とある英霊と金と赤の弓

 

 

 少年が向かったのは、河川敷の公園だった。

 そこそこの距離を歩いたはずなのだが、士郎とセイバー二号は正体不明の金髪の少年サーヴァントを警戒して全くの無言だった。

 時折り少年が『熱い内に食べないと美味しくないですよ』とか『これ、限定品なのが残念だなぁ。定番メニューになってくれると嬉しいんだけど』などと話し掛けるものの全くの無言。ちょっとばかし少年の背中が寂しそうだったと、後になってその光景を偶然見かけていたY・Mさんは語ったものだ。

 それはともかく、金髪の少年と士郎達は河川敷で相対していた。

 

「だから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。セイバーさん」

 ほんの数メートル離れた──サーヴァントにとっては無きに等しい──距離で、金髪の少年はにこやかに微笑みながら話し掛ける。

 一方、セイバー二号は少年に警戒を解かない。

「突然現れたサーヴァントを警戒するなと?」

「まぁ、無理ですよね。偶然なんですけどね、買い物の帰りに寄っただけで」

 そう言うと、少年は手に持った荷物を掲げてみせる。

「本当に今のボクはセイバーさんと戦う気はありませんから。先にやらなきゃいけない事がいくつか有るんですよ」

 まずは買い物だってのは情けないですけどと、少年はおどけて言う。

 それでも警戒を解かないセイバー二号に少年は苦笑いを浮かべる。一見無手に見えるが、恐らくは既にその手には聖剣が握られている事だろう。

「そもそも貴様は何者ですか」

 最初にセイバー二号の脳裏に浮んだのはセイバー一号の能天気な笑顔だが、恐らくは彼女の未来での知り合いなどではない。そもそも、アレは敵だと彼女の直感がしきりに警報を鳴らしている。

「あー、やっぱり判らないか。10年ぶりだし、この姿じゃ無理もないか」

「10年ぶり?」

 その言葉に、セイバー二号よりも士郎が先に反応する。数日前に、なにか重要な話を聞いたような……。

なまじっか知らないだけに、士郎の脳裏に何かが浮ぶ。

 一方、士郎を無視している訳ではないが、少年はセイバー二号に対してのみ語りかける。

「うーん、それじゃあヒントです。

 お姉さんがこの時代で知り合った中で、一番嫌いな人を思い浮かべてください」

「馬鹿にしているのか、貴様」

「馬鹿になんてしていませんよ。只、いきなり正体を明かすって言うのも芸が無いじゃないですか」

「それが馬鹿にしていると言うのです」

 セイバー二号は少年に殺気を叩き込みながらも、動けずにいた。あの少年には危険な匂いがする。無策に飛び掛るのはあまりにも危険だ。

 それに、あの少年の言葉も気にならない訳ではない。この時代で嫌いになるほどの人付き合いは無い。敵なら何人もいたが、敵対しているからと言って、必ずしも嫌いとイコールではない。騎士として生きてきた彼女にとって、敵だからと言って一々相手を嫌っていては限が無いのだ。

 何かが浮びそうな、それでいて浮ばないもどかしさがセイバー二号を苛立たせる。

 一方、そんな二人を背後から見ていた士郎の脳裏に、数日前の仲間達との会話が浮かび上がった。

 

──ああ、ここまでで8人。更には最低あと一人いる。

──私達の時にも存在した8体目のサーヴァント……英雄王ギルガメッシュが。

──二号(仮名)も会っているはずですよ。前回のアーチャーです。

 

「……アーチャー……、いや、英雄王ギルガメッシュ」

「えっ?」

 不意に士郎の口から出た言葉に、セイバー二号が驚きの声を上げる。

 一方金髪の少年は、意外そうに感嘆の声を上げる。

「セイバーさんより先にお兄さんが気付くとは思いませんでした。そっか、お兄さんはきっと話を聞いていただけだろうから、先入観が無かったんですね」

 少年は何やら一人うんうんと納得すると、ニヤリと微笑む。

「ま、まさか……、本当に」

「ええ、その“まさか”です。10年ぶりですね、セイバーさん」

「ばっ、馬鹿な! 確かあの時のアーチャーは青年だったはず!」

 セイバー二号が驚愕の叫びを上げる。セイバー二号の記憶が正しければ、前回のアーチャー──英雄王ギルガメッシュは、馬鹿みたいな金の鎧を着た傲慢な青年だったはず。

 たしかに金色の髪や赤い瞳はあの男を連想させるパーツであるが、あの男が纏っていた禍々しいまでの傲慢さや邪悪さがこの少年からは全く感じられなかった。

 そんなセイバー二号の思考を感じ取ったのか、金髪の少年──ギルガメッシュはどうしょうも無いぐらい情けなさそうな苦笑いを浮かべた。

「大きい方のボクが若返りのクスリを飲んだみたいなんですよ。なんか、トラウマになるような事があったらしくて」

「トラウマ? なんだ、そりゃ?」

「さあ? 僕も良く思い出せないんですよね。なんか、トラウマの原因を見つけたら大きい方のボクが出てくるように自動セットしたみたいなんですけど……」

 何が起こったのかは判っているのだが、何が怖かったのかは判らないんですよねと、少年はさらに苦笑いを浮かべる。

「あ、そうそう。セイバーさんアレの事なら気にしないで下さいね。大きい方のボクは非常識だからあんな馬鹿なことを言ったけど、ボクはセイバーさんは範囲外ですから」

「なんだ、そりゃ?」

 ギルガメッシュの言葉に士郎が首をひねる。そんな士郎に、セイバー二号は何か苦々しげに答えた。

「いえ……、あのギルガメッシュは10年前の聖杯戦争で私に求婚を……」

「そうか……」

 呆れたる士郎に、ギルガメッシュは意外そうな表情をする。

「あれ、驚かないんですか?」

「いや、そういう恋愛バカなサーヴァントはうちにもいるから……」

 何処の誰かはあえて言わない。

 渇いた笑みを張り付かせる士郎とセイバー二号に、流石のギルガメッシュもリアクションに困る。

「あははは、そうなんですか。変な人って何処にでもいるんですね」

「貴方が言いますか?」

「そう言われても……。結構憂鬱なんですよ、未来が判るって。なんだって、あんなオトナになっちゃったんでしょうねー。どうして嫌われる事ばかりするのかな……」

 大人になったギルガメッシュの事は良く判らない士郎だったが、何となくだが今のギルガメッシュの心情だけは良く判った。

「あー、その気持ちは良く判る。自分の未来の姿がアレな奴だとわかるって憂鬱だよな」

「まったくです。なんだってあんな風になってしまったのか……」

 思わず同意をしてしまうセイバー二号。3人の間に、なにか生暖かい共感が生まれる。

「お兄さんもセイバーさんも判ってくれるんですね。良かった、お兄さんやセイバーさんとは仲良くなれますね。

 嬉しいなあ、ようやくオトナになっても友達になってくれそうな人に会えました」

「それは無理です。アレとは何があっても仲良くなどなれません。生理的な嫌悪すら感じます」

 セイバー二号がキッパリと否定する。

「あははは、嫌われちゃったもんですね、大きい方のボクも」

 そんなセイバー二号の様子に、ギルガメッシュは人事のように笑い声を上げる。

「良く判らないが、自分の事なんだろう?」

「そうなんですけど、何で大きい方の自分が嫌われるのか良く判るんですよ……」

 何か疲れ果てたような様子の少年に、士郎は思わず同情の声をかける。

「そ、そうか、強く生きるんだぞ」

「でも、トモダチにはなってくれないんですよね。お兄さんは育ちきったら趣味じゃないなんて、偏った人ですし」

「ほほう、シロウ。やはりそう言う性癖だったんですか」

 ギルガメッシュの指摘に、セイバー二号が冷たい声を上げる。

「ちょ、ちょっとまて、それはどう言う意味だ! それにやはりって、なにさ!」

 初対面の少年にそんな事を言われる筋合いは無いし、そんな事実も無い。セイバー二号の冷たい声に冷や汗を流しながらも否定の叫びを上げる。

 しかし、そんな士郎にギルガメッシュは何かを思い出すような表情をする。

「あれ、違うんですか? 何日か前に銀色の髪のちっちゃい子と公園でキスをしようと……」

「わーわーわーわー! アレはちがうっ!」

「ほほう、シロウ。どう言うことですか、それは」

 ますます声が冷たくなるセイバー二号に、士郎がガクガクと小刻みに震える。

「あ、アレはイリヤが……、って、何を笑ってるんだギルガメッシュ!」

 士郎の叫びに、ギルガメッシュは笑いながら謝罪の言葉を口にする。

「ごめんなさい、あまりにもお兄さんとセイバーさんが仲良しさんだったから。これは、大きい方のボクが入り込む余地は無さそうですね」

「なっ! 何を言っているんですか!」

 顔を真っ赤にして叫ぶセイバー二号に、ギルガメッシュはますます面白そうに笑う。

「あはははは、ごめんなさい。

 でも、そう言う訳なんで、ボクは今日はセイバーさんやお兄さんとは戦う気はありませんから。大きい方のボクなら、王に相応しい舞台が整うまで戦わないって言うのかな?」

 ギルガメッシュはホニャっとした苦笑いをうかべる。だが、セイバー二号はそんな言葉では警戒は解かない。いや、今まで以上の殺気を少年にぶつける。

 というか、半分ぐらい八つ当たりが混じっているけど。

「それならば、何でこんな場所に来たのですか」

 場所を変えると言い、人気の無い場所に連れてくる。明らかに戦いを誘っているとしか思えない行動だ。

「んー、魔術関係の事って普通の人に知られちゃいけないじゃないですか。

 ──それに、大判焼を譲ってくれたお礼もしておこうかなって」

「お礼??」

 オウム返しに聞き返す士郎に、ギルガメッシュは不敵に笑う。

「ちょっと害虫駆除を」

 金髪の少年がそう言って微笑んだ瞬間に、少年の背後に空間の歪みが発生する。空間を切り裂いてそれぞれ形状の違う短剣が数本少年の背後に浮かび上がる。

「シロウっ!」

 セイバー二号が魔力を一気に放出する。一瞬で服が弾け飛び、魔力で編み上げられた青い軍装と銀の鎧が具現化、セイバー二号の体を包む。

 だが、そんなセイバー二号を無視してギルガメッシュの短剣は士郎達のいる場所とは別の場所、少し離れた茂みの一角を撃ちぬく。

「な、なにを?」

「出てきたらどうですか。王の会話を盗み聞きなんて無礼ですよ」

 少年の言葉に、茂みの内より殺気が膨れ上がる。

 茂みの内より、闇が立ち上がる。

 

 その闇は、男の姿をしていた。黒くくすんだ肌、色素が抜け落ち銀色となった髪、鍛え抜かれた体躯を赤き外套で包んでいた。

 

「あ、アーチャー……」

「あれが例の……、もう一人のアーチャーですか」

 その男の出現に士郎が呻き声を上げる。あれはもう一つの自分の未来、自分殺しを望む英霊エミヤ。真アーチャーとでも呼べる男。

 真アーチャーは憎悪の篭った視線を士郎とギルガメッシュに向けた。

「完璧に隠れていたつもりだったのだがな」

「ええ、完璧でしたよ、ボクも最初は気がつきませんでしたから。この子が教えてくれなければ気が付かなかった」

 ギルガメッシュは小さな水晶の飾り物を手の中で玩びながら答える。

「王の財宝か……。その可能性を失念していたな」

「あははは、数日前から町のあちこちに隠れて覗き見をしている一味でしょう、貴方」

「ほう、気が付いていたか」

「ええ、バレバレですよ。

 ボクとしては面白くなるなら貴方達が何をやっていても構わないんですが、ボクの会話まで盗み聞きしようなんて無礼までほって置く気は無いんですよ」

「貴様などには興味が無いのだがな、英雄王」

「こっちのお兄さんとセイバーさんをつけて来たんでしょう。でも、王が話しをすると言って連れ出したのなら、遠慮するのが最低限の礼儀だと思うな」

「私は貴様の臣下ではないのでな。貴様の言う礼儀とやらを守る気は無い」

 真アーチャーはそう言うと、目だけで少年との間合いを計り始める。距離にして10mと少し、互いにもっとも得意としているミドルレンジ。

 そんな男に少年は嘲りの言葉をぶつける。

「あれ、逃げるつもりですか。まぁ、飼い犬は飼い犬らしく尻尾を巻いて逃げるなら追いませんよ。ただ、飼主には下らない無礼を働くなと伝言はお願いしますけどね」

「ふっ」

 だが、そんな少年の挑発を真アーチャーは鼻で笑う。

「貴様もいずれは障害となる相手だ。この場で倒しておく事にしよう」

「できますか、贋作者!」

 二人の間で極限まで高められていた殺気が弾ける。

 先に動いたのはギルガメッシュだった。既に呼び出してあった残りの短剣を真アーチャーに向かい射出する。いずれも名のある宝具なのだろう、幾本もの短剣が光の軌跡を描きながら真アーチャーに襲い掛かる。

「ふん、この程度!」

 だが、その攻撃を真アーチャーは嘲笑う。それと同時に、真アーチャーの目前にギルガメッシュが射出した短剣と同じ短剣が数本ずつ出現する。

 あの真アーチャーも、アーチャーや士郎と同じ投影魔術を使うのだろう。たとえ贋作が真作に及ばなくとも、それならば数を揃えて対抗すれば良い。それを可能とするのがエミヤの魔術だ。

 空中で甲高い金属音を上げぶつかり合う。真作と無数の贋作の戦い、結果はすぐに現れる。

 ギルガメッシュの放った短剣が一本、また一本と砕け散っていく。

「くっ、贋作がっ!」

 ギルガメッシュが、苛立たしげに叫び後に跳び退る。ギルガメッシュのいた場所に数本の短剣が突き刺さり小さく爆発をした。

「贋作が真作に敵わぬと誰が決めた?」

 真アーチャーがギルガメッシュに侮蔑の言葉を投げかける。

「戯言を!」

 ギルガメッシュの叫びに呼応し少年の背後に再び空間が歪む。ギルガメッシュの宝具、“王の財宝(ゲートオブバビロン)”が展開され、今度は数本の槍が出現する。

「喰らえっ!」

 少年の命令に従い、槍の雨が真アーチャーに襲い掛かる。だが、今度は槍の投影すら行わない。真アーチャーは僅かに体をひねり槍と槍の隙間に体を潜り込ませ、どうしてもかわせそうに無い一本のみ、何時の間にか握られていた白と黒の双剣で軌道を逸らす。

「馬鹿にしているのか、英雄王? それともそれが今の貴様の限界か?」

 真アーチャーはギルガメッシュを一瞥すると、今度は此方からとばかりに弾丸の速度で踏み込む。

 白と黒の軌跡が、十字の形をとってギルガメッシュに襲い掛かる。

「──っ!」

 ギルガメッシュはその一撃を、咄嗟に呼び出した長剣で受け止める。

 しかし、文字通り大人と子供ほどもあるウェイト差がそれを許さない。真アーチャーの攻撃を受け止めきれずに、大きく後ろに吹っ飛ばされる。

「このぉっ! エンキドゥ!」

 だが、少年も只の人間などではない。半神半人の英雄王だ、跳ね飛ばされながらも呼び出した鎖を真アーチャーに投げつける。

 ギルガメッシュを追撃しようとしていた真アーチャーも、これにはさすがに足を止める。

 鎖が真アーチャーの体を拘束しようと不気味に蠢くが、真アーチャーは大きく後ろに跳び退りそれをかわす。

「くっ、これもかわしますか!」

 かなり自信がある宝具だったのだろう、鎖がかわされた事にギルガメッシュが少しだけ口惜しそうな表情をする。

 そんなギルガメッシュを真アーチャーが訝しげに見つめる。

「どうした、英雄王。宝具の貯蔵が足りないのか?」

「安い挑発ですね、贋作者」

 真アーチャーのあからさまな嘲りの言葉。しかし、英雄王はそんな挑発には乗らない。それどころか微笑みすら浮かべ答える。

「ほう」

「ハンディキャップですよ。ボクが本気を出したら貴方なんて一瞬で消えてしまいますからね。王の手を煩わせる以上は、少しは楽しませてもらわないと」

 そんな少年に対し、真アーチャーは笑みを消し無表情となる。

「その強がり、いつまで持つかな? 小さき英雄王!」

 真アーチャーの手から双剣が消え、黒い弓が握られる。

 いつの間にか番えられた真紅の矢が、まるで機関銃のような速度で連射される。

「くっ、“王の財宝(ゲートオブビロン)”!」

 ギルガメッシュは反射的に盾の宝具を呼び出す。いずれも名のある数枚の盾がギルガメッシュの背後の空間から出現し、少年を守るべく展開する。

 しかし……。

「なっ! もたないだって!」

 ギルガメッシュが驚愕の叫びを上げる。真紅の矢が当たる度に、盾が一枚一枚ひしゃげ、砕かれていく。

「くそ、このっ!」

 咄嗟に、砕けかけた盾の一枚を真アーチャーに向かって投擲する。だが、真アーチャーはその盾すらも余裕を持って射抜き……。

「なにっ!」

 射抜かれた途端、その盾が爆発をする。無数の破片が真アーチャーを襲う。

 予想外の事態に、さすがの真アーチャーも驚愕し後退する。

「悪いですけど、有効そうだったんで真似をさせてもらいましたよ、贋作者!」

 その爆発の内より、長剣を構えたギルガメッシュが踊り出る。

「爆発を目くらましにっ!」

 真アーチャーが一歩後ろに下がる。だが一瞬だけ遅く、黒い弓はギルガメッシュの剣に断ち切られ真っ二つとなる。

「これでとどめっ! “王の財宝(ゲートオブビロン)”!」

 ギルガメッシュの背後の空間が歪み、再び数本の短剣が吐き出される。

 短剣は一直線に真アーチャーに襲いかかった。

「この程度!

 ──I am the bone of my sword. ……」

 アーチャーが短剣を睨みつけ、呪文を咆哮する。大した意味のない自己暗示だけの呪文、しかし、エミヤの魔術を完成させるにはそれだけで十分。

 王の財宝より吐き出された短剣の倍の短剣が真アーチャーの目前に生み出され、双方の短剣が火花を散らし衝突する。

 その結果は最初の激突と同じ。力に勝る真作を贋作が数で圧倒する。

 真作の弾幕を越えた贋作の群が、ギルガメッシュに襲いかかる。

 その光景に、ギルガメッシュは──笑う。

「引っかかりましたね……。 “王の財宝(ゲートオブビロン)”!」

 襲いかかる短剣など一瞥もせず、ギルガメッシュは再度自らの宝具を展開する。

 

 ──真アーチャーの足元に。

 

 それは絶対不可避の攻撃。

 今までの狙撃戦はすべて、この瞬間の為の布石。自らの背後からしか財宝が展開できないと思い込ませるだけの演技。

 真アーチャーの足元に展開された“王の財宝”は、哀れな犠牲者を串刺しにするべく剣の山を築こうとした。

 

 ──そう、築こうとしただけだった。

 

「私を馬鹿にしているのか、英雄王」

 真アーチャーを串刺しにするべく展開されるはずだった“王の財宝”は展開される事も無く、真アーチャーは無傷で立っていた。

「そんなっ……うわっぁぁぁぁぁぁ!」

 必殺をもって展開したはずの王の財宝が展開されない。その事実に驚愕する暇すらギルガメッシュには与えられなかった。真作を打ち破った贋作どもがギルガメッシュに牙を剥く。

 急所を狙った数本はかわし、叩き落したが、それでもかわせぬ数本がギルガメッシュの体を貫く。

「──っ!」

 ギルガメッシュの口から小さく悲鳴が漏れる。

「な、なぜ……」

「わざわざタネを明かすと思っているのか?」

 そんなギルガメッシュを真アーチャーは冷たく一瞥する。

「くっ……」

 あの贋作者が自分の天敵である事は判っていた。とはいえ、決して勝てない相手ではないはずだった。

 だが、まさか宝具の発動まで阻害してくるとは。さすがのギルガメッシュも冷たい汗を流す。

 しかし、そんなギルガメッシュの驚愕に答えたのは、予想外にも離れた場所にいた衛宮士郎だった。

「ギルガメッシュ! 足元だ!」

「えっ、あっ!」

 士郎の言葉に、ギルガメッシュは真アーチャーの足元を見る。

 真アーチャーの足元だけが、なぜかピンク色に変色しており……。

「まさかっ! “熾天覆う七つの円冠(ロー・アイアス)”!?」

「ふん、ばれたか」

 士郎の指摘を真アーチャーはつまらなそうに吐き捨てる。

「貴様が何かを企んでいた事には気がついたので、悪いが先手を取らせてもらった。もっとも、上か下かは賭けだったがな」

 そう、真アーチャーは短剣を投影する時、同時にロー・アイアスを足元に具現化させていたのだ。そして、ロー・アイアスがゲートオブバビロンに対しての蓋となっていたのだ。

 もっとも、本来ならばこの程度の盾では、ギルガメッシュの攻撃を防ぐ事などできなかっただろう。しかし……。

「くっくっく、どうやら宝具を盗まれたと言うのは本当らしいな」

 真アーチャーの嘲りの笑いに、ギルガメッシュは臍を噛む。

 たしかにあの男の言う通り、数日前の交戦でギルガメッシュは決定打となるAランクの宝具をほとんど失っていた。それでも通常の英霊相手ならば十二分な戦力なのだが……。

「さて、貴様が何かの拍子に財宝を取り戻しては面倒なのでな。此処で止めを刺させてもらおう」

 そう言うと、真アーチャーは一歩踏み出す。

「ちっ!」

 ギルガメッシュが半歩だけ後退する。背後に王の財宝を再度展開するものの、決定打が無い今、あの真アーチャーにどれだけ対抗できるか。いや、一撃で消し飛ばせる宝具は一つだけ残っているのだが……。

 

「ギルガメッシュ!」

「シロウ、駄目です」

 その様子を見ていた士郎が思わずギルガメッシュに駆け寄ろうとするが、セイバー二号に引き止められる。

「二号?」

「今は子供の姿でも、アレはいずれ敵となります」

「そ、それは……!」

 それは士郎にも判っていた。アレは子供の姿をしていても敵だ。本質的に危険な存在だと生存本能が訴える。だが、それと同時に無邪気に大判焼を頬張る少年を見殺しにする事が正しいのか……。

 自らの心の葛藤に、士郎は拳を握り絞めた。

 

 そんな士郎とセイバー二号のやりとりを尻目に、真アーチャーは歩みを止める。

 軽く息を吸い込み、自らの魂を呪として紡ぐ。

 

――I am the bone of my sword.

  Steel is my body, and fire is my blood.

 

「えっ?」

 不意に流れてきた旋律に、士郎が表情を強張らせる。

 

  I have created over a thousand blades.

  Unknown to Death.

  Nor known to Life.

 

「ただ一度の理解もされない……」

「し、シロウ?」

 突然呟く士郎をセイバー二号が振り向く。

 そこには、呆然と、憧憬と、嫌悪の表情を浮かべた士郎の姿があった。

 

  Have withstood pain to create many weapons.

  Yet, those hands will never hold anything.

 

 動悸が激しい、目眩がする、吐き気がする。

 同じモノでありながら、決定的に違うモノ。

 エミヤであるゆえに、決して許してはならぬ存在が具現化しようとしている。

 まだ早い、まだ見るには早すぎると心のどこかが訴える。

「あ、あ、あ、あ、ああああああああああっ」

「シロウ、しっかり!」

 

  So as I pray, unlimited blade works.

 

 そんな士郎の存在などお構い無しに、真アーチャー……、英霊エミヤの呪文が完成する。

 

 世界の境目に炎が走る。

 灼熱の風が頬を打つ。

 赤き大地が広がる。

 

 そこに具現化したのは、一つの世界。

 

 そこは、誰も居ない世界だった。

 そこは、何も無い世界だった。

 

 存在を許されるのは、無数の剣。

 助けられなかった者達の嘆きの墓標。

 

 それは、エミヤが行き着いた世界。

 誰もいない剣の丘、赤く焼け焦げた錬鉄所。

 すなわち……。

 

「固有結界……、無限の剣製」

 士郎が呆然と呟く。

 それは古の悪魔の技術。己れの心象風景を具現化する禁断の大魔術。

 そして、正義の味方を目指した愚者、エミヤシロウの行き着いた場所。

「こ、これは……」

 流石のセイバー二号も驚愕する。

 そんなギャラリーを他所に、剣の世界の中心で、空に浮ぶ歯車を背景に、真アーチャーは何処までも冷たく宣言する。

「ゆくぞ、小さき英雄王。宝具の貯蔵が不十分な事を呪え」

「くっ! “王の財宝(ゲートオブビロン)”!」

 ギルガメッシュが大きく叫び飛び退く。

 全身から流れる血などお構い無しに、王の財宝を展開する。とにかく隙を作らなければ! アレを呼び出し、発動させるだけの隙を。

 呼び出せる限りの無数の宝具が、英雄王の背後に展開される。

 

 だが……。

 

 ガキン!

 

 甲高い金属音が響き、一本、また剣が一本と砕け散る。

「うわっ!」

 宝具を呼び出した傍から、真アーチャーに撃墜されていく。

 ここに来て、英雄王はもはや退路が無いと悟る。

 

 英雄王は無数の宝具を持つ。最古の英雄王は、最古の蒐集家でもあるのだ。全ての宝具の原点を彼は所有する。

 しかし、その全ては彼が集めたと言うだけ。

 彼は宝具の担い手ではない。宝具の真の力は引き出せない。

 

 一歩一歩、英雄王は追い詰められる。

 だが、英雄王は退かぬ。自分殺しを望む愚者ごときに負けてなるものかと意地を張る。

「まだですっ!」

 ギルガメッシュは財宝の一つを引き抜く。神話の時代に作られはしたが、大した活躍する機会も無く時代に忘れられた宝具だ。

 だが、それでもこの剣は防御に優れている。少しなら持つ……。

 だが、そんな期待も虚しく剣は大きく弾き飛ばされる。無数の同じ剣によって。

「あきらめろ、小さき英雄王」

「知らなかったんですか、英雄って言うのはあきらめが悪いんですよ!」

 ギルガメッシュはそう叫ぶと、王の財宝から剣を引き出そうとして……。

 

 肉を引き裂き、骨を砕く音を聞く。

 

「えっ?」

 最初は、何がおきたのかわからなかった。

 小さき英雄王は呆然と自らの足元を見つめる。

 そこに、足が一本しか存在しなかった。

「有効な手段だったのでな、貴様の戦術を使わせてもらった、小さき英雄王」

 地面から生えた一振りの剣が、英雄王の右足を骨から断ち切っていたのだ。

 それを認識した瞬間、ギルガメッシュはバランスを崩す。膝をつき、地面に倒れ伏す。

「さらばだ、小さき英雄王」

 そんな英雄王を真アーチャーは冷たく見据え、腕を大きく上げる。

 そこには無数の剣が浮び、その全てがギルガメッシュに切っ先を向けていた。真アーチャーはアレでギルガメッシュを串刺しにするつもりだろう。そうなれば、いかにサーヴァント、いかに英雄王といえども生き残る事など不可能。もはやこれまで、英雄王は覚悟を決め真アーチャーを睨みつける。例え殺されようとも、恐怖に目を閉じるなどしようものか。

 そんな英雄王を、真アーチャーは何の感慨も浮ばぬ目で一瞥すると、無造作に腕を振り下ろす。

 無数の剣が英雄王を串刺しにするべく、襲いかかる。

 

「って、させるかあああああああああっ!」

 

 不意に、赤き世界に少年の声が響く。

 猛烈な勢いで駆け込んできた影が英雄王を跳ね飛ばし、転がっていく。

「し、シロウ!?」

 ギルガメッシュを跳ね飛ばしたのは、無論、衛宮士郎だった。

 突然のマスターの行動に、咄嗟に反応できなかったセイバー二号が呆然と叫び声を上げる。

 いや、呆然としていたのはこの場にいた者全てだった。

 本来なら不倶戴天の敵たる英雄王を、エミヤシロウが助けるなど絶対にありえない。しかし、この世界の衛宮士郎は英雄王を、自らの身も省みずに助けていた。

「し、正気か……貴様……」

 呆然とした声を上げたのは、真アーチャーだった。自分と起源を同じくする存在の奇行に混乱する。

「正気さっ!!」

 少年を庇った姿勢から立ち上がった士郎は、真っ直ぐに真アーチャーを睨みつける。

「間違ってるから、こんな子供が……、大判焼を食べて喜んでいるような子供が殺し合いなんて間違っているから!」

「ぼ、ボクのこの姿は仮初の姿ですよ、お兄さん」

 庇われたはずのギルガメッシュが、信じられないと言った表情で士郎を見つめる。

「わかってるさ、いつかは敵となる、殺し合いをするって。でも、今だけでも敵対する気が無いっていう奴を見殺しになんてできない!」

 それは、目指した正義の形。亡き養父が見せてくれた美しい輝き。

 エミヤシロウが憧れたもの。

 その輝きを前に、真アーチャーは……。

「そうか……」

 真アーチャーは、小さく呟く。

「そうか……」

 何処までも深い闇を抱え、言葉を紡ぐ。

「そうか……、それならば……」

 真アーチャーの目が士郎を射抜く。その瞳に浮んでいたのは、憎悪すら越えた呪詛。

 

 全てに裏切られた男の、無限の闇がそこにあった。

 

「それならば、その理想に溺れて溺死しろ!!」

 

 真アーチャーの憎悪に、世界が揺れ動く、無限の剣の世界が、衛宮士郎とギルガメッシュにその切っ先を向ける。

 空を覆わんばかりの剣が、士郎達を襲う。

 

 しかしこの時、真アーチャーは失念していた。

 衛宮士郎には、最強の剣が存在している事を。

 

「シロウっ!」

 飛び込んできたのは青き軍装の剣の英霊。

 衛宮士郎の最強の剣。

 

「セイバー! 頼む!」

 

 士郎の叫びに、セイバー二号は小さく頷く。 

 全く無茶で馬鹿だ、敵対する可能性の有る……いや、いずれは確実に敵対するとわかっているサーヴァントを庇うなど正気の沙汰ではない。

 愚か、馬鹿、虚け。どれだけ罵っても足りないぐらいだ。

 それでも、二号にとっては……、あのセイバー一号と愛し合ったというエミヤよりも、この憎悪と悔恨に身を焦がすエミヤよりも、遥かに好ましい真っ直ぐな性根の持ち主。

 自らの目指す所に、真っ直ぐに突き進む心優しき愚者を、どうして嫌いになれようか。

 

「はああああああああああああああああああああっ!!」

 

 その少年を守るのに、何の躊躇いを持とう。

 誓ったではないか、自分は彼の剣になると。

 

 いかに剣の英霊と言えども、世界を覆わんばかりの剣を迎撃するなど一人では不可能。

 だが、士郎と二人なら、できない技ではない。

 

 衛宮士郎の右手の甲が赤く輝く。

 そこに刻まれるの紋章は令呪、英霊を律する大魔術の結晶。

 

「セイバー、頼む!」

 

 令呪の一つが強く輝き、魔力へと返還される。

 ありえないほどの力が、セイバー二号の体に漲る。

 

 常人には目に留めることすら不可能な動き、いや、サーヴァントであるギルガメッシュや真アーチャーにすら見切れぬ速度でセイバー二号の剣が振るわれる。

 かりそめの肉体と言えども、その現界を超えた動きに骨がきしみ筋肉が千切れる。

 だが、それでも止まらない。

 なぜならこの身はサーヴァントだ。主を守るのが我が使命。

 

 絶対の守りを決意する騎士の剣の前に、士郎とギルガメッシュに牙を剥いた刃は、そのことごとくがへし折られ、叩き落された。

 

「ば、馬鹿な……」

 その光景に、真アーチャーが信じられないとばかりに驚愕の表情を浮かべる。

「この程度の芸当が、剣の英霊に出来ないと思っていたのか、アーチャー」 

「そうではない、君まで英雄王を庇うのか、あ、ありえん!」

 それは、真アーチャーにとって悪夢とも言える光景だった。

 

 あの英雄王を、セイバーと士郎が庇い、それを敵として見据えるのが英霊エミヤ。

 

 配役が逆だ。

 ありえない、狂った光景だ。

 いや、狂っているのは自分か、それとも世界か。

 ふと気が付くと、真アーチャーは赤き世界の中央で狂笑していた。

 

 世界よ、道具として利用した果てに、俺にこのようなモノを見せるか。

 このような悪夢を、俺に押し付けるか。

 真アーチャーは一瞬だけ戦いを忘れ、狂ったように笑い声を上げた。

 

 そう、戦いを忘れたのは一瞬。

 でも、それは大きな隙。

 

 追い詰められた英雄王が、見つけた大きなチャンス。

 そう、彼の切り札を使う千載一遇の機会。

 

 王の財宝より具現化したのは、一振りの剣。

 三つの刃を持つその剣は、神々の宝物庫に最初から設置されていた、世界を切り分けし剣。

 

 少年は、正面を見据え考える。

 今すぐにこの剣の力を使えば、あの弓兵などこの世界ごと葬り去れるだろう。

 だが、そうすると衛宮士郎やセイバーまでも巻き込んでしまう。

 それを望まぬなら、声をかけてどかせばいい。

 しかし、片足の無いこの身、声をかければあの弓兵が気付きかわしてしまうかも知れない。

 

 考えたのは刹那の時、そもそも考えるまでも無い事だった。

 

「お兄さん、セイバーさん、どいてください!」

 

 敵を殲滅するのに己の恩人を巻き込むなど、王のする戦いなどではない。

 

 英雄王の叫びに、セイバー二号と士郎が振り向き、慌てて少年と弓兵をつなぐラインから飛び退く。

 真アーチャーが英雄王の動きに気が付き、何か行動を取ろうとする。

 しかし……。

 

「もう、遅い!」

 

 少年の握る剣が唸りをあげる。

 剣に秘められし魔力に、偽りの世界が悲鳴を上げる。

 

「──“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”」

 

 主人の命に従い、乖離剣が軋みをあげる。

 これこそあらゆる死の国の原典、生命の記憶の原初。

 世界を切り分けた剣がうなりを上げ、世界と契約をせし愚者のちっぽけな世界に牙を剥く。

 天地開闢以前の世界すら切り分けた原典、地獄すら切り裂く存在の前には、いかに世界を騙す大魔術と言えどもひとたまりも無い。

 

 真アーチャーの姿が己の心象世界と共に、原初の地獄の果てに消えていった。

 

 

 

「まったく、シロウ。貴方は大馬鹿者です!」

 心象世界が消えて一番、セイバー二号がかけた言葉がこれだった。

「い、いや、そう言われても」

 文字通り髪(アホ毛限定)を逆立てて怒るセイバー二号に、士郎は困ったような苦笑いを浮かべる。

「何を笑ってるんですか、子供の姿をしているとはいえ敵のサーヴァントを庇って戦場に飛び込むなど、狂気の沙汰です!

 大体、今は変な薬でも飲んだのか普通の性格をしていますが、本来のあの男はとんでもない極悪人なのですよ!」

「あのー、一応本人がいるんですが……、それと、飲んだのは若返りの薬で……」

 今の彼女に声をかけるのは怖いが、それでも一応はツッコミを入れる。さすがはちびっこくても英雄王である。

「余計な茶々入れはしないでください!」

「は、はい……」

 とはいえ、ツッコミを入れる度胸と、聞き入れられるかどうかは別問題。まぁ、大きいほうの英雄王だったら問答無用とばかりに聖剣で吹っ飛ばされているだろうから、だいぶマシだと言えなくも無い。

 マシなレベルが限りなく低い気はするけど。

 それに、ギルガメッシュの目から見ても、衛宮士郎は大馬鹿者だった。

 正直、彼の考えは理解できないし、したくも無い。アレは一種のバケモノだと思う。

その能力、がではない。

確かに驚異的な異能ではあるが、異能の存在などその気になって探せばいくらでもいる。彼がバケモノなのは、その思考が、だ。子供の姿をしていると言うだけで、今日あったばかり、良く知らない、敵になるかもしれない、そんな存在を命がけで救うなど考えられない。

 ただ、彼の考えが理解できなくても、彼があの考えのまま進めば、恐らく彼は不幸な生涯を送ることになるだろう事だけは理解してしまった。

 とは言え。

 

──そんな事、ボクが言うことじゃないしね。大きいほうのボクはご愁傷様だけど、あの二人の絆には入り込めないよ。

 

 ガミガミと士郎を叱るセイバー二号を見ながら、小さな英雄王は思った。

 世界にどれだけ剣の英霊がいるかは知らないけど、令呪の助けを得たとしても、アレを防ぎきれる剣の英霊がどれだけいるかな?

 セイバーさん、貴方は全力を超える全力でお兄さんを護ったんだよ、と。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていた小さな英雄王は、切り落とされた右足をぽんぽんと叩く。ちょっぴり痛いけど、どうやらちゃんとくっついた様だ。

 これ以上、犬も食わないようなモノを見続けている意味も無いだろう。

 ギルガメッシュは一人立ち上がり、相変わらずお説教を繰り返す士郎とセイバー二号に声をかける。

「さてと、ボクはそろそろ行きますね」

「行くって?」

 相変わらず天然な士郎に、ギルガメッシュは思わず苦笑する。

「今日はたまたま敵対する気が無かったってだけで、ボクとお兄さんは本来敵同士ですよ。

 ──それに、今度会うときは多分、大きなほうのボクでしょうね」

「そうか」

 恐らく、今日は交わるはずの無い線が偶然交わっただけ、少年はそう言っているのだと士郎は理解する。

 そして、それが本来の自分達の関係なのだろう。

「そうそう、お兄さん。一つだけ忠告しておきますね。大きいほうのボクは決して優しくないから、戦うにしろ逃げるにしろ全力で無いと……」

 ここまで言って、小さな英雄王はは少しだけ言葉を切る。

「死にますよ」

 もっとも、あの大きい自分と出会えば手加減なんてしないだろうなー、相性悪そうだし。と、小さな英雄王の脳裏によぎったりもする。

「それじゃあ、お兄さん、セイバーさん。もう出会わないことを祈っていますね」

 別れの挨拶としては奇妙な言葉を告げ、少年は士郎たちの前から去っていく。

 士郎とセイバー二号は、その姿を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎とセイバー二号は、その姿を見送るのだった……。

 

 ほんの10mだけ。

 ギルガメッシュが士郎達から10mほど離れたその瞬間、それは起こる。

 一人歩く少年の足元に向かって、突如何かが忍び寄る。

「なっ!」

 突如の襲撃に少年は慌てるが、直ったばかりの右足では上手く動けない。

 いや、動けたとしてもソレはかわせなかっただろう。それはそういう物だった。

「なっ、ちょ、ちょっと!」

 少年は慌ててもがくが、足に絡みついたソレは離れない。それどころか、腕に、腹に、胴に、頭に、体のあらゆる場所に巻きついてくる。

「こ、これは!? 聖骸布!?」

 少年がその赤い襲撃者の正体を見抜き、驚愕の叫びを上げる。

 瞬間、

 士郎とセイバー二号の目の前で、英雄王ギルガメッシュ(小)は何処かに釣り上げられた。

「────フィッシュ」

 何処からか、地獄の底よりも深い声が聞こえてくる。

 一応は聖職者だったような気もするが、どう考えたって地獄より深いところから来ているとしか思えない。

「ちょ、ちょ、ちょっと、ナンデスカ、伏線もへったくれも無い、この理不尽な展開は!

 聞いてないよー!」

「諦めろよな、これが運命なんだよ。この日少年は運命に出会った!」

「そんなっ! こんな運命認めません!」

 なにやら、茂みの向こうから言い合う声が聞こえてくる。

 なんか、覗いてみたいような、覗きたくなくないような・・・・・・。

 一瞬だけ悩む士郎だったが、そもそも悩むような問題ではなかった。

「帰ろっか、二号」

「そ、そうしましょう、シロウ」

 顔を見合わせ、呆然と立ち去っていく二人。

「ちょ、ちょっと、お兄さん、セイバーさん、ちょっと、帰らないで助けてくださいよっ!

 うわーん、誰か助けてー!」

 英雄王(小)の悲痛な叫びが、冬の河原に木霊するのだった。

 

 

 

 続く……ギルガメッシュが無事なら(ぇ