とある英霊とある朝の出来事

 

 

 闇と静寂が支配するその部屋で、黒く焼けた肌の青年は傍らの女の荒い息遣いを耳にしながら天井を見上げていた。

 どれくらいそうしていただろう、不意に男は女の名前を呼ぶ。

「なぁ、遠坂」

「どうしたの、士郎?」

 男は何処か硝子のような虚ろな目で黒い髪の女を見つめる。

 女は、男の逞しい胸に顔をうずめながら、何処か甘えたような声を上げた。

「いや、なんでもない……」

 そんな女に男は何かを言おうとして、止める。

 言っても仕方の無い事だ。こんな事はもう何年も前に割り切っていた事だ。

 だが、女も男と昨日今日の付き合いではない。この男の考えそうな事などお見通しだ。

「何を考えていたの、士郎? セイバーの事?」

 ふと、脳裏によぎるのは時の果てに去って行った、黄金色の髪の剣の騎士。

 自分は彼女と違う。彼を理解をする事など出来ないし、理解する気も無い。その事で悩んだ時期が無い訳ではないが、悩んだ所で無駄だと判っている。自分の思いを偽る事など無駄だし、そのために自分を曲げる気も無い。

「ああ、少し……。

 ──すまん、遠坂」

 男は女の問に答え……少しだけ鋭くなった女の視線に、短く謝罪の言葉を述べる。

「そうね。いくら彼女の事とは言え、こんな時に別の女の事を考えるなんてわたしに対する侮辱だわ」

 そう言いながらも、女は男を怒っている訳ではなかった。

 女は男の胸をその繊細な指でなぞる。

「指の動きがエロイぞ、遠坂」

「バカ。何を言っているのよ」

 男の言葉に、女は呆れ声を上げる。

「今更エロも何もないでしょう」

「まぁ、たしかにな……」

 女の言葉に、硝子のようだった男の目に生気が宿る。もっとも、多分に苦笑いを含んでいたが。

 とはいえ、女はそんな男の表情に安堵の溜息をつく。彼が時折り見せる硝子のような目は好きではなかった。あの目は人の目ではない、もっと何か別の悲しい存在の目だ。

「思い出していたのはセイバーの事だけじゃないぞ。聖杯戦争の事を思い出していたんだ……」

「やっぱり侮辱ね。男の事まで思い出していたなんて」

「人聞きの悪い事を言うなよ」

 俺にそんな趣味はないぞと、男はちょっぴりすね気味に呟くが、女はあえて聞き流す。

「あら、ランサーに嬉しそうに追い掛け回されていなかった?」

「なんだよ、それは」

「“ゲイ”ボルクだし……」

「当人が聞いていたら、怒って暴れ出しそうだな」

「どうかしら? ノリが良さそうだったから悪乗りするんじゃない?」

 そうかも知れないと、男が表情を緩める。

 そんな男の胸を指でなぞり続けながら、女は少し怖い笑顔を見せる。

「で、こんな美人の隣で何を考えていたのかしら、え、み、や、く、ん」

「いや、俺はまだまだあいつ等に追いついていないなって……」

「呆れた、英霊と自分を比べていたの?」

「まぁ、比べる事態が傲慢だとは思うけど……」

 男はそこで言葉を切ると、不意に自らの腕を見上げる。そこには、あの頃とは比べ物にならないほど鍛え上げられた褐色の腕が存在した。

「それでも、あいつ等は俺の目標なんだ。俺はまだまだ未熟だ、あいつらくらい力があればもっと色々と上手く出来るだろうに……」

 その言葉こそ、真の傲慢であろう。あれだけの財を誇った英雄王は国を滅ぼし、桁外れのの武を誇った騎士王も自らの国は救えなかった。大英雄は最も護りたかった人を護れず、クランの猛犬は姦計の前に身を滅ぼした。

 どれだけ力を持とうと、救えぬ者は必ず出る。それを覆したかったら……それこそ魔法にでも至るしかない。

 だが、どこまでも純粋な男の願いの前に、女は男に言葉をかけられない。

 女はただ、男の胸を執拗になぞり続ける。

「お、おい……、ちょっとくすぐった……」

「また……傷が増えたわね」

 女の声が不意に冷たくなる。

 男はそんな女に何かを応えようとして……結局出たのは謝罪の言葉だった。

「すまん、遠坂」

「バカ、何で謝るのよ」

 もし彼がこの傷を誇りと思える人間なら命以上の心配は無い。それは人として戦っている証明なのだから。あるいは、この傷を恥じるのならやはり心配は無い。きっといつか安全な世界に帰ってこれる。

 でも、男はそのどちらでもない。男はただ傷ついた事を受け入れる。そこには何の感慨も無い、あるとすれば、救えなかった命に対する悔恨だけ。

 彼はただひたすらに、幼き日の呪いに囚われ、人を救い続ける。

 そして、それはもはや人間の考えではない。

 女はそんな男の態度に少しいらつき、男に抱きつく。

「お、おい?」

 男の狼狽を他所に、女は男に自らの体を押しつける。胸のふくらみがつぶれ、二人の体温が混ざり合う。

 体温が直に伝わる。鼓動が聞こえる。

 大丈夫、彼はまだ人間だ。

 大丈夫、彼はまだ至っていない。

「士郎、わたしはあんたが幸せにならないなんて絶対に許さないんだから。あんたみたいな、頑張っている奴が幸せにならないなんて絶対に許さない。わたしだけじゃないわ、桜も、藤村先生も、ルヴィアも、あの子だってあんたが不幸になるなんてきっと許さない」

 はっきりと言ったつもりだったが、何処か女の声は震えていた。

 判っている、この言葉はきっと彼には届かない。彼の呪いは解けない。彼の呪いを解ける人はもうこの世界には存在しない。この愛が本物でも、男の誓いには届かない。

「大丈夫だよ、遠坂。俺は不幸になんてならない」

 そんな女に、男は苦笑いと共に応える。

 でも、それは嘘。

 きっと彼は、何処か遠くに行ってしまう。

 人の届かない場所に行ってしまう。

 それが彼の運命だから。

 そして、それが不幸な事だとわからないのが、男の真の不幸。

 女の腕に篭る力が強くなる、せめて一秒でも長く彼をつなぎ止めておけるようにと。

 そして……。

 

 

 ごつん……。

 

 

 頭をぶつけた。

「またこのオープニング?」

 ポケポケとする頭を擦りながら、遠坂凛はベットから起き上がる。

 昨日はベットから転がり落ちて頭をぶつけたようだが、今日は寝返りを打った拍子に目覚し時計が落ちてきたようだ。

 どっちみち、あまり良い目覚めではない。

 時間は朝の6時……朝の早い衛宮邸の面々はそろそろ起きだしているだろう。

 だいたいなんだ、あの夢は……。

 あの夢は……。

 夢……。

「な、なんなのよっ! あの夢はああああああああああああああぁ!」

 不意に、凛の中で何かスイッチが入る。眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。

「だいたいなんだあの夢は男と女が出ていたようなそう言えば一人はすごい美人で黒髪の女だったようなそう言えば男を士郎と呼んでいたような気がするそういえば夢の中で士郎は女を遠坂と読んでいたわねありえなそんなのありえない少しはいいかなとは思うけどあの朴念仁でにぶちんの士郎とこのわたしがそんな関係なんてでも夢の中の士郎は大分良い男に成長していたようなでもこんな妄想をするなんて欲求不満かしらそりゃちょっとした賭けはしているけどそういう事じゃないしそうよ同じ魔術師だったからこっちの事を彼に秘密にしなくて良いってちょっぴりはしゃいじゃっているだけで騙されているというより彼は知らなかっただけだから許せるわよねああそういえば昨日アーチャーがサーヴァントの過去の記憶が夢としてマスターに漏れ出す事があるとか言っていたようなということはこれはただの夢じゃなくて現実でもわたしとアーチャーはそんな関係じゃないしってそういえばアーチャーは私を遠坂とは呼ばない凛と呼ぶわねアーチャーが遠坂と呼ぶのはキャスターだったあのムカツク英霊よねでもアレは未来のわたしの可能性なわけでつまりアーチャーとキャスターはそう言う関係だったわけでもアーチャーってセイバーと恋人じゃなかったっけつまりふたまたでもあの士郎がそんな器用な事が出来るとは思えないしでもあの夢の中の二人は良い感じにべたべたとでもそんなのおかしくないそもそもあんなのわたしじゃないしでもそう言う関係な訳でとりあえず落ち着きなさいわたしだいたい女も男も夢の中では服は着ていなかったわねってつまりそういう事をやった後な訳でちょっとまてそれじゃあなにかわたしはあの男にでもあれはわたしじゃなくてキャスターなわけででもキャスターはわたしなわけでだいたいなんであんな夢を見るのよそうかアーチャーとキャスターが接触したからアーチャーの記憶が漏れ出したのねでもこれはちょっと無いんじゃないだいたいなんであんな事をやってるのよ私だってまだ経験無いのにでも……(此処までワンブレス)」

 

──とりあえず落ち着け、わたしっ!

 

 日本語文法に喧嘩を売っているとしか思えない混乱を、凛は気合一発で納める。だって魔術師だもん、コートの中では平気なの。

 ちなみにコートは赤い……って、まだ混乱している。

 とりあえず、状況整理。

 アレは夢で……でも、妙にリアルで生々しかった。男と女の体温や鼓動が思い出せそうで……。

 だから状況整理、状況整理! 凛は意志の力で強引に火照った頬を沈める。そんな事をすれば、ますます意識するだけだと、さすがに経験の浅い凛には判ってない。

 まぁ、それはともかく凛の中で状況整理が行われていく。

 まずアレは夢、夢ったら夢。

 これはOK。

 次、登場人物は士郎(大)と遠坂凛(大)……。

 これもOK。

 で、二人はその……そういう事をやっていた。

 う、でもあれはわたしであってわたしじゃないし……そもそも、なんでセイバーと恋人だとか言っていたアーチャーがあの性格の悪そうなキャスターなんかと……、でもアレはわたしな訳で……、いやいや、わたしはあそこまでうっかりじゃないし、あくまみたいな性格じゃない。

 って、また脱線している!

 考えれば考えるほど混乱し、考えが脱線していく。

 とりあえず……。

「アーチャー! ちょっと来なさいっ!」

 レイラインを通して……と言うより、怒鳴り声で凛は己れのサーヴァントを呼びつける。

 あいかわらず屋根の上で見張りでもしていたのだろう、アーチャーがすぐに姿をあらわす。

 そして現れた途端、呆れた表情を凛に向ける。

「凛よ、昨日も言ったと思うがいくら身内とは言えその格好はどうかと思うぞ」

 確かに、アーチャーの言うとおり凛の格好は凄まじかった。着ていたパジャマのボタンは半分以上外れ、肩がずり落ちて剥き出し。ズボンも少し下がり気味でヨレヨレ、髪に至っては寝癖であちらこちらに跳ねている。

 とても人前に出せる格好ではない。

 だが、今の凛にそんな事を気にしている余裕は無かった。

「凛よ、朝が弱いにしても限度が……ふごらぁ!」

 とりあえずやって来た赤毛の顔面にワンパンチ。魔術刻印が勝手に輝いていたような気がするのは気にしない。

「い、いきなり何をするんだっ!」

 吹っ飛ばされたアーチャーだったが、流石はサーヴァント、すぐに復活をする。

「ふっふっふっふっふ、ちょっと夢を見てね……」

「夢?」

 凛の言葉に、さすがのアーチャーも思わず眉をひそめる。

「それが何故私がぶん殴られることになると……ぐふぉばぁ」

「う、うるさいっ! あんたが悪いんでしょうがっ!」

「いや、そう言われても……。一体何の夢を見たと?」

「うっ……」

 アーチャーの言葉に、思わず凛は押し黙る。

 思い出すのは夢のアレコレ。○○ので魔術を使って■■を▲▲して●●だったり、廃屋で☆☆☆☆と◆◆と▼▼だったり……。

「だっしゃー!!!」

「ふごぉぉ!」

 結局のところ、アーチャーをぶん殴ったり。

「って、親父にだって殴られた事なかったのに!」

「んな今時誰もわからないネタをするなぁ!!! ってか、オープニングのネタに困ったからって妙な夢を見せるなぁ!!!」

「なんでさっ! てか何があったのさ!」

「メタ発言は禁止ですよ、凛」

「それどころじゃないわよっ! ライダー……って、ライダー?」

 不意に響いたこの場にいないはずの人物の声に、凛とアーチャーが一瞬固まる。

「ら、ライダー。声を出しちゃ駄目じゃない」

「そ、そうです、み、見つかっちゃいます」

 さらに聞こえる聞き覚えのある声。妙に無表情になったアーチャーが声の出所、凛が眠っていたベットを片手で持ち上げる。

 ベットの下から出てきたのは、髪が長くて胸の大きいという特徴が共通した女性が三人。何故かベットの下の床が切り抜かれ、素敵な快適空間が出来上がっている。

「何をやってるのかしら、貴方達……」

 自分ってこんなに冷たい声が出せるんだ……と、凛が自分でも感心するほど冷たい声が部屋に響く。

「あ、いえ、その……」

「ちょ、ちょっとした好奇心で……」

 髪の色以外は同じ顔をした二人の少女が、ひきつった笑みを浮かべる。

 そんな少女達に、凛は極上の笑みを浮かべ質問をした。

「ふうん、どう言う好奇心かしら?」

 じりじりと間合いを詰めてくる凛に、二人の桜は思わずライダーの影に隠れようとして……、既にライダーの姿はそこには無かった。

「って、ライダー!?」

「に、逃げたぁ!?」

 よく見ると何時の間にか部屋の窓が開け放たれており、空には朝っぱらからキラリと輝く流れ星が……。

「ふむ、流石はライダーのサーヴァントだな。僅かな隙を突いて一気に天馬で逃亡とは」

「感心するなっ! てか、アーチャーあんた追いかけなさいよ!」

「ほっておいても食事になれば戻ってくるさ。それよりも桜……ではなく、アサシンも逃げたぞ」

 アーチャーの言葉に凛と桜が慌てて振り向くと、そこにいたはずのアサシンの姿が綺麗さっぱり消えていた。丸っこい文字で『後は頼みました』と置手紙までしてある凝りようだ。

「って、アサシンまでっ!」

「ふむ、流石はアサシンのサーヴァントだな。注意がそれた一瞬で気配を消して逃亡とは」

「だから感心しないで下さいっ! アーチャーさん!」

 滝のような涙を流す桜に、アーチャーがヤレヤレと言った表情で応える。

「気配を消したアサシンを捕まえる事などできんよ。それに、朝食には戻ってくるさ」

「そう、そうですよね、あの人も私なんだから、ご飯には戻ってきますよね」

 言ってから桜は少し落ち込む。なんせ、自分は食い意地が張っていると宣言しているような物だ。

 とはいえ、落ち込んでいる場合ではない。

「じゃ、そういう事で私はご飯を作りに行きます」

 そう言うと桜は、シュタッと手を上げて部屋を出て行こうとする。

「まちなさい、桜」

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 がしぃという効果音と共に、桜の肩にあかいかくまの爪が食い込む。……まぁ、この場合限りなく自業自得なんだが。

「ひ、ひぃ、姉さん」

「桜、此処で何をやってたのかしら?」

「あ、アーチャーさん!」

 思わずこの場にいる最後の人物に助けを求める桜だが……。

「って、居ない!?」

 そこにいたはずの赤い外套の男は、もう何処にも居なかった。

「ふっ、流石はアーチャーのサーヴァントね。目を離した途端に安全なポジションに移動とは」

「ひぃ! 自分の側は安全じゃないって宣言している!?」

「あら、それは桜次第よ」

 可愛らしい、十人見れば十人が魅了されるような可愛らしい魅力的な笑みを浮かべる凛に、桜は真っ青になりながら冷や汗を流す。

「あ、う、その……女同士ははぢめてなんで優しくしてください……」

「何馬鹿なこと言っているのよっ! あんたはっ!!!」

 凛の絶叫が衛宮邸に響き渡る。

 まぁ、それでも……と頭の片隅で凛は思う。

 少なくとも、少し前まではこんな馬鹿なやり取りを桜と出来るなんて夢にも思わなかった。そういった意味ではサーヴァント達に感謝しなければ……。

「でも、綺麗に終われるとは思わないでね、桜」

「は、はひ……」

 

 

 

「あら? 何か悲鳴が聞こえませんでした?」

「いや、聞こえなかったが」

 葛木宗一郎は読んでいた新聞から目を離し、台所で朝食の準備をする妻に目を向ける。

 出会った頃は料理などからきし駄目だった彼女も、この五年で随分と料理の腕が上達した。食物の味にこだわる葛木ではないが、それでも妻の料理がだんだんと美味しくなっていくのは嬉しかった。

 いや、自分の中に“嬉しい”などと言う感情が残っていた事が驚愕だったと言って良い。

「気のせいかしら?」

 なにか極悪非道なあかいあくまに残虐非道なくろいさくらが敗れ去るような悲鳴だった気がするのだが、葛木が聞こえなかったと言うのなら気のせいなのだろう。

 周囲に殺気も何も無いし、害蟲駆除は毎日しているから問題は無い。

 メディアはそう考えると味噌汁の味見をする。最初の頃は微妙な味加減がわからなかったこの国の伝統調味料を使ったスープも、最近では得意料理のレパートリーの一つだ。

 人間──英霊だけど──変われば変わるものである。いや、変われたことを愛する夫と時間に感謝しなければならない。

 本来なら血の匂いのするはずの二人の間に、ほんわかとした優しい空気が流れる。

 二人の間に言葉は無くとも、視線の一つ、仕草の一つに相手を思いやる優しい愛が込められている。

 結婚から5年。あいも変わらず新婚時と変わらない熱い二人だ。住職が二人を揶揄して万年新婚カップルと言うのも頷ける。

 実際、娘も同じ感想だった。居間に続く扉口で半眼で呆れて見ていた。

「パパもママもあいかわらずね……」

「まったく。久方ぶりに来てみれば、変わっていないのだな」

 少女の小声の呟きに、この家に現在逗留中の男も同意をする。

「おぢさんも大変ね……」

「いやいや、これはこれで見ていて面白いものだ」

「おぢさん、それちょっと悪趣味だよ。やれやれだぜ」

「そういう言葉遣いは母上殿に怒られるのではないかな?」

 可愛らしい格好には似つかわしくない男の子っぽい言葉遣いに、男が苦笑いと共に注意を向ける。

「あっ、おぢさんママには黙っていてね」

 慌てる少女に、男がさらに苦笑いを深める。

「あいかわらずのようだな、母上殿は」

「あいかわらずなのよ、ママは」

 そう言うと、少女はなんとも言えない表情をする。さすがの男も限界だった。男の口から笑い声が漏れ出す。

「って、いつの間に!」

「ああ、良い朝だな。メディア殿」

 男の笑い声にメディアと葛木のほんわか空間が消え去る。

 メディアは笑い声を上げた男を睨みつけるが、さすがにそれ以上は出来ない。まさか娘の前で内蔵飛び出すスプラッタなキラートマトをするわけにはいかないのだ。

 

 

 

「殺人トマト……ですか?」

「何言っているんだ、二号?」

 サラダに乗っかったトマトに向かって、セイバー二号が謎の呟きをもらす。

「あ、セイバー達ってもしかしてトマトが苦手だったか?」

「いえ、そんな事はありません」

「ええ、どこぞの国のトマトソースで豆を煮込んだだけの雑な料理でなければ問題ありません」

 士郎の言葉を二人のセイバーは全力で否定する。

「シロウ、私たちに好き嫌いなどありません」

「その通りです。シロウの作るものなら何でも美味しくいただけます」

 そう言って二人のセイバーは幸せそうに微笑む。だが、ふとセイバー二号が何かに気が付き、次に少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「セイバー一号、貴女もシロウの料理が良いのですか? アーチャーではなく?」

 いつもやられてばかりだから、少しは一矢報いたい。そんな思いからの言葉だった。

「ええ、アーチャーもシロウですから。

 ──完成されたアーチャーの料理も、将来を感じさせるシロウの料理も、どちらも大好きですよ」

 だが、そんなセイバー二号の姦計をセイバー一号は真顔で返す。

「将来を感じるって事は、セイバー達から見たら俺はやっぱりまだまだ未熟だって事か」

 逆にそれを聞いていた士郎が苦笑いを浮かべる。わかっていた事ではあるが、アーチャーと比べて未熟と言われるのはやはり口惜しい。

「そ、そんな事ありません! 私はアーチャーの料理よりシロウの料理の方が好きです!」

 そんな士郎に、セイバー二号が慌ててフォローを入れる。そんなセイバー二号をセイバー一号がまぜっかえす。

「二号は今此処にいるシロウが好きなんですね」

「ええ、もちろんです」

「そうですか……。シロウ、こんな娘ですが末永くよろしくお願いします」

「ああ、俺でよければ出来る限りの事はするよ」

 士郎の返事に、それまで真面目そうだったセイバー一号がニンマリと笑う。

「そうですか、よかった。シロウと二号は相思相愛なのですね」

「いちごおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 その言葉に士郎が動作停止し、セイバー二号が絶叫を上げる。

「一号! あなたの頭の中にはそんな事しかないんですかっ! そんな事しかないんですね!」

 真っ赤になって怒鳴るのは図星を突かれたと言う事ですね、などと思いながらセイバー一号はセイバー二号の言葉に反論する。

「失礼な、ちゃんと他の事も考えています」

「どんな事ですか?」

シロウ(アーチャー)のご飯とか、シロウのご飯とか、凛の中華料理とか、桜のお菓子とか、聖杯戦争とか

「食べる事ばっかりじゃないですか! てか、アーチャーのご飯大きいっ!」

「聖杯戦争も入っていますよ」

「一番最後に、しかも小さくでしょうがっ!」

 ヒートアップしていくセイバー二号を、セイバー一号はあはーと煙に巻く。

「本当に貴女は私なんですか!? 実は一皮剥くと中から別の人物が出てくるのではないですか!?」

「あはー、そんな事無いですよー」

 ふと、セイバー一号の背後で割烹着姿の女性の幻影が見えたような……。

「一号、何かに取り付かれていませんか?」

「何かおかしかったですか?」

「い、いえ……、もう良いです」

 これ以上の追求は何かまずいような気がすると、セイバー二号は視線をそらした。

 

 

 

 早朝ジョギングや犬の散歩でそれなりに人通りのある河川敷の公園の一角に、その目立つ奇妙な二人連れはいた。

 道行く人がチラチラと二人に視線を向けるが、残念ながら二人には気にしている余裕はなかった。

「まったく、朝っぱらから何をしているんだろうな、俺ら……」

 そうポツリと呟いたのは、青い髪の長身の男だった。ごく普通のジャケットとズボン姿で空き缶をごみばこに放り投げる様は、何処か人生に疲れきっているような印象を受ける。

「なにしてるんでしょうね、本当に……」

 そんな男に応えたのは、金色の髪の少年だった。ホットミルクティーの缶で指先を暖めている様は、やっぱり人生に疲れきっているような印象を受ける。

 川の流れを見つめつづける二人の心に浮ぶのは人生の無情だった。まぁ、もう死んでるけど。

「はぁ、まったくマスター運ねえよな……」

「ランサーさんはまだ良いですよ、自分の意志で契約したんだから。ボクなんかは無理やりですよ、無理やり」

 ランサーのぼやきに、ギルガメッシュが顔をしかめながらこたえる。

「無理やりって、何をされたんだお前?」

「聞きたいですか?」

「いや、いい。

 ──おい、泣くなよ。悪かった、悪かったって、思い出させちまって」

 何を思い出したのだろうか、その赤い目一杯に涙を溜める英雄王(小)に流石のランサーも罪悪感を感じ、持っていたハンカチを差し出す。

「す、すびばせん……、ランサーが悪いんじゃないのに……」

「いや、思い出させちまって悪かったよ……」

 そう言いながらも、英雄王(小)を此処まで恐れさせるとは、あの極悪シスターは何をやったのかと好奇心と恐怖心が同時に浮ぶ。

「ま、まぁ、野良犬に噛まれたと思って諦めるんだ」

「そうします……」

 そう言いながらも、相変わらず涙目でエグエグと英雄王(小)はやっている。

「……てか、本当に何をやったんだ、あのサドマゾシスターは……」

「知りたいですか?」

 誰にも聞こえないような小声の呟きに何者かが答える。ランサーはその聞き覚えのある声に恐る恐る振り向く。

「ひっ……カレン!?」

「ひ、ひぃっ!」

 そこに居たのは件の極悪サドマゾシスター、カレン・オルテンシア。まだ昼間なので、ごく平凡な修道女姿をしているが、商店街の中華料理屋の中身の如く毒々しい……一件まともに見えるだけ、たちが悪いったらありゃしない。

「人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて、なんて酷いのかしら。私を玩んだのね……」

 そう言うとカレンはヨヨヨと泣き崩れてみせる。

 右側に涙目の金髪の美少年。背後に泣き崩れる修道女。

 自然、道行く人の視線は中央の青い男に注がれる。

「お、おい……なんだよ、この流れは……、って、カレン、てめー笑ってるんだろうがよっ!」

 自然厳しくなっていく周囲の視線に、流石のランサーも冷や汗を流す。ランサーの悲しい絶叫が朝の河川敷に木霊した。

 

 

 櫛で髪を梳く音。文章にしてしまえば味気ない行為も、時に最上級の調べに変わる。

 たとえば、幼い娘の髪を梳く母の櫛。

 たとえば、愛しい妹を梳く妹の櫛。

 穏やかな時には、穏やかな調べがよく似合う。

 髪を梳くのはバーサーカー、彼女に身を預ける少女はイリヤ。

 同じ魂を持ち、一人は可能性の先にいるもの、一人はまだ見ぬ可能性に震えるもの。

 そんな二人の朝の一時に、今日は珍しい乱入者が約二名。格好も赤いローブとスーツ姿、道を歩けば目立つ事請け合いだ。

 そんな目立つ二人に、バーサーカーはイリヤの髪を梳きながら声をかける。

「しかし、驚いたわ……」

 そんなバーサーカーに、キャスターはからかい半分に答える。昨日は士郎がぶっ倒れてしまってドタバタしたため、できなかった話しがあるとやってきたのだが……。

「あら、イリ……バーサーカーは気が付いてたんじゃない。わたしと桜がサーヴァントとしてやって来た事は」

「ううん、そっちじゃないわ」

「そっちじゃない?」

「キャスター……ううん、リンがこの時間にキッチリ起きていることよ」

「そっちかっ!」

 バーサーカーの身も蓋も無い評価に、キャスターが魂のツッコミを入れる。

「なに、そっちのリンも寝起きが悪いの?」

「悪いなんてもんじゃなかったわね。年々寝起きが悪くなっていって……シロウを半殺しにしちゃったのは一度や二度じゃないわ」

「ちょっ! イリヤ!」

 バーサーカーの過去の恥ずかしい事件の暴露に、キャスターは思わずクラス名ではなく真名でバーサーカーを呼んでしまう。

「あら、事実でしょうキャスター。そういえばキャンプに行った時はわたしも危うく殺されかけたわ……」

「あ、あれは悪かったと思っているわよ」

「悪かったっと思うなら夜更かしはしない。

 まったく、夜更かしに煙草にお酒に……、誰に似たのか、あの子の悪癖を直すのが大変だったんだから」

「い、イリヤ?」

「それに何、あの無計画な資産運用は。あの子から帳簿を見せられた時にはさすがのわたしでも気が遠くなったわよ」

「あ、あれは、宝石剣を作るのに……」

「だからって、次の代にダメージを残してどうするのよ。次の代を残すのも魔術師の大事な努めでしょうが」

「ううっ……」

 話しているうちにだんだんと腹が立ってきたのだろう。バーサーカーがお説教モードに突入していく。アーチャーが時折見せる姿によく似ていて、キャスターもなんとなく逆らえない。いや、それでも普段のキャスターなら対等に遣り合えたのかもしれないが、バーサーカーの口から出る言葉の一言一言が全て身に覚えのある生前の悪行ばかり。

 さすがのキャスターも、思わず正座をして頭を垂れる。

 そんな息のあった二人のやり取りに、この部屋にいた4人目の人物が思わず吹き出す。

 助け舟!? キャスターが思わずその第四の人物に向き直る。

 しかし……。

「キャスターの寝起きの悪さは変わっていませんよ。今日は昨日話せなかった事があると徹夜をしただけです」

「ちょっと! バゼットまでっ!」

 第四の人物──バゼットの口から出たのは現在の恥ずかしい事実を暴露。キャスターが絶叫を上げる。

 普段ならば衛宮家のクィーン。オブ・イヂメッコの名をほしいままにするキャスター(真名・遠坂凛)も、天敵とも呼べる人物が三人もいるとどうも調子が出ないらしい。顔を真っ赤にしながら──でも何処か楽しそうにギャーギャーと騒ぐ。

 

 

 不思議な光景だと、イリヤは思った。確かに自分は凛を嫌ってはいない、どちらかと言えば好きなタイプの人間だ。

 でも、気を許せるほど仲良くも無いし、仲良くなる気も無い。

 それなのに、あのバーサーカーの……いや、あの『イリヤ』の『凛』への気の許しようは何だ。

 あれではまるで……、出かかった言葉をイリヤは寸前で飲み込む。

 それを言葉にしたら、きっと自分は彼らにそれを求めてしまうから。でもそれはきっと間違っている、あれは彼女たちのもので自分たちのものではない。

 でも、うらやましいだけじゃない。すごく腹立たしい。

 上手く言葉にはできないけど、彼女たちの美しさはすごくはかない、すごく脆い。

 それがイリヤにはわかってしまった。何故だか知れないが、硝子細工のような脆さを見抜いてしまった。

 だって、あの夢は腹立たしかったから。

 すごく綺麗だったけど、すごく腹立たしい。

 あんな結末、自分は嫌だ。

 だから、きっと……。

 

 

「そう言えば、城の三階を面白空間にしちゃったことの弁償も結局してもらわなかったわね」

「あ、あれは士郎を貸し出す事で決着が……」

「あら、あれはシロウがわたしの城を推薦した迷惑料ってだけよ。リンからは徴収していないわ」

「そ、そんな」

「また、うっかり契約書をちゃんと読まなかったのね」

 あいも変わらず、二人のサーヴァントのお馬鹿な言い合いは続く。だが、永遠に続くわけではない。

 不意にバーサーカーは言葉を切り、周囲の気配を探る。

 屋敷のあちこちでドタバタした喧騒は聞こえるが、この部屋に注意は向いていない。

 ならば、と、バーサーカーはキャスターに真剣な表情を向ける。

「で、キャスター……。

 ううん、リン。あなた召喚されてから何を調べていたの? 別に今まで遊んでいたわけじゃないでしょう」

 その言葉に、キャスターも姿勢を正す。先ほどまでのお間抜けな女性の姿は無く、自信と誇りに満ちた、今はキャスターの名前を冠する遠坂の魔術師がそこにいた。

 

 

「そうね、この街がターミナルにすでになっている……って言ったら驚く?」

 

 

 

 続く……かな?

 

 

 

 

おまけ

 

1の人「でも、本当に士弓×剣なんでしょうか……二号は士郎と接近していますが、私は・・・orz