一号を尻目に士郎は一人呟く。何となくアレも自分だったと思えば納得できるような気もするが、だからと言って全く同じだと思われるのも何となく不愉快だ。

 そんな考えからか、士郎は何気なく言う。

「判った、護衛って言うのは大げさだけど、荷物も多くなるだろうから誰かついてきてもらうよ」

 その何気ない士郎の言葉に、居間の空気が一転する。

 なんというか、ギンと殺気と言うか闘気が充満し出す。見目麗しい少女達が互いに視線で牽制をする。

「先輩、それならわた……」

「お兄ちゃん、いっしょに……」

 何やら士郎に話しかけようとして、言葉が被り睨み合う桜とイリヤ。

 なんだか、桜までもが妙にアクティブになっていると、士郎が冷や汗を流す。

「な、何なんですか……」

「さ、さあ……」

 唯一その雰囲気についていけないセイバー二号が、士郎共々気圧される。

「シロウ、誰と行くのですか?」

「え?」

 そのセイバー一号の言葉に、居間の空気が一層重くなる。

 なんというか、各人が全力で『自分を連れて行け―』もしくは『○○○を連れて行きなさい!』と叫んでいるようで……。

 イリヤは期待に満ちたキラキラとした目でこちらを覗き見し、桜は妙にやる気に顔を少し赤くしている。セイバー一号やライダーやバーサーカーも、なぜか妙にワクワクした表情をしている。

 ただ、なぜだろう、イリヤにしても桜にしてもバットエンドの匂いがしてくるのは。お人形になった自分や妙な影に丸呑みされている自分が幻視できるような……。

 いや、これは電波だ。電波に決まってる。

 とはいえ、この雰囲気に飲まれるのもまずい気がする。とりあえず士郎は自分と同じくこの雰囲気についていけない少女に声をかける。

「あー、そういうわけだから二号、悪いけど付き合ってくれないかな?」

「私はシロウのサーヴァントです。何を今更言うのですか」

 横でなぜかガッツポーズを取るセイバー一号や膝をつく桜を故意に認識の外に追いやりながら、セイバー二号が当然と答えた。

 

 

「なんだって、皆、買い物ぐらいでギスギスするかな……、いくら聖杯戦争中だからって」

 妙にギスギスとした昼食後、士郎は一人玄関で呟く。

「まぁ、昨日の今日だし無理も無いか。心配してくれているって事だしな……」

 まったくもって、自覚もへったくれも無い。世界遺産クラスのにぶちんである。

 愛用のスニーカーを履き、ポケットの財布を確認する。自転車を使おうかと考えて……とりあえずやめておく。買い物に自転車は便利なのだが、如何せん今日はセイバー二号と行く事になっている。人通りの多い昼間なのだから護衛なんていらないとは思うのだが、連れて行くといった手前一人で出ると後が怖い。Wセイバーが笑顔で襲ってきたら……、タイガー道場逝きは確実だし。

 そこまで考えて、ふとセイバー二号がいない事に気が付く。真面目な彼女にしては珍しい。

「おーい、二号。買い物に行くぞー」

「は、はい、シロウ」

 士郎の呼び声に応じてセイバー二号が姿をあらわす。ただし頭だけ。

 壁の影から頭だけを出してこちらを見ている状態だ。なんだか頬が少し赤いような。

「どうしたんだ、二号?」

「そ、それが……」

 士郎の問いかけに、セイバー二号がますます頬を赤くする。セイバー一号がアーチャーにそう言う表情を見せるならともかく、セイバー二号がそんな反応をするのは非常に珍しい。

「一体どうしたんだ?」

 そう言えば、昼食後すぐにセイバー一号に引っ張られて行ったような……。士郎が首をひねる中、セイバー二号は意を決したとばかりに壁の影から姿をあらわす。

「ぬぉ……」

 柱の影から現れたセイバー二号の姿に、士郎は思わず萌え尽きそうになる。

「や、やはりおかしいですか……」

 顔を真っ赤にしてうつむくセイバー二号にどうしょうもないぐらいクラクラきながらも、士郎は最後の気力を振り絞って何とか声をかける。

「に、二号。ど、どうしたんだ、その格好」

「そ、それが……」

 柱の影から姿をあらわしたセイバー二号の格好は、いつものブラウスと青いスカートではなかった。ベージュを基調としたふんわりとしたちょっとお洒落なスカート、女性の服装には詳しくない士郎には名前のわからない服。

 普段は凛としたセイバー二号が、なんとも愛らしく見える。中身が不承不承というミスマッチがなんとも萌えだった。

「一号が、シロウと出かけるならこの服に着替えろと……」

「一号が?」

 呆れ声を上げる士郎に、セイバー二号が痛む頭を抑えながら応える。

「ええ、嫌だと拒否したんですが、強引に……」

「強引にって……」

 士郎の脳裏に何ともシュールな光景が思い浮かべられる。金色の髪の美の女神のような少女が、同じ顔をした少女の衣服を強引に剥ぎ取り……。

「シロウ、何を考えているんですか」

「い、いや、何にも考えていない、何にも考えていない」

 真っ赤になってジト目(オプションとして少々涙目)で睨みつけてくるセイバー二号の視線をさりげなくかわしながら、士郎は脳裏に浮んだ妄想を打ち消す。

 そして、慰めるつもりでセイバー二号に声をかけた。

「で、でも、良く似合ってるよ、二号」

 その言葉にセイバー二号は少しだけ嬉しそうな表情をするが、すぐにうつむき肩を振るわせる。

「ありがとうございます。しかし……」

「しかし?」

「私はサーヴァントです。着飾るために此処にいる訳ではありません」

 生真面目にそう言うセイバー二号に、士郎は苦笑いを浮かべる。どこか現世を楽しんでいる節のあるセイバー一号に対して、セイバー二号の目的はあくまでも聖杯でありこの地には聖杯戦争でやってきたのだ。

 未来の姿であるアーチャーとセイバー一号の姿を見るとそんなセイバー二号の姿に何処かもどかしさを感じるが、かと言って自分たちまであの二人のようなデレデレとした……いや、考える自体が無理だ。あのアーチャーは随分と女ったらしらしいが、自分は全く違う。

 そもそも、そんなことを勝手に期待してはセイバー二号に失礼だろう。

「二号、その服がい……ひぃ!」

「……っ!」

 嫌なら着替えてきていいよ。士郎はそう言おうとして、途中から言葉が悲鳴と変わる。

 何事かと振り返るセイバー二号も、背後のその光景に息を飲む。

 そこには一房の金色のアホ毛が、廊下の影から見え隠れしていた。

「な、何をしているんですかっ! セイバー一号!」

 アホ毛に向かい叫ぶセイバー二号。しかし、アホ毛は応えない。ただ風に吹かれ揺れるのみ。

 そちらに向かい何か文句を言ってやろうかと考えるセイバー二号だったが少し考えて止める。この状況で必死に抵抗する自体、なんだか意地になっているようで馬鹿馬鹿しい。

 彼女の思い通りになる気は無いが、この格好で出かけるのも良いだろう。

 半ばやけくそ気味にそう考えると、セイバー二号は靴を履いて士郎の手を強引に引っ張る。

「お、おい、二号」

「いいんです、ほっておきましょう。行きますよ、シロウ」

 怪獣のようにプンスカ怒りながら家から出て行くセイバー二号に、金色のアホ毛はまるで『行ってらっしゃい』とばかりに軽く揺れるのだった。

 

 

 そんな出かけだったから、セイバー二号はずっと不機嫌なままだった。

 起こりながらずんどこと進んでいくセイバー二号と、それを苦笑いを浮かべなだめる士郎。そして家からずっと繋がれたままの二人の手。

 ハタから見れば中々微笑ましい光景である。

「まったく、本当に彼女は未来の私なのでしょうか……」

 ふと、セイバー二号は立ち止まり、ポツリと呟く。無意識だろうか、手に力がこもる。

「えっ?」

「彼女は……、セイバー一号はいつも楽しそうに微笑んでいます。上辺だけではない、心の底から微笑んでいる」

 ふと、セイバー二号は町に視線を向ける。

 商店が立ち並び、人がにぎやかに行き交う。

 彼女が生きた時代からは考えられない光景だ。この時代にだって戦いはある、戦はある。飢えや病気で苦しむ人は大勢いる。それでも、自分たちが生きた時代からは信じられない豊かさだ。この時代にはこの時代なりの苦しみがあるのは理解している。そうでなければ衛宮士郎の未来の姿たる英霊エミヤなどが生まれるはずは無い。

 それでも、此処は彼女が夢見た世界なのだ。人々が平和に微笑む事のできる世界。そして、自分が作ろうとしてな作れなかった世界。

「私には使命がある、なんとしても聖杯を手に入れなければならない。それなのに、彼女はそれを否定している……」

 それは、最初の夜にもう一人の自分が言った言葉。使命を捨てたもう一人の自分は楽しそうに微笑み、使命を持ちつづける自分は決して心の底から笑う事など無い。

「彼女は一体何を見たと言うのでしょう」

 セイバー二号が、まるで人生に疲れ果てた老婆のような声を上げる。

 普段は気にしないようにしていても、ふとした時に使命を捨てたもう一人の自分の存在は魂に圧し掛かる。

「二号は、なんで聖杯が必要なんだ?」

 ふと、士郎がセイバー二号に問い掛ける。その言葉に、セイバー二号が驚いたように士郎を見つめる。

「いや、ドタバタばっかりだったから、何で必要なのか聞いていなかったなって」

 その言葉にセイバー二号は、確かに士郎には何も話していなかったと思い出す。恋人同士だと言うもう一人の自分達が、あまりにも衝撃的だったためだ。

「アーチャーや一号が衝撃的だったしさ……」

 どうやら士郎も同じ様だと、セイバー二号は思わず吹き出す。

「すいません、シロウ。笑ってしまって……」

「いや、いいんだけど……」

 ちょっと苦笑いを浮かべる士郎に、セイバー二号は真面目な表情をして答える。

「私は……、私の国を救うために聖杯を必要としています」

「二号の国を?」

「はい、私の国は滅びようとしている。それを救う為に、伝説の聖杯にすがるしかなかった」

 ふと、セイバー二号が此処ではない何処か遠くを見ていることに、士郎は気が付く。懐かしがっているのか、それとも別の感情なのか。今の士郎には判るはずも無い感情だった。

「セイバーの国か……いつか行ってみたいな」

「そうですね、いつか……シロウをあの丘に案内しましょう」

 クスりと笑いながら、セイバー二号が答える。

 所詮自分はこの時代には仮初の身、決して果される事の無い約束だろう。それでも、このお人良しの少年に、あの風吹く緑の丘を見せたいと思った。

 そして、それが果されないだろう約束なのは、士郎にも判った。だが、それでも士郎はそれに答えた。

「そうだな、いつか皆で一緒に行ってみたいな」

「皆ですか?」

 ふと、拗ねたような声をセイバー二号が出す。

「ええっ?」

「シロウは二人でではなく、皆で行きたいと」

 にこやかに笑うセイバー二号に、士郎は冷や汗を流す。なんというか、セイバー達は笑っている時が一番怖い。本気で怒ると笑うなんてどこのアーヴだ。

「いや、それはだな……」

「それはなんですか、シロウ」

 しどろもどろになる士郎に、セイバー二号はクスリと笑う。案外一号の真似も面白いかな―などと、心の片隅で考える。

「に、二号!」

「冗談ですよ、シロウ。色ボケした一号じゃあるまいし」

 そんなセイバー二号に、士郎は疲れたように誰にも聞こえないような小声でツッコミを入れる。

「そう言いつつ、なんだか最近は一号に染まってないか?」

「何か言いましたか、シロウ?」

 再び、セイバー二号はにこやかな笑みを浮かべる。今度は先程よりも迫力がある。

「い、いや、何でもない。それよりも御茶請けを買おう」

「ちょっとまちなさい、シロウ。その間違った認識を正します!」

 慌てて江戸前屋に向かう士郎に、セイバー二号は微笑みながら文句を言った。幸い手はまだ握っている、江戸前屋まで文句はいくらでも言えるとセイバー二号ちょっぴり黒く微笑む。

 そう、その時のセイバー二号は、確かに頬笑んでいた。

 

 

「ゴールデンキングスカッシャーマロンクリームですか?」

 セイバー二号のお説教攻撃を案外と器用にかわしながら、士郎は江戸前屋にたどり着いた。どうやら江戸前屋到着と共にセイバー二号の興味はシロウから大判焼きorドラ焼き、もしくはタイヤキにスイッチしたようだ。

 まぁ、お説教が嫌なら手を離せばいいのだから、案外Mの気があるのかもしれない。

「なんだよ、Mって」

「どうしました、シロウ?」

 突然何処へともなくツッコミを入れる士郎に、セイバー二号が不思議そうに尋ねる。

「い、いや。きっと電波だから気にしないでくれ」

「そうですか、最近多いですね」

 士郎の答えにとりあえず納得したのか、セイバー二号は再び焼きあがる大判焼に目を向ける。

 何となくだが、イヌ耳とパタパタ揺れる尻尾が見えるような気がする。

「シロウ、あのゴールデンキングスカッシャーマロンクリーム限定20個という物に興味があります」

「なんだよ、その名前は」

 士郎は呆れながら、メニューの横の張り紙を見る。そこには確かに、一週間限りの限定メニューとして張り紙がなされていた。

「邪道な……」

 小声でポツリと呟く。大判焼の正道はやはり餡子。それ以外は邪道。

「じゃどー? それも大判焼なのですか?」

「あ、いや、何でもない」

 邪道でも、美味しければそれが正義なのが料理だ。それに、セイバー二号が興味があるなら買っていくのも悪くはない。なんか、期待している子犬を無下にするみたいで心苦しいし。

 士郎は苦笑いを浮かべると、頭の中で今日いるメンバーを思い浮かべる。桜にイリヤ、バーサーカー、ライダー、セイバー一号。藤ねえはまだ病院だからいらない。凛とアーチャーも今日は外出中。セイバー達と桜は食べるだろうから二つ。後は一つ。

 保温機に並べられているゴールデンキングスカッシャーマロンクリームの大判焼は3つ。ちょっと数が足りない。

 でも、この期待に満ちた目で見つめるセイバー二号は裏切れない。自分に負けるのはいけないが、セイバーと萌えには負けてもいいのだ。

 そう考えると、士郎は注文する大判焼の数を頭の中で計算する。

「すいません、小倉餡を10個、これは箱に入れてください。あとゴールデンキングスカッシャーマロンクリームを3つこっちは別に袋で」

「シ、シロウ?」

 おかしな注文をする士郎に、セイバー二号が目を見張る。

「興味があるんだろう。数が足りないから、皆には内緒で公園で食べていこう」

「シロウ……、はい。」

 悪戯めいた笑みを浮かべる士郎に、セイバー二号が笑顔で答える。

 一方店員は、手際よく大判焼を箱につめた。

「はい、全部で1450円。運が良かったねゴールデンキングスカッシャーマロンクリームは今日の分はこれで終わりだよ」

 それは、何気ないお愛想の言葉だった。

 だが、反応は意外なところから巻き起こる。士郎の背後から、小さな子供の声が響く。

「えー、もう終わりなんですか。残念だなー」

 その言葉に士郎とセイバー二号が振り返る。

 そこにいたのは、まだ小さな少年だった。金色の髪をした利発そうな少年で、買い物の帰りなのかこの商店街の中華料理店のお持ち帰り用の袋をぶら下げていた。

「あー、ごめんな、坊主。今日の分はこれで終わりなんだ」

「そっか、残念だなぁ。でもしょうがないですね」

 そう言って少年は苦笑いを浮かべる。その少年の表情に何となく申し訳ない気持ちになった士郎は、店員に声をかける。

「あ、それなら俺たちはゴールデンキングスカッシャーマロンクリームは二つで」

「えっ? そんな、悪いですよ。お兄さん」

「気にするなよ。それに、君はあの店に行ったんだろう」

 士郎の目は、一種異様なオーラを発する中華料理店の袋に止まっていた。中身は見えないが、士郎にはわかる。アレの中にはA+級の危険物が入っている。この少年が何物か知らないが、甘い物が欲しくなるのも世界の摂理だ。

「あはははは、判りますか?」

 緊張感を漂わし無言で頷く士郎に、金髪の少年は苦笑いを浮かべる。

「知り合いに頼まれて買いに行ったんですけど。あの店って入るだけで甘い物が欲しくなりますよね」

 溜息をつく少年に、士郎が同意する。

「ああ、まったくだ」

「まったく、あの店に買い物に行くのなら自分で行ってくれっていつも言っているんですけど。嫌になっちゃうな」

「大変だな、君も」

「大変なんです」

 そう言うと少年はもう一度だけ苦笑いを浮かべると、士郎とセイバー二号を微笑みながら見つめる。

「そう言うお兄さんは、デートですか? 随分と綺麗な……おや?」

「い、いや、そう言うわけじゃ……」

 突然と無邪気な事を言い出す少年に、士郎は真っ赤になって慌てる。

 そんな士郎を、不意にセイバー二号が引っ張る。

 

 自分の背後に庇うように。

 

「に、二号?」

 突然のセイバー二号の行動に、士郎が驚いたような声を上げる。

「シロウ、この少年、サーヴァントです」

「なっ!」 

 セイバー二号は緊張感に満ちた表情を見せる。セイバー二号を疑う気は無いが、それでもこんな少年がサーヴァントだと言うのはにわかに信じがたい。

 慌てて少年を見つめる士郎だったが、少年は先ほどと変わらず微笑んでいる。いや、少し不敵な感情が混じったか?

 そんな二人に、金髪の少年はあらためて挨拶をする。

「そんな緊張感しなくても大丈夫ですよ、セイバーさん。お久しぶりですね」

「知り合いか?」

「いえ……」

 親しげに挨拶をする少年に、セイバー二号は緊張感を緩めない。そんなセイバー二号に少年は再び苦笑いを浮かべる。

「あー、そっか。この姿じゃ判らないのも無理はないか。

 お兄さん、セイバーさん。場所を変えませんか? ここじゃお店の人に迷惑がかかりますし」

 そう言うと少年は無造作に士郎に近づく。

 あまりの無造作な動きに、セイバー二号が反応する暇も無かった。

「シロウ!」

 セイバー二号が慌てる中、少年は二枚の硬貨を士郎の手の中に握らせる。

「こ、これは?」

「ボクの分の大判焼の代金ですよ。一つもらいますから」

 そう言うと少年はセイバー二号と士郎に対して警戒など欠片も見せず、店員から大判焼を一つ受け取り店を出て行く。

「シロウ?」

 そんな少年の背中を呆然と見送っていたセイバー二号だったが、ふと我に返り士郎に問い掛ける。

「大丈夫だ、あの少年を追おう」

 士郎の答えにセイバー二号は頷くと、江戸前屋を後にする。

「あー、お客さん。代金、代金!」

 まぁ、慌てて戻ったりもするのだけど。

 

 

続く・・・すぐに(ぇ