とある英霊と魔術師の帰還

 

 

 最初の被害者はライダーだった。

 運悪く玄関のすぐ側にいたのだ。

 

「ただいまー」

 妙にやつれた凛の声が玄関から聞こえてくる。実際、昨日の事件の調査に向かっていたのだ。

 いや、それどころか、恐らく凛はあの家を調べに行ったのだ。凛が疲れて帰ってきたのも無理は無い……と、ライダーは思った。

 ほんの気まぐれに、ライダーは玄関に顔を出す。

「お帰りなさい。り……りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりぃ」

「なによ、どこの波紋使い?」

「J○J○ですね」

「伏字になってないぞ、それは……」

 玄関を見るなり両腕を交差させたおかしなポーズで固まるライダーを一瞥して、サーヴァント・あかいあくまと、サーヴァント・くろいさくらが妙な評価を下す。アーチャーのツッコミも精彩に欠ける。

「てか、ライダーがそのポーズするとむかつくわね。胸が強調されて」

「何馬鹿言っているのよ、あんたは……」

 サーヴァント・あかいあくま──キャスターの戯言に、凛が呆れ声を上げる。

「あああああああああ、アーチャー、何でこの人たちがいるんですかっ! いくらなんでも桜二人は負担が重過ぎます。桜ですよ、桜。一人ならちょっぴりバイオレンスでジェノサイダーなエロとグロ担当の人気が今一だけどSS作者的には好きなキャラですな可愛い女の子で済みますが、二人揃って黒くなってクスクスゴーゴー先輩は私に希望を持たせたのがいけないんですよ姉さんってかわいいな食べちゃいたいぐらいクスクスクスなんてなったら、流石に止めきれません。二人揃って一人でこっそり先輩をツマミ食いしたんですねライダーお仕置きです、なんてきたら流石の私でも身が持ちません!」

「いや、そう言われても……」

 ガクガクブルブル震えながら、ライダーがアーチャーに詰め寄る。もう胸倉を掴みそうな勢いだ。

「クスクスクス、あら、ライダー。私がここにいちゃいけない?」

 そんなライダーに、サーヴァント・くろいさくら──アサシンがドロドロと透きとおった青空のような、爽やかでおどろおどろしい笑顔を向ける。目が髪の影に隠れて見えない辺りが、アクセント。

 って、どんな笑顔だ。

「い、いえ、そんな……」

 ガクガクブルブル震えていたライダーが、青くなったり赤くなったり紫になったりと百面相をして……。

「お久しぶりですね、桜。また貴女に会えるとは……」

「一話で会ってるでしょう、ライダー」

 普段のクールなライダーに戻るが、アサシンはニッコリと笑顔で斬り捨てる。

「いや、そんなメタ発言で切り返されても……」

「クスクスクス、私がいない間にずいぶんと羽を伸ばしていたのね」

「いえ、うちの子ではありませんし、私に羽はありません」

 ふっふっふ、くすくすくす……ライダーとアサシンの間に妙な緊張感が走る。

「なんか、うちの桜のときと様子が違わない?」

「お互い英霊同士だから遠慮無しなんでしょう。わたしには仲が良いように見えるわ」

 微妙な緊張感が漂う玄関で、凛とキャスターがこそこそと内緒話を始める。

 そんな玄関に、さらに混乱を招く存在が乱入した。その存在は小麦粉がついたエプロンをつけており、一見すると新婚幼妻だ。無論、狙ってやっている。

「どうしたの、ライダー? 玄関でぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 玄関にやって来たのは桜。(普段は)大人しい彼女にしては珍しく大声で絶叫を上げる。

「ね、姉さんが分裂している……、姉さん、昔から人間離れしていましたけど、ついに人間辞めちゃったんですかっ!?」

「誰が人間辞めたのよ!」

「てか、そんな風に思ってたのね、桜……」

「何気に毒舌だな、桜も……」

「まぁ、キャスターの妹ですから」

 凛の妹というよりも、彼女自身の素質じゃないかなーと思うアーチャーだった。なんせ黒いし。

 そんな、何処か達観しきったアーチャーとバゼットを尻目に二組の姉妹+αの掛け合い漫才はエスカレートしていく。

「というか、桜。わたしが分裂したって言うのならこれはいいの?」

「誰がこれですかっ!」

「な、何も見えません、目の錯覚です。そっちは目の錯覚なんですっ!」

 なにやら、桜は必死に銀の髪の女性を視界に納めないようにする。視界から消したって、アサシンが消えるわけじゃないけど。

「だいたい、髪の色が違います。きっとそっちは2Pキャラです。微妙に性格が違うんです! それで、そのうち何時の間にか鷹の変わりに犬を連れていて、最後には別キャラとして独立してしまうんです!」

「それなんてギャルゲー?」

「格ゲーでは?」

「ってか、桜の場合は黒桜と不可分じゃないの?」

「ち、違います! 私は正統派ヒロインとして最後まで頑張るんです!」

 腕と胸を振りながら必死に桜は反論する。なんせ正統派ヒロインの危機だ、黒いばかりが桜じゃありません。Fateのグランドフィナーレを飾る正統派最終兵器ヒロインなんですと主張する。

 だが、そんな桜を二人の凛は無情にも斬り捨てる。

「無理ね」

「無理よ」

「クスクスクス、無理です。貴女もいずれは私のように黒くなるんですよ……」

「さ、桜……。その笑いはちょっと怖い」

「ホラーゲームになったわね」

 桜の反論を小声で嘲うアサシンに、皆が思わずドン引きする。

「な、なりません!」

「そうですね、ならないならならないほうが良いかも……。でも、それだと序盤で退場、どこまで行っても『可愛い後輩』とか『大人しい妹分』で終わっちゃいますけど」

「そ、それはっ……」

 無味無臭の正統派ヒロイン(序盤で退場)で終わるか、黒くなってエロとグロ担当のラスボスになるか、少女の心に戸惑いが生じる。

「こら、さく……じゃなかった、アサシン。あんまり桜をいじめるな。遠坂が染ってるぞ」

 流石に見かねたのか、アーチャーが口を挟む。

「そ、それは……ちょっとマズイですね。はい、止めてておきます」

 アーチャーの注意にとたん黒化を止めるアサシン、幾つになっても恋する乙女なのだ。

「ちょっと、なんでわたしが染ると……って、あれ?」

 アーチャーやアサシンの物言いに抗議の声を上げようとしたキャスターだったが、ふと何かに気が付く。

 今までナチュラルに話していたが、何かこの状況はおかしい。むむむ、とキャスターの眉間に皺がよる。

「姉さん、どうしたんですか?」

 そんなキャスターに、アサシンが小首をかしげながら尋ねてくる。

「桜……じゃなくてアサシン。あんたこの状況をおかしいと思わないの?」

「何がですか?」

 キョトンとするアサシン。まぁ、気が付かないのも無理はないと思いながらキャスターは傍らの凛に尋ねる。

「ねえ、あんた?」

「なによ」

「あなた、桜と……」

 ふと、キャスターは考える。この時代は確か自分達は面と向かって姉妹として話せなかったはず。いや、そもそも桜は魔術師だと士郎の前では隠していたし……。

「何言っているのよ? そっちはどうだったか知らないけど、こっちはもう解決したの」

 まぁ、お節介が好きな執事英霊が何かをやったのかもしれない。

 自分の時に来たアーチャーは記憶喪失になっていたが、こっちは記憶喪失にならなかったのだろう。

 別に目くじらを立てるようなことでもないし、それはそれでよかったのだろう。少なくとも、あんな事件が起こるよりもずっと……。

 キャスターはとりあえずそう納得する。

 だが、それにしても……。

「なんでライダーが此処にいるのよ?」

「あっ、そう言えば」

 学園でのガス噴出事故……実際の所アレはライダーの宝具による惨劇のはず。その惨劇を引き起こしたライダーが何で此処にいるのだろう。

「そ、そんな。まるで居てはいけないみたいに言わなくても」

 流石のライダーも、憮然とする。その様子に桜が憤る。

「何でそんなこと言うんですか!」

「あ、そう言う意味じゃなくて……」

「どう言う意味よ。あんまりふざけた事を言うなら、いくらわたしでも吹き飛ばすわよ」

 凛のキャスターとアサシンを見る目が鋭くなる。その事を少し意外に思いながら、キャスターは己れの疑問を口にする。

「そうじゃなくて、学園で騒ぎを起こしたんじゃないの? それとも、こっちじゃ慎二もろともとっ捕まったとか?」

 そのキャスターの言葉に、今度は凛が押し黙る。まさか、この女……。

「ひとつ聞くけど、キャスター」

「なによ」

「貴女この町で何が起こっているのか知ってて調査に乗り出したんじゃないの? まさか、何も知らないなんて事は無いわよね……」

「知らないって、馬鹿にしているわけ? 聖杯戦争の事なら多分貴女より詳しいわよ」

「いや、凛の言っている事はそうではないと思うぞ、遠坂……」

 的外れな事を胸を張って答えるキャスターに、アーチャーが小声でツッコミを入れる。キャスターとアサシン、バゼットを除く面々が、生暖かい微妙な沈黙をする。

「な、なによ、いったい?」

 その雰囲気にキャスターが思わずたじろぐ。

 周囲の面々を見渡すが、皆視線をそらす。アーチャーが何かを言おうとして、凛に足を踏まれて押し黙る。

「ふふん、わたしでも気がついたのにね。これでよく人を未熟な魔術師なんて言えたものね」

「なんですって!」

「よく考えてみたら、あなたが家に入り込めたのも当然よね。貴女はわたしなんだから、家の鍵も知っているだろうし」

「あら、あの事をまだ根に持ってたんだ。でもお生憎様、十年以上前の鍵なんて覚えていないわ。そもそも、技術レベルで言ったらわたしが貴女の頃にかけていた守りよりも数段劣ってたわよ。自分の非力を認められないのは哀れね」

「どうだか、口ではなんとでも言えるわ」

「お、おい、凛! と、遠坂も」

 なんだか雲行きの怪しくなってきた二人に、アーチャーが慌てて仲裁に入ろうとする。

「「アーチャー(士郎)は黙りなさい」」

 二人揃って、アーチャーを睨みつける。

「あ、いや、しかし……」

 自分同士で喧嘩をするのは如何なものか。とりあえず自分の事は棚上げにして問いかける。

 ギロリ。

 二人の鋭い視線がアーチャーに突き刺さる。自分同士で殺し合いするような奴に言われる筋合いは無いとのことだ。

 なんか、生前に同じ様な事があったような……、妙な箱に閉じ込められて……。そう言えば、あのアナザー遠坂とセットの衛宮士郎ってどんな奴なんだろうと、アーチャーは涙目で現実逃避を始める。

 そして、逃避したのはアーチャーだけではない。流石にこれ以上ここに居ては危ないと、アサシンと桜、ライダーにバゼットが物理的な逃避を始めた。

「桜、サクラ・ザ・グレート、此処は危ないので避難を」

「ら、ライダー。二人とも桜だとややこしいからって、その呼び名はちょっと……」

「そうですか? 他にもアサ桜、黒桜、アサシン・オブ・チェリー、など色々と」

「アサ桜って、なんかお相撲さんみたいですね……」

「というか、どの辺がグレートなのですか?」

「バストとウエストのサイズが少し……。どう違うかはあえて言いませんが、1時間も体重計とにらめっこをするぐらいなら、少しは食べる量を控えたほうが……」

「そ、それは、その……。あ、呼び名は普通にアサシンでいいから……」

 などと囁きながら、コソコソと逃げていく。

 一方逃げられないのが約一名。無論アーチャーだったりもする。精神は当の昔に現実から逃避してしまっているが、物理的にはキャスターと凛に挟まれる格好で逃げられない。

「大体何よ、その格好。十年以上前って事は最低でも30前だったんでしょう。若作りにも程があるわ」

「あら、サーヴァントがどう言う存在か知らないの? 全く未熟なマスターね。サーヴァントって言うのは自分が最もベストだった年齢で現れるのよ」

「ふぅん、つまり、あんたは死ぬまで成長できなかったって事ね」

「それは、あなたも成長できないって事よ」

 二人の遠坂凛の間に火花が飛び散る。まさしく一触即発状態、バトル寸前の近所のミケとタマ。いや、もはやそんな生易しいレベルではない。

 そしてついに恐怖に耐え切れ無くなったアーチャーが、ポツリと小声で呟く。

「……確かに成長は無かったな。胸は……」

「「なんですってっ!!!」」

 それは禁断の破壊の言葉。その一言で青い石は砕け、大佐が目を抑えてのた打ち回る……、って、ちと違う。

 二人のあかいあくまの怒りの矛先がミスター朴念仁に注がれる。その緑の瞳の奥底に灼熱の業火が宿り、二人の拳が光って唸る弓兵倒せと轟き叫ぶ……って、だからちと違う。

 ともかく、二人の怒りはアーチャー一人に集中する。二人の表情は憤怒の表情を突き抜け、毎度おなじみになりつつある遠坂スマイル。

 アーチャーの命も風前の灯……その時だった。

 

 

 少し時間は遡る。

 

「あー、ひどいめにあったな……」

「まったくです。しかし、一号の言う通り護衛についていて良かった」

 見慣れた近所の風景に士郎が安堵の呟きをもらす。セイバー二号もそんな士郎に微笑を浮かべて答える。

 醤油の買出しだけのつもりが、サーヴァントと遭遇、交戦、撃破、フィーッシュ……。最後の一つはとりあえず記憶から削除しておくことにするが、大変だったのは事実だ。敵対していたサーヴァントを一人倒したのは大金星だろう。

 とはいえ問題が山済みなのも事実、その筆頭があの金色の少年だ。

「ギルガメッシュを放置してきてよかったのでしょうか……」

 苦々しげな口調のセイバー二号に、士郎がちょっぴり困惑しながら答える。

「アレにちょっかいをかけるのか?」

 あの赤い布で拉致されていったギルガメッシュがどうなったか、士郎もセイバー二号も知らなかったし、調べる気力も無かった。

 あの赤い布の主が誰なのかはわかるのだが、目覚め始めつつあった士郎の新スキルや、あるいはセイバー二号の直感が関わらないほうが良いと訴えていた。

 まぁ、その判断はとても正しい。

「いえ、流石に監視役と戦うのはまずいでしょう。討ちもらした場合の事を考えるとリスクが大きすぎます

 それに、監視役がサーヴァントを連れ去ったのなら何か意味がるのかもしれません」

 そう言うと、セイバー二号が何かを考え込む。そう言えばアレは前任者のサーヴァントだったと聞く。何か重大な意味があるのかもしれない。

 なんとなくだが、そっちの方が面白そうだからって理由じゃないかなーと、士郎は乾いた笑みを浮かべながら考えた。声には出さないけど。

「まぁ、その辺は一号にでも相談してみよう。何かわかるかもしれない」

 それに出かけている凛やアーチャーが何か掴んでくるかもしれない。

「そうですね。私達だけでは情報が少なすぎます、一号やアーチャーならになにかわかるかも……あっ!」

「どうした、二号?」

 不意に言葉を切ったセイバー二号を士郎が不思議そうに覗き込む。

 そんな士郎に、セイバー二号は困ったような表情を向ける。

「いえ、服が破れてしまって……、一号が悲しむかと」

「え? またなんで?」

 河川敷の戦いでセイバー二号の服は破れてしまい、今の彼女は青い軍装のままだった。鎧を外せばちょっぴりかわったメイド風の服と見えなくも無いのだが、それでもこの格好で町を歩くのはちょっぴり勇気がいる作業だった。

 それはともかく、どちらのセイバーも、物に拘るようなタイプには見えない。そもそもこの服は凛が持っていた服だろうし、事情を説明すれば納得するはずだ。

 首をかしげる士郎に、二号が苦笑いを浮かべる。

「いえ、なんでもシロウ……アーチャーとデートをした時に着ていた服だとか……」

「ありゃ」

 流石にそれはまずいかもと、一瞬考える。セイバー一号にとっては大切な思い出だろう、確かに悲しむかもしれない。

「その時は俺も謝るよ。二号が俺を助けてくれたんだから」

「あ、いえ、そういう訳には……。それに彼女も私です、悲しむかもしれませんがそれを責めるような事はしないでしょう」

 確かにそのとおりかもしれないが、釈然としない物を士郎は感じていた。もっとも、実はセイバー一号がこの服を着たときは、もっととんでもない目にあっていたとは気付く余地も無かった。

 それはさて置き後少しで衛宮邸、そんな時だった。

 

「……………………ぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

「な、なんだ、今のはっ!?」

「悲鳴……桜の悲鳴では!?」

 突然の悲鳴に、二人は顔を見合わせる。

 あれだけの数のサーヴァントが集結している家にそうそう襲撃者などいるとは思えないが昨日の例もある。それに確かに玄関先で魔力の高まりを感じる。

「シロウ!」

 セイバー二号はマスターを振り向くと、次の瞬間には魔力を編み上げ銀の鎧で武装をする。

「二号! 急ごう!」

 二人は顔を見合わせると、駆け出していった。

 健脚な二人だ、玄関に僅かな時間で到着する。なるほど、不気味な含み笑いと共に妙な殺気が玄関に渦巻いている。

「シロウは私の後ろに、決して前に出ないで下さい」

「判った」

 女の子を矢面に……一瞬だけ士郎の脳裏にそんな考えがよぎるがすぐに打ち消す。

 セイバー二号は扉に手をかけると、勢いよく開け放った。

 

 そこには、カオスが広がっていた。

 混沌が秩序を形成し、あくまがかっぽする。

 いや、あるいはこの世の地獄、赤い世界。それはこの世のあらゆる恐怖。

 

 いや、だって赤い連中しかいないし。

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふ……」

「どう言う意味かしら、士郎……」

 含み笑いをしながら拳を輝かせるツインテールが約二名。あかいかくまずに挟まれ、涙目で小刻みに震える男が一名。

 そして、身も凍るような殺気。

 なんというか、それは素晴らしき妄想の世界。このままあのあかいあくまが増殖していったらどうしよう、みんながあくまのえみをうかべながらにやにやとわらう。ああ、そうさ、きっととおさかはむげんにふえていくんだ。

 

──からだはあくまでできている

──ふだんはつんで ときどきでれで

──いくたのせんじょうをこえてうっかり

──ただいちどのぱんちらもなく

──ただいもうとよりむねはなし

──あかいあくまはここにひとり

──かけいぼのおかでそろばんをはじく……

 

「し、シロウ、し、しっかりしてください、シロウ! 衛生兵、衛生兵は何処ですかっ!!」

 突如妙な事を口走り始めた士郎を、二号が慌てて揺さぶる。士郎は目の前の現実が受け入れられないのか、硝子玉のような虚ろな目でセイバーを見つめ返す。その口元は愉悦と歓喜にゆがみ、指先は小刻みに揺れる。

 ああ、なんと素晴らしき“unlimited TOSAKA works”(無限の遠坂)。

「ああ、セイバー。僕を探してきてくれたんだね」

「何を疲れてるんですか!」

「わかったよ、セイバーは何時までも僕と一緒だって。そう言ってくれているんだね、ありがとう」

「だから何を言っているんですか、シロウ、気を、気をしっかり」

「セイバー、僕は見たんだよ。一番見たかった二人の遠坂凛を。だから僕は今、すっごく幸せなんだよ」

 微妙に壊れたことを言う士郎に、セイバー二号が冷や汗を流す。てか、いくらなんでも壊れすぎである。

 なんだか、何処からともなく鈴の音が聞こえてくるような……。

「パト○ッシュ。疲れたろう。僕も疲れたんだ。

なんだか、とても眠いんだ……○トラッシュ」

「誰がパ○ラッシュですかっ! シロウ、シロウ!?」

 ガクガク揺さぶるが、士郎は反応しない。なんだか良い笑顔を浮かべるのみだ。

「だから何を言っているんですか! な、なんですか、この天使は! 犬が、犬が!? なんですか、この白い犬は!?」

 突然纏わりついてくる天使やら犬やらを、セイバー二号は自らの聖剣で追い払う。なんか降りてきた犬は白い巨大な犬だったような……。

「まて、お前はパトラ○シュではないだろう! てか、こんな所に勝手に出てくると姫君に怒られるぞ」

 一瞬で冷静になったアーチャーのツッコミに、白い犬は『出番が欲しかったんで、んじゃまた』と尻尾を振って帰っていく。

 ってか、何しに出てきた。

「おい、未熟者! お前もそんな壊れたを内面世界を展開するなっ! 

 くっ、この光景は刺激が強すぎるのかもしれないが……」

 白い犬が帰っていくのを見送ると、アーチャーは小声でぶつぶつと呟く士郎を見て悲しそうに呟く。

「どう言うことですか、アーチャー!?」

 そんなアーチャーにセイバー二号が問いただす、その目は真剣そのものだ。ビクビクと痙攣する士郎の頭を膝に乗せ、心配そうにその頬をなでる。

「私も遠坂が二人揃ったときは、聴覚をもっていかれた」

「サラリと失礼な事を言うなっ! てか、わたしは魔術のバックファイヤーかっ!!!」

 思わずアーチャーを背後からゲシゲシと蹴っ飛ばすキャスター。もっとも、小柄に見えるが鍛え上げられているアーチャーはピクリともしない。

「事実だ。数日間まともに聴覚が働かなかったんだぞ。強化で何とか誤魔化しつづけたが……」

「何をやってたのよ、あんたら……」

「未来の事だからあまり話せんが……、ひとつ忠告しておこう。凛よ、箱とカレイドな杖と携帯電話には気をつけるんだ。特にカレイドな杖は親友と宿敵の腹筋を破壊する危険性があるからな」

「ますます判らないわよ……」

 アーチャーがしみじみと忠告するが、流石の凛にも判らない。まぁ、この手の運命は変えられないだろうから、そこの未熟者に苦労してもらうという事で……。

「まったく、久しぶりの再会だって言うのに……」

 生前と変わらぬ毎度毎度のドタバタ騒ぎに、キャスターはこっそりと小さく溜息をつく。

 その呟きは、セイバー二号の耳に届いた。

「久しぶり? 何を言っているのですかリン? いえ、それ以前になんでリンが二人もいるのですか? いえ、アーチャーの事を考えれば、貴女が何者かは判りますが……」

 士郎が英霊化したアーチャーがいるのだ。凛が英霊化しても不思議は……いや、普通そんなの無いだろう、どんな電波だってこんな馬鹿らしい設定は無いと思うが、現実に目の前にいる以上は凛が英霊化したととりあえず納得する。

 とはいえ、もしあれは英霊化した“遠坂凛”だと言うのなら、再会するのはセイバー一号であって自分ではないはずだ。

「ずいぶん冷たいわね、戦友に向かって。

 ……それとも、何も知らないセイバーがこの世界では召喚されたのかしら?」

 キャスターが眉をひそめて答えるが、セイバーは頭の上に『?』を浮かべるだけだ。

 その様子に、凛とアーチャーが溜息をつく。

「やっぱり、その様子じゃ何にもわかってなかったわけね」

「まったく、サーヴァントになっても変わらないのだな。遠坂のうっかりは……」

 この家に使い魔でも飛ばしておけば気が付いただろうに、きっとうっかり忘れていたのだろう。

「な、なによ……、二人して」

 あきれた表情の二人に、キャスターがたじろぐ。そんなキャスターを気の毒そうな目で見ながら、アーチャーはセイバー二号に話しかける。

「今の時間なら道場かな?」

「昼寝をしていなければ、おそらくは」

「ちょっと、だから何よ?」

 困惑するキャスターを尻目に、アーチャーは奥に向かって大声で人を呼ぶ。

「おーい、セイバー! いるかー?」

「ちょ、ちょっと、セイバーは此処にいるでしょうがっ!?」

 ちょっと不気味な物を見るような目でアーチャーを見ていたキャスターだったが、その表情は数秒後には驚愕の表情で固まる。

 

「どうしましたか、シロウ……じゃありませんでした、アーチャー?」

 

 家の奥から、金色の髪を揺らしながら一人の少女が現れる。白いブラウスと青いスカートを身につけ、背筋をピンと伸ばし真っ直ぐにこちらに向かって来る。

 その姿は優雅にして可憐、そして獅子の威厳を内に秘める。

 彼女の名はセイバー。最優のサーヴァントにして衛宮士郎の最強の剣。

「って、セイバー!?」

 その姿にキャスターは驚愕し、すぐ側で衛宮士郎を介抱するもう一人のセイバーを振り向く。

 士郎に膝枕を続けるセイバーはもう一人のセイバーの登場に驚いた様子も無く、キャスターに憐憫の視線を向ける。

「どうしました、もう一人のリン?」

 そんなセイバーを呆然と見つづけるキャスターに、奥からやって来たセイバーが声をかける。

「おや、貴女もこちらに来ていたのですか、お久しぶりです、リン。あなたとの再会に感謝を」

 ニコリと微笑みながら声をかけるセイバーに、キャスターは呆然と呟いた。

「セイバー、あなた分裂なんてスキル持っていたの?」

「君が言うか、遠坂……」

 疲れの為か、アーチャーのツッコミは精彩に欠けていたという。

 

 

 続く……のか?